タキオンが元トレーナーのために孤島の学園で謎を解く 作:首狩兎計画
強い潮風に髪を乱されながら、タキオンは意志の弱い自分に呆れ果てていた。
あんなに感情的になって怒ったくせに、翌日にはメモに残されていた連絡先に電話をかけてしまったのだから。
五十嵐が理事秘書を務めているという学園は、情報やウマ娘のプライバシー保護などを目的に、孤島に建設されている。
この、二日に一往復しかしないフェリーに乗らなければ、来島することは叶わない。
情報流出の対策は本当に抜かりなどなく、今回の依頼内容すら、島に着くまでは話せない、などと言われている。
タキオンが調査を了承した時、五十嵐は土下座も辞さないほどに感謝を述べたけれど、タキオンは「最新設備の学園に興味があるだけだ」と切り捨てた。
けれど、嘘を吐いたというわけではない。
本当にニグラス学園は、最新設備で構成されているのだ。
設立は十年前。
その当時も、他の学園が驚くほどの最新技術を駆使していたが、年々新たな技術を取り入れ続けており、その先進性は現在も他の追随を許してはいない。
島内の建物は元々残されていた洋館などを再利用しており、ほとんどが木造やレンガ造りなど歴史を感じる造りになっているらしい。
噂では、一部区域を観光地として開放する計画もあるらしい。
そんな古めかしい街並みとは正反対に、警備には大量のドローンを使用するなど、設備はすべて最先端を地で行っている。
また、この島にウマ娘は存在するが、トレーナーはひとりも存在しない。
ウマ娘に装着される電子ブレスレットが、リアルタイムで体温、心拍数などの情報を計測し、AIが分析。
そのデータが、定期的にトレーナーへ共有されている。
トレーナーはデータを元にトレーニングプランを構築し、遠方から指導を行う、というわけである。
対面が必要なケアなどは、五十嵐をはじめとしたスタッフや、保険医などが行うことになっているらしい。
トレーナーとウマ娘は一心同体、同心協力があたりまえだと思われていたこの世界で、ニグラス学園の取った方針は異端といえただろう。
賛否はあるが、この方法であれば遠方から、いわゆる『片手間』でウマ娘の指導をすることができるため、他学園に所属する優秀なトレーナーを引きこむことにも成功している。
研究施設では、ウマ娘にかかわるトレーニング内容からサプリメント、トレーニング器具など、ありとあらゆる研究が行われている。
その技術は、この学園に所属している生徒だけに使用される。
それもあって、この学園は真摯に強くなりたいと願う生徒が選ぶ学園として有名だ。
もちろん、孤島であるし、それなりの不便もある。
それを我慢してでも強くなりたいと願うものが、この学園を選んで入学する。
まだ発展途上ではあるが、トゥインクルシリーズのようなメジャーレースを作ろうとする動きもあり、最近では孤島を丸々コースにしたタイムアタックが動画で拡散され、脚光を浴びている。
今後の発展に期待するなら、ニグラス学園は有力株であろう。
また、この学園はスタッフを出来うる限り女性で固めており、それが男性を苦手とする生徒に人気があり、それを理由に選ぶ生徒もいると聞く。
——ドーベルくんにとっては快適な環境だろうねぇ。
業界中を驚かせたこの最先端学園を創立したのが、古城戸彩。
——二十歳という若さでこの学園を設立したそうだから、今は三十歳か。
タキオンは、手元の雑誌に視線を向けた。
ちょうど、古城戸のインタビュー記事が載っていたから、持ってきたのだ。
ページの半分を使って大きく乗せられた写真には、金髪碧眼の美女が映っていた。
いや、むしろ美少女と呼んでも差し支えはないかもしれない。
実年齢を知らなければ、彼女が三十歳だなんて誰も思わないだろう。
そんな彼女に憧れて入学する生徒も少なくない、なんて書かれているのを流し見て、タキオンは興味なさげに「ふぅン」と呟いた。
自らの理論を発表し、今まで前例がなかった故に尻込みする企業もいる中、精力的にスポンサーを募り、今向かっている孤島で学園を設立。
