特別なイベントが無ければ、渋滞が起こらない学園都市の道路。
無人でも走れるバスは、登校時間に多く走るが夏休み初日の今日はバスも走り回っておらず、快適な走りだった。御坂たち学園都市の車の免許を持てない学生は、バス利用よりも電車の利用が多いらしくそのことがバスのダイヤに弱冠の空白を与えている原因でもあるそうだ。
思っていたよりも早くいつきたちは、これから通うであろう学校に着いた。校門前で車を降り、いつきは来客用の玄関に向かう。
そこで、御坂が声を上げた。
「あっ! アンタこの学校の生徒だったの」
御坂の声に過剰に反応したのは、黒い髪をウニのように爆発させた何処にでも居そうな高校生男子だった。なんだか嫌そうな顔で前髪辺りから火花を散らす中学生から距離を取ろうとしている。
「げ! よりによってビリビリかよ。朝からシスターがベランダに引っかかってるは、お前に会うは、今日は不幸だなぁ」
「なによその反応! 大体アンタが勝負しないから悪いんでしょ!」
不幸の基準点にされたのが気に障ったのか、御坂が発していた電気の量が跳ね上がった。
それを見ても特に表情を変える訳でもなく、上条は頭を掻く。
「だから俺の負けだって。無能力者が超能力者のお前に勝てるわけ無いだろう。これからメシ食った後の補習だし上条さんは忙しいですよ」
「なら終ったら勝負しなさい! 絶対に今度こそ白黒つけてやるんだから!」
まだ興奮が収まらないのか御坂は、火花を散らしながら戦線布告をする。対して上条は、頭の中でどうやってこの電撃中学生から逃げようか必死に策を練っていた。
補習が終れば自由だと思っていたが夏休み初日から大波乱が待っている不幸さに頭を悩ませていると、見慣れない四人の人が驚いたように上条たち、正確には御坂を見ている。
気になった上条は、どうやって勝利するかを考えていた御坂の肩を突く。
「なぁ、あの人たちは誰だ?」
「ん? あの人たちは、今日から学園都市に来た特別来賓の人たちで、この学校に通うんだって」
言われて上条は四人を改めて見た。
白髪と黄金の髪の二人は完璧な西洋人で、もう一人栗色の髪の女の子は東洋人と西洋人のハーフであることが真っ青な瞳の色で分かる。唯一の男子である小柄の少年は顔の半分を覆い隠す黒皮の眼帯をしていた。そんな目立つ特徴をしているのに、美女三人に囲まれて存在がちょっと薄れて見えた。
太陽の下で更に輝きを増した黄金の髪を靡かせ、どんな宝石よりも澄んだ輝きを魅せる翡翠色の瞳。すらっとした鼻筋に、可憐な桃色の唇が眩しい。陶磁器のように白い肌、均整のとれた身体は彫刻がそのまま動き出したかのような存在と対になるような少女が一人いた。
栗色のセミショートの下には、薄ぶちのメガネ。その奥には蒼氷色の瞳が輝く。滑らかな肌質に、日本人の繊細な顔立ちに西洋の色合いが妙に合っていた。どこか丹精込めて育てられて一輪の蒼薔薇を連想させる自然を象徴したかのような存在。
二人は神に愛されたのではないかと、疑いたくなるくらい美しかった。
思わず上条の口から熱の篭った感想が零れ出た。
「綺麗だ……」
「ど、同意見だけどなんかムカつく」
同性から見ても惚れ惚れとしてしまう美しさの二人。特に嫉妬という感情は無かったが、いつも自分を見るたびに嫌な顔をする奴が鼻の下を伸ばしている姿を見ると苛立ちが募った。
思いっきりその惚けた顔を殴ってやろうかと考えていると、後から降りてきた佐天が御坂を呼んだ。
「御坂さーん! 車の中で待たないんですか?」
「そうね。あんまり迷惑かけられないもん。ごめんねやっぱり勝負は無理みたい」
手を合わせて上条に謝るが、当の本人は勝負がなくなったことに内心大喜びしていた。これで肝を冷やすような思いをしなくてもいい。
「いやー、上条さん的には一生勝負なんてしない方が嬉しいんだけど」
本音が飛び出すのはご愛嬌。御坂は上条の願いをスルーして佐天と会話しながら黒塗りの高級車に乗り込んだ。
取り合えず危機が去った事に安堵した上条は、肩の力を抜いていると後ろから声を掛けられた。
