我輩は楽譜である 名は... 作:noanothermoom
我輩は楽譜である。
ふと気が付くと赤髪の男がこちらを鋭く睨みつけながら武器を突きつけていた。
これが人であれば急に何をするんだ、とでも怒るのであろうが我輩は楽譜である。
そんなことを気にも留めず何が起きたのかを把握することに努めた。
我輩が我輩となる前、我輩は
しかしながら我は我を
故に我は我輩となった。
正直に言えばこうして我輩が存在していることに驚きを感じている。
我が想定していた結末は
一つ
我の存在が消えたことで
二つ
我が存在を変えた所で何も変わらず
三つ
我以外の我が生まれその場に残る。
である。
当然上から順にその可能性が高いと考えていたのだが、まさか最も起こりうる可能性が低いだろうと思っていた何かが生まれるという結果になるとは。
全くの想定外である。
想定外と言えば今の我輩の姿も想定外である。
分かりやすく言うのであればサイズを小さくした
そこはかとなく丸くなっておりデフォルメされた愛らしさを感じる。
人間であれば自分の現状を把握するのにも時間がかかるのであろうが、我輩は楽譜である。
自分の状況を確認するのにそう時間はかからない。
...とは言えどうするべきか。
我輩は楽譜であると同時に何かである。
その何かの姿が楽譜の上に浮かび上がってしまっている。
それ故赤髪は我輩を警戒し、少女は悲鳴を上げたのだろう。
我としては我が消えるという事は後のことなど知らん。
と全て後に残る存在に丸投げした──そもそも、後の残る存在など想定していなかった──ので、再び言うがこの状況は全くの想定外である。
よしんば残るとしても楽譜だけ。
こんな形ではっきりと人間に認識されるなど夢にも──これは物の綾という物である。我輩は楽譜であり、たった今生まれたばかり。眠ったことも、ましてや夢を見たこともない──思わなかった。
...どうしよう。
◆◆◆◆
「では、ゴードンさん。これがこのエレジアに伝わる魔王トットムジカであると?」
「うむ...状況だけを見ればそうとしか思えないのだが...それにしては大人しすぎる」
我輩は楽譜である。
今我輩の前では喧々諤々の議論が繰り広げられている。
あの後我輩はどうした物かと悩み、赤髪は我輩の出方を窺いどちらも動かないまま時間だけが過ぎた。
そんな均衡を破ったのはゴードン。
我輩を見て唸っているエレジアの国王である。
国王は我輩を一目見ると同時に
そのまま倒れこまなかったのは国王としての責務を全うする為だろう。
全く善人である。
兎にも角にも赤髪と我輩──ついでに少女──は国王の居室へと移動し──ちなみに我輩は赤髪の仲間によって
国王はこの国に伝わる歌の魔王トットムジカについて話した後、我輩こそがそうであると...は断言しなかった。
その理由が我輩が大人しすぎるからという物だ。
確かに
こうして悠長に会議なぞ出来まい。
とは言え我は我、我輩は我輩。
我がすることを我輩がする必要はない。
しかし、だとすると我輩は何をするべきなのか。
未だ答えが出ない悩みに悩んでいると僅かなうめき声が部屋に響いた。
「「「「「ウタ!」」」」」
「あれ...?私...?」
声の主は少女。
赤髪がその胸に抱いているうちに眠りに落ちてしまったようだが、今日の出来事に疲れたのだろうと寝かせていた少女が目を覚ました。
未だ寝ぼけ眼の少女の顔を覗き込む赤髪と国王。
大の大人が先程までの真剣な表情など何処かへ行ってしまったかのよう様に少女を心配している様子は、きっと人であればほっこりとでも言うのだろう。
とは言え赤髪と国王が我輩から目を離しても、赤髪の仲間が我輩を見張っている。
我輩がちらとでも怪しい動きをすれば、たちまち我輩はハチの巣であろう。
これが
どうなるか分からない以上変な動きはしない方がいい。
◆◆◆◆
「じゃあ。
「ああ、これが歌の魔王トットムジカであると思うんだが...」
「トットムジカにしちゃあどうも大人しすぎるってんで、どうするべきか迷っていてな」
我輩は楽譜である。
目覚めた少女へと赤髪がこれまでの経緯を話すと少女は我輩を指で突こうとし、それを見た赤髪は急いで止めた。