それは、二十歳という年齢からは考えられないほどの行動力だ。
以前、タキオンと戦った相手の中にも、たしか招待枠でニグラス学園の生徒がいたはずだ。
順位は、自分とカフェに次ぐ三位だったか、着差もそれほど無かったはず。
あの後、負けて不機嫌なカフェに八つ当たり(煽ったタキオンが悪い)の並走に倒れるまで付き合わされて忘れていた。
実力はたしかだと思ったのを、今回のことで思い出していた。
「どうしたんだい、難しい顔をして」
突然かけられた声にハッとして顔をあげれば、潮風で髪が乱れるから、なんて理由で船室に籠もっていたはずのオペラオーがこちらに歩み寄ってくるところだった。
その後ろには、なにやらブツブツと小声で文句を呟いているシャカールもいる。
「難しい顔をしていたつもりはないよ」
へらり、とタキオンは意識して笑った。
そんな笑顔をどう受け取ったのか、オペラオーにしては珍しく、なんとも形容しがたい微妙な笑みを浮かべている。
当初、タキオンはひとりでニグラス学園へ向かうつもりだった。
五十嵐が突然タキオンを頼ってきたのは、恐らく中等部時代の関係性があるからだ。
それなら他の人は関係ないと思ったからである。
トレーナーには五十嵐がすでに話を通しており、外出などの手続きはほとんど済んでいた。
おかげでチームの皆んなに知られずに学園を出られた。
反面、こうもあっさりと向かわせてしまうトレーナーに『少しは引き止めてくれてもいいのでは?』と不満に思ったりもした。
けれど、船着き場に着いた時、何故か出発の時刻すら聞かせていなかったはずのシャカールとオペラオーが先に着いて待ち構えていたのだ。
なんでも、トレーナーから、タキオンの力になってやってほしい、と頼まれたらしい。
——本当なら自分が行きたいけど、トレセンのトレーナーが他所の学園に行くのはおかしな誤解を招くから。
そう言って、自分の代わりに、とふたりを船着き場に送りこんだらしい。
その話を聞いて、タキオンはトレーナーの不器用な気遣いに内心苦笑いした。
「わざわざ船着き場で先回りしないで、学園から一緒に行けば良かったんじゃないか?」
船出からここまで、会話らしい会話をしなかったタキオンがようやく口を開く。
「アホか。そしたらてめェ、オレたちを撒いてひとりで行っていただろ」
スマートフォンを操作しながらシャカールが突っ込む。
「本当ならばカフェさんやドトウ、他の皆んなも同行を希望していたのだが、スケジュールが合わなくてね」
肩をすくめるオペラオー。
「大人数で行ってもうぜェし邪魔だからな。そこで、てめェと同じく春に備えて調整中のオレたちに白羽の矢が立ったってわけだ。あのトレーナー、帰ったらシメる」
「はっははは! 僕はまたふたりと組めて嬉しいよ! さあ、また三人で、エレガントに事件を解決しようじゃあないか!」
いつも変わらぬふたりに、安堵するタキオン。
正直、五十嵐と再会してから、不安と迷いで自分を見失っていた。
こうして船に乗り込んだのは五十嵐のためか、過去の決別のためか、それとも五十嵐からあの時の本心を聞き出すためか。
すべてが終わり、彼女からすべてを聞けたとして、それが求めた答えでなかった時、自分を保てるのか不安だった。
学園に、チームに、トレーナーの元へ戻ることもできず、再びあの暗い研究室に篭る日々に戻るのではないかと。
しかし、ふたりを見ていると、その不安は杞憂に思えた。
「ふたりとも、感謝するよ。すまないが、最後まで付き合ってもらうよ」
「……たくっ、調子狂うぜ」
「うむ!」
ようやくタキオンがいつもの調子を取りつつあることを確認し、安堵するふたり。
——君たちがいれば、私は帰る場所を見失うことはないだろう。
タキオンは、もうすぐ明けてくる空をみる。
東の空にひときわ明るく輝く明けの明星。
その強い輝きは、この暗い海で、進むべき道を示しているように感じた。
こつん、とヒールが甲板を叩く音がした。
釣られるように視線を向ければ、五十嵐がこちらへと歩み寄ってくるところだった。
