とある別世界の魔法使い達   作:雨宮茂

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超能力者――LEVEL5――

 「へぇ、いつきって今日から学園都市に来たんだ。びっくりした訳?」

 

 「うん。びっくりしたよ。初めて見るものばかりだからね。本当にここが日本だって信じられないくらい」

 

 いつきの視線の先は学園都市の近代的風景に向けられていた。どこか白と灰色で統一した世界。無機質で効率と科学価値で練り上げられた殺風景は見慣れない。穂波のように魔術どうこうを気にしなくても、この街、いやこの世界には緑と言うか心を落ち着かせるものが少ない気がした。

 

 どこまで行っても、人の手が加えられた世界。公園の木々さえ“人工”に見えてしまうんだから重傷だと思う。だが真に恐ろしいのは慣れだろう。

 

 ちらりと、フレンダに視線を向けるとこの街並みを誇る笑みが見えた。

 

 このように世界のあり方そのものに、自問を抱かず感受するしかない。慣れてしまえばこんな世界でも安らげるのだろう。住めば都と言う訳だ。それとも、疑問を抱いて解決できないことを悩むくらい心のゆとりが無いのかもしれない、といつきは思った。

 

 腑に落ちないというか、気に入らないというか、訳の分からない不快感に眉を顰めているとフレンダが迷惑にならないくらいの声を上げた。

 

 「おーい、持ってきてあげた訳よ」

 

 「雑用やっただけで図に乗らないでください。………超誰ですか?」

 

 「え、いや、あの…」

 

 染めてはいないだろうが、少しだけ髪の色素の抜け茶色の髪をしたボブカットの女の子に、いつきはいきなり警戒された。思いのほか眼光が鋭く、恐くなってビクビクしてしまう。よく見れば、奥の席に自分と対して年の変わらな少女が二人いた。一人は黒い髪を肩に触れる前で切り揃え、いつきが来たことに気づかないのか虚空ばかりを眺めている。問題なのは、もう一人の少女だ。

 

 いつきがここまで、硬直している理由と言っても良いだろう。

 

 この中で一番髪の長く、軽くカールを巻いた少女はいつきの挙動全てを見透かすように視線を尖らし、監視観察してる。喉の奥に氷を詰められたような感覚。殺気に近い何かだと推測できる。なぜ推測できるのかというと、それは彼がそこそこ修羅場を潜り抜けてきたからだ。

 

 目の前の、少女には及ばずとも。

 

 いよいよ舌が回らなくなっていると、フレンダがコップをテーブルに置きながら話した。

 

 「ん、伊庭いつきって言うんだって。今日からここの学校に転入してきたみたい」

 

 「へえ、随分遅れて能力開発するのね」

 

 敵意と疑惑が重なった声がいつきの胸を貫く。栗色の髪をした少女は警戒するように口角を下げた。

 

 「えっと、転入と言っても急になんですよ。会社ぐるみで………」

 

 困ったようにいつきは頭を掻く。

 

 「会社ねぇ。学園都市が外から態々雇うだなんて聞いたことないわよ?」

 

 「そう言われましても、僕もなんで学園都市に連れてこられたのか、知らないんです」

 

 「あっそ」

 

 興味が失せた。若しくは警戒するだけの人物ではない。そう判断したのか、栗色の髪が綺麗な少女は紅茶に口を付ける。薄く漂わせていた殺気が消えたのを感じて、いつきは安堵の息を吐いた。

 

 彼女はいつきの事情を社長の息子か、企業の幹部の子供と推測した程度で終わられた。

 

 「でもここに超来るんだったら規約として能力開発するんですけど、もうしたんですか?」

 

 「僕らはしないよ。ここに来るとやっぱり超能力とか使えるようになるんだ」

 

 感嘆の声を上げるようにしていつきは呟くと、フレンダが含みを持たせるように言った。

 

 「まぁ、結局本当の『超能力』に目覚める訳じゃないんだけどね」

 

 「え……?」

 

