レッドバロンと月影のバトルは、レッドバロンの勝利に終わり、互いに勝ち残ってきた両者――エストレージャとレッドバロンの決勝戦が始まる。
――と、言いたいところであったが。
『えー、会場の皆様にお知らせ致します。先程のバトルの影響で、システ厶に一部不具合が生じていることが確認されました。システムメンテナンスのため、15:00に決勝戦を開始致します。悪しからず、ご了承くださいませ』
会場のアナウンスから、筐体のシステムメンテナンスが行われると放送され、決勝戦開始時刻は15:00……今から約一時間後になった。
ギャラリーでは、一時座席を離れる者や、その場に居座ってバトル開始を待つ者とに分かれる。
アスノ達は前者にあたり、これから決勝戦に備えた作戦ブリーフィングを行うのだ。
選手控え室に集まったエストレージャの五人。
備えられたホワイトボードの前で、ジュゲムはどこから取り出したのか、指差し棒をピッとホワイトボードに突き付ける。
「さて、改めて言うまでもないだろうけど……彼我の戦力差は圧倒的。つまり、正面からぶつかるのは無し寄りの無しだ」
年齢は関係無いとはいえ、こちらは中学生主体で、向こうは少なくとも全員大学生以上、経験値の差に大きな開きがあるのは違いないだろう。
「んーなことは分かってんだよ。で、今度はどんな小細工をカマそうってんだ?」
ソウジとて理解している。
エストレージャの中で、なおかつ一対一の白兵戦ならばソウジが最も強いが、その彼ですらまともに一対一でぶつかれば敗北は必至。
分かっていて負け戦を挑もうとするほど、ソウジはこの勝負を捨ててはいない。
これからそれを説明するのさ、とジュゲムはホワイトボードのマグネットマーカーをパチパチと並べていく。
「過去の選手権の傾向から、決勝戦のフィールドは恐らく宇宙になるだろうけど、地上の重力下であることも想定する」
それぞれ、赤のマーカーが敵対機、青のマーカーが味方機とする。
「レッドバロンの面々は、アカバ氏以外の四人も全員揃ってエース中のエース。一対一の白兵戦でも、数対数の連携戦も、何でもござれ。ハッキリ言って、死角無しだ」
赤のマーカーが矢状陣形を整える。矢状の先頭に立つのがユウイチのドムソヴィニオンだろう。
「一人になっているところを狙われたら、確実に墜とされる。そこでまずは、こちらの戦力を3:2に二分割する」
次に青のマーカーを三つと二つにそれぞれ並べる。
「分配は……そうだね、イチハラ君とツキシマちゃんのツーペアと、オレ、キタオオジ君、コニシちゃんのスリーカードかな」
「はいジュゲムさん、相手の手札がフルハウスだった場合はどうするんですか?」
そこですかさずショウコが挙手する。
「その場合は、ディーラーのイカサマを疑おうか」
しれっとそれに反応して見せるジュゲム。
何の話かと言えば、『Gガンダム』の9話のことであり、ネオイングランドのガンダムファイター『ジェントル・チャップマン』に接触するため、主人公の『ドモン・カッシュ』はカジノに乗り込み、ポーカーで勝負する一場面だ。
この際、ドモンはエースのスリーカードを出し、対するチャップマンはフルハウスを叩き出すのだが、即座にドモンはディーラーであるチャップマンの妻『マノン・チャップマン』が不正をしたことを見抜く。
「紅茶に強壮剤を仕込んでいる可能性も無くはないけど、今は除外しておこう」
話が逸れる前に、ジュゲムは作戦会議に意識を向け直させる。
「アカバ氏は、イチハラ君とのバトルを強く望んでいるようだからね。だから彼は、恐らく単独でイチハラ君の元へ向かうはずだ。そこは、イチハラ君とツキシマちゃんのコンビに任せる」
先頭の赤のマーカーが動かされ、二つの青のマーカーの前に移動する。
ユウイチを相手取る役目を与えられ、アスノとカンナは緊張しつつ頷く。
「で、残るオレ達三人の方はというと、向こうの四機が同時に襲い掛かってくる可能性が高い。数的有利の内に押し込みたいはずだからね」
