高級感が溢れかえる屋敷。その一室で上条は、二人の魔法使いに睨まれ、いつきは何故一般人の彼がこんな魔法使いの屋敷に居るのか説明しなければならない使命を帯びていた。
「ねーお兄ちゃん社長。どうしてお兄ちゃん社長のお友達がこんな時間に居るの?」
「そうですよ社長。この屋敷を正式に買ったのは〈ゲーティア〉なんですから。困らせることは感心しませんね」
今のところ事情を聞かされていない葛城みかんと猫屋敷蓮は、上条当麻の存在を歓迎していない。オルトヴィーンは、疲れて起き上がりたくないのかソファに寝そべったまま事の次第を伝える。
「今回この一般人を連れて来たのには訳がある。どうにもこいつには魔術の類は効かない。それにどっかの馬鹿みたいに自分が納得するまで諦めないで首を突っ込む正確だからな。知らないところで変な事されるより、ここにいた方が楽だからだ」
「うん。それにアディリシアさんの許可も取ってるから」
「ふむ、そうでしたか。ご本人から許可が下りてるなら私もなにも言いません」
最年長者である猫屋敷からも特に小言を言われることも無くなったので場は自然と緩む。上条に至っては冷や汗が漸く止まった。
しかし糸のように細い猫屋敷の目が上条を鋭く、睨む。
「ですが、魔術の類が効かないと言うのはどう言う事ですか? 超能力にはそんな力もあったりするんですかね?」
「え、いやそんな事はない筈です。俺が魔術の類とか効かないのは、この右手のせいですから」
ぎこちなく上条が答えると、魔法使いたちの視線は自然と彼の右腕に注がれた。
しかし魔術的なものなどにも見えず、さらに疑問が深まるばかり。いつきの右目をしても彼の右腕には、なにか特別なものがあるようには見えない。
「社長でも分からないとなるとお手上げですね。では、上条さん貴方には、この世界の一端を話さなければならないのですが他言無用でお願いしますよ?」
「教えてくれるんですか?」
「うちの社長みいたいに魔術に対してへっぽこ素人なのに誰かのためならば自身を厭わず助けに行く病的な人みたいですし、何も知らないで放っておくよりも多少知識をつけさせて身の安全を講じる頭にさせた方がいいでしょう。貴方だって死にたくないんでしょう?」
間違いなく責められているのは上条なのだかいつきもついでに説教を食らって二人仲良く猫屋敷の前で縮こまっていた。
猫屋敷曰く、分を弁えてほしいと言っているのだがどんなにこの二人を脅しても、不思議な事に二人は最後の最後で踏みとどまっていた。絶対に助けるという意思をありありと感じ取る。
「全く社長一人でも手に負えないと言うのに。上条さん、この世界に死は付き物です。絶対に無理をしてはいけません。これだけは約束して下さい」
「えっと、出来る限り無理はしません」
「確約しないと言うことは、死んでも自己責任ですよ?」
最後に畳み掛けてくる猫屋敷に上条は目を逸らすことなく、はっきりと答えた。
「俺は、死ぬ気なんて無い! でもインデックスを助けたいんだ。俺だけ安全なところにいて、アイツ救われるならいいさ! でも現実は違って何かしないとアイツは、インデックスは助からない。だから、きっと俺は無茶をする。先に誤っておきます。ごめんなさい」
「分かりました。極力、私たちも味方しましょう。仕事ですからね」
最後にそう締めくくり、猫屋敷は上条に顔を上げるよう言うと、魔術がいかなるもので魔法使いがどんな存在かを語り始める。
それは、神秘など露ほど信じていない上条の常識を大きく塗り替え、そして見えてた世界を覆す物語。気が遠くなるほど昔から続く仕来りを守り続け、始祖の血を後世に残すための歯車としての生き様。
その為には人の死など厭わない者の存在。さらに人ならざる者がいる事を魔法使い、猫屋敷蓮は語り聞かせた。
