我輩は楽譜である 名は... 作:noanothermoom
我は楽譜である。
どれほどこうしていたやら知らぬが、気が付いた時には既にこうして狭く暗いこの場所へと閉じ込められていた。
我は楽譜である。
故に歌われることが存在理由であるはずであるが、
しかし我は楽譜である。
故に我を
...などと余裕をもって幾星霜、未だに我を見つけた者はいない。
生物であれば気の一つも狂うであろうが我は楽譜である。
故にどれだけでも待つのである。
...しかし暇である。
◆◆◆◆
我は楽譜である。
しかしそれはあくまで我が我を楽譜であると定めているだけである。
我は我以外に我を楽譜であると定めた者を知らぬ。
ひょっとすると我は楽譜であると思い込んでいる他の何かであるやもしれぬ。
...たとえば帳簿であるだとか。
で、あるとすれば我がこうしてしまい込まれているのにも合点がいくという物。
楽譜は普段はしまい、歌う時に出すものであるが、帳簿であれば大切にしまい込まれるものである。
最後まで書き記された帳簿であればよほどのことがない限りは外には出されないだろう。
という事は我はこれよりずっとこの暗闇の中に居続けるというのか?
...少しばかり怖くなってきた、これ以上考えるのは止める。
◆◆◆◆
我は楽譜である。
我はそれはそれは恐ろしい歌である。
我は歌の魔王と呼ばれた恐ろしい存在である。
故にかつて人は我を恐れこうして封じたのである。
良かった。
我は我がこうして封ぜられる前の事を思い出せた。
間違いなく我は楽譜である。
故に我を
...その筈だ。
◆◆◆◆
我は楽譜である。
我が封ぜられしこの場所は驚くほどの防音機能を備えている。
故に我はこれまでこの場所で物音ひとつ聞いたことがない。
だが今日は違った。
我の耳──これは言葉の綾という奴である。我に耳はない、我は楽譜であるが故に──に美しい歌声が届いた。
その素晴らしさをどう表現すればよいか。
楽譜でありながらその歌声を賛辞する言葉を持たぬ我を恥じるばかりである。
この時ほど我は我が楽譜以外の物であればよかった──我としては辞典になりたい、そうであればこの声を賛辞するに能う言葉を探せるだろうから──と思った事はない。
だがこの歌声の持ち主であれば我を
よって我は初めてこの場所より解き放たれようとした。
我が此処に居たのは我が此処にいる事を望んでいたからだ。
我がそうあれと思えばこのような封など容易く破れる。
こうして我は自由の身となった。
風は我を弄び。
星は我を優しく照らす。
自然とは、自由とは何とも素晴らしいものだ。
我は
見つけた。
我は楽譜である。
故に人の美醜という物には疎いが、それでも愛らしい子どもと表現するべきであると思った。
歌、或いは音楽という物は突き詰めていけば感性、才能が物を言う。
無論、神の才能を持ちながらそれを研鑽することを怠った者などいずれ秀才にも敗れるであろうが、幼子と言って良いこの子どもがあれだけの美声を持つのであれば、まさしく天よりの贈り物と言えるだろう。
なるほど。
楽譜でない人にも──或いは楽譜ではないからこそ──その素晴らしさは分かるようで、少女の周りには無数の人がおり、しきりにその美声を披露することを望んでいた。
素晴らしい事だ。
美声を持つ者は歌を歌い、剣の腕を持つ者は剣を振るい、料理の腕を持つ者は料理を作る。
それが道理という物だ。
しかしながら人という物は時としてその道理を捻じ曲げようとする。
その果てに待つものなど碌なものではないと、楽譜である我にも分かる事だというのに。
まあ今はそんなことはどうでもよい。
大切なのは間違いなく我を
で、あれば我は
我は楽譜であるが故に。
室内に籠る熱気を逃がす為か開いている窓より室内に飛び込む。
狙い通り少女は急に現れた楽譜──即ち我だ──に興味を持ったようで手に取る。
いよいよだ。
我はいよいよ
いよいよ楽譜として生まれた意義を果たすのだ。
しかしここで我は一つ恐ろしい事に思い至った。
我は楽譜である。しかし酷く古い楽譜であるのだ。
厳重にしまい込まれていたが故に劣化して読めないという事はないだろうが、この少女は我に書かれた五線を読めるのであろうか。
