タキオンが元トレーナーのために孤島の学園で謎を解く   作:首狩兎計画

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【4】疑念と火種と 12月12日8時50分

 理事は、中央にそびえる高い塔にいるらしい。

 古めかしい外観とは裏腹に、入り口を守るのは電子キーだ。

 入ってすぐに、電光掲示板が点滅しているのが見えた。

 保険医による定期健診を受けていないものは早めに受けること、なんて連絡事項が見えて、タキオンは思わず少し笑ってしまった。

 どこの学園も、注意を受ける内容は変わらないらしい。

 螺旋階段をくるくると上りながら、どこまでも続きそうな上を見上げる。

「理事はどこに?」

「……最上階よ」

 階段は、まだ続いている。

「バカと煙は……」

 自然、口から出てしまった言葉は、さすがに他学園の理事に向けるのは拙いという自覚もあって、なんとか呑みこんだ。

 続きを正確に理解したらしい五十嵐が、小さく肩を揺らす。

 もしかしたら、五十嵐もそれを考えたことがあったのかもしれない。

 最上階へ向かう間にも、さまざまな部屋があった。

 そのどれもが、電子キーでの施錠がされており、掲げられている看板には、遺伝子組み換え食品におけるウマ娘への影響について、のような、なにやら小難しい研究課題が書かれている。

 恐らくは、その表題の件についての研究室なのだろう。

 半分観光気分でキョロキョロと周りを見ながら歩くうち、思ったよりも早く最上階へと辿りついた。

「……この階は、内装も古いまま残しているのかい?」

「えぇ。予算の削減にね。この階に研究室はないし……理事が書類仕事をするくらいだもの」

「……なるほどねぇ」

 普通は、組織のトップが使う場所は最初に整えるものだと思うのだけれど。

 まぁ、これだけ情報を規制しているのだ、見せる相手もいないから、とハリボテのように外観から整えていったという線もあるだろう。

 古めかしくも重厚な扉の前で、五十嵐は小さく咳ばらいをしてから、大きく二度、扉をノックした。

「古城戸理事。五十嵐です。今回の脅迫状について調査でお呼びした面々をお連れいたしました」

「どうぞ、中にお連れして頂戴」

 端的な言葉で、三人は理事室へと迎え入れられた。

 洋風の古城と思わせる内装を決して崩さない、アンティークのテーブル。

 ソファのようにも見える立派な椅子に座って手を組んだ古城戸が、ニッコリと笑って三人を迎えた。

「皆さん、ようこそ。当学園の理事をしております、古城戸彩と申します。よろしくお願いいたします」

 笑顔のはずなのに、妙な威圧感を覚えて、タキオンは挨拶を軽い会釈にとどめた。

 同じ考えだったのか、シャカールとオペラオーも、軽い会釈で応える。

 タキオンたちの反応に、古城戸は少しも気にしていないようだった。

「さっそく本題に入らせてもらいます。この後もいろいろと雑務に追われておりまして……」

 タキオンは気付いた。

 目が、合わないのだ。

 古城戸はたしかにタキオンの方を見ているのに。

 タキオンはたしかに古城戸を見ているのに。

 一向に、目が合わない。

「皆さんには、脅迫状の犯人を特定してもらいたくお呼びしました。残念ながら本日は多忙のため、詳細は明日、あらためてご説明します。本日はゆっくり学園を見学していってください」

 一方的にそう言って、古城戸は口を閉ざした。

 まるで、これで話は終わりだとでもいうように。

 けれど、そんな一方的な話では、タキオンは納得できない。

「ふむ、その脅迫というのは?」

 だから、タキオンはあえて空気を読めないようなふりをして、問いかけた。

 話を終わらせたがった相手に、あえて話の引き延ばしを求めた形だ。

 古城戸の笑顔がほんのわずかに崩れる。

 とはいえ、そこはメディアにもよく顔出しをする学園の顔。

 一瞬でその表情は元の笑顔へと戻る。

「昨年から、私と主任の元へ脅迫状が届けられておりまして。私や主任など、学園のトップしか知らない内容についても触れられていて、これは単なる脅迫事件ではなく、情報漏洩が絡んでいると考えました」