どちらの行動も実に理解できる。
我輩は妙に可愛い、例えるのであればテーマパークのマスコットである。
少女としては
また赤髪としても少女によって我輩が生まれた、という事実がある以上、少女と我輩の接触は何かが起きるやもしれぬと危惧するのも無理はない。
しかし、先程から我輩の事を
確かにこの身を創る楽譜は
しかしながら我輩は我輩である。
例えるのであれば、同じ無法者であるからと山賊と海賊を同じものにするようなものである。
或いは船に乗り戦うからと海賊と海軍を同じものとするようなものだ。
断固として我輩は我輩であり、
それも当然である。
我輩は楽譜である。
楽譜とは
そんな楽譜が口を聞けば喧しくて仕方がない。
それと同時に我輩は何かでもあるのだが、そちらは何処がどうなっているのやら分からぬが楽器の音色のような音しか出せぬ。
どのような時にも音楽は寄り添うとは言うが、このような時に楽器を鳴らしてどうなるというのか。
それでも黙っているよりはマシか、と先程より赤髪たちの会話の合間に音を鳴らして我輩の意思表示をしているのであるが、当然我輩の意図するところなど伝わる訳もない。
そろそろこちらを見る赤髪の仲間達の目も恐くなってきた。
全く不本意ではあるが、この口を噤む──これも言葉の綾という物である。我輩は楽譜であり口など持ちえぬ──しかないかと思っていると国王がひどく驚いたような顔でこちらを見ていた。
「まさ...か?」
「ゴードンさん?どうした」
国王の口より零れた言葉に赤髪が反応するが、国王は我輩を瞬きもせずに見つめている。
その様子にただ事ではないと赤髪は思ったようで「そのトットムジカがどうかしたのか」と我輩を
その言葉に我輩が再び不快であると音を鳴らせば国王は両の手を突き上げ叫んだ。
「間違いない。君はトットムジカと呼ばれるのが嫌なのか!!」
「「「「何ーーー!?」」」」
その内容に赤髪とその仲間も叫ぶが我輩もそれに負けず劣らず驚愕した。
この国王は我輩の音色より我輩の意志を読み取ったというのか!?
思わず驚愕の意志を込めた音が漏れる。
すると国王は再びその音に込めた意志を言い当てる。
◆◆◆◆
それよりは大変であった。
我輩の意思表示方法である音に込められた意志を国王が読み取れると言えどもそれは完全なるものではない、そして我輩に出来る意思表示など音以外には簡単な身振り手振りだけであるというのに、赤髪たちは我輩に数多の質問をぶつけたのだった。
赤髪たちの質問に答え終わった時には最早空は白み始めていた。
我輩は楽譜である。
故に肉体の疲労などとは無関係であるのだが赤髪たちはそうもいかない。
いや、赤髪たちは海賊であるが故にこのくらいでは大した事はないのかもしれないが、国王はそうもいかないだろうに。
赤髪達がどれ程の者かは知らないが、国王への労わりはないのだろうか。
いや、その国王こそが最も熱心に我輩の事を知ろうとしていたようにも思うが。
兎にも角にも何とか我輩が人に対して敵意を持っていないことを納得させることが出来たのである。
「それでは最後の質問だ。君は一体何を求めるのかね」
さしもの赤髪達も大きくため息を吐き崩れ落ちていくなか、国王は我輩をしかと見据えて最後の質問を投げかける。
その姿は到底徹夜で我輩と
これこそが国王として最も重要なことだったのであろう。
しかし我輩の求めるもの...か。
これが
破壊と滅亡。それだけなのだから。
しかし我輩は
故に破壊の衝動も持ち合わせていないし、この世界を壊そうという考えもない。
どうした物かと周囲を見渡すと、
それを手に取り国王の目の前までもっていく。
国王は我輩の行動に首を傾げていたが、我輩が目の前に持ってきた楽譜の一番上、普通の楽譜であれば
「まさか君の望む物は
その通りである。
我輩は楽譜である。
故に先程より国王からは君や彼と呼ばれ。赤髪達からはこいつだとかそれと呼ばれていた。
それに我はトットムジカであり、トットムジカとは我であった。
我は
で、あるのであれば我輩に願いがないのは
我輩に
そうなれば我輩が望むべきものも定まるという物である。
「う...ん?