赤のマーカー四つが、青のマーカー三つとぶつかる。
「この時オレ達三人は、戦いつつも少しずつ、イチハラ君とツキシマちゃんがいる地点へ移動していく。そうすると、相手から見れば、「向こうは数的不利だから、乱戦に持ち込みたいはずだ」と思うだろう。格下が格上相手に対抗しようと思ったら、相手にとってされたくない行動を取り続けることだからね」
青のマーカー三つをするすると動かしてから、赤のマーカー四つもそれに合わせるように近づけていく。
「だから、乱戦に持ち込む……『フリをする』。乱戦に持ち込まれたくないと相手が動くようなら、即座に合流するフリをやめて、全力で反撃」
乱戦に持ち込みたいのか、真っ向勝負がお望みなのか、そのどちらでもないのか――こちらの思惑をハッキリさせずにフラフラとどっち付かずの動きを見せて、相手に精神的なストレスを与えさせる。
「これでもし、相手が追ってこなくなるようなら、遠慮なくアカバ氏を包囲して袋叩きにするだけだ」
「なんつーか……あんた、マジで性格悪いな」
ソウジは顔を引き攣らせる。
謀略……というより、嫌がらせをやらせれば右に出る者はいないのではなかろうか。
「性悪結構。お上品な作戦で勝てるような相手なら、オレはこのチームに要らないからねぇ」
悪辣に嗤うジュゲムのその顔は、まさに謀略家のソレだった。
「策としては以上。そして最も重要なのは……このバトルに臨む、オレ達の意気込みだ」
そう、お上品な作戦や性悪な策をいくら練ったところで、それを実行するバトラー達が弱気では話にならない。
とはいえ、ここまで勝ち残ってきたアスノ達が、そんな気後れすることもなく。
「分かりました!」
「全力を尽くします!」
大一番を任されたアスノとカンナは力強く頷き、
「派手にやってやろうじゃねぇか!」
ソウジは拳と掌をバシッと打ち鳴らして気合を見せ、
「あたし達の夢の大舞台、優勝でキメなきゃね!」
ショウコも両手で拳を握って意気込んだところで、
コンコンとノックがされて、すぐに誰かが控え室に入ってくる。
「みんなー、気合が入ってるのはいいけど、気負い過ぎちゃダメよー」
そこに現れたのは、アスノ達の引率者というか保護者のミカだった。
「はいこれ、私からの差し入れね」
ミカは手にしていたビニール袋をテーブルに置いた。
袋の中には、ボトルジュースが五人分と、フードコートで購入してきたらしいたい焼きが五人分だ。
「おぉー、さすがミカさん気が利くぅ!あたしカスタードとコーラね!」
我先にと差し入れに手を伸ばすショウコ。
「あ!?ショウコてめっ、コーラは俺のだぞ!」
先駆けたショウコに続くソウジは、コーラに手を伸ばすショウコを横合いから取り返そうとする。
「こーら。喧嘩したら、めっ」
「「アッハイ」」
喧嘩になる前に、ミカの鶴の一声で二人は大人しくなる。
「それと、アスくんにお客さんよー」
「僕にお客さん?」
一体誰だろうかと、アスノは控え室の出入り口の方を向く。
すると、赤い軍服のようなトレンチコートに銀色のマスクで目元を覆う金髪の男性――ユウイチが待ってくれていた。
「突然ですまないね、アスノ君」
「あ、アカバさん!?」
よもや決勝戦の相手チームの総大将自らがやって来るとは思っておらず、アスノは動揺する。
「む、もしや都合が悪いところだったか?」
ドリンクとたい焼きを手にしているアスノを見て、出直すべきかとユウイチは言いかけるが、
「い、いえ、大丈夫です。それで、僕に何か?」
「少し時間が空いているのでな。決勝の前に、君と話をしておこうと思ってな。いいだろうか」
「はい、あ、えっと……」
アスノは振り返って、ジュゲムを見やる。
「せっかく敵情視察に来たのに残念でしたね、アカバさん。作戦のブリーフィングはもう終了したところです」
冗談めかした風に言うジュゲムだが、つまりは席を外してもいい、ということだ。
「構わんよ。どのような策を用いてくるか、楽しみにしておこう」