魔法使いの工房。そこは魔術のためだけに造られた場所。とりわけソロモンの魔術を行使するならばそれなりの一等地がいる。
呪力が多分に含まれた空気は、魔法使いでない人間が触れようものなら混沌させるか気分を害するものにもなる。だが、ここにいるのは一流と言わしめた〈
「まさか本当に、そんな事が行われていたんですね」
悲しみを乗せてアディリシアが吐息を零した。
同じ魔法使いであるからこそ、彼らの組織が指示した事がよく分かる。魔術を極めその先に行こうとする者でるアディリシアだからこそ、理解できたと言ってもいい。
他を省みない魔法使いでも〈必要悪の教会〉がインデックスにした事を聞けば、恐ろしさのあまり身を震わせただろう。
たった一冊でも人の精神を殺す魔道書。それを十万三千冊記憶させるなど、狂気の沙汰以外のなにものでもない。それを僅かでも理解できた自身の感性にアディリシアは、唇を噛み締め自身に対する怒りや惨めさを吐き出すことなく飲み込んだ。
これが魔法使いの生き様の一つなのだと。
「そして魔道書の記憶のし過ぎで、彼女は一年で記憶できるスペースの全てを使ってしまう」
「これが噂に聞くソロモンの魔神の力か。想像以上だよ」
無理やり口を割られた事にステイルも歯噛みする。
だがアディリシアは、違和感を感じた。確かに彼が言っている事に嘘偽りなどない。だが、どこかしら、納得の行かない事がある。
アディリシアがインデックスと出会ったのは七年ほど前になる。その時すでにどうやら記憶消去作業のサイクルは一年になっている。十万三千冊も当時のインデックスが記憶していたとは考えずらい。そもそもこうしてインデックスが逃げるようになったなら魔法使いとしての視点から見れば、逃げ出すまで放置していたのは詰めが甘い。
このように人権など考えない連中が、インデックスに意識がある状態を保たせるものか。全ての魔道書を記憶させた途端、混沌させ必要な時に必要なだけ使う図書館にするばいいのではないか。
考えれば考えるほど、どこか抜けている。
もしかすれば新しく発見した魔道書を記憶させる為に生かしているのか。
だが、インデックスの意識を保たせている決定打に欠ける。
考えても答えの出ない袋小路に迷い込んだアディリシアは思考を一旦停止させ、すぐ後ろで待機していたダフネを呼ぶ。
「ダフネ、記憶や海馬について詳しい方を知っていますか?」
「医学の権威である
「いえ、記憶のし過ぎで死ぬと言う事は、ショック症状のようなものだと仮定します。しかし完全記憶が出来る方は、彼らの言うとおりならかなりの短命です。本当に記憶のし過ぎで死ぬのか専門の方からお話を伺いますわ」
夜の闇を思わせる漆黒のドレスを翻し、アディリシアは石造りの階段を登って行く。その後にダフネも続く。そして入れ替わって入ってきたのは、〈ゲーティア〉監視役である。
ステイルは、無力感に苛まれながらまた、意識が混濁していった。
その頃、客間では寝かされたインデックスを上条が看病していた。穂波の治療で命の危機から脅かされる事もないが、その血の気の失せた顔にはぞっとする恐怖を覚えた。
もしかしたら、このまま目を覚まさないのでないか。もしかしたら、なにか障害が残るのではないだろうか。
そんな下らない事ばかり考えてしまう。
銀色の髪を梳きながら、上条は大きくため息を吐いた。
こんな事なら今朝、彼女の手を取っていれば、地獄に付いていくのではなく、ただ救い上げていれば。どうにもならない後悔の念に上条は、もう一度大きく息を吐く。
「ねぇ? 大丈夫なにか食べる?」
そんな彼の背中から声を掛けてきたのは長い桃色の髪をツーテールにした葛城みかん。紅袴の巫女装束を除けば至ってどこにでも居そうな小学生であるが、彼女は日本が誇る魔術結社、〈葛城家〉の血族であり、由緒正しい魔法使いであり巫女でもある。
