こちらは神のみぞ知る碁のアフターストーリーです。
神のみぞ知るセカイの最終章のネタバレが含まれておりますので、未読の方はご注意ください。
〝日本棋院所属のプロ棋士である
本因坊秀策が愛用していた碁盤であると客を騙し、高値で売り付ける詐欺師か……。
進藤がもしこいつと対局したら怒りのあまり碁の中でボコボコにしそうだな。
そんな益体も無いことを考えながら、ボクはニュース番組をぼんやりと眺める。
本来であれば、テレビを見るくらいならゲームの一つや二つや三つでもプレイするのだが、生憎ながら今は夕食の最中だ。
食事中にまでゲームをやると母さんに厳しく叱られるからテレビを見るしかない。
「にーさま!なんかこの詐欺やった御器曽さんって誰かと凄い似てませんか?」
「………正直ボクもそう思うけど、それは言うな」
この空気の読めない妹の名前は、桂木えり。
いや正確に言うならば、妹に"なった"と言うべきかもしれない。
元々の彼女の名は、エルシィことエリュシア・デ・ルート・イーマ。地獄から遥々とやってきた悪魔を名乗る少女だった。
当然ボクとは血の繋がりなど一切無い。
彼女と出会ってからボクは様々な形で四苦八苦させられる羽目になった。
周りの女子に取り憑いた駆け魂を捕まえたり、攻略済みの女子の誰かに宿る女神達を探し出したり、旧地獄の復活を企てるヤバい連中の陰謀を阻止するため過去に飛んだり……
そんな感じで色々と厄介事に巻き込まれては解決していく内、エルシィはいつの間にかボクの実妹として転生していたわけだ。
しかも最初からボクの妹として生まれてきた、という風に周囲の記憶まで改竄されているときた。もうボクにも何が何やら……。
過去の世界での出来事を振り返る度、そこで対立することとなった結崎香織という人物の一連の言葉を思い出す。
『ゲームの世界なら、自分が幸せならみーんなも幸せでしょう?』
『でも世の中は……みんなが自分のゲームを遊んでいるようなものなの!!』
『みんながひしめきあって、幸せを取りあってる!!』
『幸せになるためには、他の人をギセイにしないといけないのよ!!』
……誰かが幸せになれば他の誰かが不幸になる。そんな香織の抱くゼロサム思考は決して荒唐無稽とは言い難い。
けれど、ボクは彼女の主張を是としなかった。
『お前は……間違ってる』
『すべての人が幸せになる結末が……あるはずだ!!』
『夢みたいなこと言うのね、桂馬くんは』
『そうだ…ボクは夢をみてた……』
『でも見えた気がする…理想のセカイがどういうものなのか…』
『ボクはたどりつかなくちゃいけない。本当のエンディングに』
確かに
女神を内に宿らせる6人の娘達は、たとえ攻略が済んで記憶を一度消されようとも結局ボクのことが好きだという想いを忘れることは出来ない。
でもボクには
だから皆まとめて突き放すしか無かったんだ……。
しかし、それでもボクは彼女達には幸せになって欲しい。
故にボクはその実現を目指して皆の手伝いをすることにした。
ボクを10年間も想ってくれていた天理は、昔から手品が大好きでプロのマジシャンを志すことに決めたという。
そのためボクは、彼女が実力あるマジシャンに弟子入り出来るようあの手この手で取り繋いだり、将来天理がマジックの本場アメリカに渡って修行する時のために英語を教えたりしている。
他の女神持ち…歩美、かのん、栞、月夜、結に関しても各自の幸せを見付けられるように力を注いでいる。
もちろん大変なこと、思い通りにならないことは山ほどある。
だが、難しいゲームを簡単に済ませようとする奴にハッピーエンドは来ない。
……ボクは落とし神として理想のセカイへと辿り着いてみせる。
〝こちらの囲碁の国際大会は来週に日本で開催されますが、18歳以下のプロによってのみ行われ~〝
