とある別世界の魔法使い達   作:雨宮茂

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ルーンの使い手

 赤い夕焼けが帰宅する少年少女達を染め上げる時間帯。魔法使いの少年は、一人裏通りを歩いていた。

 

 真夏だというのに鎧のように大きなコートを着て、分厚い帽子と手袋をつけた姿は見ているだけでも熱い。しかし、その少年を見ている人物は、誰も居ない。夏の暑さに嫌気が差した学生達は早く帰るか、悪事を働くにしても夜中なのだろう。

 

 亜麻色の長い髪を揺らしながらオルトヴィーンは、第七学区の学生寮周辺を歩きながら持ってきた縮小地図に丸印を書き込む。

 

 「この辺は、呪力が洩れやすいな。補給源はこの辺りにするか」

 

 なぜ彼がこうして学園都市を歩き回っているのかといえば、彼の師であるツェツィーリエは、オルトヴィーンに吸血鬼化させるルーンの秘術を文字通り身体に刻み込んだことから始まる。

 

 その術を安定させるためには、一定量の呪力が必要となる。もし呪力が無ければ、それこそ吸血鬼のように誰かの生き血を吸わなければならない。

 

 そうしない為にも、霊脈(レイライン)から洩れ出る呪力が多い場所をこうして探しているのだ。

 

 しかし効率重視のオルトヴィーンは、自身の身体の為以外にも動き回っている。このように呪力が多く洩れ出るところは、呪波汚染になりやすい。そして霊脈というパイプが破損して異常に呪力が溢れ出ていないか確かめに来ている。

 

 「…………気のせいか?」

 

 そして一つ気づいた事がある。

 

 「呪力が安定している?」

 

 言わば、魔法使いの手が入らなくなって数十年の霊脈にしては、整っているのだ。竜穴(ノード)だって壊れた様子が見受けられなかった。

 

 思案するようにエメラルド色の瞳が虚空を睨む。

 

 今の状況だけを見れば自分達(アストラル)は、要らない。調整する前から整っているのだ。それも驚くほど穏やかな流れ。

 

 呪力を喰らう身として感じたのは、この学園都市にある霊的なものは、まるでプランターに植えられて花のようだということ。

 

 不気味な感覚に眉を顰めていると、自分の視界を横切るように〈アストラル〉の社長である伊庭いつきとその教育係兼補佐の穂波・高瀬・アンブラー、〈ゲーティア〉の首領のアディリシア・レン・メイザースが忙しそうに歩いていた。

 

 特に声を掛ける気も無かったが、いつきの妖精眼(グラム・サイト)がオルトヴィーンの呪力を感じ取ったのか、なんの前触れも無く彼は、振り向いた。

 

 「あれ、オルト君? アディリシアさんの家に居たんじゃないの?」

 

 「自分の身体のために土地を把握してたんだよ。それよりお前はなにしてるんだ?」

 

 両手をコートに突っ込み尋ねるといつきは、黒革の眼帯の上から瞳を撫でた。

 

 「この眼で確かめに来たんだ。霊脈とか竜穴にも異常がないか。なんだか無さ過ぎて不安になってるんだけど……」

 

 何よりも平穏を望むいつきが、不安だと零した事にオルトヴィーンの眼光は鋭さを増した。

 

 この少年でさえ言い表せないという事は、神代の魔眼が見抜けない何かがこの街にあるという事になる。

 

 魔術であれば見抜く事が出来るという事は、魔術でなければただの飾りだということ。

 

 ここは科学の街。学園都市。

 

 よもや科学は、魔術の深奥である霊脈を意図的に操作する技術が有るのではないだろうか。

 

 一抹の疑問が悪寒と共にオルトヴィーンの背筋を駆け抜ける。

 

 「……そんな訳ないか」

 

 最悪を想定してみたが、オルトヴィーンは次の瞬間には、鼻で笑って否定した。

 

 神秘の秘宝である霊脈が、どうして神秘の欠片もない科学に利用できるだろうか。それに科学が魔術に目を向けるはずもない。

 

 既に科学のもたらす実りは、魔術が起こす奇跡を遥かに超えているのだから。

 