「大丈夫? 酔っていないかしら?」
タキオンはシャカールとオペラオーの顔を順々に見た。
どうやら、ふたりとも体調不良は感じていないようだ。
「問題ないようだ」
「それはよかったわ。もうしばらくかかるから、もしも体調が優れないようであればすぐに言ってちょうだいね」
「わかった。ありがとう、由美」
昔の呼び方が出たのは、つい、ぼんやりとしていたせいだ。
ぱちり、と目を瞬かせた五十嵐は、けれど悲しそうに目を伏せた。
「呼び立てておいて申し訳ないのだけど、私とあなたの個人的な関係が知られると、少し拙いことになるの。私のことは五十嵐と呼んでちょうだい」
「あァ?」
呆然と固まったタキオンの代わりに噛みついてくれたのは、シャカールだった。
地を這うようなその声にハッとして、タキオンは軽く手を振ってシャカールをいなし、それから五十嵐には「わかったよ」と短く答えた。
タキオンだって、間違えてうっかり呼んだだけだ。
なにも、昔のような関係になることを期待して呼んだわけではない。
だから、傷付かない。
でも、酷い話だとタキオンは思った。
傷付けた五十嵐がそんな顔をしていたら、自分は傷付けないじゃないか、と。
12月12日7時15分
孤島に到着したのは、それからしばらく経ってのことだった。
五十嵐は何故か立ち去らずにその場にずっといたため、一行は終始、なんとも言えない空気に苦しめられることになった。
「……凄いな、これは」
フェリーから降り立った瞬間から、見える景色は普段見ている学園とは大きく異なっていた。
一言で表現するなら、まるでSF映画の世界だ。
空中を飛び回りながら、周囲を見張る監視ドローン。
歩道では、ドラム缶のような形をした警備ドローンが隊列を組んで移動している。
有名な建築家がデザインしたと説明されたら「なるほど」とそのまま納得してしまいそうな、近代的なデザインの研究施設。
そして、その近代的な建造物に不釣り合いながらも、圧倒的な存在感を放つ古い洋館と塔。
アンバランスさが、逆に美しさを強調しているようだった。
「はァ? おいっ、電波ねぇンだけど」
チッ、と舌を打ったシャカールに、五十嵐は申し訳なさそうな表情で「ここでは、ネットも電話も電波を通していないのよ」と説明する。
「最新施設なのにか? ウマ娘たちのデータをトレーナーたちへ共有するのには、ネットは使っていないのか?」
「えぇ。……いいえ、正確に言えば、ネットは使っているのだけど。二日に一回の定期船で本土に行く時にデータを収集して、それからサーバーにあげることになっているわ」
「へぇ。リアルタイムじゃないんだな。そっちの方が管理もしやすいだろうに、何故なんだ?」
「うちの理事は、情報の流出をなによりも嫌っているから。それで、電波を通すことに懐疑的なのよ。外との連絡手段は、理事の執務室にある端末のみよ」
「……まぁ、これだけ最先端をいってればな。懐疑的になるのもわからないでもない、か」
最先端技術がウリなのに、他の学園にそれを盗まれれば困ることは火を見るよりも明らかだ。
近寄って来たスタッフから、五十嵐が大きな箱を受け取った。
中を開いて、取り出されたのは三組のゴーグルと電子ブレスレットだ。
それぞれが、一組ずつタキオン、シャカール、オペラオーに渡される。
勧められるままに装着すると、ゴーグルには電子ブレスレットが読み取った現在の自分の情報が投影されていた。
「はー……。これはこれは」
「随分と細かいデータで出るんだな。……うん、誤差もないようだ」
「あははっ。いっそ恥ずかしいほどにすべてを見られているわけだね」
「ゴーグルには通信機能も付いているわ。携帯電話が使えない島の中では唯一の連絡手段になるから、使い方は覚えておいてね」
少し動いただけで、心拍数がわずかに変動する。
自分でもわからないような小さな変化まで拾い上げて眼前に晒されるというのは、あまりいい気持ちではない。
「……観察されるモルモットの気持ちがわかったよ」
そんな皮肉にも、五十嵐は困ったように笑うだけだった。