物思いに耽っている内に次のニュースへと進んでいたらしい。これも囲碁の話題だ。
来週に第二回北斗杯が開催されるというものである。
普段の棋戦には全く興味無いが、これは少し行ってみたい。
進藤がこの大会に並々ならぬこだわりを抱いていると知って以来、あいつがここでどんな碁を打つのか気になってしょうがない。
進藤のこだわりようは、単に去年のこの大会で二連敗に終わって悔しかったというだけのものではない気がするから……。
観戦するにあたり一応ちひろを誘ってみることも考えたが、彼女は囲碁を全く知らないからずっと見ていても退屈だろうし、控えておいた方がいいか。
そうなると、進藤の大一番を一緒に見届ける人物は………
***
「奈瀬、隣でゲームやってる人は知り合い?」
越智が怪訝な顔で私に尋ねてくる。
「うん。1ヶ月ちょっと前、進藤に紹介されて初めて一局打ったの。塔矢のお父さんの碁会所でね」
本当はもっと前から、彼とは何度も会って何度も打っていたような気がするけど、そんなはずは無いので誰にも言わずにいる。
「ふーん…進藤の友達なら道理で変わり者なわけだ」
越智は無遠慮な感想を漏らす。まったく相変わらず生意気な子なんだから……。
とはいえ、確かに今私の隣に座っている桂馬はそういう風に言われても仕方ない有様だった。
北斗杯の会場まで来て、ゲームをしながら感極まったような目付きで画面を見つめている人間がいれば、まあ誰もが戸惑うだろう。
「へえ~何のゲームやってんだ?」
ゲームマニアの和谷が桂馬に声をかける。
幅広いジャンルの作品をプレイしているらしい和谷でも流石に桂馬が今やっている物は見たことも聞いたこともないはず。
「おそらく知らないだろうが、【OneLeaf】というタイトルのギャルゲーだ」
途端に和谷が目の色を変える。
「え!?お前もやってたのかよ?ヒロインの杉本四葉がひたすら可愛くて健気な奴だろ?」
桂馬の目の色も変わる。
「何!?お前もよっきゅんの良さが分かるのか!」
「ヘッ!当たり前じゃんよ!」
……どうやらこの二人は奇遇にも嗜好が一致したらしい。その後もノリノリで会話に花を咲かせている。
越智はそうした様子を目の当たりにして呆れたような表情を隠そうともしない。
北斗杯の予選で私は、小宮とフクに勝った後に越智や和谷と当たった。
越智は相変わらず強かったし、和谷も昨年越智にプロとしての矜持を見せられたことで奮起したらしく越智に引けを取らないほどに腕を上げていた。
私はこの二人には奇跡的に辛勝したものの、その後に社くんに負けてしまったというわけだ。
年齢的に北斗杯へ出場する最後のチャンスだっただけにとても悔しくて悲しかった。
今でも辛い気持ちは若干残っているけど、進藤達を応援するために観客としてここに来たのである……。
「お前ら先に来てたのか。探したぜ」
「さっき
ここで本田くんと伊角くんのご到着だ。
小宮とフクは用事があって来られないので、これで全員揃ったことになる。
楽平というのは今回の中国チームの三将を務める男の子。
昨年大将だった
よって楽平が三将に抜擢されたらしい。……どうでもいいけど、ドッペルゲンガーなんじゃないかと思うくらい和谷と激似だったな。
韓国チームは面子自体は変わりないものの前年に副将だった
洪秀英は元々プロ入り後まもなくして九段を破るなど才覚の片鱗を見せていたが、現在は自国の高段者達を軽々と蹴散らしており、タイトル戦に参加する日も近いと言われているそうだ。
そして、我らが日本チームについて一つ驚くべきことがある。
なんと今年は中国戦、韓国戦、その両方で進藤が大将をやるというのだ。
……確かに進藤の実力が塔矢に劣ってるとは思わないけど、安定感ならちょっと塔矢が上のような気もするんだけど。
私達がその件でチーム団長の倉田九段に話を聞いてみると、あの人は……