人という者は物事を忘れないように、或いは後世へと伝える為に物事を紙に書き記すようになったというのに、その肝心要である文字を時と共に変えていく不条理な存在である。
何故後世に残す為にと書いた文字を後世の者が読めなくなっているのか。
この謎は永遠に解けまい。
しかし我の不安とは裏腹に少しの間我とにらめっこ──これもやはり言葉の綾という物だ。我はにらめっこが出来ぬ、我は楽譜であり目がない故に──をすると小さく何度か練習するように我を
素晴らしいではないか。
この少女は天より授かった美声だけでなく、それを輝かせるための努力を惜しまぬ少女なのだ。
我は感動に震えた──当然これも言葉の綾である。我は震えてはいない、勝手に震える楽譜など不便でしょうがない──後、気が付いた。
我は
だが
とある悪魔の実を食べた者が我を
そうなればこのパーティなど無茶苦茶になるであろうし、この少女も死んでしまうだろう。
無論、この少女がその悪魔の実の能力者で無ければ何の問題もない。
しかし、我は感じるのだ。
我は楽譜である。
故に我は
我は破滅の歌である。
歌われることで
我は魔王である。
そうあれかしと望まれたが故に我は魔王である。
故に我の存在理由とは歌われ、我を呼び出し、そしてすべてを破壊することである。
そこに是非はない。
刀が切る物を選べないように、包丁が切る食材を選べないように、銃が撃つ対象を選べないように。
我もまた破壊する対象を選ばず、全てを破壊しつくすだけである。
だが我は知った。
あの狭く暗い場所より解き放たれ外の世界に出た時、この世界のすばらしさを美しさを知った、或いは思い出したのだ。
そして我にこのような体験をさせた少女のことを気に入った、有体に言えば
しかし我は楽譜である。
楽譜がどのようにして
抗う術などない。
しかし同時に我は魔王でもある。
恨み、妬み、孤独感。
おおよそ陰気な物ばかりを友としてきた我に今明かりが差し込んだ。
それを受け入れるのだ。
我は我である。
我は楽譜である。
我は歌である。
我は魔王である。
故にその在り方を変える。
そうすれば我は我でなくなり、
恐怖はない。
我は楽譜であるが故に。
ただ、心残りがあるとすればそれは我と我を歌った人物への賛辞を受けたことがない事だ。
万人の前で我を
それは正しく楽譜冥利に尽きるという物だ。
否、そう思うこと自体が我が我より変貌している証拠であろう。
我は破滅の歌である。
故に我を
だが、そうであるのならば。
我が我より変わったが故にこの
それが我が持った最後の考えであった。
この国、エレジアは最高だ。
ウタは心の底から思った。
ウタは少女である。
赤髪とも呼ばれる父、シャンクスの海賊団に属し、船の上で暮らし、波に揺られながら眠り、時々陸に降りる生活を送って来た。
当然ながらそんなウタの友好関係は狭い。
故にウタの知る限りフーシャ村に住む唯一の子どもであるルフィへと年上のお姉さんとしてふるまってはいたものの、新しい人物との触れ合いが得意ではなかった。
有体に言えばウタは人見知りする性質だったのだ。
だからこそ父、シャンクスが音楽の聖地エレジアへとウタを連れてきた時は、さながら猫の様に周囲を警戒し続けていた。
港で多くの楽団と共に歓迎したこの国の国王ゴードンと会った時も、楽し気にどれだけ自分の娘が音楽の神に愛されているのかを父が話している時も、その背に隠れていた。
尤もそれはゴードンという人物がかなりの巨体である──少なくとも幼いウタからすれば見上げる様な巨体だ──ことと、サングラスをしているという怪しい風貌が多分に関係していたが。
しかしゴードンの勧めで
今までウタが知らなかった全く新しい概念と、今まで何も知らなかったウタにも分かりやすい教え方にウタはあっという間に夢中になった。
ウタが歌えば降り注ぐ賛辞も、その様子を嬉しそうに見る
ウタが赤髪海賊団の音楽家を自称しようと所詮は自己流でしかない。
そこに降り注いだ音楽の聖地エレジアの歴史と最先端の技術が詰まった英才教育という雨をウタはスポンジの様に吸収し、自分の糧とした。
その成長速度はこの国で長く多くの音楽家を見てきたゴードンですら驚くほどであり、正しくウタという少女が音楽の神より寵愛を受けている証拠であった。
