神のみぞ知る碁   作:カトタンバ

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FLAG.10 塔矢アキラは回顧する

「噂で聞いたんですが、今年のプロ試験は院生の女の子が一人べらぼうに強くて全勝合格もありえるとか」

 

「そりゃ豪気なもんだ。にしても進藤の奴は遅えなぁ…若先生に会わせたい相手がいるって言ってたくせに」

 

 

 

 僕の父、塔矢行洋が経営する碁会所「囲碁サロン」で常連の広瀬さんと北島さんが言葉を交わしている。

 北島さんは憎まれ口を叩きつつも、ここに進藤がいないと「何だよ、あいつは今日来ないのか……」と淋しげな表情を浮かべていたりするから微笑ましくなってしまう。

 

 お互い忙しくなりつつあるからか最近は進藤と直接顔を合わす頻度が著しく減ってしまった。

 僕が彼と最後に会ったのはこの前の手合いの時だ。

 

『今度オレと一緒にギャルゲーやってみないか?』

 

 進藤が唐突にこんなことを言ってきたことを思い出す。

 最初は全く意味が分からなかった。

 

 ………一体ギャルゲーとは何だ?ギャルが何か関係しているのか?

 困惑する僕を前に進藤は苦笑いを浮かべたまま気まずそうにしていた。

 結局僕はそのまま追及せずに他の話題へと転じたのだった。

 彼は確かに見た目は派手だが、おおよそギャルとは縁の無い男だと思っていたのだが……。

 

 そんな風に考え事をしていると、受付から市河さんのよく通る声が聞こえてきた。

 

「アキラくん、進藤くんがお友達連れて来たわよ!」

 

 その声に僕は、先日の棋戦での一局を並べていた碁盤から顔を上げて、入り口の方に目を向ける。

 こちらへと歩いてくる進藤の姿が見えた。後ろには眼鏡をかけた男性を引き連れている。

 その人の年頃は僕や進藤より少し上くらいだろうか?何やら歩きながらゲームをしているようだけど、ちゃんと前方に注意を払っているのか見ていて不安になる。

 

「ようっ!連れてきたぞ塔矢!」

 

「そちらの方は?」

 

「こいつは桂木って言うんだ!オレ今日まで仕事でこいつに碁を教えに行ってたんだけど、プロでもおかしくないほど強いんだぜ?」

 

「…そうなのか」

 

 僅かながら興味が湧いてきた。

 

「桂木さん、初めまして。塔矢アキラと申します」

 

「桂木桂馬だ。よろしく頼む」

 

 桂木さんはちらりと僕に視線を向けるとまたゲームに集中し始めた。

 

「おい兄ちゃん!流石に初対面の相手と話す時くらいはゲーム止めたらどうだ?」

 

 北島さんがたしなめるも桂木さんは構わずゲームを続けている。

 

「ボクは進藤の手で強引にここに連れてこられただけだ。まったく……今日は保存用のギャルゲーを買いに行く予定だったのに」

 

 ギャルゲーだって!?

 この人はギャルゲーが一体どんな物か知っているというのか?

 ちょうどいい機会だし、ちょっと聞いてみよう。

 

「あの、すみません。ギャルゲーというのはどのような物なんでしょうか?」

 

 刹那、桂木さんの目が変わった。まるでロボットの電源をオンにしたかのように。

 この世の何者にも屈しないような力強い眼力を感じる。碁界の数々の実力者達との対局ですら感じたことの無い気迫だった。

 ………何か僕は気に障るようなことを言ってしまったのだろうか?