 「知りたいんだったら調べてみるといい訳よ。それより、なんで能力開発受けなくていいの?」

 

 一番の気になるところにフレンダは直球で質問すると、いつきはダフネが言っていたことを思い出しながら、半ば復唱する。

 

 「うん、一時的な入学だしなにより特別来賓、つまり留学生みたいなものだから免除みたい」

 

 「特別来賓?」

 

 この言葉に誰よりも喰いついて見せたのが、さっきいつきを意識の外に飛ばしたばかりの少女だった。険しい表情で、滑らかな顎のラインをなぞるといつきに視線を合わせた。

 

 「ね、特別来賓なら手帳みたいなの貰ったでしょう? 見せて」

 

 「見せていいのかな?」

 

 「大丈夫、詳しいことはあんまり書いてないから」

 

 だから、お願い! という少女にいつきは断りきれなくなって、ズボンのポケットから生徒手帳のようなものを出した。黒い革の貼られた手帳を手渡すと少女は白く長い指でページを捲る。そして徐に目を通していると、ある項目で視線が止まった。そしてそっと閉じると、華の咲いたような笑みで返した。

 

 「ありがと伊庭いつき君。私は麦野沈利、よろしくね」

 

 「あ、はいよろしくお願いします。麦野さん。でもどうして急に?」

 

 「詳しいことはそこまで書いてないけど、名前とか書いてあったし自己紹介しないとフェアじゃないでしょ」

 

 微笑む麦野につられていつきも笑い返した。

 

 しかし、そこでいつきは落雷に打たれたように体が跳ね上る。

 

 「あ、連れが居るんでした! それじゃまたいつか!」

 

 走っていく背中を見ながらフレンダは麦野に視線を戻しお茶を一口飲むと、縁に口を付けたままこっそり尋ねる。

 

 「どうしていつきの証明書見た訳?」

 

 「特別来賓にはいくつか種類があんのよ」

 

 そこで麦野はシャケ弁を取り出し、嬉しそうにしながら蓋を開けた。緊急な事態にならない限り、どんな事よりもシャケ弁を優先する麦野は、昼食の準備と同時に掻い摘んで説明する。

 

 「一つが留学生ようの特別な奴。これは大体統括理事会の外交を管轄してるヤツの名前で出されるの。今は“親船”かしら。んで次は、留学生でも位の高い奴用。この場合は外交管轄だけじゃなくて統括理事会のヤツ全員の名前よ」

 

 麦野の言葉で二人が思い描いたいつきの『特別来賓』の位は一般的な特別だった。あの少年が位の高い人物に全く見えないからだ。

 

 「でも、あの伊庭いつきはそのどちらでもなかったわ」

 

 「それってじゃあ、もう一つ超特別があるんですか」

 

 絹旗最愛という少女の問いに麦野は皮肉を混ぜっ返した。

 

 「そうね。あれは超特別よ。私だって知らなかったわ。あんな特別があっただなんて」

 

 「焦らさないで欲しい訳よ」

 

 「はいはい、その超特別な理由だけど、外交管轄もしくは統括理事会のサインが通例なの。でもあれに書いてあったサインの主は」

 

 そこで一旦区切ってシャケを頬張る。ここで苦言を呈すものなら、その人物はすぐさま棺桶行きだろう。それほど麦野沈利と言う少女のシャケにかける思いは、ずば抜けているのだ。彼女の至福の時を邪魔しないようにフレンダは持ってきたパンを齧り、絹旗は雑誌に掲載されてある新作映画の欄をくまなく目を通す。

 

 二人が好きなように時間を潰していると、麦野が仕切りなおすように箸を置く。どうやら食べ終わったらしい。

 

 「学園都市統括理事長。アレイスター=クローリーの名前だったわ」

 

 「!?」

 

 息を呑むのと同時に、時間が凍りついた気がした。

 

 「見かけによらないもんね。アイツなにか隠してるわよ」

 