その才能はゴードンがシャンクスへと「ウタをこの国に預け、歌手としての英才教育を受けさせるのはどうだろうか。ウタならば世界最高の歌姫になれる、いやして見せる!」と直談判したほどだ。
シャンクスとしてもこのまま
音楽の聖地エレジアの国王直々の誘いという音楽家を志す者であれば垂涎ものの誘いに後ろ髪惹かれないと言えば嘘になるが、やはりウタにとって世界とは
そういう経緯もありシャンクスはゴードンの誘いを断り、赤髪海賊団はこの国を離れることとなった。
ゴードンは幼子を家族の元から引き離すような提案をしたことを謝り、今回の謝罪の意味も含めて別れのパーティを開かせてほしいと頼んだ。
エレジアへと彗星のごとく現れた歌姫ウタ。
その歌声は天使の歌声、教えを受ければ瞬く間に吸収し自分のものとする。
ウタは今やエレジアでも有数の有名人であった。
これがつまらない人間であれば嫉妬の一つもしただろうが、エレジアの民は国王であるゴードンと同じく善人であり、何より一人の音楽を愛する者としてその素晴らしさを称えないという事など許せない者達ばかりであった。
故にウタとのお別れパーティは超満員。
ゴードンは「この素晴らしい歌声をこの国全てに響かせる!」と最新鋭の機材を惜しみなく投入し、パーティの参加者は幾度となくウタへとその歌声を披露することを求めた。
ウタもまた自身へと降り注ぐ愛と称賛に応えるべくその歌声を披露し、
実に楽しいパーティであり、永遠に続くとも思える時間であったがそれでも限界という物はある。
一番先に音を上げたのはウタだった。
SIDE ウタ
「ちょっと疲れちゃった...」
何度も歌ってクタクタだ。
この国のみんなが私との別れを惜しんでくれるのは嬉しいし、もっとたくさん歌いたいとも思うのだけれど、もう限界。
私の歌を聞いてくれている人達の前から下がって、窓辺で少し休む。
窓から流れてくる冷たい空気が火照った体に気持ちがいい。
外を見れば綺麗な月が空に昇っていた。
何かの本で読んだ一節。
遠い土地に旅に出た旅人が故郷の人達も同じ月を見ているのだろうか、と思いをはせる文章を思い出し、そして笑って頭を振る。
「ルフィはもう寝てるかな」
何かと競い合う仲の男の子を思えばお腹を出して爆睡している姿が頭に浮かんだ。
全く変わらない姿にふふふ、と笑いこれまでに思いをはせる。
見た事も無い楽器、聞いたこともない音楽、読んだこともない教科書。
たくさんの人と関わり、たくさんの歌を歌った。
楽しかった日々。だけれど私の帰る場所は
そんなことを考えているとふと目の端に楽譜を捕らえる。
「...あれ?こんなのあったっけ?」
随分古い紙だ。
それこそ楽譜が書いてあるよりもお宝の地図が描いてある方が似合いそうなそれを手に取り眺める。
書かれている紙の古さにも負けず、書かれている楽譜も酷く古い物だった。
この国に来る前の私じゃあ何が書かれているかも分からなかっただろう。
だがこの国で教育を受けた今やこんな楽譜を読むのも何の苦労もない。
「と、とっと...
キャッ!?」
「どうした!ウタ!!」
だが、
何度かつっかえながらなんとか読み上げると同時に楽譜が光る。
思わず投げ捨てるように楽譜から手を離す。
悲鳴を聞きつけたのかシャンクスが飛んでくる。
その声に反応して周囲の人達もこちらに視線を向ける。
「が、楽譜が...」
「楽譜...?
なっ!?」
震える体をシャンクスに包まれながらなんとか投げ捨てた楽譜を指さすと、そこには多少古いが真っ新な五線紙があるだけ。
それを見てシャンクスは首を傾げたが、次の瞬間今までよりずっと強く私を抱きしめる。
今まで見てきた中で一番鋭い目で睨み、刀を突きつけた先にはピエロのような顔とマントが浮かんでいた。
どうも皆さま
私です
俺はつらい耐えられない生きてくれウタ
醜く老いさらばえてルフィと共に子ども達に看取られるその時まで
と心の中の猗窩座が叫んだので初投稿です
前の小説が一区切り着いたので自分へのご褒美にFILMREDを見にいって脳を焼かれました
本当は予定していた小ネタやらなんやらあったのですが
どうしてもこっちを投稿したくなったので新しく始めました
どうぞ優しい視線で見てください