「なるほど。その脅迫状の内容について、もう少し詳しく聞かせてもらえるかな?」

「残念ながら、そこは機密に触れるため、内容については話せません」

「はァ? それで犯人探せってか?」

「失礼ながら、情報漏洩を取り締まるためとはいえ、あなた方をそこまで信用するわけはいきません。ご理解ください」

 取り付く島もなく、古城戸はそう言い切った。

「さすがに情報が少なすぎる。もう少し、きちんと時系列を追った説明を…」

「申し訳ありませんがこの後も予定があるので、詳細は明日ご説明します」

「多忙だァ? なに言ってンだ、あんた……」

 シャカールは信じられないものを見るような目で古城戸理事を見ていた。

 タキオンもまた、同じ気持ちだった。

 本土からわざわざ呼び寄せておいて、小学生でもできるような簡単な説明だけ。

 その状態で、お願いしますもなにもないだろう。

「私たちも暇では無いのだ。さっさと調査を終わらせて帰りたいのだがね。こうも悠長だと困るのだよ」 

「申し訳ありませんが、ご理解ください」

 そう言った古城戸の視線はすでに、テーブルの上にある書類に向いているようだった。

 さすがにあからさまに目を向けてはいないものの、少しだけ俯いて視界に入れていることは瞭然だ。

「もういい、埒が明かねェ」

 真っ先に踵を返したのは、シャカールだった。

 オペラオーも面白くはなかったらしく、そのあとすぐに振り返って歩き出す。

「……これで解決できなかったと文句を言われても、私は知らないよ」

 タキオンもまた、そう言い捨てて踵を返した。

 理事室を出て螺旋階段に向かいながら、誰からともなく溜息がもれる。

「……で? どうすンだよ?」

 シャカールの問いかけに、タキオンはひとつ頷いた。

「観光しようか、二日間」

 次のフェリーが来るまで、どうせ帰れないのだから。

「待って!」

 カツカツとヒールを鳴らしながら、必死の様子で五十嵐が追い縋ってきた。

 さすがに古城戸の前で客を優先するわけにもいかず、理事室でいくつか仕事を片付けてから追いかけてきたのだろう。

「古城戸理事が失礼なことを。本当にごめんなさい。でも、あんな言い方だったけれど、脅迫状の中身は機密事項ばかりで口にできないのは本当なの。ごめんなさい、本当に。詳しい話はまた明日必ずするから……」

 しゅん、と項垂れたその様子から、五十嵐が嘘を吐いているようには見えなかった。

 タキオンは溜息を吐いた。

「……わかったよ。まず、学園を見学してみようか。観光も兼ねて、ね」

 タキオンの掌返しにシャカールは少々ご立腹だったけれど、仕方がない、と呼気の強い溜息ひとつで流してくれた。

「ありがとう。よかったら、学園内を案内するわ」

 孤島をまるまるひとつ使った広い学園を、案内なしで歩き回ることは得策ではない。

 タキオンはふたつ返事で五十嵐に案内を任せることにした。

 [newpage]

 

    12月12日9時40分

 