 特に学園都市の科学技術は、神の領域に片足を突っ込んでいるとしか思えない。

 

 人間が空間移動をするのに何の媒介も無しに行うのが常識。

 

 炎を手から生み出すにしたってルーンをばら撒いたり、呪文を唱えなくともできる。

 

 つまり魔術は、どれだけ努力しても科学のスマートさに追いつけない。手軽さで必ず負け、便利性や安定性で魔術を寄せ付けない。

 

 「それでオルトヴィーンの方は、なんか見つかった?」

 

 科学と魔術の歴然とした差について考えていたオルトヴィーンの意識は、学院時代からの先輩である穂波に向かった。

 

 「いえ、探してみた結果特に何も無いです。本当に放置していたのかと疑いたくなるほど」

 

 「そっか。やっぱそっも。もうウチ等いらんとちゃうの?」

 

 問題の無い街で無駄な時間を引き裂くほど魔法使いは、ボランティア精神に溢れている訳ではない。

 

 〈アストラル〉がいくら他人の為に身に着けた魔術を揮おうとも、実際問題が起こらなければ意味が無い。

 

 それに、本来の管理地から一時的に離れているのだ。むしろ寛容な方である。

 

 「そうですわね。ここまでなにも無いと、拍子抜けというしかありません。それにもう夕方ですし一度屋敷に帰って夕食を採りましょう?」

 

 歩き回ったり、学校でテストを受けたりで昼食の際に摂取したエネルギーは底を尽きた。

 

 なんとなく胃の辺りが寂しく感じるいつきは、二つ返事で賛成する。

 

 「そうだね。だいぶお腹が減ったな。オルト君は、なにかまだ用事とかある?」

 

 「別に、もう第七学区は粗方回った。明日からは、〈ゲーティア〉の徒弟とウチの社員全員が学園都市中を散策するからな。個人的な用事はない」

 

 「それなら一緒に帰ろうか」

 

 いつきは、当たり前のように口にする。

 

 オルトヴィーンは、仕方ないように肩を下げると、いつきの後について行き、魔女二人と合流した。

 

 いつきを挟んでアディリシアと穂波が並んで歩く。オルトヴィーンは、その三人から少し遅れて歩く。

 

 薄暗い路地裏から表に出ると、赤々とした光りが差した。夕焼けが眩しくて目を細める。

 

 人が一人も居ない男子寮の前を通過しようとした時、いつきの足が止まった。

 

 「あれ?」

 

 「どうしました?」

 

 アディリシアの問いに答えず、いつきの視線は、男子寮の一点ばかりを凝視していた。

 

 納得がいかないのか首を傾げながら、後ろにいるオルトヴィーンに振り返る。

 

 「僕がどうした?」

 

 「いや、オルト君は、炎のルーンを使ってないよね?」

 

 「使って無い。それになんで僕が男子寮を燃やさなきゃいけないんだ?」

 

 今日は一度も魔法を使っていない彼は、いつきの言葉を否定すると、今度は自分から問いかけた。

 

 「で、なにが視えた? 炎だけか?」

 

 「う、うん。まだ魔術は発動してないけど」

 

 二人の会話に穂波とアディリシアは、表情を硬くした。

 

 ルーン使いのオルトヴィーンが、魔術を仕掛けていないというのなら、一体誰が炎のルーンを使っているのか。

 

 〈ゲーティア〉の徒弟全ては、ソロモンの魔術しか使わない。いや、使えない。故に〈ゲーティア〉の魔法使いは自動的に除外される。

 

 つまり今の状況を整理すると、〈アストラル〉と〈ゲーティア〉以外の魔法使いがこの学園都市に侵入しているということなのだ。

 

 辿り着いた答えに、いつきも身を硬くした。

 

 「確かめたほうが、いいよね?」

 

 「そうですわね。危険を承知で確認すべきでしょう。でも学生寮となると人払いをした所で後で事件になりますわ。あまり魔術的後を残さない方向にすべきです」

 

 今人に見つからなかったとしても、後から絶対に火の痕跡が見つかる。

 

