とある別世界の魔法使い達   作:雨宮茂

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大きな流れが

 とある教室で転入する三人は撃沈していた。

 

 いや、正確には二人は難解さに四苦八苦するも得意分野では高得点を叩き出し、もう一人の小動物に見えるくらいびくびくしている小柄な少年は、半ば死んでいた。

 

 これは比喩表現というわけではなく、海賊のような黒い皮の眼帯をした少年は間違いなく精神的に死に掛けている。

 

 彼ら彼女らが先ほどまでしていたのは、学園都市の一般的なありふれたレベルの学力テストだった。

 

 伊庭いつきは、勉学に自身あったわけではない。魔術結社の首領に若干強制的になってからというもの、魔術の勉学までしなくてはならなくなり、元々真ん中くらいにあった学力も今では下がる一方。

 

 そこに学園都市の――――十年単位で差のある学力のテストがあったのだ。外から来たばかりなのにこれに追いつけと言うのは、少々酷だろう。

 

 だがしかし、現実とはいつでも非道で無慈悲なのだ。

 

 酷評は、黒い髪を結った緑色のジャージを着た女性からやって来た。

 

 「こりゃ酷いじゃん。国語や世界史、日本史、現代社会は外と変わらないからそこそこ取れてるけど、数学に理科、生物それにパソコンの技術が壊滅ときたか。他二人は、出来るのと出来ないのにちょっとばっかり差があり過ぎてるけど伊庭ほど酷くはないじゃん。二人なら二年に入っても大丈夫そうじゃん。でも穂波はパソコンに関してはノーコメントにさせて貰うじゃんね」

 

 語尾にじゃん、と言うのが口癖なのか子萌の同僚である黄泉川愛穂はテストのに関しての感想を言った。

 

 ちなみになぜ穂波のパソコン操作のテストがノーコメントなのかというと、テストで穂波はパソコンを二台ほどお陀仏させた凄腕の機械オンチだからだ。携帯の通話くらいなら普通にできるが、パソコンとなると話は別である。こう言った背景が、穂波の学園都市嫌いを後押ししている理由の一つだ。

 

 恐らくこの三人の中で一番まともな点数であっただろうアディリシアも疲労というか、脳の使いすぎで倦怠感が体中に蔓延してた。

 

 「流石にこれ程とは思いませんでしたわ。外の世界では優秀と言われていても、ここだとちょっと勉強が出来るくらいだなんて」

 

 「ここは理系に強い奴は、あるいみ得するじゃん。生物、物理、心理的な学問はどこまでも伸びるからな。でもこの学園都市に長く居ても一年くらいじゃん? だったらそう真剣に考えない方がいいじゃんよ」

 

 からからと愉快そうに笑う女教師に三人は心の中で、教師がそれでいいのか。とツッコミを入れた。

 

 「そんじゃ、これを元に一年か二年か検討するじゃん。今日はここまで。また後日連絡いれるじゃんよ」

 

 黄泉川の言葉を聞いて三人は立ち上がり、一礼すると教室の外に出た。

 

 廊下で待っていたのは、白いワンレングスの髪に灰色の瞳、白色人よりも尚白いのに赤みの帯びない肌。そして漆黒の男性用ダークスーツを身に纏う、まるでモノクロテレビから抜け出してきたような麗人、ダフネ。

 

 もし、武道の達人が彼女の立ち姿を見たなら思わずため息を漏らすだろう。

 

 揺らぐ事のない身体。いつでも動けるように、真っ直ぐ立ちながらの筋肉は適度に解していた。

 

 まさに戦うのみに鍛えられた技術に嫉妬する者もいただろう。

 

 「お疲れ様です皆様。お時間が掛かるようなので、御坂様たちは先に屋敷の方へ案内しています」

 

 「あら、もう引越しの準備は終ったのですか?」

 

 客を招待するなら何よりも完璧を求めるアディリシアにダフネは頷いた。

 

 「客間や廊下は既に整えられております。問題は御座いません」

 

 「なら結構です。さて、今日は戻って学園都市の情報を聞き出したら、件の霊脈(レイライン)を見に行きますわよ」

 

 「そうやね。学園都市にある霊脈を確認せんと協会が五月蝿いやろうし」

 

 穂波もアディリシアの意見に賛成する。

 