 

「ギャルゲーとは何たるかを君も知らないのか?」

 

「は、はい……なので教えて頂けたらと」

 

「いいだろう」

 

 

 

 そして桂木さんはギャルゲーについて熱弁し始める………。

 近くにいた北島さんや広瀬さんはいつの間にか遠くへと避難していた。

 演説の中で彼は時折、格言のような言葉を口にするが、僕には何一つ理解出来ない。

 

 ただ一つだけハッキリと思ったことがある。

 

 

 ……………ギャルゲーと言う割にギャルは全然関係無いゲームなんだなと。

 

 

 

 

 

 

「まあ折角来たんだし一度対局してみたらいいじゃん。てか、今日はそのために桂木を引っ張って来たんだよ」

 

 桂木さんの話がようやく一区切り付いた所で進藤が提案してきたので、僕も有り難く乗らせてもらうことにする。

 それに僕も進藤がわざわざ連れてきた桂木さんがどんな碁を打つのかは気になっていたのだ。

 

 対局がスタートする。

 進藤の提言により桂木さんの置き石は3つとなった。

 そういえば僕も中学に上がる頃までは父と三子で打っていた…なんて少しばかり思い出に浸っていたら、桂木さんが一手目を打つ。

 

 

───その時、彼の姿が猛烈に進藤と重なった。

 

 

 現在の進藤ではない。4年近く前、まだ出会って間もなかった頃の進藤だ。

 その頃の進藤とそっくりの手付きで桂木さんは石を置く。それも右上スミ小目に……。

 

 僕の思考は一瞬フリーズした。

 

 だが、それをおくびにも出さず打ち続ける。進藤があそこまで言うのなら弱いはずがない。

 三子置いているとはいえ今の僕を相手に桂木さんはほぼ対等に渡り合う。この時点で並のプロ低段者達よりおそらく上だ。

 この対局に限って言えば、僕の敗北の可能性すら絶無とは言えないほどのレベルだった。

 

「…ありません」

 

 ここで桂木さんが投了。終局まで読む限り、僕が辛うじて一目勝っている。

 たかが一目差といえど、逆転の余地は一切無し。桂木さんもそこまで読めているわけか。

 

「やっぱり塔矢が勝ったかぁ。まあオレも桂木にはいつも勝ってるからな!」

 

「お前はこの前に一回ボクに負けたろ」

 

「うるせえやい!その後はまた勝ち続けてるじゃねーか!」

 

 二人の喧騒を尻目に僕は再び進藤と出会った頃のことを思い出していた。

 当時進藤は、碁石の持ち方は全くの初心者なのに桁外れの力を持っており、本因坊秀策を想起させる手を打ってきた。秀策のコスミがその最たる例だ。

 桂木さんと対局していると過去の進藤とのことを否応無く思い出してしまう。もちろんかつての進藤の強さは、桂木さんをも遥かに凌ぐ程ではあったが。

 

「桂木さん、貴方はこんなに強いのにプロにはならないんですか?」

 

 そこも気になった。

 

ボク自身がプロになること(・・・・・・・・・・・・)には興味無いね。ボクにはギャルゲーがある。おそらく君の囲碁への情熱に負けないくらいボクもギャルゲーを愛している」

 

「そうですか……」

 

 少々残念だが、他にもっと優先すべき大切な物があるのなら仕方が無い。

 僕には限りなく囲碁を愛する才能があると幼き日に父から言ってもらえたことがあるけれど、桂木さんにとってはそのギャルゲーこそが限りない愛を捧ぐ対象なのだろう。

 

「ならたまにここに来て打ったりはしませんか?」

 

「そうだな……近くにギャルゲーの品揃えがいい店があるし、稀に気が向いたら少しだけ寄るかもしれん」

 

「本当ですか?嬉しいです」

 

 良かった。桂木さんとはいずれまた打ってみたいから。

 進藤がわざわざ彼を紹介してきた気持ちが少し分かった気がする。

 

 

 ……さて、どうやら桂木さんはもう帰るようだ。

 その時、彼が去り際に独り言のように何か呟いたのを僕は聞き逃さなかった。

 再び取り出したゲームに目線を落とした桂木さんは一言ぽつりと…

 

 

「もし進藤の記憶まで消されなければの話だがな──」

 

 

 一体何のことだろう?

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