 そのとき、穂波のヤドリギの矢だったり、オルトヴィーンのルーンを刻んだ石が見つかる事は避けたい。唯一使い捨ての道具を持たないアディリシアの悪魔喚起であっても、破壊の跡を見られるのは不味い。

 

 最悪の条件下に皆が沈黙する。

 

 そこに、今まで瞳を閉じて思案していたオルトヴィーンが静かに口を開いた。

 

 「なら体術で攻めましょう。僕やコイツなら打開策があります」

 

 「え!?」

 

 指名されるとは夢にも思っていなかったのか、いつきの肩が大きく震えた。

 

 確かに彼は、拳法を習っているが、上手いと言う訳ではない。こと体術に関してならヴァイキングの末裔であるオルトヴィーンの方が強いくらいである。

 

 事実彼は、片手でりんごを潰せるくらいの握力があるのだ。

 

 「敵の魔術の解析なら出来るだろう。それにルーンのある場所に最短距離で行くならどっちにしろお前が必要だ。このまま寮を丸焼きにしたくなかったら付いて来い。先輩たちは……」

 

 「人避けの魔術ならまかしとき。終わるまで誰も近づけさせん」

 

 「早く撤退できるように車を手配してきますわ」

 

 それぞれ役割を確認すると皆は、三つに分かれて行動を開始した。

 

 オルトヴィーンといつきは、ルーン位置を外から確認して寮の中に入る。

 

 中は、人がだれも居らず静寂そのものだった。

 

 寮監らしき人も管理人も見当たらない。それどころか帰宅時間が差し迫っているはずなのに、学生が帰ってきている気配も無い。

 

 その事にオルトヴィーン舌打ちした。

 

 「元から人払いをしてやがったな」

 

 「それじゃ、寮を燃やすよりも見られたくない物があるのかな?」

 

 人に見られたくないもの。それが一体なんなのか分からないが、おそらく間違いないだろう。

 

 だが、それだけではない筈だとオルトヴィーンは考える。

 

 「見られたくないにしても、ルーンの設置はやりすぎだ。見たら消す気なんだろうな」

 

 エレベーターの扉が開いた先には、コンクリートの床や壁、そして均一な間隔で設置された扉があった。

 

 そこまでは、普通の光景であったが、その床や壁にコピー用紙のようなものが貼り付けてあった。

 

 書かれてあったアルファベットに近い文字を見て、いつきの脳裏に『炎』という単語が浮かぶ。妖精眼が自動的にルーンの意味を導き出したのだ。

 

 「こんなに沢山、何の為に?」

 

 見渡す限りルーンを書いた紙だらけ。

 

 気が遠くなりそうな数にいつきがため息をつく。

 

 オルトヴィーンは、ルーンの設置の場所や枚数をヒントに魔術的使用目的を導き出した。

 

 「ルーンは、数が多いと威力を増すもんだ。こんなにあるって事は、かなり大掛かりな術を使う奴なんだろ。それもコイツ、炎のルーンが得意みたいだな」

 

 「炎だけ? それって炎以外のルーン使えないの?」

 

 いつきの問いにオルトヴィーンは、首を横に振った。

 

 「いや、組み合わせを見る限りコイツはルーンについてなら全て使える。かなり汎用に優れてるが、攻撃魔法は炎がメインなんだろう。気を付けたほうがいい相手だな」

 

 調べを終えるとオルトヴィーンは、いつきを引き連れて寮の中を走り抜けた。

 

 いつきが寮の一角にルーンとは違う魔術的な物を感知したために、そちらの方に足を向ける。

 

 階段を静かに駆け上がり通路の角から廊下を見渡す。

 

 「…………」

 

 僅かに見えた燃えるような赤色の髪の毛に二人は、息を潜めゆっくりと体制を整えた。

 

 もう一度、特徴を掴むためにオルトヴィーンは、覗く。

 

 身長は、二メートルほどの巨体に黒いローブ。見るからに一般人とは言い難い。

 

 「どうするのオルト君?」

 

 「そうだな。取り合えず事情を聞く。お前はここで待ってろ」

 

 返事を待たずオルトヴィーンは、いつきを置いて物陰から飛び出す。

 

 出来るだけ相手を刺激しないように、足音を鳴らし遠くから声を掛けた。

 

