僕が禁忌を犯すまでの五日間   作:なかみゅ

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最終話

レポート

 

 信号送受信式人体間人格互換システムの暴走から八百年。我々はシステムを凍結し正常な世界を取り戻すに至った。

 本システムは信号送受信式人体間精神・感情共有システムから発展して生み出された技術の最終形態である。用途は大人数を送ることの難しい場所や危険な土地に疑似的な形で多くの技術者を派遣する手段、セクシャル・マイノリティに位置付けられる人々の生活充足へ向けたアプローチ、福祉に携わる専門職者の子ども・老人・障がい者理解、その他医療・教育・スポーツの分野など多岐に渡った。

 人格互換システムが成功を収めた事実は、原型となった精神・感情共有システムの信頼性を更に高めた。精神や感情を真の意味で他人と共有し、人々の相互理解を促進する目的の為に作られたこのシステムは世界平和に多大な貢献を果たした。

 世界連合においてある議案が提出された。本システムの恩恵に浴する為に必要なナノマシンを脳内に生成する仕組みを全人類の遺伝子に組み込むというものだった。皮肉なことだが、この議案を巡って多くの血が流れた。

 人類種の改変に対しては否定的な意見も根強かった。一方で支持派の中にも宗教的なまでの熱烈さを見せる一派があった。双方の過激派が自らの主張と異なる姿勢を見せる国家に対してテロ活動を繰り返した結果、様々な陰謀が絡まり合い支持国と反対国による世界大戦が勃発した。

 システムを用いて感情を共有することによる対話の提案も為されたが、反対国によって跳ねのけられた。システムの使用はそれ自体が議案に対する各国の評価を変動させる宣伝となり得たからだ。

 戦争は支持国の勝利に終わった。支持国の多くは科学的進歩に重きを置く技術国だった。兵器を用いる戦争において彼らが優位なのは必然だった。

 数十年後のことだった。

 制御塔システム内に眠っていたコンピュータウイルスが目覚めた。

 ウイルスの機能は次の命令をシステムに永続的な形で強制実行させるものだった。

『約二十四時間周期でシステム影響下の全人に対して人格置換を実行する。人格の送信及び受信先は各々ランダムに決定されるものとする』

 戦争中、制御塔システムを対象に多くのウイルスによる侵入が試みられた。出所は反対勢力である。ウイルスは既述の機能を備えていた。

 目的は支持国の攪乱と思われた。当然ながら、ナノマシンを脳に埋め込んでいる人間の比率は反対国より支持国が多い。ウイルスによる攻撃が成功すれば戦況は反対国優位に傾いたはずだった。

 しかし制御塔のシステムは堅牢なセキュリティに守られていた為ウイルスの侵入を許すことはなかった。システム内に眠っていたウイルスは元から不具合があったため、セキュリティを潜り抜けたようだった。それが何かの拍子に起動したらしい。

戦争が終結し、支持派の議案が実現された今、ウイルスの命令は次のように言い換えることができた。

『約二十四時間周期で全人類に対して人格置換を実行する。人格の送信及び受信先は各々ランダムに決定されるものとする』

 混沌の始まりだった。

 命令が実行されれば、人類は未曽有の危機に晒されると思われた。文明は衰退し、国家の枠組みすら消滅する。生活が後退するというような単純な話ではない。世界がどう変化するものか誰にも分からない。我々の歴史が終焉を迎える可能性すらあった。

 ウイルスが起動してから最初の人格置換まで二十四時間の猶予があった。システムを正常な状態へ回復させるには不十分だった。しかし一度命令が実行されてしまえばそれどころではなくなる。

 我々制御塔職員の研究者は苦渋の決断を強いられることになった。

 十名の研究者を除いて冷凍睡眠設備によって眠ることにした。

 十名の存命中にシステムの回復を成し得ればそれでよい。しかし成し得ない場合に備えて、百年ごとに七名の研究者が目覚める設定にした。

 これにより千年先までいつの時代も世界の異常を正す意思が存在することになる。

 我々は眠りについた。

 その時はやってきた。

 

 目覚めた時、私の体は自分のものではなかった。

 私よりも前に目覚めた同士達は失敗したらしい。

 私は八番目に目覚める七人のうちの一人だった。

 命令が実行されてから八百年が経過したことになる。

 かつての世界は見る影もなかった。

 我々の歴史は忘れ去られていた。

 人々は自らを神秘的で不滅の存在だと信じていた。人格の置換を魂の実在する証明だと解釈し、肉体を入れ物のように扱った。

 主観的な観測の上では必然のことかもしれない。しかし所詮は脳の信号を送受信しているに過ぎない。送信先の人体がいかに健常であろうと発信元の脳が機能しなくなれば死ぬ。魂は実在しない。

 彼らは産まれた時から人格置換に晒されているから、そのことが理解できない。「自分の肉体」という概念が分からない。

 実に哀れだ。

 私は人類を救うべく制御塔を目指した。しかし一日単位で私の人格は別の場所へ飛ばされてしまう。制御塔近隣で生活する人間に私の人格が受信される日を待った。目覚めてから五年と一二五日の歳月を経てようやくその機会に恵まれた。送信先の肉体も健常な成人だったことは幸いだった。

 数百年の間放置されていた制御塔は既に多大な損壊を来していた。ウイルスによる命令を書き換えることはできなかった。それにはもっと多くの人員が必要だった。しかし、システムに内蔵された自己修復機能さえ停止させれば、システムそのものが数日で自然崩壊するのが目に見えていた。

 私はやり遂げた。

 

 人類は救われた。

 かつての世界を取り戻した。

 悪い夢から覚めたのである。

 これより我々は再び歩み始め、いずれは八百年前の豊かさを取り戻すであろう。

                            3xxx年 x月x日

 

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