 まさか自分らの直轄の上司、しかも学園都市最高権力者が直々に入学を許した人物なのだ。麦野の要注意人物のトップクラスに『伊庭いつき』の名前が追加された。

 

 「でも気になるのが『僕ら』ってこと。つまり複数人、アレイスターが招いたやつが居るのってことよ」

 

 不敵な笑みを零しながら麦野はテーブルをなぞる。仕事としてターゲットになるなら接触が簡単なのに、と愚痴をいいながら窓の外の平凡な風景をただ瞳に写していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぅぅ!!」

 

 「どうしたん社長?」

 

 「いや、なんか寒気が……」

 

 背筋に氷を宛がわれたような悪寒に体を震わせてしまった。

 

 なんとも命の危機を感じる。いつから自分の第六感は鍛えられたのだろうと、口の中で呟き、ついでに過去の記憶を思い返す。

 

 不思議な事に入退院を繰り返した思い出が濃い。一番記憶に新しい、吸血鬼ツェツィーリエと死闘。葛城という歴史の根元に巣くった鬼との激戦や《アストラル》元取締役の錬金術師、ユーダイクス・トロイデとの魔術決闘(フェーデ)、そして最初は入札の奪い合いで敵同士だったアディリシア達《ゲーティア》と決戦。

 

 まだまだ沢山の魔術師や異界のモノと戦った事がある。

 

 確かにコレだけ短期間に毎度毎度、飽きずに死にかけになっていると嫌でも第六感は強化と進化してしまう。

 

 いつもなら、第六感が働く前に彼が所有している妖精眼(グラムサイト)が感知してしまうのだが、ここは学園都市。

 

 魔術という単語は空蝉より空虚だろう。

 

 「僕の妖精眼は『超能力』に対抗出来るのかな?」

 

 いつきは顔の右半分を覆うほど大きい黒い眼帯に触れながらそんな事を呟いてみる。

 

 魔法使い三人は何とも言えない、と言うように首を横に振った。

 

 「私たちは『超能力』についてなにも知りませんわ。いったい、どういったメカニズムで発現するのかも」

 

 「内側に入れたので、外側から得られる情報は多いでしょう。情報収集をしなくてはなりませんね。いつき様の眼で直接その『超能力』を見るのが手っ取り早いと思いますが」

 

 「そやね。どこの学校も能力者みたいやし、見れる機会はいっぱいあると思うよ」

 

 その時は暴力沙汰に巻き込まれないといいなぁ、と思う伊庭いつきだった。しかしこの少年、どこかの不幸少年と引けをとらない『不幸体質』でもあり、フラグ体質なのだからこの願いが叶うことは無いだろう。日常にある地味な不幸に見舞われることがないのが唯一の違いなのかもしれない。

 

 「能力に強い、とか弱いとかってあるんですか?」

 

 「えぇ、学園都市にたったの七人しか居ない『超能力者』が能力の段階的に一番強いそうです」

 

 「それって〈位階〉みたいなもん?」

 

 穂波の質問にダフネは資料を手渡し付け加えるように答えた。

 

 「はい。私たちで言えば〈位階〉と言えるでしょう。ここでは『超能力者』を通称『LEVEL5』と言うらしいです。総人口230万人の八割が学生でその中から七名しか到達できなかった場所。どうにも才能に左右される力のようですね」

 

 「あと、これ見る限りまだ理論上では上の階級があるみたいやね。ふーん『超能力者』ってうち等からみたら6=5(アデプタス・メジャー)なん?」

 

 「ならアディリシアさんと同じだね?」

 

 「強さの定義にも科学的価値と言うものがありますし、私より弱いかもしれません」

 

 つん、と返したソロモンのお姫様は自分と同等の者をこの目で確かめなければ気が済まないらしい。彼女がただ一人、同等の存在と認めたのは、斜め前に座った穂波・高瀬・アンブラーだけだ。

 

 その仕草が可愛らしくて笑ってしまうと、アディリシアは頬を膨らませた。

 

 「なんで笑うんです?」

 

 「なんだか可愛いなって思って」

 

