旅の歌 作:小樽のジョージ
──ここ、何処?
ふと気が付くと、真っ暗な場所に立っていた。耳を澄ましてみても物音ひとつ聞こえない。手を顔の前にやってみても、手があるのかさえ分からない。
──どうしよう……
理解し難い現状を認識するにつれて不安が胸を襲ってくる。
──誰かいないの!?
思わず口から飛び出た叫び声も暗闇に吸い込まれていく。返事なんてない。しばらく歩いてみても景色は変わらないし壁にもぶつからない。
どうすればいいのか分からなくてその場に座り込んでしまう。
そうやって途方に暮れていると、急に近くで人の気配を感じた。しかもその気配は私の周囲を動き回っている。
──だ、誰?
不安と恐怖を押し殺し、勇気を出して問いかけてみる。
すると、人の気配が私の前でピタッと止まった。それと同時に辺りが明るくなる。急な光に思わず目をつぶってしまい、それでも目の前にいる人を確認するために恐る恐る目を開く。
──……え?
そこに居たのはたった一人の幼馴染だった。11年前に別れたあの日から、小さい身長も、黒い髪も、真っ直ぐな瞳も、何一つ変わってない。
──ルフィ!
思わず溢れそうになる涙を堪えて名前を呼ぶ。たった一人の大事な友達。またルフィと遊びたい。くだらないことでケンカしたり、つまらないことで一緒に笑いたい。
──ねぇルフィ、私のこと覚えてる?ずっと会いたかったんだよ?またチキンレースとかしようよ!あの頃みたいにさ!それで……
『ん?誰だ?お前?』
──な、何言ってるのルフィ?ほら、私だよ?ウタ!
『俺はウタなんて知らねーぞ?』
……何で覚えてないの?
──ほ、ほら!あんなにたくさん遊んだじゃん!それに…………そうだ!約束!一緒に新時代を創るって……ねぇルフィ!?待ってよ!
必死になって話す私に何も言わずに背を向けて、段々離れていくルフィ。追いかけようとしても泥濘に足を取られたみたいに進まない。お願い、行かないで……また私は独りになるの?ルフィまで私を置いてくの?そんなのヤダ!
胸が苦しくて息が上手く吸えない。それでもルフィを引き止めるために、遠ざかっていく背中に向かって声を振り絞る。
──待って!お願いだから……お願いだからあたしを独りにしないで!もう……寂しいのは嫌なの!
「ルフィ!……っ…………はぁ……」
……いつの間に寝てたんだろ、私。
波で船が揺れているのを微かに感じる。持って来た時計を見ると今の時間は午前4時過ぎ。何時港に着くかは分からないけど、少なくとも今は航海中だと思う。夜になる前までは、私が隠れている物置き部屋からでも人が動く気配が感じられたけど、この時間に起きているのは操舵手の人と見張りの人ぐらいだろう。
それにしてもここは寝るのに向いてないな。壁に寄りかかってたから身体中が痛いし、嫌な夢も見たせいで寝覚めは最悪。
私は悪夢を見ることが多いけど、今日のは結構酷かった。ウタウタワールドの世界では何でも思い通りだけど、ただの夢ではそうもいかないから。
第一、私の夢は登場人物が全然いない。シャンクスと赤髪海賊団のみんな、ゴードン、それからルフィ。20年も生きてきたのにこれだけだ。
シャンクスの夢はどんなに優しい夢でも起きたら辛いからハズレ。ゴードンの夢は楽しくはないけど辛くもないからアタリ。ルフィの夢は楽しくて優しいから大当たり。
少なくとも昨日まではそうだった。それなのに今日はどうしてあんな夢を見たのかな?
私にとってルフィがどういう存在なのか、改めて考えてみる。
ルフィ──私の20年の人生で、たった一人だけの大事な友達。11年前に事件を起こしてエレジアに置いていかれてから2年前に配信を始めるまでの9年間、廃墟になった島に私とゴードンの2人きり。赤髪海賊団での記憶の全てが信じられなくなった私が、唯一本当だって思えたのはフーシャ村でのルフィとの思い出だった。シャンクスに裏切られたと思って、夢も何もかも投げ出そうとする私を、あの日のルフィとの誓いがギリギリで繋ぎ止めてくれた。
あの頃ルフィは確か6才か7才だったはず。そんな小さい時のこと、もうルフィは覚えていないかもしれない。ルフィは明るいし、意外と人の心の機微に聡いところがあったから友達もたくさん出来てるんじゃないかなぁ。でも、私の友達はルフィだけ。記憶の中のルフィは幼い頃のままだ。
今年でルフィは18才になってるはず。なんだかちょっと想像出来ないな。今は何をしてるんだろう。シャンクスに『船に乗せてくれよ!』っていつも言ってたっけ。私がエレジアに残った後、船に乗せてもらえたのかな?