こんな小さな子でも、人の死を見たことがある。
言いようのない悲しさを隠すように上条は左手で、みかんの頭を撫でた。
「ありがとう。でも、今はなにも食べたくないんだ」
「でもちょっとは、食べてた方がいいよ。少なくとも敵になる魔法使いは、あともう一人いるから」
「え?」
みかんの言った衝撃の事実に上条は瞠目した。
「穂波お姉ちゃんが言ってたけど、その子の傷は切り傷で、捕まえた魔法使いの得意とするものじゃないみたいだし、たぶんゲリラ戦になるかもって」
みかんの言葉に上条は、納得できるものがあった。
それは、魔法使いを捕まえたのに未だに屋敷自体から物々しい雰囲気が消えていない。それどころか僅かに屋敷そのものが殺気を帯びているようにも感じるくらい、おどろおどろしいものまで立ち込める始末。
どうやら事はまだ、続いている。どうして上条にそんな話をしなかったのかと言うと彼はつい今しがた、魔術・魔法という神秘を知ったばかり。それにインデックスにかかりきりの今、他の不安要素を教えるのは避けた方がいいと判断したのだろう。
だが、みかんがこの事を知らせたという事は、なにやら規格外の事態になっている可能性が高い。それにみかんは守りに長けた魔法使いだ。
その彼女をここに配置しているということは、前線が突破されると見越しているのかもしれない。
「そうだな。なんか軽食でも貰ってくるよ」
事に備えるために上条も立ち上がった。
だが、一番心配なのは前線に駆り出る魔法使いたちだ。
彼らは今どこで何を話しているのか。不安になりながら彼ら扉を開ける。
その頃、いつきたち〈アストラル〉と〈ゲーティア〉の面々は顔を突き合わせながら、罪人が刑を言い渡される時のような顔をしていた。
原因は、炎の魔術師、ステイル=マグヌスからアディリシアが聞き出した情報の中にとんでもないものがあったからだ。
インデックスの完全記憶や十万三千冊の魔道書という事実も衝撃的だったが、即物的な絶望ではない。
彼らがどうして項垂れているかと言うと、
「聖人だなんて、聞いてませんよ」
聖人が既にこの学園都市に侵入しているからだ。
猫屋敷の疲れた声に穂波とオルトヴィーンもかなり苦い顔をして頷く。
魔術師、魔法使いなら誰もが知る真理。
過去の聖人と肉体的共通点を持つ聖人たちは、天使の力の一部を行使できる。その力は、魔術界の核兵器。魔術師や魔法使いがどれほど束になっても敵う訳がない。
「聖人、神裂火織。まさか〈
「それとも、そうまでしてインデックスちゃんが欲しいのかな?」
「延命のための記憶消去でしょう。ですが聖人を投下するという事は、科学サイドと魔術サイドに極度の緊張状態が続きます。一組織の主が行う行為としては、あまりに他を顧みていない。意図が掴めない以上、聖人の対処法を考えた方が得策かと」
葬式なみの雰囲気の中で年長者に属するダフネが静かに提案し、その場は聖人とどうやって戦うかを想定する流れとなった。
だがこの絶望的な布陣で、いったいどうやって戦えばいいのか。
いや、誰もが戦い方など分かっている。だが、それを口にしてはいけない。そうすれば、伊庭いつきは傷を負うことになる。取り返しのつかない代償を払う可能性だってある。
この場で最も効果的な戦術は、おそらくアディリシアが召喚できる至高の四柱が一つ、東方を統べるアスモダイの召喚。
最高位のソロモンの悪霊。その力は想像を絶するがあまり、アディリシア自身もそう使わない。それに使う条件としていつきとの間にパスを結ばなければならないのだ。
マンションやアパートで人口密度が高い第七学区でおいそれと召喚するものじゃない。
ならばどうするか。