 今回、教会に頼まれた依頼は、発見された新たな霊脈を調査する事。しかし学園都市と魔術勢力はお互いいがみ合う様な関係で、容易には入れなかった。

 

 だが、学園都市側も霊脈から洩れ出る自然の呪力が暴走して呪波汚染になる事を恐れ特別に結社招く事にした。その中でも特に科学というものに偏見を持たず、呪波汚染の洗浄率が高い結社を依頼したのだ。

 

 そんな結社がそう簡単に転がっているはずもなく、教会は学園都市と会談して招く結社を二つにして貰った。科学に特に偏見を持たない魔術結社〈アストラス〉に呪波汚染の洗浄率はどの結社より高い〈ゲーティア〉この二つならなんとか学園都市に依頼に沿っている。

 

 なぜそもそも、協会が学園都市に協力するのか未だ良く分かっていないが、おそらく巨額の金が動いているのだろう。

 

 あくまでこれは予測だが仲の悪い二つが馴れ合う理由などその程度の理由だったりする。

 

 汚い部分を知らない伊庭いつきが仕事という単語に心なしか嫌そうな顔をするのは、単純に魔術関連の仕事は危険が付き纏うからだ。今度はなにが起こるか分からないので、今から胃が痛くなっていた。

 

 客人を待たせる訳にはいかないと、急いで黒塗りの高級車に乗り込む。

 

 その中でいつきは、柔らかな座席に座り込み大きなため息をついた。

 

 「どうなさいました?」

 

 いち早く反応したのは、アディリシアの片腕であり屋敷の管理から客人の対応、料理までこなすダフネだった。

 

 無意識にため息をついていたと、ダフネの問いで初めて知ったいつきは大げさに首を横に振る。

 

 「あ、いいえ。別に乗り心地が悪いとかじゃなくて、夜が来るんだなぁって思うと憂鬱で」

 

 「社長まだ慣れへんの?」

 

 「いや、だって一番最初のアレを思い出しちゃうし」

 

 一番最初の呪波汚染洗浄依頼。

 

 それは、ソロモン王の末裔が首領の〈ゲーティア〉との依頼の奪い合いから始まった。

 

 取り分け古い歴史を持つ〈ゲーティア〉との争いは熾烈を極め、念入りに準備をしてきたアディリシアに押される形となったが、そのとき異変がいつきと穂波そしてアディリシアを襲った。

 

 異変の正体とは、〈ゲーティア〉の先代首領オズワルド・レン・メイザースが起こした禁忌だった。

 

 七十二柱の魔神の殆どと融合したが魔法になれなかった力と汚泥の塊りとなった父をアディリシアは討つ為、入札してきたのだ。その後〈アストラル〉の協力もあって魔法の成れの果てと化したオズワルドを打ち倒したが、禁忌を犯した魔法使いは、その力を知らしめた。それこそ世界を崩壊させるくらいの。

 

 穂波に猫屋敷にみかんはことごとく敗れ、アディリシアも窮地に立ち絶体絶命だったが、伊庭いつきの有していた魔眼・妖精眼(グラムサイト)に救われた。

 

 あれがなければ、死んでいたのは自分達だったのは明白。それが最初の思いでなだけあって〈魔法の夜(マギ・ナイト)〉の単語は条件反射で背筋に冷たいものが走る。

 

 しかし気合を入れなおすようにいつきは穂波にこれからの事を聞いた。

 

 「まぁ、でも調べて特に異常がなければ〈夜〉の心配もないんでしょう?」

 

 「そやね。でも気をつけとかんと、呪力は荒れやすいエネルギーや。周りで沢山魔術使って処理せんかったら起きても可笑しゅうない」

 

 「そっか。でも魔法使いがそんなに侵入できない土地なんだし、大丈夫だよね」

 

 確かにここは学園都市。魔法や神秘など空虚な言葉でしかない。そんな世界に、魔術が横行する筈がないのだ。

 

 楽観視かもしれないが、これがある意味普通の物事の捉え方だ。

 

 「ところで、屋敷ってどれくらいの広さなの?」

 

 「イツキが来たあの屋敷と同じくらいですわ」

 

 しかし〈アストラル〉の事務所の十倍の広さで、イギリスのウェールズにあると教えられている〈ゲーティア〉の本邸からすれば十分の一程度。アディリシア本人には手狭に感じるだろうが、いつきには広大に感じた。