『え?だって進藤が去年に自分を負かした連中をギャフンと言わすとこ見たいんだもん』
あっけらかんとこう答えた。私は開いた口が塞がらなかった。
しかも塔矢までこの話を持ちかけられた際には「僕としても進藤が侮られたままなのは我慢なりませんから」と二つ返事で承諾したという。
塔矢はああ見えてかなり我の強い性格らしいし、倉田さんに仕方無く同調しているわけではなく、本心から賛同しているものと思われる。それに例の碁会所では、たかが初段と進藤を軽んじた人に対して憤りを見せたこともあったとか。
……この二人と進藤本人が納得してるならいいけど、他の人達が采配に何を言うか心配だなぁ。特に今や"魔王"とまで称される高永夏が相手の時に。
総括すると各チームのメンバー及びポジションは、
・日本
大将:進藤ヒカル 二段
副将:塔矢アキラ 五段
三将:社清春 二段
・中国
大将:王世振 五段
副将:趙石 四段
三将:楽平 三段
・韓国
大将:高永夏 五段
副将:洪秀英 三段
三将:林日煥 五段
ざっとこのようになるはず。
「そういえば進藤って何で少し前まで初段だったんだ?あいつの強さならさっさと昇段しそうなものだが」
桂馬が疑問を口にする。
彼は碁もかなり打てるということや同い年なのも相まって和谷とは意気投合したみたいだ。元から和谷は人と打ち解けるのが早いタイプだしね。
「それがあいつ一時期3ヶ月近くずっと手合いをサボってた時があったんだよ。そのせいで不戦敗がたくさん積み重なったから中々上がれなかったんだ」
「……進藤がサボり?あの寝ても覚めても碁のことを考えてそうな囲碁バカが?」
「そうそう、不思議だろ?理由聞いても本人は答えないし、結局誰も詳しいことは知らないんだ」
「そうなのか………」
私も進藤が、何かに苦しんで碁からずっと遠退いていた時期があったのは知っている。中国棋院での特訓から帰ってきた伊角くんと打って立ち直ったことも。
復帰してからの進藤は心なしか顔付きがぐっと大人びたような気がする。
……本当に何があったのかな?
開会式も無事終わり、日本VS中国の一戦が始まろうとしている。
解説は前回と同じく渡辺八段が担当するとのこと。
解説室でのモニターは三つの対局に応じてそれぞれ二枚ずつ用意されている。
盤面を映すための物が一枚、画面二分割で両選手の顔を映すための物が一枚。越智曰く後者は去年は無かったらしい。
対局室で大将から三将まで全員が着席した今は、選手を斜め前から映すような角度でカメラが固定されており、画面では彼らの上半身だけが見える。
これらの映像はテレビでの放送の際にも利用されるそうだ。
こうしてピリピリとした緊張感の中、戦いは始まった。
客席でまず感嘆の声を上げたのは本田くんだった。
「社の奴……今年は打ってきたな」
社くんが放った初手天元に対して、相手の楽平は鋭い目付きで考え込んでいる。
楽平は幼く見えるけど、伊角くんが中国棋院にいた頃には彼と何度も対局しては勝ったり負けたりといった好勝負を繰り返したらしい。決して油断出来る相手ではない。
中国側の大将の王世振は序盤から積極的に進藤を攻め立てる。
どうやら前回進藤と打った時と同じように早めに優位な状況を作ってから逃げ切ろうとしているみたいだ。
逆に副将戦は、塔矢が早い段階から趙石に攻撃的な手を仕掛けている。
趙石はそれを凌ごうとして防戦一方。
「ねえ桂馬?あんたは目の前の戦いに興味無いわけ?」
ふと私は隣でずっとゲームに熱中している彼に聞く。この場では明らかに浮いている。
「心配しなくてもちゃんと見てるさ。一手一手の意味を考察しながらな」
……そういえばこいつは、学校でも授業中にずっとゲームをしているのにテストでは全科目満点を取るという憎たらしい奴だったわね。