「えーっと、じゃぁ、ちょっと行ってきます」
ユウイチに連れられて、アスノは控え室を後にしていく。
それを見送ってから、ジュゲムも残ったジュースとたい焼きを手に取る。
「さてと、オレもこれから少し、ナルカミ教官と会ってくるよ」
「ハヤテ教官にですか?」
カンナがその理由を訊ねる。
「さっきのレッドバロンと月影のバトルから、情報を引きだしてこようかなと。すぐに戻るさ」
ひらひらと軽く手を振って、ジュゲムも控え室を後にする。
「…………」
ふと、コーラをソウジに譲ったショウコは、アスノとジュゲムが去った出入り口を見つめていた。
会場の出入り口付近の日陰になっているところで、アスノとユウイチは互いに向き合う。
「あの、アカバさん。さっきから気になっていたんですけど、そのトレンチコート、着てて暑くないですか?」
この八月真っ只中、分厚そうな生地の長袖のコート。
GPVSのトップバトラーとしての対外的なポーズもあるだろうが、そんなもの着ていて熱中症になったりはしないのだろうかとアスノは懸念する。
「砂漠地帯のように、日差しや熱気が強い場合、下手に露出させるよりも、全身を薄い布で覆った方がむしろ涼しいものだぞ」
「いや、ここ日本ですから……」
「……まぁ、それはいいだろう」
本当は暑くて仕方無いのに、選手権大会が終わるまでずっとその格好でいるつもりらしい。
「よくここまで勝ち残ってきた。優勝を目指したいという君達の熱意は、どうやら本物だったようだ」
「え、えぇと、ありがとうございます?」
早速褒め称えてくるユウイチに、戸惑いつつもアスノは頷いた。
「だが、泣いても笑っても次が最後、決勝戦だ。無論、我々も死力を尽くして君達を倒す。アスノ君と選手権で戦いたいという願いはこれで果たせるが、チームとしての勝利を譲るつもりはない」
私と君は今や優勝争いのライバルだからな。と挑戦的な視線をアスノに向けるユウイチ。
「僕も、いや……僕達も、アカバさん達と戦えて嬉しいです。でも、優勝を目指すのが僕達の目的ですから、勝ちは譲れません」
「フッ、当然さ。むしろ、勝ちを譲るつもりだったなら、失望していたところだった」
すっ、とユウイチは目元の仮面を取外して素顔を見せると、右手を差し出す。
「会場にいる全ての人の心に残る、最高のバトルをしよう」
「はい!」
アスノもその手を取って握手する。
万感、実に万感。
握手を終えて、ユウイチが再び仮面を装着する。
「では、私はそろそろ失礼する。君にも、待っている人がいるようだ」
「待っている人?」
アスノの疑問に、ユウイチは彼の背後を指した。
振り向くと、少し離れた位置からショウコがいるのを見かける。
アスノとユウイチの会話が終わるのを待っているようだ。
「今から45分後に、また会おう」
そうして、ユウイチはトレンチコートを翻して颯爽と去っていく。一々何をやってもサマになる男である。
ユウイチと入れ替わるように、ショウコが歩み寄ってくる。
「お話はもう終わった感じ?なに話してたの?」
「うん、「会場にいる全ての人の心に残る、最高のバトルをしよう」って握手した」
「アカバさんから期待されちゃってるねぇ」
ニヤニヤと笑うショウコだが、次の瞬間には表情を元に戻して、会場のドームを見上げる。
「この三ヶ月、あっという間だったね」
「GPVSの選手権大会の優勝目指そうって話をしてたら、いつの間にか色んなことがあったよなぁ」
アスノはしみじみと、これまでの三ヶ月を思い返す。
カンナと(知らぬ間に知り合って)再会し、選手権大会優勝を目指そうと志して、
ソウジやショウコとも共にバトルをしあったり、
アカバ・ユウイチと突然の邂逅を果たし、ライバルとして認められたり、
紆余曲折の末に助っ人としてジュゲムが加入して、チーム・エストレージャを結成し、
カンナの伝手で、ソノダ・アズサ達チーム・ブルーローズとバトルしたり、
そのカンナと二人きりで出かけた先で、ナルカミ・ハヤテと知り合い、