 

 「ははは、道を覚えないと」

 

 乾いた声で笑ういつきに穂波はため息をつく。

 

 「ほんま変わらんね」

 

 どんな事にも最初は弱腰になってしまう彼は出会ったときから変化が見られなかった。

 

 車は屋敷に向かって走っていく。

 

 外の世界に比べれば、車の数が少ない道は快適だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お帰りなさいませお嬢様」

 

 屋敷について出迎えたのは、電気街にいるようなメイドではなく、ヨーロッパに古くから存在する古典的なメイドだった。長いスカートにホワイトブリムのレース付きカチューシャだ。仕事着である事を重視して作られたヴィクトリアンメイド型であることから日本のちょっとした意識の違いが見られる。

 

 「あれ?」

 

 しかしメイドの人は日本人だった。

 

 「学園都市の繚乱家政女学校のメイド見習いで、研修生です。授業の一環なので給料などはありません。実践する機会が少ないので、ここで一時的に雇っています」

 

 ダフネの淀みない説明に穂波が小声でアディリシアに食いついた。

 

 「アディ! アンタなに考えてんねん! 一般人を魔法使いの屋敷に入れるなんて!」

 

 「ご心配なく、1階は客人用で非常時以外は特に問題はありません。それに格安で買えた条件がこのメイド見習い生の教育と実践ですから」

 

 主も淀みなく答え穂波は、不安そうに屋敷とメイドを見比べた。

 

 その屋敷の前には、泥岩(ピート)を使った花壇には、薔薇の花が咲く英国式庭園が広がっていた。それで浮かれてしまうような空気は漂うことなく、糸を適度に張ったような芯の通ったものを感じさせた。

 

 見渡しながらいつきは門を潜る。

 

 玄関を潜った先にあったのは、(くるぶし)まで埋もれてしまうのでないかと疑うほどの柔らかな上品な絨毯だった。

 

 更に威厳を増した内装に、吊り下げられたシャンデリアから蜜蝋の仄かな香りが漂う。

 

 緊張していつきは生唾を飲み込む。ついでに手汗を掻いているのはご愛嬌だ。

 

 先導するダフネがとある扉の前で立ち止まり、ドアノブを回す。

 

 押し開かれた先にあったのは、気品のある繊細優雅な客間だった。家具の古めかしい質感や、飾られた壷や絵画が時代を中世にタイムスリップさせる。

 

 客間の中央近くに質感の良い木製のテーブルと背もたれの縁を金で飾ったソファはテーブルを挟むように向かい合っていた。そこには、四人の人が雑談をしていた。

 

 「おや、お帰りなさい。遅かったですね皆さん」

 

 「お帰りなさーい」

 

 文字通り猫まみれの青年、猫屋敷と今は普段着に着替えなおしたみかん。

 

 「お邪魔してます」

 

 「すっごいお屋敷ですね!」

 

 そして客人として招いた御坂と佐天の計四人。

 

 御坂は空気に圧倒されているのか、借りてきた猫のように大人しい。佐天は物珍しそうに視線が落ち着きがなく、目を放したら屋敷の中を探検しに出かけそうなくらいである。

 

 どこか対照的な反応をする二人にアディリシアは微笑むと四人が座っているソファとは、別のに腰をかける。

 

 「どうですか私の屋敷は?」

 

 「なんて言うか、本当に現代なのか疑っちゃうくらい素敵です! あの薔薇園だってベルサイユ宮殿みたいですよ写真でしか見た事ないですけど」

 

 興奮して上気した佐天がマシンガンのように感想を口にして御坂も大体同じ意見なのか何度も頷く。

 

 二人の反応に気を良くしたアディリシアは調度品が並べられている棚に視線を向けた。

 

 「良かったら紅茶のカップをお一ついかがですか? ただのコップに注ぐのとは、大きく違ってきますわよ?」

 

 「え、でもなんだか高そうなんですけど?」

 

 視線の先にあるカップは陶磁器の白に金の色が縁取り、滑らかな表面には花の模様が描かれた日用品というよりも美術品のような絢爛な一品だった。

 

 見るからに値が張る骨董品の一種だろう。それをお土産感覚で渡してくる辺り、常識が根本的に違う。

 