「こっちが研究区画。研究に関する施設がまとまっている場所よ」

 五十嵐が足を止めたのは、船着き場からチラリとみえた近代的な建物が集まっている場所だった。

「へぇ。自由に見て回ってもいいのかい?」

 タキオンの問いかけに、五十嵐は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

「理事はそれなりに許してくださっているけど……研究施設は別の責任者が管理していて……」

 五十嵐が言い切るよりも早く、見つけたわよ、という鋭い声が場を切り裂いた。

「ちょっと、五十嵐さん。これはいったい、どういうことなのよ」

 白髪をサイドテイルにして眼鏡をかけた女性が、ものすごい剣幕で五十嵐へと詰め寄ってくる。

 辛うじて触れてはいないが、このままでは胸倉を掴みあげてもおかしくはない。

「外部の人を迎え入れるだなんて、聞いていないわよ。ただでさえ情報漏洩でピリピリしている時に、いったい、なにを考えているのよッ?」

 甲高い声でヒステリックに喚き散らす彼女の声は、耳に痛い。

 普通の人間である五十嵐にとっても痛みを感じるレベルだったらしく、ギュッと眉が顰められた。

「きちんと理事の了承も得て来ていただいた方々です」

「そんなこと、知ったことではないわ。そもそも、外部の人間を受け入れるのなら、先に研究側の責任者である私に話を通すのが筋じゃないの? 情報を一番管理しているのは、こちらなのよ!」

「それは、申し訳ありません。ですが、今回は上層部からの情報漏洩の可能性が捨てきれないため、先に通達はしないでおこうというのが理事のお考えでして」

「私を疑っているっていうの? 信じられないわ、あなた、何様のつもり?」

「まぁ、待ちたまえ。君に知らせなかったのは五十嵐くんの一存ではなく、理事の考えだというのを聞いていなかったのかね、君は」

 呆れ果てて、タキオンはつい口を挟んでしまった。

 シャカールほどではないが、論理的でない口論は好まない。

「文句があるのなら、理事に直接言いに行けばいいと思うが?」

 ヒステリックな女は、パクパクと口を開閉している。

 どうやら、もうキンキンと煩い声は出さないようだった。

 この隙に、とばかりに、五十嵐がタキオンを軽く手で示して口を開いた。

「こちらが、今回調査にご協力くださる、ウマ娘のアグネスタキオンさん、エアシャカールさん、テイエムオペラオーさんです。皆さん。こちらはニグラス学園研究施設の責任者であります、長良恵那主任です。本来であれば学園に縛り付けるのが申し訳ないほどの実績のある研究者なんですよ」

 長良恵那、という名は何度か論文で見たことがあった。

 どうやら、実績のある研究者、というのはただのおべっかではないらしい。

「そうか、君も研究者か。……ウマ娘の最高速度と加速がスタミナ消費に及ぼす影響について、君はどう思う?」

 問いかけられた恵那は、苦虫を噛み潰したような顔をして、タキオンからサッと目を逸らした。

「とにかく、研究施設周りにはあまり近寄らせないで。この子たちがスパイじゃないなんて言いきれないでしょう? もしも施設内でこの子たちを見つけたら、即刻追い出しますから、そのつもりで」

 一方的にそう言い捨てて、恵那は踵を返して去っていった。

「……残念。せっかく研究者と会ったのだから、少しくらいは会話に花が咲くと思ったのだけど」

「ごめんなさい。彼女、少し気難しい人だから」

「フム、あれだけの剣幕、なにか秘密を隠しているとボクは睨んだ」

「そりゃ大事な情報を扱っているからな……」

 キリッとしたオペラオーのひとり芝居に突っ込むシャカール。

 オペラオーの台詞に、いまのはトップロードくんが言いそうなセリフだな(理由はわからないが)、と海の向こうにいる仲間に思いを馳せるタキオンであった。

「副主任の音緒さんは話しやすい方だから、研究話にも花が咲くと思うわ」

 五十嵐はそう言ってから、すぐに「行きましょうか」と三人に声をかけた。

 少し離れたところから、四人を鋭く睨んでいる恵那に気付いたらしい。

「ギスギスしているねぇ。……殺人事件でも起きそうじゃあないか」

「アホか。それはさすがに探偵漫画の読み過ぎだ」

「ならば、その犯人役はボクが相応しい!」

 とくに意に介していないタキオンたちの反応に、五十嵐は安堵と呆れの苦笑をするのであった。

[newpage]

 

      12月12日11時20分

 