AI相手のバトルに奮戦して自分達の実力を高め、
ソウジの成績がまずいので、テスト勉強の厄祭戦を開いたり、
ツキシマ家の別荘を貸し切っての合宿で、ハヤテとの個人指導を受けたり、
そうしてやって来た選手権大会に待っていたのは、ジュゲムの因縁の相手、チーム・ヘルハウンドのリーダー、イヌイ・シゲルで、
レッドバロンと月影との激戦の末に制したのは、レッドバロンで、
そして、今に至る。
「っと、しみじみしてる場合じゃないか。みんなの所に戻らないと」
控え室に戻ろうとしたアスノだったが、
「待って」
ショウコはそれを引き留めた。
「え?」
アスノとしては、外は暑いので早く控え室で涼まりたいのだが、ショウコの表情を見て足を止めた。
「あのね……あたし、どうしても、自分の気持ちに嘘はつきたくなくて……」
その表情は――そう、確か六月の梅雨入りで、ショウコとの二人きりの相合い傘で帰り、「あたしと、カンナちゃん。二人一緒に告白されたら、どっち?」と質問をされた時と同じ。
「けど、ホントは……我慢出来なくて、爆発しそうで、でも、すごく、怖くて……!」
「シ、ショウコ、ちょっと、落ち着……」
アスノはショウコを落ち着かせようとするが、
「好き……なの」
絞り出すようなその声。
そして、
「あたし!アスくんのことが好き!昔からずっと!昔よりずっと!」
もはや取り繕いなど不要とばかり、ショウコは想いの丈をぶちまけた。
「っ……」
ストレートかつド直球の告白に、アスノは頭の中が真っ白になるのを自覚する。
けれど、真っ白な頭の中に浮かんだのは、
カンナの顔だった。
だとすれば、しかしアスノは躊躇った。
今ここでハッキリさせてしまったら、きっとショウコを傷付けるだろう。
想い悩む。
今なら、ショウコを傷付けずに"ナァナァ"でやり過ごすことも出来る。決勝戦を間近にして、気まずい空気は作りたくない。
だが、ショウコもそれを分かっているはずで、分かった上でこうしてアスノに正面からぶつかったのだ。
ならば。
「…………ショウコ、ごめん」
包み隠さず、心のまま、正直に。
「僕には、好きな人がいるんだ」
「ッ……うん、知ってる」
やはり、ショウコも知っていた。
「きっと、って言うか……絶対その娘も、アスくんのことが好きだよ」
アスノの意中の相手が、誰なのかを。
「ん……、うんっ。あたしの気持ち、聞いてくれてありがと!」
ショウコは踵を返して、顔だけを向けた。
「決勝戦、頑張ろうね!」
瞳の中に雫を溢れさせた作り笑顔。
「……うん!」
アスノは力強く頷いた。
ここで迷わずに、しっかり頷いてやることが、ショウコの望みだと信じて。
それだけ告げてから、ショウコは走り去っていった。
彼女の後ろ姿を見送って、アスノは。
「……びっくりした」
大きく息を吐き出した。
この一瞬でどっと疲れた気がする。
けれど、浮ついていた腹積もりは、しっかりと定まった。
告白、してしまった。
そして、フラレた。
やってしまったという後悔と、言わなければ良かったかもしれないという後悔が、ショウコの心を苛む。
「(これでもし負けたら……絶対あたしのせいになる)」
もしもアスノがユウイチに遅れを取ったりしたら、決戦を前にアスノを惑わせるようなことを告白してしまった自分のせいになる。
「(アスくん、ごめん……でもっ、どうしても言いたかったから……っ!)」
涙を堪えながら、会場の通路を駆ける。
そんなショウコの前に待っていたのは。
「はっ、はぁっ……ソ、ソウ、くん……?」
通路の壁を背に腕組みをしていた、ソウジだった。
「なん、で……ここに……?」
「……アスノに、告ったんだろ?」
何故ここにいるのかには答えず、ショウコが何をしたのかを突く。そしてそれは当たっていた。
「…………うん」
否定することもなく、是正するショウコ。
ソウジは一瞬二の句を詰まらせて、喉の奥の感情を押し止めた。
「フラレちゃった」