 メイドの一人が棚からカップを二つ運んで、御坂と佐天の前に音を鳴らさず置く。そこに紅茶は入ってないが鑑賞としても楽しめる陶器に二人は感嘆の声を上げた。

 

 「うわぁ綺麗。それにしてもアディリシアさん本当にお金持ちなんですね」

 

 「そう言えばメイザースって確か……」

 

 御坂の窺うような声にアディリシアは、一つ頷いた。

 

 「えぇ、投資家のメイザースです。どこかの誰かさんは、そんなこと全く知らなかったので心配でしたけど」

 

 「うっ!」

 

 いつきに視線を飛ばしながらアディリシアため息をつく。

 

 明らかに嫌味が混じっており、いつきは言葉に詰まった。

 

 猫屋敷も微苦笑しながら頬を掻いていると、みかんは話が長くてつまらないのか足をぶらつかせる。

 

 「オルくんと遊んできていい?」

 

 みかんの言うオルくんは、オルトヴィーン・グラウツのことで彼はそう呼ばれるのを嫌っているが、最近は諦めて好きに呼ばせている。

 

 オルトヴィーンは〈アストラル〉で一番魔法使いらしい人物だ。だから遊ぶという事などあり得ない。故にここでみかんを向かわせると、後でいつきがボロ雑巾になるまで殴られるだろう。

 

 魔術学校の頃からオルトヴィーンの先輩で彼の性格を良く知る穂波がみかんの手を引っ張る。

 

 「やめとき。それより御坂ちゃんたちは、門限とかあるんやない? はよ帰らんでええの?」

 

 古めかしい振り子時計を見ると、時間は四時を大きく過ぎていた。夏はこの時間でも明るいから時間を忘れがちになるが確かに、そろそろ帰ったほうがいい。

 

 御坂たちが名残惜しそうに腰を上げると、アディシリアはダフネに素早く指示を出した。

 

 「車の準備をお願いしますわ」

 

 「畏まりました」

 

 折り目正しい一礼をすると、退室して行ったダフネを見送って御坂が首を傾げた。

 

 「車が必要なの?」

 

 「ミコトとルイコを送るんですもの。必要でしょう?」

 

 「そこまで気を使わなくても」

 

 慌てて止めようとする佐天にアディリシアは、少しだけ意地の悪い小悪魔のような笑みを浮かべた。

 

 「あら、それじゃお言葉を返しますわ。そこまでこちらに気を使わなくても結構ですわよ。それと私からの贈り物ですわ」

 

 控えていたメイドの二人が御坂と佐天に白い箱を渡した。大きさは丁度、紅茶のカップが入るくらいだ。

 

 「それは四つで一つのカップです。風紀委員(ジャッジメント)のお二人にも渡したいので、是非また来てください。友人の来訪を歓迎しますわ」

 

 ソファからアディリシアが立ち上がり二人の手を手に取った。

 

 御伽噺に出てくるお姫様でも、こんな風に純粋に客人を持て成すことはないだろう。それも友人として。

 

 御坂は手の中にあるものが、一生の宝物になるような、そんな気がした。だから笑顔で受け取る。

 

 「ありがとアディリシア。これ大事に使うから!」

 

 「そうして下さい。きっとカップも喜びますわ。それじゃ、行きましょう。車の準備も出来てるでしょうし」

 

 メイドが開けてくれた扉からアディリシア達は廊下に出て、風格と美しさが同居する屋敷の廊下を抜ける。

 

 栄華を宿した黒檀造りの扉を押し開くと先にあったのは、先ほどいつきも圧倒された薔薇園だ。

 

 大理石で出来た彫像や大きな噴水が太陽の光りを浴びてキラキラと輝く様は、英国式庭園一個が巨大な宝石にも見えた。一度見た者の心を放さない魔性を秘めた花園を振り切るように御坂と佐天は進んでいく。

 

 見えてきた鉄柵の向こうには、送るための黒塗りの高級車が待ち構えていた。

 

 横に長い独特の車体。その側面には黒白の麗人ダフネが静かに佇んで、アディリシア達が見えると胸に手を沿え、黙礼する。

 

 「それでは、私達はここまで。またいつか」

 

 「本当に有り難うございました! もう色んなことに感激しちゃって言葉に出来ません。このカップで早速紅茶を淹れてみますね」

 

 佐天が両手でカップの入った箱を大事そうに待つ。

 