「あのー、職員室がどこか知っとる?」
「へ?」
驚いて振り向けば近い距離に、栗色のショートヘアーの女の子が首をかしげて立っていた。
「職員室は、一階の特別等にあるけど。えっと転入生だよな?」
「うん。穂波・高瀬・アンブラーや。よろしゅうな」
「俺は上条当麻。……どこが名前なの?」
ハーフに知り合いがいない上条当麻には、告げられた名前がいったいどこが苗字なのかさっぱりだ。
戸惑ってる上条に穂波も微苦笑しながら答える。
「穂波でええよ。ねぇ当麻くんは何年生?」
「え、えっと一年生です」
間近で見ると更に美しい瞳に吸い寄せられるようで、赤面しながら視線を逸らす。緊張でガチガチになっている上条に穂波はにこやかに返した。
「ふーん。だったら後輩やね。まだ時間があるんやったら、道案内お願いできる?」
年上であることに残念だと思った上条だったが、二つ返事で了承すると急いで生徒玄関に向かった。黒髪のツンツン頭が校舎に消えていくのを見送ったあと、穂波もいつき達の所に戻る。
「どうしたの穂波?」
「道案内頼んだから、まぁ直ぐ来るやろ」
「これから通う所ですし、仲良くしていた方が便利でしょう」
上条を新たな情報源として見ているアディリシアの言葉に穂波は、息をついた。
「計算高いのは、職場だけにしたらええやん」
「付き合うかあらには勿論、友人としてですわ。お人好しそうなのが高得点っと言ったところでしょうね」
それを計算高いと言うのでは? と思ったがいつきは何も言わなかった。この場合は沈黙は金である。
アディリシアは舞踏会場でターンをするかのような美しさを伴って踵を返す。来客用の扉を潜り、靴を靴箱に仕舞うと掛けてあるスリッパを履く。いつきはさっきの少年が来ていないか見渡すがまだ来ていない。
すると、廊下の奥から小走りしているのか軽快な足音が響く。
「おっと! 遅れてごめん。それじゃ案内します」
「伊庭いつきです。よろしく」
「そう言えば穂波以外には、まだ自己紹介がまだでしたね。上条当麻です」
どこにでもある日常風景の中に多く見受けられる平凡な日本人の外見をした少年にいつきは親近感を覚えた。今まではそんな平凡にいつきも埋もれていたわけだが、こうして魔法の世界に触れて異常が日常になってしまった身には、ちょっとした癒しなのかもしれない。
「よろしくね。できれば敬語は使わなくていいよ。むしろこっちの方がいろいろ学ぶ事が多そうだし」
いつきよりも身長の高い上条は、すこし語調を普段使っているものにして答えた。
「そっか。なら遠慮なく。始めまして」
いつきの隣に立っていたアディリシアにも一礼すると、彼女も微笑み返した。
「始めましてアディリシア・レン・メイザースですわ。アディリシアとお呼び下さい。こちらが
主・アディリシアの斜め後ろで黒白の麗人は美しく折り目正しい一礼をする。その動きには一切の無駄は無く、長年の蓄積も伺えるが、それと相反するように彼女は二十代半ばと若い。
「始めまして。……アディリシア様日本語だと家令と呼んで頂いた方が嬉しく思います」
片腕たる者の言葉にアディリシアは小首を傾げた。
「あら、そうでしたの? でしたら今度から気をつけますわ」
一通り自己紹介を終えたので、上条も気兼ねなく案内が出来る。
「それじゃ職員室はこっちだから」
先行する上条に四人が続く。ちらっと振り向いてみたら、ダフネ以外の三人は夏休みで人が極端にいない学校を見渡していた。しかしこの高校自体、外の世界にありふれている学校と対して変わらないために、女子二人はすこし落胆の色も見えたが安堵も混じっていた。
伊庭いつきにいたって完全に安堵していた。小声でよかった、というのも聞こえた。
環境が激変するよりも普段を好むのは、誰にだってある事だ。上条も初めて学園都市に来たときの緊張感を思い出し、いつきの気持ちが手に取るように分かる。女の子の方が好奇心が強いのは、少々以外ではあったが。
普遍的な造りの廊下の途中にある扉を指差し上条は、道案内もここまでという若干の寂しさがあった。