アスノに向けたものと同じ、涙の溢れた作り笑顔を向けるショウコだが、ソウジにはそれが痛々しく見えてならなかった。
「知ってたんだろ。アスノとツキシマは両想い……ってか、両片想いだってこと」
「うん……」
「……なら、なんで告ったんだよ。フラレんのは、分かってたんだろ」
「それでも、アスくんが好きだったから。アスくんとカンナちゃんが二人並んでるのを見てると、「お似合い」だなって思っても、あたしの気持ちは変わらなかったから……」
「……そうか」
彼の心が自分に向かないと分かっていてもなお、ショウコはアスノに想いを告げた。
それを為したと聞いて――ソウジは、釈然としない"苛立ち"を覚えた。
ふと思い出したのは、「素直になった方が人生損しないものだよ」と言うジュゲムの反論できない言葉。
「そ、そろそろ控え室に戻ろっか!カンナちゃんも心配するだろうし」
そう言って、ショウコは歩き出そうとして――
「……お前とアスノが上手くいけばいいと思ってたよ!」
不意に、怒鳴るような声がソウジから放たれた。
「けど……そんなの嫌だった!」
「ソウ、くん?」
吐き出すようなソウジの声に、ショウコは戸惑いながら振り向いた。
「アスノがツキシマをチームに連れて来た時、ラッキーだって思っちまったんだ。「アスノがツキシマがくっつけば、俺にもチャンスがあるかもしれねぇ」って。……とんだ自己嫌悪だぜ」
「え、ちょ、なに、何の話?」
「……けど、結局こうなっちまった。今は選手権だからってモタモタしてる間に、お前はアスノにコクっちまった」
今のソウジは、怒っているような、泣いているような、とても不安定なものだった。
「好きな女の子に向かって無責任に「告白しちまえよ」とか言って傷付けて、そんな俺は自分の好きな女の子に告白なんてしないまま、勝手にフラレた気になって……ははっ、情けねぇったらありゃしねぇや」
瞬間、ショウコの中で全てが結び付いた。
「ちょっ……もし、かして、ソウくんの好きな女の子って……」
「っそ。お前だよ、ショウコ」
いともあっさり肯定された。
「えっ、うそっ、そんな、そんな風に見えなかっ……!?」
「マジ。マジ寄りの大マジだ」
「い、いつ、いつから……っ?」
「忘れた。忘れるくらいずーっと前からだ」
勇気を振り絞ってアスノに告白して、フラレて、落ち着こうと思っていた時に、とんでもない爆弾だった。
「〜〜〜〜〜……っ、頭も心も浮ついてる時になんてこと言うのっ」
「悪ぃ」
悪い、と言いつつも、まったく悪びれないソウジ。
「でも、まぁ……ショウコは、こんな時にコクるくらい、アスノのことが好きなんだろ?」
「……うん」
「アスノとツキシマが両片想いだって分かってても、好きなんだろ?」
「……うん」
気持ちの確認。
ややあって、ソウジはショウコの頭に手を伸ばし、優しく髪を撫でる。
「お前のそういう、何があっても挫けてもめげても、「これ」って決めた気持ちだけは絶対曲げねぇところが好きなんだよ、ショウコ」
別の男の子のことを好いている、その気持ちの持ちようが好きになる理由とは、皮肉なものと言うべきなのか。
「……その、ソウくん。ごめ……」
「言わんでいい、全部分かってる」
そっと、ショウコの髪から手を離す。
「勝とうぜ、俺達みんなで」
「……うんっ、ありがとソウくん!」
大きく頷いてから、今度こそショウコは控え室へ駆け戻っていった。
ショウコの後ろ姿を見送って、ソウジは脱力したように座り込んだ。
「ははっ……結局、こうなっちまったかぁ……っ」
ボロボロと、ショウコの前では見せられなかったアツイものを零して。
「あれ?」
控え室に戻って来たアスノだったが、何故か室内に残っていたのはカンナしかいなかった。
「おかえりなさい、アスノさん」
「ツキシマさん、ショ……いや、ソウジとミカ姉は?」
ショウコのことはともかく、ソウジとミカまでどこへ行ったのかと訊ねるアスノ。
「キタオオジさんはお手洗いに行くと言って、その後でミカさんは「アオハルの予感がするから」とだけ言って」
