風吹きすさぶ荒野に、金属同士がぶつかる音が響く。
ガシャ…ガチャ…ガランガラン……
「ふむ、今日は結構落ちてるな。大規模戦闘でもあったのか…」
折れた剣、砕けた兜、ひび割れた盾…
傍目からは使い物にならなくなった様にしか見えない、かつて武具だった物が大八車に積まれてゆく。
実際、「通常なら」もう使い物にならない。
このMMORPGのシステム上では、ステータス補正0の「廃品」判定である。
MMO…そう、ゲームの世界で巌(いわお)は…ゴミ同然の物を拾って歩いているのだ。
技術革新はVR機器の小型化、無線化を促した。
価格も以前に比べると随分お値打ちになり、ゲーマーを中心に普及してゆく。
あらゆるジャンルのゲームで、VR機器の使用を前提とする物が出始めて来た。
「…俺みたいなオッサンも改革の時、なのかねぇ?」
巌は、幼少よりゲームを嗜んで来た。
ただ、つい最近までは慣れない仕事に時間が取れず…ゲームは半休業状態であった。
仕事に慣れれば次の仕事、それに慣れれば部下が出来…と、腰を据えるには程遠い日々。
部下も育ち一段落、「ようやくゲームを再開出来る!」とゲームショップを覗くと…別世界であった。
「色々あるな…ほう、MMOもあるのか!てっきり廃れちまったのかと思ってたよ」
『今売れてます!!』POPが付いた什器に並ぶDLカードを見て、懐かしい気分になる。
「…よし!思い切って買ってみるか!」
久々のゲーム復帰。敢えて前情報を仕入れずショップに来た判断、吉と出るか凶と出るか…。
「ふぅ…大漁大漁!」
積載量ギリギリの大八車を引きながら、タウンへの帰路に就く。
ギュイィィーーン!シャッ!ズババババ!!
「お、やってるやってる」
派手なスキル発動音とエフェクト光に誘われ、巌はしばし足を止める。
見知らぬPTが狩りを行っているようだ。
このMMOは若い世代にも人気なだけあって、戦闘も派手である。
美男美女が各々の得物を振るい、華麗に戦う。
巌も最初は興奮したものだ。
ただ…巌はこのMMOに別の面白さを見出したので、戦闘は長らく行っていない。
MMOではよくある生産職、それが巌の見出した面白さであった。
学生時代にもMMOをプレイしていたが、その頃から生産職が好きだった。
素材を掘り、切り出し、拾い集め…加工して売る。
この単純な作業が妙に心地良かったのだ。
このMMOでも、開始した早期から鉱山から鉱石を掘削し、インゴットを大量生産していた。
しかし…
ある日、そんな採掘ライフの転機が訪れる。
モンスターの徘徊する危険な鉱山で採掘を行う為に、2人の護衛を雇ってPTを組んだ時の話である。
「旦那、護衛は任せときな…その分貰うモンはしっかり貰うけどな!」
ガッハッハ!と髭面の山賊の様な戦士が豪快に笑う。
「鉱山に亀の化け物が住み着いて困ってたんです…決して安くない額を支払ったんだ、給料分は働いて下さいよ?」
熱いロールプレイには誠意を持って応える、それが巌のポリシーである。
「最近いい武器ドロップしたんだよね。こいつの切れ味試したいから丁度よかったよ」
「へぇ…いい剣ですね」
「でしょ?コイツがあれば…」
「オイ!構えろ!敵襲だ!!」
「私は隠れます!後はお願いしますね!」
2人の戦士が、ハンマーを携えた亀の化け物と戦闘に入った。
…しかし力及ばず、2人はモンスターに破れ…その遺体は最終セーブポイントへと飛ばされる。
隠れていた巌は辛うじてモンスターの目を逃れていた。
「…悪い事したかな。まぁ報酬は先払いだし…いっか」
護衛の1人が自慢していた業物は、死亡した事で所有権が消えて「廃品」となり、地面に転がっている。
プレイヤーを襲い、アイテムを強奪するプレイヤーキルを防ぐ為に設けられた「絶対の掟」。
廃品はゴミ同然であり、アイテムスロットを埋めるだけの存在である…ハズだった。
ぼおおぅぅ…
「何だ?あの廃品…光ってないか?」
周囲を警戒しつつ、業物であった廃品を拾い上げると、急いで鉱山を離脱した。
タウンの自宅兼工房に駆け込み、工作台に廃品を置く。
「まさか…」
思い付きはしたが、システム的に可能と言う話はネットでも聞いた事が無い。
しかし…やってみる価値はある!