「あそこが職員室。誰か先生が居るから詳しい話はそこで」
皆が上条に一礼すると、職員室の扉が開く。
上条が振り向くよりも、子供特有の高い声が彼の名前を呼んだ。
「あー、上条ちゃん。まだ教室入ってないのですか? 予鈴に遅れたら居残りの刑なのですよー。って後ろの人たち誰ですか?」
「子萌先生、補習で居残りは勘弁して欲しいんですけど」
「先生!?」
彼が言った言葉が衝撃となって四人を貫いた。
それは正しく、雷撃を浴びたのではないと錯覚してしまうほどのものだった。
異様なものを見るような目で見られる子萌は、上条の制服の裾をつん、と引っ張る。その仕草の時点で既に子供同然。外見までどこにでもいそうな子供なのに、この人物を先生と認識できる方がおかしい気がしてならない。
「上条ちゃんこの人たちとお知り合いですか?」
「転入生だってさ先生。二年らしいけど、先生なにか聞いてない?」
「それなら、黄泉川先生が楽しそうに語ってましたよ。この学校に珍しく転入生が来るって」
今朝、やけに上機嫌だった同僚の一人を思い浮かべながら子萌は上条の後ろで未だ愕然としている三人にお辞儀をする。
ダフネは既に、硬い表情で子萌を観察していた。
「学校にようそこ。先生は全力で歓迎するのですよ」
無邪気な笑みを向けられても、四人はどうリアクションしていいか分からずぎこちなく頷いた。
その様子を見て上条も、こっそりため息をつく。
一番最初に会った教師が月読子萌だったのはやはり不味かった。誰も初めてあった時、彼女が成人女性だと看破できたものは居ない。小学生よりも幼い少女が学校の担任という間違った、ある意味あっている認識をされていることもあって上条もさりげなくフォローを入れておく。
「これでも俺より年上だから。まぁそのなんだ、慣れてくれ」
「え? でもみかんちゃんより子供だよ。学園都市って不老不死を完成させたの?」
「魔法で不老不死って言ったらどれだけの呪波汚染をばら撒くかわからへん。科学であっさり長年の目標を追い越されたって知ったら、魔法使いのみんな発狂するやろうね」
魔法使いでも不老不死に至るのは長年の夢だ。願望だと言ってもいい。魔術の最奥、秘儀、その全てを掌握するのに人生という時間は短すぎる。それ以上に、魔法に身を捧げるならば自ずと寿命は削られてしまう。だから魔法使いの殆どは、死ぬ事も朽ちる事も無き永遠を欲するのだ。
しかし不老不死とは、死の脱却であり、万物の摂理から切り取られる禁忌。そして必ず死ぬ身を永らえさせるだけでも壮絶な呪波汚染を撒き散らす。死と言う概念を身体から削るのだ、人が死ぬほどの大惨事を魔術の不老不死は世界にばら撒くであろう。
だからこそ欲していても多くの魔法使いは手を出しにくいのだ。ごく一部の例外を除いて。
「確かに悔しいですわね。願望を先に成し遂げられるというのは、いい気がしません」
珍しくアディリシアも気色ばむ。
やはり魔法使いとしての意地があったのだろう。
「あの、なんだか良く分かりませんが、そうぞ入ってください。黄泉川先生も中にいらっしゃいますから」
呪波汚染など魔法など不思議ワードが飛び交う会話に見た目小学生教師が付いて行けず、取り合えず職員室に入室を勧める。
だがそんな中、上条だけは魔術という単語に今朝起きた事件をふと、思い返していた。
寮のベランダに干されていた銀髪碧眼の異国人美少女、インデックス。
十万三千冊の魔道書。
どれも決定的に信憑性に欠ける話で、信用も出来なかったが彼女が真摯であったことは鈍いことで有名な上条当麻にもわかった。
だから表面上、取り繕う形で信じると言ったのだ。
その後は、適当に野菜炒めを食わせてインデックスはお礼を言って出て行った。
こうして始まった一日。
また聞いた魔法や魔術の単語。もしかすれば、あの少女となにか関係があるのだろうか。
そんな気がして、上条当麻はこの四人の事を記憶に残す事にした。
最後に職員室に入っていくいつきが、上条に軽く頭を下げる。それに上条は、片手を上げるようにして応えた。
「またないつき」
「うん、またね上条君」