 可愛いと言われ、顔を真っ赤にしたアディリシアは俯き、その黄金の髪で色づいた頬を隠した。首領の新たな一面にダフネが微笑んでいると、いつきの右目―――――妖精眼がズキンと傷む。

 

 「………社長?」

 

 「あ、あわわわ!!?」

 

 妖精眼は呪力、その流れや魔法そのものを見抜く力がある。

 

 そしていつきのこれは、とても強力で本人にはまるで制御が出来ていない。なので強力な呪力や魔法に反応して所有者を蝕むのだ。この程度なら問題はない。が、もし眼帯を取ったら彼は力に振り回されるだろう。

 

 しかし、今の伊庭いつきには妖精眼の封印を解く以上の危機が迫っていた。

 

 もちろん危機の正体は――――

 

 「ほ、穂波! 落ち着いて、なんか黒いよ、ドロドロしてるよ!!」

 

 ケルト魔術正社員兼社長教育係の穂波・高瀬・アンブラーその人だ。

 

 眼帯越しからでもありありと見えたのは、穂波から発せられた呪力。深緑の森を連想させる美しい緑色、のはずだが今は色が濃く濁っているようにも見える。

 

 「落ちついとる。けどなぁ、他の結社の首領を口説くのはちっとどうかなぁ。どう思う?」

 

 「はいぃぃぃ!! ごめんなさい! でも他意があったわけじゃ」

 

 「それが一番危ないんや!!」

 

 じりじりと焼くような傷みが右目から脳に伝わる。もう右目を抑えながら恐怖で首振り人形と化したいつきは涙目だった。

 

 「もう訳ございませんが、もう少しお静かにできませんか?」

 

 怒り心頭で、憤慨していた穂波がダフネの一言でピタリと止まった。辺りを見渡すとチラチラとこっちを盗み見る視線とぶつかり、恥ずかしそうに赤くなり俯く。

 

 「ごめん。社長」

 

 そっと労わるように冷たい指が眼帯を撫でた。

 

 「こっちこそ。その、ごめん」

 

 気まずい沈黙が流れ、どうやって流れを変えようか模索している中、ウエイトレスが食事を運んできた。

 

 「サーロインステーキの方はどちらでしょうか?」

 

 「こちらの方です」

 

 「え? 僕なの?」

 

 「失礼ながら、勝手に決めさせてもらいました」

 

 通路に近いダフネが受け取り、いつきに回す。それからアディリシアにカレーが来た。スパイスの香りが空腹を刺激して、いつきが見ていると、アディリシアは小首を傾げた。

 

 「あらイツキもカレーがよかったんですの?」

 

 「あ、いや美味しそうだなって」

 

 「隣の芝生は青いんやね」

 

 からかう様に穂波が笑い、いつきも苦笑しながらグリルの上の肉を切り分けた。一口食べるとソースと味が絡まり美味しかった。セットでライスを頼んでいたらしく、そっちも食べる。日本人の性なのだろうかやはり白ご飯は格別だ。

 

 「あ、来た」

 

 テーブルの上に置かれたメニューはサンドウィッチとコーンスープ、火を通したウインナーとサラダのランチセットだった。穂波がそれを受け取りダフネはネギトロ丼を受け取った。桃色の魚肉の周りには刻みノリが散らされ、漬物と味噌汁のセット。なんとも意外な組み合わせに、いつきのフォークとナイフが止まる。

 

 「どうしましたいつき様?」

 

 「日本食を食べるんですね」

 

 感想を率直に言うと、ダフネは頷いた。

 

 「ええ、結構生魚も美味しいのもですね。蛸は食べれませんが」

 

 「見た目ですか?」

 

 「それもありますが、舌触りと匂いでしょうか。どうにも慣れません」

 

 「へぇ、ダフネさんにも苦手なものあったんだ」

 

 何でも出来るイメージから好き嫌いも無いように思えたが、やはり好き嫌いはあったらしい。今まで使用人とお客様という堅苦しい付き合いしかなかったが、ここに来てダフネという人物が見えてきた気がした。