巌は愛用の槌を力一杯振るう!
ガン!ガン!ガン!ガン!
「生産エフェクト!?やっぱり…!」
廃品が…業物であった剣の姿に戻った。
ステータス補正はナマクラ同然に劣化してはいたが、ただの廃品が「剣」に化けたのだ。
このMMOでは、武器を使い続ける事は基本的には不可能である。
使用による耐久値の「劣化」と、死亡して所有権を失った場合の「廃品」化があるからだ。
極々一部の超高位の武具でもない限り、この掟からは逃れられない。
使用による劣化は、ある程度なら巌の様な鍛冶スキル持ちが修繕する事が可能である。
だが、廃品から修繕が可能なんて話は聞いた事が無い。
それが出来てしまった…思い当たる理由としては、ほぼ最上位に近い自分の鍛冶スキルである。
そして、生産職が不人気過ぎてこの高みに居るプレイヤーがほぼ皆無で…ネットに情報が無いと言う事も頷ける。
ただ…正直な話、仮に廃品修繕が可能だとしても大儲け、には程遠い。
並の武具はNPCの店から幾らでも購入出来るし、希少な武具が廃品になるのは、大体ダンジョン下層など強敵がいる場所だ。
そして、現在の戦闘の主役がモンスターのドロップ品である以上、再び拾いに行けばよいのだから。
しかし、新しい生産手段は巌の好奇心を刺激し、数少ない希少な技術という事が自尊心を満たした。
「これは…発見だ!今はナマクラしか作れんが…修行していつの日か完全復元出来る様になってやる!」
その日から、巌の廃品回収の日々が始まったのだった。
「ふぃー…どっこいせ。VRは怖いな…全く身体動かしてないハズなのに、恐ろしく疲れた気分になる。」
大八車がタウンのゲートを越え、安堵する。
正直な話、廃品は巌以外の存在(NPC含む)からはゴミでしかない。
荷物が盗まれる心配は皆無なのだが…万が一盗まれると面倒である。
廃品になった武具は、主有権が無いまま放置されると一定時間でこの世界から消失するからだ。
サーバーの負担にしかならないので当然ではあるが…もし盗まれたら、巌はまた0から廃品回収を再開する羽目になる。
…スキル上げ用の素材の確保も大変なのだ。
「あら、ガンツさん。こんにちは。廃品回収ですか?精が出ますね」
「ああ、ミドリさん。こんにちは」
長いウサギの耳を生やした女性と、小太りの犬獣人がお互いに会釈をする。
ちなみにガンツとは、巌のキャラクターネームである。
「ガンツさん、スキル上げの方はどうです?」
「ボチボチですな。時々スキルが微量上がるぐらいで…順調に上がってるのかすら分かりません」
平静を装いながらミドリを見つめる巌。
このMMOが若者にも受ける一因としてキャラモデルの美しさがある。
適当にフェイスパーツを組み合わせても美男美女が作れるお手軽さなのだ。
しかし、目の前のミドリはそうではなかった。
恐ろしく「地味」なのだ。
むしろどうやってあのカスタマイズモードでこれだけ地味な顔が作れるか、聞いてみたい程である。
しかし、そんな落ち着いた容姿と振る舞いが巌を惹き付けるのであった。
「私も最近はそんな感じですねー」
「お互い大変ですな」
ミドリは調理スキルガン振りで、やはりスキル上限が見え始めている。
希少な生産職仲間である。
ヴァーン!ヴァーン!
耳をつんざくSEが鳴り響いたと思うと、今まで流れていた穏やかなBGMが、緊張感を煽るBGMへと変更された。
「あらまぁ…」
「強襲イベントですな…どれどれ」
タウンのあちこちに設置されている掲示板を見る。
『南ゲートをビースト級モンスターが強襲中。防衛されたし』
「ビースト級か…最近は初心者が相手にしてくれるぐらい、か…」
「ゲートで討伐されそうですねぇ」
序盤のボスが少し強くなったレベルのビースト級は、戦闘報酬も美味しくはない。
戦闘力もそう高くないので、タウンにプレイヤーが不在だとしてもNPCのゲートガードが倒すだろう。
「では私は工房に戻ります故、失礼致します。」
「はぁい。スキル上げ、頑張って下さいね」
ミドリに一礼し、再び大八車を引く。
「さて、あと一頑張りだ」
強襲BGMが妙に長く続いている事に、その時は気付かない巌だった。
工房に到着し、早速廃品を仕分ける。
装着部位や破損程度に分けて修繕を…
「…おかしい。まだ強襲イベントが終わらんのか?」
一向に途切れない強襲BGMを不審に思い、南ゲートまで様子を見に行く。
「よし!こっちはOKだ!合わせろ!」
「了解!」
ギュイィィーーン!ダンッ!ズガガガガ!!