インデックスを連れて、一番人のいない学区で敵を迎え撃つか。それとも事の重大性を考慮し、直ぐにでも統括理事長に連絡を取るか。
「……魔術等の事件は一任されてますが、ここはやはり統括理事長に連絡を入れべきでしょう。もしかしたら学区一つ消し飛ぶかもしれないんですから」
「そやね。こっちも対処しきれへん事を抱える意味は、無いんやし素直に雇い主に指示を仰ごう」
猫屋敷の意見に穂波も同意見であった。他の者も特に反論は無いようである。
事態は、魔術サイドだけではなく科学サイドも巻き込んでいるのだ。しかも、魔術側の人間が許可をもらっているか怪しい以上、どちらにしても報告は必要である。
学園都市製の携帯を持つ、アディリシアに視線が集まった。
アディリシアは携帯を懐から出し、指定された番号に指を走らせようとした瞬間、携帯から飾り気のない電子音が鳴り響く。
あまりに神がかったタイミングでの電話に誰もが驚愕の表情を浮かべ、アディリシアは番号を確認した後、呼び出しに応えた。
「もしもし」
「あぁ、統括理事長のアレイスター・クロウリーだ。そちらは〈ゲーティア〉で合っているかね?」
アディリシアの耳元で、男にも女にも聞こえる不気味な声が名乗りを上げる。
雇い主である統括理事長、アレイスター・クロウリー。
「合っていますわ。丁度、貴方に連絡を入れようと思っていたのです。第七学区での魔術戦は、呪力の影響力を考えて無理だと判断いたしましたわ。聖人である相手との戦闘についてなるだけ被害を小さくしたいのですが、どこかいい場所はありませんか?」
「なるほど。では人気のない学区を割り当てよう。そこならば特に問題も無いだろう。丁度、開発に失敗して廃れてしまった学区がある。そこを使うといいだろう。場所は十九学区だ」
朗々と語るその声に、アディリシアは一瞬戸惑った。なんのよどみも無く且つ迷いが無い。まるで最初からこの道筋を知っていたと言わんばかりの回答だった。
本来ならもっと色々聞いてくるのだろうと思っていた。なぜそこまでする必要性があるのかそれほど危険なのかと。魔術サイドは科学サイドに技術が解析されない様に、科学サイドは魔術サイドに技術が盗まれない様に互いに情報規制をしているようなものである。
相手の事を知らない筈だというのに、なぜだ。
その疑問が尽きず、逆にアディリシアが返答に困っていた。
「わ、分かりました。ではこちらの方で十九学区について調べてみます」
「あぁ、朗報を期待する。科学サイドが魔術サイドに手を出すことは体裁上、良くない」
「その為にここまで来たのです。お任せください」
そう言って通話を切る。任せていいと言った物の、相手はあの聖人。アディリシアの表情は優れない。
相手の弱点を突くしかないのだろう。聖人ゆえ、神の子が死んだ要因、つまり弱点を彼らは受け継いでいる。それは神裂火織も同じである。
まだまだやることも、やらなければならないことも積載している。あとは入念に準備をするだけだと割り切った。
「さぁ、準備をしましょう。負けられないのですから」
立ち上がって手を打ち鳴らすアディリシアの姿に誰もが力強くうなずいて見せた。ここに怯えを見せる者、抱える者は一人もいない。
「うん、インデックスちゃんの為にも勝たないとね」
「社長らしいね。まぁ、えぇんやけど、無茶せんようにね」
穂波がいつきにそう言うと猫屋敷が扇子を広げて肩をすくめた。
「無理ですよ穂波さん。社長が今まで無茶しなかったことはないんですからね」
「この間抜けに何を言っても無駄ってことですよ先輩」
それにオルトヴィーンも賛同していつきは四面楚歌になる。だが、皆そんないつきをサポートしようと即座に自分たちに何が出来るかを模索していた。そう言った少し暖かい空気を感じ取りいつきがはにかんで笑う。
「うん、ありがとうみんな」