 

 もしかすれば、ダフネなりに気を使ってくれているのかもしれない、といつきは思う。これから大きな屋敷とはいえ同棲するのだ。少しでも認識を深くするれば、今後の生活は変に余所余所しくならないだろう。

 

 だから、いつきも何か話題を出してみる事にした。

 

 「みんなは、好きな食べ物ってあるの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 好みの話に花を咲かせ、楽しい昼食を終えるとレジで会計を済ませ店を出た。ほとんど真上から太陽の光が降り注ぐ。

 

 肌を焼く熱い光に目を細めていると、ちょうど猫屋敷とみかんがこちらに渡ってきた。

 

 「おやナイスタイミングですね。時間には余裕がありますが、もう行きますか?」

 

 「そうですね。車の手配もできると思いますので、少々お待ち下さい」

 

 携帯を取り出し、ダフネは皆から少し離れる。

 

 その間、手持ち無沙汰ないつき達はファミレスから離れ辺りを散策する。彼女を置いてきたが心配することは無い。探索魔法もあるし、手っ取り早く携帯で居場所を知らせればいい。なのでいつき達は、みかんに振り回される形で近場わ歩き回る。

 

 「なにからなにまで、科学的だね」

 

 「本当だね。科学が発展したって言うから、空気とかもっと汚れてたりしてるかと思った」

 

 「でも実際は、クリーンエネルギー開発はもう済んでますわね。火力発電などは見受けませんわ」

 

 観光気分で呟くいつきとみかんにアディリシアが知っている知識を提供する。納得するように声を漏らしたいつきの隣で話を聞いていた穂波は愚痴を零した。

 

 「これだけ発展しとんやったら、もっと外に情報開陳してほしいもんやね。そしたら自然環境はよくなってウチらみたいな家業は助かるのに」

 

 「難しいでしょう」

 

 扇子で猫たちに風を送りながら猫屋敷は自分より背の低い子供たちを見下ろす。

 

 「どないして?」

 

 真っ先に聞いてきたのは、穂波だった。

 

 「簡単です。この学園都市は科学技術の提供と、ここに入学してくる生徒さんの親御さんが払ってくれる入学金とかその他の支払いで成り立ってます。学生さんは兎も角、技術情報は言わば商売道具。はいそうですかと、簡単に上げ渡しては直ぐにネタは尽きてしまうでしょう。そうならないように、ここは情報の漏洩とか、かなり厳しく取り締まってるらしいですよ。外から持ってきた携帯、繋がらないでしょう?」

 

 弾かれたようにいつきと穂波は携帯を確認して、嘆息した。

 

 何故か圏外になっている。学園都市製の携帯でない限り繋がらないようだ。となると、この携帯は外の世界では繋がらないのかもしれない。

 

 そこでいつきが思い出したのは、先ほどのダフネだ。ここでは携帯が繋がらないことを知っているのだろうか。確認しようがないのでアディリシアに振り返ると、どこか勝ち誇ったように微笑を綻ばせていた。

 

 「〈ゲーティア〉にはもう学園都市製の携帯は配備していますわ。確かに、情報はなににも勝る宝でしょうね」

 

 「いつの間に契約しとったん?」

 

 「少し前から投資で〈メイザース家〉は参入していましたので。この程度なら簡単ですわ」

 

 〈ゲーティア〉の表の顔は一流の投資家だ。科学技術を開発する上で、もっとも問題なのは開発費用だ。それを肩代わりしてくれる場所や人物は必要である。

 

 なのでこのような事業者にとって未知の開発は、一種の博打であり当たれば一生掛かっても手に入れられない富を築ける場所でもあるのだ。失敗すれば言うまでもないが。

 

 「なるほど、もう参入していましたか。どうです? 投資したところの研究成果は?」

 

 「そこは秘密です。ビジネスについては、〈アストラル〉の者でもお教えできませんわ」

 