「畜生!もうMPねーぞ!」
「こっちもだ!薬品も全部切れた!」
巌は、目を疑った。
強襲に来たのは、確かにビースト級モンスターである。
ダメージログを見ても、手慣れた冒険者であろうプレイヤー達の攻撃は確かに通っている。
本来であればもう30回以上は討伐出来ているダメージ量だ。
しかし、ビースト級モンスターは…倒れない。
(ダメージが無効化されているわけでもないのに、どうして…)
「おぉーい!皆ぁ!運営の告知を見てみろ!」
どこからか響いた声に反応し、運営のサイトを見て…唖然となる。
『本日、13番サーバーにて不具合が発生しております。不具合内容:強襲イベントでモンスターのHPが減少しない』
「そりゃ倒せないハズだ。しかしそうなると…」
タウンが陥落すればかなりの長期間、不自由な生活を余儀なくされる。
(俺も困るし…ミドリさんも……)
しかし、長らく武器を振るった覚えのない巌が、何の役に立つと言うのだろうか…。
パキィィィン!
水晶が砕けるような音が辺りに響いた。
「お…俺のクリスタルブレード+5がぁああ!!」
歴戦の冒険者のレア武器が、劣化によって砕けた様だった。
戦場となったゲートの周囲をよくよく見れば、折れた槍、砕けた盾…劣化破損した武具が少しずつ増えている。
(マズイ…武具がなければどれだけ歴戦の猛者であろうと……そうか!俺にも出来る事がまだある!)
「皆!武器は俺が用意する!少し…耐えてくれ!」
巌は力一杯叫び、工房へと引き返す。
「金策の為に売らなくてよかった…さぁ!急ぐぞ!」
巌は大八車に積めるだけ武器を積み始める。
廃品修繕のスキル上げで作成した大量の武器である。
廃品修繕にのめり込んでからと言うもの、修繕の成功率も上がり、HQ品(高品質品)も出来るようになって来た。
全ての武器が全て万全ではないが、かと言って今から店売り品をちまちま買ってる時間は無い。
限界まで積み上げると、巌は戦場へと戻る。
「皆!武器を持ってきた!今日は特別大サービス!ロハだ!持ってけドロボー!!」
「武器だって!?」
「ありがてぇ!俺の剣も折れちまいそうだったんだ!」
大八車に冒険者が殺到し、思い思いの武器を掴むと再びビースト級モンスターに切り掛かる。
ビースト級モンスターはHPが減らない為、倒れない。
ただ、ダメージ相応の怯みや気絶が発生するので、全く無意味な行為ではない。
何より、戦わなければタウンは…陥落する。
「たぁーー!」
冒険者の1人が大上段で大きく振りかぶり、ビースト級モンスターの尾を切り落とす。
「おぉ!凄ぇなアンタ!スキルも使わずに一刀両断なんて!」
「いや…まさかブッた切れるとは……これ、店売りのスチールブレードだよな?何でこんなに切れるんだ?」
剛弓で支援を担当していた冒険者も…
「は?確かに相手はビースト級だけど…全貫通、だと?マジかよ…」
「当たり」武器を引いた冒険者は八面六臂の大活躍だった。
「…そうか、これがHQ品ってヤツなのか!」
「俺が使ってたドロップ武器より使いやすいぜ!」
職人が減り、金策のうま味も無いので通常武器のHQ品はほぼ出回らなくなっていた。
故にHQ品を握った事のある冒険者も、かなり少なくなっていたのが現状らしい。
「…え?HQ品ってそんなに珍しいのか?スキル上げでゴロゴロ出来るぞ?」
作った本人である巌が、その事実に一番驚いていた。
「続報だ!あと2時間でメンテが来る!守り切れば…勝てる!」
「武器屋のおっちゃん!追加の武器があるならガンガン持って来てくれ!俺達が守り切る!」
ゴールが見えた事で、冒険者達は活気付く。
「よし、待ってろ!今持って来てやるからな!」
空になった大八車を引いて…駆ける、駆ける。
工房に転がり込み、慌てて残りの武器を積み込む。
その時、工房の扉が開け放たれた。
バタン!