 「またね。それにしてもいつきくんは、会社の方とか頑張ってね」

 

 「はい。精進します、できるだけ」

 

 御坂に今、一番痛いところを突かれて付き添いのいつきが引き攣った表情で返事をする。

 

 いかにも小動物という表現が似合う年上の動作に含み笑いを零すと、二人は外車の中に乗り込む。ダフネが車の扉を閉めると、車は走り出した。

 

 曲がり角に車が消えるまでいつきと穂波が手を振る。そこは日本人的感覚なのか、アディリシアは不思議そうに二人の様子を見ていた。

 

 手が振り終わると穂波は先ほどの何処にでも居そうな女子高生の雰囲気を一転させ、アディリシアに向き直った。

 

 「それじゃうち等も、補導されるような時間に行動するより今から霊脈(レイライン)を見に行こ」

 

 「ええ。地理の確認ついでに徒歩でいいですわね?」

 

 「かまわへん。地図もっとる?」

 

 穂波の問いに、アディリシアは学園都市製の最新の携帯電話を取り出すと、そこから地図の情報をいつきと穂波に見えるように提示した。

 

 画面も大きく、色彩もはっきりしていて美しく見やすい。日本人が使うお財布携帯機能よりも、画質と回線の速さを重点的に置いたヨーロッパ系の機能なのだろう赤外線の通信に使う部分も見当たらない。

 

 だが穂波は渋い顔をして画面を食い入るように見ていた。いや、彼女がこんな険しい表情になている理由は、携帯の通話やメールなら出来るがここまで込み入った機能を使う自身がないのが原因だ。

 

 機械オンチの彼女の内心を見越したアディリシアは、額に手を付きながらため息を漏らした。

 

 「あれでしたら、ホナミの携帯は電話とメールだけのにしますか?」

 

 「な、なんや! ちょっと苦手なだけで、別に」

 

 「うっかり携帯を使い物に出来ない状態にして費用が嵩むのは、避けたいでしょう? そちらであれば、古い型の携帯でプランによればゼロ円でいけるかもしれませんから、私はそっちをお薦めしますわよ」

 

 自他も認める機械オンチ穂波は、アディリシアが出した提案に揺らいだ。

 

 しかしここで彼女の案に乗ったらそれはそれで負けたような気がしてなんだか素直になれない。こう言った所が好敵手のマイナス面で、普段ならお互いを高めあう素晴らしい相方なのだ。

 

 いつきは、二人の間に渦巻く感情の渦の近くで困ったように笑った。

 

 「携帯は、追々にして取り合えず霊脈を見に行こうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太陽がだいぶ傾いてきた河川敷。そこには三人の少年少女が難しい顔で大きな川の上流から下流を眺めていた。いや、ただ見ているのではない。

 

 少女達には見えないが、顔の右半分を覆うような黒い眼帯をした少年の瞳には、見えていた。

 

 眼帯の奥に隠れた真紅の瞳が、川の下にあるもう一つの流れを確かに観ていた。

 

 山岳地帯から始まる流れは、河口まで続いている。

 

 霊脈(レイライン)というものは、自然界にできた呪力の大きな流れだ。その流れは世界全体を駆け巡り、長さは計り知れない。〈アストラル〉の本当の事務所がある布留部市から、〈ゲーティア〉の本拠地イギリスの霊脈は繋がっているのがいい例だ。

 

 その膨大な流れを目の前にして、いつきは眼帯の上から目を押さえた。

 

 「眼が痛む?」

 

 気遣わしげに聞いてくる穂波にいつきは、静かに首を振った。

 

 「痛くないよ。ただ、変な感じなんだ」

 

 霊的物、魔術的物なら全てを見抜く妖精眼(グラム・サイト)から伝わる感覚は、ざわざわと落ち着かないものだった。この学園都市に来てからと言うもの、ちょっとした違和感だけが付き纏う。

 

 それはまるで、究極的に自然に近づいた人工物を連想させる。

 

 植林された森。

 

 ここは、全て人の手が入った森の様だった。

 

 目の前で、ゆったり流れているこの霊脈だって、全てが全て自然に出来上がったように視えないのだ。

 

 霊脈とは、周辺の土地に影響するし影響される。

 

 影響する場合は、その土地のあり方に影響するのだ。だが、影響される場合は、人間が川を別のところに引いたり、山を切り崩したりして起こる。

 