「それに…」
桂馬は口の端を微かに緩める。
「ボクの予想通りなら進藤と塔矢はワンサイドゲームを繰り広げることになる」
完全に確信しているかのような口振りだった。
それからしばらく後に渡辺先生が一段と声を張り上げる。先程の桂馬の言葉を証明するように。
「おお!塔矢五段はリードをどんどん広げています!趙石四段の追随を全く許しません!」
塔矢は趙石に圧倒的な大差を付けている。趙石は懸命に粘って一子報いようとするも、塔矢はそれを力強く撥ね退ける。
やがて趙石は俯きながら投了を表明。
「あの趙石をあそこまで……塔矢はやはり恐ろしい奴だ」
伊角くんは目を見張っている。中国棋院では趙石とも打ったことがあるそうだけど、三回に一回しか勝てなかったそうな。
趙石が手も足も出ないまま敗北する光景が伊角くんにとって衝撃的だったのも無理はない。
一方、進藤はというとこちらも王世振を完膚無きまでに翻弄していた。
昨年の副将戦では途中まで緊張の抜けなかった進藤がやられっぱなしで、王世振に必死に追い付こうとしていたようだけど、今回は追う側と追われる側が逆だった。
更に言えば昨年の進藤は一念発起して怒涛の猛追を仕掛けていたけれど、今の王世振は進藤との差を全然縮められていない。むしろ足掻けば足掻くほどに差は広がっていく。
軽く見積もっても15目前後の差が付いた所で、こちらも蚊の鳴くような声で投了した。茫然自失の表情で虚空を見つめている。
「よっしゃあ!日本チームの勝利確定だぜ!」
和谷が喜びを口にする。伊角くんも安心したようにため息を吐く。
他の客席のあちこちからも満足げな声が聞こえてきた。
渡辺先生は残る一局に解説を絞る。
「社二段の素晴らしい所は、自らの奇手を最後の最後まで効果的に活用する所にあると言えるでしょう。これは緻密な計算が無くては不可能なことです」
「あいつの初手天元後の打ち方は本当に参考になるなぁ」
本田くんが声を弾ませて社くんを盛大に褒める。
こうして三将の社くんも問題無く勝利を収めた。
相手の楽平は悔し涙を流しつつも毅然とした顔付きを崩さなかった。
中国戦は、日本側が3人共に白星を勝ち取って終了。
中々に好調な滑り出しと言えるだろう。
「うーん…ワンサイドゲームになるとは言ったが、流石にあそこまでのオーバーキルは予想外だったな」
桂馬は大将のモニターにちらりと視線を向けた。そこでは未だ王世振が土気色の顔で佇んでいた。
彼は魂の抜けたような面持ちのまま、中国チーム団長の
経緯を知らなければ、極度の高所恐怖症の人が無理矢理スカイダイビングをやらされた後なのかとでも思ったかもしれない。
おそらく前回は曲がりなりにも打ち負かすことに成功した進藤を相手に惨敗してしまったのがよほどショックだったのだろう。
なお倉田さんに以前聞いた所によると、彼は去年もあわや逆転されかねない所まで進藤に巻き返されたことで、精神的に大きなダメージを受けたとのこと。その後はメンタルがボロボロのまま韓国に挑む羽目になったという。
あの様子を見る限り、王世振が今年も同じ運命を辿ることになるのは間違いない。……うん、御愁傷様。
「やれやれ…明日こそが山場だってのに誰も彼も浮かれすぎでしょ」
越智が腕組みしながら鼻で笑う。
そんな彼も社くんが勝利を飾ったのを見て小さくガッツポーズをしていたのだが、それは言わないでおいてあげるとしよう……。
拙作における高永夏の異名である「魔王」というのは、
彼のモデルである実在の棋士イ・セドルが「囲碁界の魔王」と呼ばれていたことが元ネタです。
ちなみに原作ラストのヒカルVS永夏は、イ・セドルが2001年の世界選手権決勝で打った一局の棋譜をベースにしているらしいです。
また、セドル氏はアルファ碁との五番勝負で一勝を挙げた棋士としても知られています。