ちょっと前までだったら、「海賊なんてやめなよ」って言ったかもしれない。それがシャンクスの船なら尚更。けど、エレジアの事件の真相を知り、みんなの期待や願いから逃げ出した今なら、ルフィの夢を素直に応援できる気がする。
夢………ああ、そっか。さっきの悪夢の理由が分かった。私の歌でみんなを幸せにしたいって気持ちは変わってなくても、私は応援してくれた人たちを見捨てて逃げ出したんだ。ルフィとの誓いを破ったも同然。悪夢を見るのも当然か。こんな私になんてルフィも会いたくないに決まってる。
「はぁ……」
島から持って来た宝石を弄りながら、エレジアで私のことを心配しているであろうゴードンに思考を移す。
ゴードンはもうとっくに私がいないことに気づいてるはずだ。この船に乗り込んでから──エレジアから逃げ出してからほぼ2日経ってるし、私の部屋の机の上にはちゃんと手紙を残してある。
私にはゴードンが探しに来ないだろうという確信があった。
ゴードンは私が島を出た本当の理由を知らない。具合が悪いからって部屋に閉じこもってたのも、島の外に出る準備の為だって思うだろう。トーンダイアルは見つからない場所に隠してあるから、置き手紙に書いた嘘の理由を信じてると思う。
それに、そもそもゴードンは私にエレジアの外の世界を見せたがってた。実は何度か、それとなくだけど、島の外に行ってみたいとは思わないのかって聞かれたことがあった。でも、配信を始める前の私はとてもそんな気分じゃなかったし、配信を始めたら今度はそっちに夢中で、そうしているうちにゴードンも何も言わなくなった。だからきっと、私が外に出ること自体にはゴードンも反対しないはず。
私ももう20歳だ。世間一般ではとっくに大人。ゴードンも心配はするだろうけど、少し様子を見てくれると思う。手紙には3ヶ月くらいで帰るって書いたから、それを信じているのなら3ヶ月は大丈夫かな。
逆に言えば3ヶ月がタイムリミット。それまでの間に、私は何かしらの“答え”を見つけなきゃいけない。
でも“答え”なんてあるのかな?ゴードンのこと、シャンクスのこと、私の夢のこと、ファンのみんなのこと。考えれば考えるほど分からなくなる。
……ダメだな。さっきから堂々巡りだ。
「私ってこんなに弱かったんだ」
自嘲気味に呟く。けど、そんなのよく考えれば当然のことだ。この2年間、私を支えていたのはファンのみんなからの期待と、期待に対する責任感。そして、その先にあるはずの私の夢。それがなくなった今、私は2年前の私に戻ってしまったんだ。2年前にはなかった罪を背負って。
また目を瞑る。
そうして更に思考を巡らそうとした時、船が少しずつ騒がしくなっているのに気付いた。
そろそろ船員の人たちが起きてくる時間かな?
そのまましばらく待っていると、船が停まった気配がした。港に着いたんだ。
立ち上がって、散乱している酒樽と空箱に躓かないようにドアの前まで移動する。
もし船から出るまでに船員の人に見つかりそうになったら、申し訳ないけど能力を使ってしばらく眠ってもらおう。万が一見つかったら間違いなく騒ぎになる。それから、外では常にフードを被るのを忘れないようにしなきゃ。私を知っている人がいたら、大変なことになるだろうから。その後のことは………まぁ、その時考えればいいいよね。
……思えばエレジアの外に出るのは11年ぶりだ。いつかは外に出る機会もあるのかなー、とか、全く考えてなかったわけじゃないけど、まさかこんな理由で外に出ることになるなんて。
ゴードンからも、みんなからも、夢からも、過去と罪からも逃げて、一体私はどうするんだろう?
罪悪感、背徳感、焦燥感、諦めと後悔、それから──
自分でも説明できない様々な思いを乗せて、私は物置き部屋のドアノブを回した。