あれ?ゴードン...さん?」
「おお、起こしてしまったかな」
我輩が国王の問いに頷こうとした時微かな声が響く。
周囲を見渡せば少女が目を覚ましたようだ。
夜中にも一度目を覚ましていたが、国王達が我輩と会話を始めてしばらくすると再び眠りに落ちた。
それをあえて赤髪も国王も起こそうとはしていなかったが、先程の国王の叫びで起こしてしまったようだ。
目をこすりながら「おはようございます」と国王へと挨拶をする少女。
しつけが行き届いているというべきか、昨日の様子を見る限り周囲から愛されて育っていると思っていたが、存外そう言う所はしっかりしているらしい。
流石に今まで寝ていた少女と比べれば弱々しい声で「ああ、おはよう」と答えた国王の目の前にある
何か書くつもりであったのか?と。
なるほど。
国王の手には羽ペンが握られており、その目の前に
しかし、流石は音楽の聖地と言われるエレジアの国王というべきか、楽譜に向き合って羽ペンを握る姿は実に堂に入っている。
そんな問いを投げかけられた国王は我輩の
「はい!私、わたし。私が
「ええ...?」
さしもの国王も困惑の声を漏らし、我輩の方を見る。
我輩としては
流石にげろしゃぶだのきゅいんちだの珍妙にもほどがある
『珍妙なる名でなければ誰が名付けようと良いが?』
そんな意志を込めて音を鳴らすと「条件付き賛成...で良いのかな?」と国王は確認する。
まあ、大体は我輩の意思が伝わったのでそれで良しとする。
先の一夜で完全なる意思疎通を目指すとどうなるかは身に染みたのだ。
我輩が頷くのを見ると国王は少女へと握っていた羽ペンを渡す。
目をキラキラと輝かせながら我輩たちのやり取りを見ていた少女は差し出された羽ペンを受け取ると同時に
子どもらしいバランスも何もない字で書かれたのは
「えーと...?それは...」
「さっきの話聞いてたもん。
余りにも率直すぎる名前に国王は困惑したように少女へと問いかけるが、少女は光り輝かんばかりの笑顔で答える。
その笑顔に何も言えなくなった国王は我輩の方へと視線を向ける。
受け入れるのか、それとも断るのか。
断るのであれば出来るだけ少女が傷つかないような方法にしてほしい。
と、言ったところか。
確かに違うといった名前を逆さまにして新しい名前にするなど余りにも安直すぎると言わざるを得ない。
しかし我輩は楽譜である。
故にその名前を受け入れよう。
我輩はたった今から
少女が付けた名を受け入れると同時に我輩が光り輝きだした。
少女と国王、それに今更ながらに起きだした赤髪たちは何事かと慌てだすが、我輩も慌てている。
我輩は楽譜である。
楽譜が発光しては眩しくて読めないだろうに。
しばし腕を振り回したり、くるくると体を転がしたりしていたが、徐々に光は収まっていった。
一安心、と思った時であった。
余りにも重大すぎる事実に気が付く。
「さっきのは一体...?」
「エイシスム、異常はないかね!!」
「シャンクス...」
「ウタ!?どうかしたのか!」
光が収まると同時に何が起きたのか探ろうとする大人たちへと少女は声をかける。
愛娘に何かあったのかとその肩を掴んだ赤髪へと少女は言いにくそうにしながらもはっきりと言った。
「なんか...エイシスムとけいやく?しちゃったぽい...?」
その後の叫びはエレジアの歴史に残る大音量であったという。
どうも皆さま
投稿初め特有の二回行動です
という訳でこの小説ではトットムジカはエイシスムになりました
微妙に言いにくいですねエイシスムって