 「おい。なにしてる?」

 

 「…………」

 

 しかし彼は、オルトヴィーンに見向きもせず、ただ一点を見詰めたまま動かないでいた。

 

 「返事をしやがれ、魔術師」

 

 業を煮やしたオルトヴィーンが苛立ちを隠すことなく問い詰める。

 

 そのとき彼は振り向いた。

 

 炎のように赤い髪を揺らしていぶかしむ様な視線でオルトヴィーンをなじる。

 

 「なるほど君も魔術師かなにかか。目的はなんだ?」

 

 「それはこっちの台詞だ。何が目的で学園都市に侵入した? この街に雇われた身としては、放っておくことは出来ないんだが」

 

 「あぁ、件の結社か。協会側の魔法使いの一派が学園都市の霊脈を整えるために派遣されたんだってね。お気の毒に」

 

 心から気の毒に思っていないのが分かるくらい、彼の声には、憂いの響きは含まれていなかった。

 

 それどころか侮蔑するような冷たい眼差しだった。

 

 オルトヴィーンは、予想していたような反応に肩を落とした。

 

 どうやら彼は、協会側の魔法使いではないらしい。それどころか、もしかすると水面下でよく対立している組織の魔法使いだ。

 

 「お前、イギリス清教の人間だろう?」

 

 「あぁ、そうだよ。イギリス清教、必要悪の協会(ネセサリウス)のメンバーの一人だ」

 

 同じイギリスという国に本拠地を構えながら、運営方針やあり方が大きく違う組織、イギリス清教。

 

 国の名前が付いている事から分かるように、表舞台でも宗教的なことをしている。そしてイギリスという国の舵取りの一部分を担っている三大勢力の一角。

 

 協会は表舞台では、大規模な財閥として有名である。単純に動かせる資金なら圧倒的に協会が上だろう。

 

 それに協会は、子会社を沢山抱え持ち情報隠蔽、偽装工作などは、もっと優れいてるのが違いか。組織として、というより格結社のトップがある程度協会の運営方針を決めるのも大きな違いである。

 

 故に一枚岩になりきれず、内側でも外側でも対立や争いが絶えないのが最大のデメリットだ。

 

 イギリス清教では、組織の長は、たった一人しかいない。

 

 だからこそ安定した組織運営ができる。反面、清教内では独裁にもなりやすい。

 

 「やっぱりな。そんなもんだと思ったぜ」

 

 「あぁ、僕もだよ。なんとなく君が協会の結社に属した者だと思った」

 

 そしてイギリス清教と協会の二つが出会うと必ず起こる事があるのだ。

 

 それは―――――――

 

 「お前を見てると、なんだかムカつく」

 

 「君を見ていると、なんだかイライラするんだ」

 

 なぜか争いになるということだ。

 

 この二人も例に洩れず、しっかり敵意を滲ませる。

 

 あっという間に殺し合い一歩手前の空間に放り出される形となったいつきは、物陰で身を震わせて頭を抱えた。

 

 出来れば穏便に、話し合いで事を済ませたかったのだが、ルーンの使い手二人は初手をどう攻めるか思案していた。

 

 最早一刻の猶予もない。

 

 「よ、よし! ぼくが止めるんだ!」

 

 この地獄の業火より無慈悲な戦火の中にいつきは、飛び出した。

 

 「待ってください! 僕たち〈アストラル〉は、魔術的なものを感知したから来たんです。イギリス清教と敵対するために来たんじゃ」

 

 「なっ! この馬鹿(Dummkopf)

 

 突然出てきたいつきに暴言を吐き捨てるオルトヴィーンを無視して赤毛の神父は、背筋がゾッとするような穏やかな笑みを浮かべた。

 

 「〈アストラル〉か。〈ゲーティア〉の徒弟とかなら色々と面倒な事になっただろうけど下級結社で助かったよ。協会との揉め事が少なそうだ」

 

 後の安全保障が出来た事で彼は、遠慮する理由がなくなった。

 

 だからこそ、彼は笑顔でこう言ったのだ。

 

 

 「なにより、この場を見られてからには、死んでもらおう。教会の連中に彼女を渡さない!」

 

 

 

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