放課後を迎えた舞島学園高校。
土砂降りの雨が執拗に教室の窓を叩く。
……これはゲームを買った時には、念のためにパッケージをビニール袋で入念に包んでもらった方がいいな。
「さぁて諸君、一つお知らせがある。次の私の授業では君達の成長を試させてもらおう……」
HRが終わったかと思いきや、担任の二階堂の顔に不敵な笑みが浮かぶ。
「「「え──」」」
一日を乗り切った開放感に包まれていた教室は一瞬で静かになる。
「授業で言い忘れていたが、古文の小テストを行うことにした。助動詞の活用を今一度頭に叩き込んで来い!」
「「「ええええええええええ!!!!」」」
二階堂は次回の国語の授業で小テストを行う旨を告げた。悲嘆に満ちた呻き声を上げつつ帰り支度をする生徒達。
……別にあんなもんゲームのロード時間にでも活用表にざっと目を通していれば余裕で覚えられるだろうに。
そして二つの影がボクに近付く。こいつらは……
「桂木!この前あの塔矢アキラくんに会ったってホント?」
「それにあんた進藤ヒカルくんとは何度も会ってるんだよね?」
「ん?何でお前らがそのことを知ってるんだ?」
本日発売の新作を買いに行くため逸早く帰ろうとしていたボクに話しかけてきたのは歩美とちひろだった。
そもそもこいつらが囲碁のプロのことを知っていようとは。
「エリーからさっき聞いてさ」
あのバグ魔め…面倒な連中に余計なことを教えたな。
「確かに会ったけどそれが何だよ?」
「サインとかはもらわなかったの?」
「サインだと?」
何であいつらのサインなんか……。
「だって塔矢くんってあの歳で囲碁がすごく強いって今有名なんだよ?んで進藤くんはそんな塔矢くんと渡り合えるライバルだってさ!」
「それでいて二人共イケメンなんだもんなー」
なるほど、そういうミーハーな目線ね。
特に人一倍イケメンに目が無いちひろが食い付くのは納得だ。校内イケメン情報なんて収集してたくらいだしな。
今も頬に手を当てて恍惚とした表情を浮かべている。
「別にただ碁を打ってただけだよ」
「え?桂木あんた囲碁わかるの?」
「愚問だな。ボクはゲーム世界の神だぞ?囲碁だってゲームだからな」
まったくアホらしい……。最新作がボクを待っているんだ。もう帰らせてもらおう。
「お前らはさっさとバンドの練習でも行ってきたらどうだ?」
「言われなくても行くわよ!歩美は今日どうする?」
「雨で陸上部が休みだし、そっち行くつもり!」
忙しなく歩き出した二人の背を見送り、ボクはため息を吐く。
そういえば、あいつらが軽音楽部の設立を申請出来るように力を貸したんだったな。
英語の期末テストで満点を取れという条件を突き付けられたらしく、ボクが1時間だけ勉強を教えたんだ。
駆け魂の攻略とは一切関係無い。でも「不安な時にはいつでも助けてやる」と以前攻略中に約束してしまった以上、たとえ地獄の手で記憶を消されていようとボクはそれを反故には出来なかった。
……明日美のプロ試験合格に攻略の枠を超えてまで肩入れしてしまっていることといい、近頃のボクはどうにも
ゲームと
ゲームとは製作陣が「プレイヤーにこのように楽しんで欲しい」という理想を込めて作った世界。
そのような計算された美しい世界をボクは自らの翼で翔け抜けてきた。
それが至高の生き方だと思っていたのだ。
一方、
セーブ機能もロード機能も無ければ、コンティニューすら容易には出来ない。致命的なバグだって星の数ほど存在する。その癖、残機はストック無し。
それなのにボクが攻略してきた娘達は明日美を含め、皆何かしらの理想を目指して
そうやって泥臭く生きる彼女らの姿を見て、いつしかボクは放っておけなくなってしまっていたようだ。………ある意味では彼女らも理想に生きる者達だからだろうか?
「あーあ、まったくボクとしたことが……」
今日二度目のため息を漏らしつつ、ボクはネットでプロ試験本選24日目の結果を確認することにした。
早ければ今日で明日美の運命は決することとなる。ボクと彼女の関係に刻一刻とタイムリミットが迫ろうとしている。
PFPでネットを立ち上げる間、窓の外にちらりと目をやれば、雨はいつの間にか小降りになっていた。
だが、まだまだ止みそうにはない……。
***
「本日を以て君の合格は確定した。おめでとう奈瀬くん」
プロ試験最終日である27日目を待たずして無事に私の合格が決まった。
受験者全員での総当たり戦を行うプロ試験本選。無敗のまま突き進んで勝利数一位であり続けた私に続くのは、三敗のフクと四敗の小宮および外来受験者である。
仮に私が残った試験日に全て敗北したとしても三敗止まりであるため、私が一位であることは揺るぎない。よって、この時点で合格枠となる上位三名の内の一人は私で決まりだ。
「はい。ありがとうございます」
長い間お世話になった院生師範の祝福の言葉。それに対し、私は淡々と応える。
人生を懸けた積年の夢がようやく実を結んだ瞬間だった。
私の今までの人生において最もめでたい日なのは間違いない。
なのにどうしてだろう?
全てが上手くいったはずなのに何故私は今こんなに胸が苦しいのだろうか?
もう緊張感から解放されたはずなのに何故私は今こんなに足元が覚束ないのだろうか?
ねえ、教えてよ桂馬……。
「奈瀬くん?試験疲れでちょっと体調があまり良くないんじゃないかな?」
篠田先生が心配そうに問いかけてくる。
院生師範として何年も見守ってくれたこの人には心の内を隠し切れないか。
「いえいえ!私は普通に元気ですし、合格出来て何より嬉しいです!」
私は声を張り上げて作り笑顔で返答した。
……そもそも何で私は今、作り笑いなんか浮かべてるの?
こんなはずじゃない。心から笑うべき場面なのに。
私の中のどこかで鳴り響く警鐘はいつまでも止まることは無かった。