旅の歌 作:小樽のジョージ
気持ち悪い。辛い。逃げたい。謝りたい。苦しい。会いたい。会いたくない。消えたい。
やっぱりシャンクスは私を利用したんじゃなかったんだ。島の人たちを殺したのは赤髪海賊団の皆じゃなかった。私が……私が皆を殺したんだ…。
「うっ……うぇ…………っ…ゲホッゲホ…………」
今まで何の罪も犯していないような顔をして生きてきた自分に吐き気がする。
茫然自失のまま部屋へ持ち帰ってきたトーンダイアルから聞こえてくる声と悲鳴が、私の心をぐちゃぐちゃに搔き乱す。
……私の今までの人生って何だったのかな?
自分で島を滅ぼしたのに、それを赤髪海賊団のみんなのせいだって恨んで、配信では「海賊嫌いのウタ」なんて呼ばれて、救世主なんて持て囃されて。
──バカみたい。私にはそんな資格なんてないのに。こんな罪を犯しておいて、今日まで被害者面して生きてきた。何の償いもしてこなかった。私は海賊なんかとは比べ物にならない最悪の悪党だ。
……歌でみんなを幸せにしたいという気持ちが変わったわけじゃない。私の歌で争いのない、音楽が絶えない永遠の世界を作る。小さい頃から変わらない私の夢。私の理想。
だけどもうそれすらも自信が持てないや。私にみんなを幸せにする資格なんてあるの?ただ私が逃げ出したいだけじゃないの?
歌い手としての「UTA」と、ただの「ウタ」。その間に出来た余りに大きなギャップ。「UTA」を信じてくれるみんなのことを新時代に連れていく。私の歌で争いのないない世界を創る。そう言った私を信じてくれたみんなの願いと期待。私ならできると思ってた。私がやらなきゃって思ってた。……けど皆の期待に応える自信はついさっき粉々に砕け散った。
……もう一度シャンクスに、赤髪海賊団の皆に会いたい。でもそれは「UTA」を信じてくれる皆を裏切ることになる。そもそも、前まであんなにシャンクスのことを恨んでたのに、いざ真相を知ったら会いたいだなんて都合が良すぎる。そんな風に考える自分が嫌で仕方ない。
それに……ゴードンは私のことをどう思っているんだろう。私はゴードンの国を滅ぼしたんだ。自分の国民を皆殺しにした人間を、あなたは何を思いながら育ててたの?
エレジアが滅んだ──違う。私がエレジアを滅ぼした日から、ゴードンはずっと私に優しくしてくれた。
『こんな所で何をしている?潮風に当たりすぎると風邪をひくぞ』
『……一人になりたいの』
『そうか…』
『……何でゴードンさんも居座ってるの?』
『……一人になりたくてな』
『何それ』
『…』
『……ありがと』
『…』
『ウタ、そろそろ夕食の時間だ』
『えっ?う、うん……分かった』
『『いただきます』』
『……あれ?美味しい…』
『そうか』
『本当にゴードンが作ったの?』
『ああ』
『凄く美味しくなってる……あれ?その指どうしたの?傷だらけだよ?』
『…少し転んでな。大した怪我じゃない』
『…フフ。ありがと』
『…』
『──ふぅ。どう?あたしの歌』
『素晴らしいよ。文句のつけようもない』
『でしょ?何時かあたしの歌で…みんなを……幸せに………』
『できるさ。そのためにももっと練習しなくてはな』
『……うん。頑張るね』
不器用だけどいつも傍にいてくれた。ゴードンの優しさが本物なのは分かってる。事件の真相を隠してたのも優しいから。きっとシャンクスだってそうだ。
……でも、私はこれからどんな顔でゴードンと会えばいいの?