 仕事と私的、魔法使いとしての自分を厳しく分け隔てたアディリシアは、頑としてなにも言わなかった。

 

 しかし、投資だの経済などに無縁のみかんは、話の腰を折ってとある場所を指差した。

 

 「ねぇお兄ちゃん社長。なんであそこのお店だけ閉まってるの?」

 

 「本当だ。外装とか見る限り銀行だね。珍しいね銀行がお休みだなんて」

 

 気にも留めず二人は近くにあるクレープ屋を発見して、みかんが食べたいと言ったのでいつきは手を繋いで買いに行った。仲良く手を繋ぐ後ろ姿は、兄妹に見える。

 

 陽光の光が眩しい昼時。魔法使い三人は、いつきとみかんが気に留めなかったその銀行に鋭い視線を送った。人が往来する時間帯にシャッターを下ろせば嫌でも目立つ。それは目立つくらいでなんとも無いが、問題なのは、銀行が閉まっているということだ。

 

 企業間の金の取引では必ず出てくる場所。金融だけでなく、一般の人々にも密接に関わって来る大事な機関が理由はどうあれ使えないのは不便だ。実際、今スーツを着た男性が銀行の前で足を止め、首を捻りながら歩き出した。

 

 「どう思うアディ?」

 

 「強盗でしょう。でも私たち一般人ですので、警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッチメント)にお任せするしかないでしょう」

 

 「なんですかその警備員とか風紀委員は?」

 

 「簡単に申し上げますと、教師から有志を募り集められ者たちが警備員。それに対して風紀委員は生徒から有志を募り集められた人達。両方訓練をし、合格したら晴れて仕事が出来るそうで。自警団の強化版と言ったら早いでしょう」

 

 また新たに学園都市の知識を手に入れた二人は、合点した、と吐息を零す。しかし警察が居ないことに驚いてもいた。正直、治安がいいのか気になる。

 

 そこの所を聞こうと、穂波が口を開こうとしたした瞬間、

 

 鼓膜を殴る爆発音と、人々の悲鳴が響き渡ったり、黒い煙の奥から強盗と思わしき三人が出てきた。

 

 「どけ! おい早く逃げるぞ!」

 

 「あら、どうやって?」

 

 可憐な少女の声が騒音のなかで、一際異彩を放つ。男共が振り返ると、ツインテールの中学生くらいの女の子が、腕章を見せつけ高らかに宣言した。

 

 「風紀委員(ジャッチメント)ですの! 大人しくお縄につきなさい」

 

 「風紀委員だと!! 来るのが早すぎだろう。ちくしょう!」

 

 男は仲間にバックを押し付けると、何も無い、その手の平から火球を生み出すと少女に投げつけた。辺りをほんのり赤く染め上げた炎は街路樹に燃え移り、さらに騒然とさせる。

 

 「なにが風紀委員だ! 俺の」

 

 「発火能力(パイロキネシス)強能力者(LEVEL3)ですわね。しかし、それがどういたしました?」

 

 ゾクッと男の首筋を冷たいものが走った。勢いをつけて振り向くと、悠然と微笑む中学生の女子。少女はどうやってあの火炎を切り抜けてきたか分からないが、確かにそこに存在していた。

 

 自身の余裕を弄び、腰に手を置く。下に見られた男は奥歯を噛むと、もう一度その手に炎を宿す。それよりも早くから動いていたのは、少女の方だ。

 

 「ふッ!」

 

 気合を入れた呼吸音が、自分の後ろからしたのに気づいた時には、男は地面に顔面から突っ込み激痛にのた打ち回る前に、虚空から出現した細い鉄の杭により、服をアスファルトに縫いとめられた。

 

 「……て、めぇ空間移動(テレポート)だったのか。それにLEVEL4だと! 聞いてねぇぞ!!」

 

 「だって私言ってませんもの。では自己紹介が遅れました。白井黒子と申します。今後、会うこともないでしょうがよろしくお願い致しますわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どれも美味しそうだね」

 