「……どゆこと?」
ソウジはお手洗いに行ったのは分かるとして、ミカの言い回しには一体どんな意味があるのか。
「さぁ?」
カンナは敢えて知らないフリをした。
ソウジと、その後でミカがどんな理由で控え室を後にしたのか、なんとなく分かっていたから。
まぁ試合開始の時刻には戻ってくるだろうとして、アスノはベンチに座った。
決勝戦開始まで、あと20分。
「あのさ、ツキシマさん」
「なんでしょう?」
アスノは何気無くカンナに声を掛けて――
「この選手権が全部終わったらさ、聞いて欲しいことがあるんだ」
背水の陣を敷いた。
「…………えっ」
ボッ、とカンナの両頬に火が灯る。
「いや、その、多分、僕が何を言いたいか分かってると思うんだけど。それは、後にしておきたいから」
ショウコは言っていた、「きっと、って言うか……絶対その娘も、アスくんのことが好きだよ」と。
「は、はっ、はいっ……」
緊張しながらも、カンナも頷く。
やはり、あの日――カンナと二人きりで出かけた日の帰り、夕暮れの電車の中で、彼女が言いかけたことは、アスノの想像通りだった。
伝えたいことはある。
けれど、どうせなら――カッコよくキメたいから。
ただ、これから対する相手は、そう簡単に"カッコよく"勝たせてくれる相手ではないけれど。
だからこその、背水の陣。
これで、絶対に負けられなくなった。
数分後に、情報収集を終えたジュゲムが戻って来て、その後でミカが、"目を真っ赤にした"ソウジとショウコを連れて帰って来た。
アスノはミカに「どこで何してたのさ?」と訊ねてみると。
「ひとつは、乙女の秘密。もうひとつは、男の子の意地かな?」
と、茶目っ気たっぷりにはぐらかされた。
それを聞いて、カンナはちょっとだけ気まずそうに、ジュゲムは事情を察したのか何も言わず、アスノだけはなんのことか分からなかった。
――ほんの少し前、ミカはショウコを慰めて思い切り泣かせてあげて、その後でソウジにも同じように慰めて(ソウジは意地を張って泣かなかったが)あげていたのだが――。
それも、ここまで。
決勝戦開始五分前になって、チーム・エストレージャは控え室を発つ。
『ご来場の皆様、大変長らくお待たせ致しました。ただいまより決勝戦、チーム・レッドバロン対、チーム・エストレージャのバトルを開始致します』
アナウンスが流れ、待ち侘びたこの時にギャラリーは沸き立つ。
ドライアイスの噴射と共に、冷静堂々と現れる、アカバ・ユウイチ率いるチーム・レッドバロン。
それと相対するは、アスノ達チーム・エストレージャ。
「行こう、みんな」
数多くのバトルと経験を経たアスノの姿は、既に一チームリーダーとしての自信と風格があった。
双方、筐体にバナパスとガンプラを読み込ませ、同期完了。
ランダムフィールドセレクトは、『アクシズ』。
原典は『逆襲のシャア』で、核パルスエンジンを起動させ、刻一刻と地球への落下コースへ向かうアクシズを舞台に、ロンド・ベルとネオ・ジオンが激しい戦闘を繰り広げる、最後の決戦に相応しいフィールドと言えるだろう。
エストレージャはロンド・ベル側、レッドバロンはネオ・ジオン側と、恐らくは主催側が意図的にポジションを決めたのだろうが、誰もそれに異論を申し出る者はいない。
出撃、開始。
「それじゃぁ行くとしますか……ジュゲム、ダーティワーカー、仕事の時間だ!!」
「今のあたしに怖いものなんか無いよ。コニシ・ショウコ、ロイヤルプリンセスルージュ、レッツゴー!!」
「もう迷わねぇし躊躇いもねぇ……キタオオジ・ソウジ、ガンダムアスタロトブルームⅡ、行っとくか!!」
「これに勝てば、アスノさんは私に……じゃなくて、ツキシマ・カンナ、ガンダムダイアンサス、参ります!!」
「僕の全力、ここで出し切ってみせる。イチハラ・アスノ、ガンダムAGE-X、チーム・エストレージャ……行きます!!」
最後の戦い、その火蓋は切って落とされた――。