シャンクスにだって本当は会いたくて仕方がないけど、「海賊嫌いのウタ」が、11年間シャンクスを恨んできた私が、今更会いになんていけないよ…。
みんなの期待を裏切りたくない。シャンクスに会いたい。思考がまとまらない。全部が嫌になって、いっそのこと、この世界から消え去りたくなる。
「あっ………」
ふと壁にかかった時計を見ると電伝虫で配信を始める時間になっていた。
「準備しなきゃ………」
ぐしゃぐしゃに乱れた服と髪を、鏡を見ながら整える。──酷い顔。これじゃみんなに心配かけちゃう。震える手でお化粧して、全部投げ出したい気持ちを抑えて電伝虫の準備をする。
私を信じてくれている人たちに弱気な態度を見せてはいけない。期待を裏切ってはいけない。皆の前での私は「UTA」なんだから。
『皆!元気?ウタだよ!前回もいっぱいのコメントとお手紙ありがとう!今日も全力で歌うから楽しんでね!── 』
『──今日も私の歌を聴いてくれてありがとう!感想とかリクエストがあったら、いつもみたいに私の電伝虫に発信するか、手紙を書いて送ってね!じゃあねー!』
──何とか表情を取り繕って配信を終える。今までは簡単に被れていたはずの「UTAの仮面」が、息苦しくて仕方がなかった。いつもと様子が違うことに気付かれていないか不安になる。何時の間にか沈みかけていた太陽の、やたらと赤い光が窓から射し込み床に私の影を落とす。これからはこんな気持ちで配信を続けていくのかな?そう考えると胸が苦しくなる。壁に寄りかかりうずくまって、伸びていく自分の影をボーっと見つめる。
しばらくそうしていると、トントントン、と扉が鳴った。
「ウタ……いるか?」
ゴードンだ。聞きなれた落ち着いた声。普段と何も変わらないはずなのに、今日は声を聞くだけで苦しい。
「どうしたの?」
「そろそろ夕食の時間だ。準備は出来ているから来なさい」
「…今日はちょっと調子が悪いからいらないよ」
「大丈夫か?」
グッ、とドアノブに手を掛ける気配がした。
「開けないで!」
「ウタ?」
どうしよう。咄嗟に大声を出してしまった。
「えーと……ほら!今日はもう横になろうと思って着替えてるところだったの。調子が悪いのも少し疲れただけだから心配しないで!」
「……」
少しの沈黙の後、スッとドアノブから手が離れる気配がした。
「分かった。だが無理はするな。明日もまだ調子が悪いようだったら医者を呼ぼう。…もし寝ている間に体調が悪化するようだったら何時でも私を呼びなさい」
「っ……うん。ありがとうゴードン」
「ああ。おやすみ…ウタ」
ゆっくりとゴードンの気配が遠のいていく。そして完全に離れた時、私は自分の体がガタガタと震えているのに気が付いた。
「ゴードンの気持ちが分かんないや……。心の中では私のこと恨んでるのかな……」
そんな独り言を、当然だ、と自嘲気味に笑い飛ばす。国民を殺されて怒りを抱かない国王が何処にいるの?私に優しくしてくれているのは、ただゴードンが優しいからだ。
でも、その優しさが今の私には辛くて仕方がない。私はあなたに何て謝ればいいのかな?私はあなたに、あなたたちに、どうやって償えばいいのかな?
──ふと冷たさを感じて頬に触れると、自分でも気付かない間に涙を流していることに気付いた。
みんなの期待に応えたい。シャンクスに会いたい。ゴードンに謝りたい。
みんなの期待に応えるのが怖い。シャンクスに会うのが怖い。ゴードンに謝るのが怖い。
どうしようもない雁字搦め。
──もういっそのこと
「逃げちゃおうかな…」
今までの私だったら絶対に取らなかった選択だけど、口に出してみるともうそれしかないような気がする。私の歌を支えにしてくれているみんなを裏切ることを考えると、身が引き裂かれるような思いだけど、これからも今まで通り配信を続ける精神力が今の私には残っていなかった。みんなを歌で幸せにする自信も、どこかへ行ってしまっていた。みんなを新時代に連れていくという責任感は、自分の行いへの罪悪感で押し潰されてしまった。
……それに、ゴードンとエレジア島に残り続けるのが苦しい。この島にいるのは私とゴードンの二人だけだ。何時までも顔を合わせないでいることなんて出来ない。その時に何て話せばいいのか、私にはまだ分からなかった。
机の上に簡単な手紙を残し、荷物をまとめる。心配させないように手紙には、「ちょっと家出するね!そのうち帰るから!」なんて適当なことを、明るい調子で書いておいた。
島から出たことがなくてお金は持っていないから、幾つか換金できそうなものを入れておこう。それから電伝虫も。配信する気はないけれど、この二年間ずっと心の支えだったそれを、置いていくことは出来なかった。今日浜辺で拾ったあのトーンダイアルは、見つからないように隠しておく。
明日の早朝、物資の輸送船が島に到着するはず。その中に忍び込もう。ここにまた帰って来るのか、来ないのか、船が何処へ向かうのか。何も分からないけど。ここから逃げ出せるならどうでもいいや。
「ごめんね、ゴードン、みんな…」