 「うん、僕はチョコフレークにしようかな」

 

 「なら私はバナナにする」

 

 その会話は事件が起きる数分前の日常のどこにでもあるひと時だった。

 

 クレープを買いに来た二人は、目当ての物を買うために列に並びながらどれを買うか吟味し、たった今決まった。

 

 「どれにしますか?」

 

 「チョコフレークとバナナを下さい」

 

 「畏まりました」

 

 二人の店員は、素早く仕事をこなしていく。一人は会計を済ませ、それが終わると袋を漁り、最後の二つですよ、と言って可愛らしくデザインされたカエルのストラップを手渡した。そしてもう一人は、作って置いたクレープの生地の上に、生クリームを塗りチョコをふり掛け、二つに折ると端のほうから丸めて形を整えると、気がつけばピンクの包装用紙に包まれていた。仕上げにトッピングのさくらんぼを乗っけていつきに手渡す。もう一つのクレープは、会計をしてくれた人が作っていたらしく、直ぐに来た。

 

 一分も掛かったかどうか分からないくらいの早業には、感心するしかない。職人芸とまでは言わないが、鍛えられた動きであることは、間違いない。

 

 「わーい! お兄ちゃん社長ありがとう!」

 

 「うん、ベンチに座って食べようか」

 

 「ぁ…ぁああぁぁ」

 

 地獄の底から這い出てきた死霊の呻き声を思わせる声にいつきとみかんは飛び上がった。慌てて音源を捜すと、自分たちの直ぐ後ろ。そこにはシャンパンゴールドの髪に、中学校の制服と思わしき服を着た少女が打ちひしがれていた。事情を聞こうにも、うわ言の様に、ゲコ太がゲコ太がと呟いており正直恐い。

 

 うろたえていると、真っ黒のロングヘアーの少女が駆け寄ってきた。

 

 「ごめんなさい。えっと御坂さんどうしたんですか?」

 

 「ゲコ太ストラップが、もう無いって……」

 

 ありゃ、と困ったように頬を掻く黒髪の少女は御坂と言う女の子を列から外させると、ベンチに促した。

 

 ピクリとも動かない御坂を心配したのか、彼女の友達女子二名が駆け寄る。痛々しい御坂の姿に居た堪れなくなったいつきは、手の中にあるカエルのストラップを見て意を決したように、そっと握り締める。

 

 「みかんちゃんはどこかベンチに座ってて」

 

 「うん分かった」

 

 クレープを食べたくて仕方ないのか、みかんは空いてるベンチに座ると目の前の獲物に齧り付いた。

 

 その間にいつきは、この世の絶望を体現したかのような少女に話しかける。

 

 「あの、すいません」

 

 「なんでしょう?」

 

 それに答えたのは、ツインテールの女の子だった。いつきは手の中にあるストラップを差し出し答えた。

 

 「これを彼女にと思って。僕が持ってても仕方のない物だから」

 

 「ホントにいいの!!?」

 

 「ふえ!?」

 

 しっかりと自分の手を掴む、女の子特有の柔らかい感覚。そして視界いっぱいに広がる少女の高揚した顔にいつきは驚いた。ベンチから五メートルは距離があった筈だが、御坂は物理的距離を無視して俊足で現れた。この時ほど、光速というものを感じたことは無い。

 

 「返してって言っても返さないわよ!」

 

 「あ、上げるから。それは君に上げるよ!」

 

 「やったー!! ゲコ太だゲコ太だ!!」

 

 その変わりようにいつきは驚かされた。人間は、時に希望がなと生きて行けないんだな、とも実感した。

 

 「あ、そうだ。ありがとね、えっと」

 

 「伊庭いつきです」

 

 「私は御坂美琴。ストラップありがとうね伊庭くん」

 

 「元気になって何よりです御坂さん」

 

 これが、常盤台の超電磁砲(レールガン)の異名を持つLEVEL5御坂美琴と、妖精眼(グラムサイト)を宿した伊庭いつきとの出会いであった。

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