「やはり、違和感があるね」

 生徒たちの訓練の様子を見ながら、タキオンは呟いた。

 トレーナーが不在なのも大きいが、なによりも大きな差異は、ウマ娘たちの態度であるように思う。

 少し昔のタキオンであれば、素直に称賛したに違いない。

 最適化された、強くなる、という指標を見据えれば最適解ともいえる風景を眺める今のタキオンの胸には、賞賛と同じくらいの大きさの嫌悪感がある。

 この学園では、ウマ娘たちが自身のトレーナーを兼任しているのだ。

 自分を磨き上げることに、余念がない。

 AIや傍にいないトレーナーはあくまでオブザーバーに過ぎず、それらが開示する情報をどう活用するかは、ウマ娘自身に委ねられているのだ。

 カリキュラムも、トレーニングも、自身が必要だと思ったものを、自身で選び取っていく。

 その情報だけであればまるで大学のようだが、そこには単位などの明確な目標はない。

 結果を出すこと。

 その結果を出し続けること。

 それが、彼女たちの求める不明瞭な目標。

 学園に所属するウマ娘たちが自身の理想に到達するために、ひたすら自分自身と向き合い続ける環境。

 それを、ニグラス学園はこうして提供しているのだ。

 見据えるのは、己の理想。

 戦うのは、己の限界。

 求めるのは、己の成績。

 この学園でのカリキュラムに他人は必要なく、それ故、友やライバルは不要。

「これではまるで、昔の私を見ているようじゃあないか」

 かつてのタキオンは、きっとこの学園でもうまくやっていけただろう。

 ただひたすらに自分を高め続ける環境に、浸っていたかもしれない。

 けれど。

 今はトレーナーがいて、仲間がいて、ライバルがいる。

 彼らがいるからこそ強くなれるのだと、今のタキオンは痛いほどに理解していた。

「……チッ、鏡を見ているようだぜ」

 ぼそり、と呟いたのは、シャカール。

 彼女もまた、この自然で不自然な風景に、かつての自分を重ねたのだろう。

 くすり、とオペラオーが笑う。

 彼女には珍しく、自嘲を溶かしたような笑みだ。

「“自分の面が曲がっているのに、鏡を責めてなんになろう“」

 タキオンはオペラオーに応えるように、クスリと笑った。

 思いきり、自嘲を乗せて。

「……まぁ、私とシャカールくんに鏡は似合わないだろうがねぇ」

 冗談めかして話を流してしまえば、シャカールは躊躇いもなく「ちげェねェ」と言い切った。

「ところで、五十嵐くん。できれば生徒たちに少々聞きこみを行いたいのだが、構わないかい?」

「えぇ、もちろん。ただ、お願いばかりで申し訳ないけれど、あまり生徒の不安を煽るような言葉は避けてちょうだい。みんな、親元からも離れてこんな孤島にいるんだもの。あまり怖がらせたくはないわ」

「それは、もちろん。無駄に恐怖を煽るだなんて非論理的な行為は私も好まないからね。……ん? なぁ、五十嵐くん」

「なにか?」

「『彼』は、何者だい?」

「彼?」

 不思議そうな顔をしてタキオンの視線の先を追った五十嵐は、すぐに「あぁ、彼ね」と頷いた。

 できうる限り、スタッフを女性で固めていると聞いていたのに、グラウンドにはひとりの男性がいたのだ。

 しかも、ウマ娘たちの訓練をジッとみつめているように見える。

 よもや変態だろうか、とタキオンが思ってしまったのは、仕方のないことだろう。

「彼は、この学園の警備をしてくれている後藤慎一さん。ニグラス学園でゆいい……えぇっと……うん、唯一の、男性スタッフよ」

「なんだい、その歯切れの悪さは。……まぁいい。警備員なら、生徒よりも情報を持っているかもしれないな。先に少し、話をしてみようか」

 五十嵐の返事も待たずに、タキオンはツカツカと歩き出した。

 そのあとを、シャカールとオペラオー、それから五十嵐が追ってくる。

 ほんの数歩足を進めただけだというのに、後藤はすぐに視線をタキオンへ向けた。

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