 そうなれば流れは変わり、霊脈のあり方や流れる量も変わりまた別の性質を手に入れ街のあり方が変わってしまう。

 

 学園都市は科学の街。全面的に自然という物が人工に塗り替えられているから、霊脈もその色に染まったのかと思ったが、そうではない。

 

 だったらなんなのかと、問われれば伊庭いつきは答える事が出来ないが直感が、なにか変だと訴えるのだ。言いようのない不安に似た感覚に、いつきは無意識に黒いスーツの裾を強く握り締め、大きな硝子のような罅割れを造った。

 

 流石のアディリシアも驚いた様子でいつきを見る。

 

 「そんなに酷い流れなんですか?」

 

 「ううん。違うんだ。流れに変な事はないよ。でも、あり方そのものが変な気がして」

 

 砂を噛むように言葉にできない姿に二人は、思い悩んだ。

 

 実は一通り、辺りの呪波汚染が起きるかどうか、簡易的でありながら調べてみたのだ。

 

 結果は、異常なし。

 

 穂波のダウジングでもアディリシアの魔神一つが持つ特殊能力、隠されたものを暴く力をもってしても何も見つからなかった。呪波汚染自体、発生場所を特定するのは難しい現象で、ある程度目を光らせておかねばならない。嵐のように突然現れ、荒れ狂ったあと、朝と共に消え去る現象なのだ。

 

 故に〈夜〉と呼ばれる。

 

 その見つかりにくさで自分達が見つけられず、呪力の流れに敏感な彼が感じ取っているのではと二人は推察した。

 

 そこで気になるのは、いつきの発言にあった『あり方そのもの』の違和感。

 

 いくら〈夜〉の前兆だったとしても、霊脈そのものを変貌させることはありえない。霊脈から洩れ出た大きな呪力が、霊脈全体に影響するはずがないのだから。

 

 だからこそ最後の考えられる線は、どこかの魔法使いが小細工を霊脈に仕掛けたという事。もしそれが霊脈の流れを溢れさせるものなら、学園都市は科学で説明不可能な超常現象に見舞われるか、街一つが文字通り地図から消えてしまうだろう。

 

 もちろん霊脈に干渉するなんて超一流の魔法使いができることである。

 

 仮に、第三者の魔法使いがいたならその人物が怪しい。

 

 ここは学園都市。魔法使いが特別な理由なく入ることが出来ないのだから。

 

 「結論として、他の魔法使いがなにか細工をしたと見るのが一番妥当でしょう」

 

 「見つけたらどうするん? 学園都市の壊滅望んでるんやったら、話し聞く前にこっちに攻撃してきそうやけど?」

 

 「話し合いって出来ないのかな?」

 

 どこまでも平和路線を貫きたい、いつきにアディリシアは難色を示す。

 

 「相手が応じてくれるなら、いいのですが高確率で難しいでしょう」

 

 「そやね。でも、術式とか異物が社長に見えんのも気になる。もしかしたら魔術師とは、別の路線で考えたほうがいいかもしれへん」

 

 穂波の新しい推察にアディリシアも頷く。

 

 霊脈は未だ人間の英知に収められない代物だ。初めての事例とも捉えられる。

 

 「しかし油断は禁物。この街で私達以外の魔法使いが居るならば、黒である可能性もお忘れなく。特にイツキよろしいですわね?」

 

 突然のアディリシアの指名にいつきの肩は跳ね上がった。

 

 「どうして僕だけ!?」

 

 「だって社長、人を疑うことをしらへんもん。ちっとくらいあってもええのに」

 

 間を空けずに穂波の駄目だし。

 

 二人から順番に攻撃を喰らういつきは、既に涙目になりながら頷くしかなかった。

 

 反論も出ないほどの鮮やかな二人のコンビネーションにいつきもノックアウト。間違った事を言ってないのだから元から反論など無かったのだが、ここまで言われると惨めにもなってくる。

 

 「そんなに酷いのかな僕のお人好し?」

 

 ついに吐息と一緒に零れ出た疑問に魔女二人は聞いていなかった。

 

 魔法使いが居る可能性も考慮して、活動時間ギリギリまでは徒歩移動で、完全に夜になったら魔法を使った移動と探索になる事を会議で決定していた。

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