自分で考えといてなんですがよくエイシスムだったかエイスシムだったか忘れます
予測変換は偉大な発明です
これから後は書こうとして上手く書けなかった
ゴードンさん視点です
ぶっちゃけゴードンさんを泣かせたかった
それだけの文章ですが勿体ないので置いておきます
お暇な方はどうぞ
そうでない方はお戻りください
それではありがとうございました
私は確かにその日奇跡を見たのだ。
──エレジア王国 国王ゴードンの日記より
「ゴードンさん、俺達はエイシスムを受け入れることにしたよ」
「そうか...それは良かった」
私へとシャンクス君が声をかける。
ウタ君は「エイシスムを使い魔にする!」と意気込んでいるが、赤髪海賊団としてはウタ君を愛しているとは言え、いや愛しているからこそ、そうそう簡単に歌の魔王と呼ばれたトットムジカから生まれたエイシスムをウタ君の近くに置いておきたくはないだろう。
これからどうするかを仲間内で相談していたのだが、どうやら受け入れることに決めたようだ。
正直に言えばその選択を選んでくれたことをよかったと私は思っている。
彼らがエイシスムを受け入れなかった場合
だが、私が良かったと思った最大の理由は先ほどから私が眺めていた光景にある。
「あはは。こっちこっち!」
今私の目の前でウタ君がトットムジカ...いやエイシスムと追いかけっこをしている。
ポンポロポン。
素早くエイシスムの腕から逃げ続けるウタ君と、そんなウタ君を追いかけ続けるエイシスム。
その体からは実に楽しそうな音が溢れていた。
私はこう見えても音楽の国エレジアの王だ。
自分で言うのもなんだが音楽についてはそうそう後れを取らない自信がある。
そんな私にとって音に込められた
ウタ君も、そんなウタ君を追いかける
「良かった...本当に良かった」
「ゴードンさん。あんた...」
そんな彼女たちを引き離すことにならなかったことに安堵の声を漏らしているとシャンクス君が驚いたような声を出す。
どうかしたのか、と問おうとした時私の膝の上に水滴が落ちた。
今日は雨の降る予定は無かったはず。
訝しんで空を見上げるが、そこには雲一つない晴天。
ならばこの水滴は、いや未だに止まぬこの水は何処から来たというのか。
「泣いているのか?」
「え...?」
その答えを私はシャンクス君の言葉で知る。
いつの間にか私の瞳からとめどなく涙があふれていた。
服の袖で涙を拭くがあとからあとから溢れる涙は尽きない。
「あ...あああ...」
自覚してしまえば止まらない。
国王としてあるまじきことに膝すらついて私は目の前の光景に涙した。
『音楽は世界を救う』
これはエレジアの掲げる言葉だ。
当然国王である私もそれを信じている。
この国に伝わる音楽は、私達が生み出す音は世界を、誰かを救える...はずだ。
だが、ゴールドロジャーを発端としたこの時代において、余りにも音楽は無力だ。
海賊に
強い者が全てを手に入れ、弱い者が嘆くだけのこの時代を変えるだけの何かを私達は持ち合わせていない。
私は音楽を愛するが故に音楽を疑えず、だが国王という立場故にこの国の外の惨劇をよく知るからこそ音楽の力を信じきれない。
そんな板挟みに苦しみ続けた私の目の前でウタ君はこの国に伝わる魔王を、
倒すだとか、封印するだとかではない。
その在り方を歌で変えたのだ。
誰が出来ただろうか、誰でもできるはずだ。
少女が出来たのだから。
少女が歌の力を示して見せたのだから。
「
私の情けない声がエレジアの空に響いた。