「ガンツさん!」
「ミドリさん!?今回はただの強襲イベントじゃない!急いでログアウトを!」
大荷物を持って駆け込むミドリに、巌は回線を切る様に促す。
「不具合の話は知っていますし、ゲートで皆が戦っている事も知っています!」
「だったら…」
ドスン!
ミドリは背負っていた荷物を大八車に乗せ、凛とした表情で巌を見据える。
「職人は職人に出来る方法でタウンを守ります!…コレは必ず必要になります。」
「………分かりました。行きましょう!」
巌が引く大八車をミドリが押し、南ゲートへ急行する。
「はぁ…はぁ…後…何分だ?」
「まだ1時間以上残っています!」
「マジかよ…リアルのプレイヤーはともかく、ゲーム上のキャラの士気が持たねぇ…」
ビースト級モンスターの攻略パターンが読めて来たので、少数PTで交代しながらの対応が可能にはなった。
だが、このままではすり潰されてしまう…。
「皆!武器のお替りだぞ!」
「おっちゃん…ありがてぇ!…でも……武器を振るう気力が無ぇや…」
最序盤から大剣を振るっていた冒険者は、もう戦えそうに無い。
「やっぱりそうなりますよねぇ…持って来て正解でした」
「ミドリ…さん?」
ミドリは大八車の荷物を開くと、休憩中の冒険者に声を掛ける。
「さぁ、私も大盤振る舞いです!どんどん食べて元気を出して下さいね♡」
その瞬間、四方八方から冒険者達の手が伸びた。
「ガッガッ…串焼き…旨ぇ!!」
「これ…ただ焼いただけの肉だろ?何でこんなに美味いんだよォ!?」
「何だこのジュースの味…すっぱ苦……うぉ!MPがモリモリ回復していく!!」
「ぷぅー…食った食った。よし!交代だ!お前らも飯にしろ!」
折れかかっていた冒険者達の心に火が点き、みるみる活気付いていく。
「うふふ。私もHQ品のお料理溜め込んでて、よかったです!」
(ミドリさんの手料理…羨ましい!)
非常時で無ければどさくさに紛れて手を伸ばしていたかもしれないが…実際はその勇気があったかどうかも怪しい巌であった。
ゲートがビースト級モンスターの体液でぬかるみ、武器も料理もカンバン、冒険者の気力も限界…。
そんな時、ようやく終わりが見えた。
『緊急メンテナンスに入ります。5分以内にログアウトして下さい』
「「「やったぁぁぁぁぁあ!!!」」」
「やりましたよ!ミドリさん!」
「はい、皆様のお陰です!」
「貴方も、ですよ。ありがとうございます」
「そうですね。ガンツさんも、お疲れさまでした」
いい雰囲気になり、せめてログアウトまでは2人きりで…と願った巌の願いは、あっさりと破れた。
「おっちゃん!俺…店売り武器だって舐めてたわ!凄いんだなコレ!」
「ねーちゃん!あの飯もHQ品なんだって?今度買いに行っていい?」
冒険者達に囲まれながら、2人は微笑む。
「職人の戦い方…出来ましたね」
「そうですな。全く…廃品回収にハマってなければどうなったか…」
ただの趣味がタウンを救った…。
無論自分だけの力ではないのだが、とても誇らしく感じた。
タウンに平和が戻った。
ミドリの店はかなり繁盛しているらしい。
それ自体は喜ばしいが、より多くの人にミドリの良さが広まって気が気でない巌だった。
そんな巌の工房にも、時折客が訪れる様になる。
珍しく主が居れば…HQ品の武具を買える可能性はある。
だが、大体は留守の為、空振りに終わる事だろう。
そんな工房の扉には、こう記してあった。
『廃品、よろずお引き取り致します。 ガンツ』
Q:どうして自分でも改善の余地ありと思った作品を敢えて残しているのですか?
A:勢いで投稿した後に後悔すると言う過ちを繰り返さない為です。痛く無ければ覚えませぬ…