「神にーさま、その進藤ヒカルさんって方もやっぱりおじさんなんですか?」
「いや、ボクの一つ歳下らしい。中学三年生の4月にプロになって一年余りって所か」
「ええ~じゃあ進藤さんは中学生でプロになっちゃったんですか!?」
「囲碁の世界では割と普通のことらしいけどな」
ボクは日本棋院に諸々を問い合わせた後、早速進藤ヒカルに指導を依頼して、自宅で母が経営している喫茶店に呼んだ。
もうじき約束の時間だ。まあ、空いている席に座ってゲームをしながらゆっくり待つとしよう。
「でも、その人は初段ってことはあんまり強くないんじゃないでしょうか?初段ってつまり一番下ってことですよね?」
「それがその進藤は今年、囲碁の国際ジュニア大会の日本代表メンバーの一人として選ばれたそうなんだ」
「はえ~すっごいです!それで優勝とかもしちゃったり?」
やはり碁のことを全然知らない者でも「国際大会」と聞くと、何となく凄さが伝わってくるらしい。
「いや、二回対局して二回共負けてしまったそうだ」
「……それじゃやっぱりあんまり大したこと無かったのでは?」
「フンッ…勝敗でしか力を測れない素人め」
「にーさまも素人じゃないですか~」
「愚かな悪魔よ……ボクは素人などではない。何故ならゲーム世界の神だからだ」
ブツクサとむくれるエルシィは放っておいてボクはゲームを続ける。
進藤が大会後半で対局した韓国チーム代表の人物は、調べれば調べるほど化け物としか言いようの無いキャリアの持ち主だった。
韓国において既にタイトル戦に挑戦しているトップ棋士の一角だという。そんな奴を相手にして互角に渡り合い、極限まで追い詰めた進藤の力は下手な高段者を容易く凌駕するだろう。
噂では進藤は、囲碁界の寵児とされる塔矢アキラとほぼ同等の力を持つとか。
そんな実力者であろうとも段位としては初段なので、指導料はそこまで高額を請求されないだろうと読んでいたが、まさにその通りであった。
ちなみに塔矢アキラの父である塔矢行洋のことは囲碁に普段あまり興味が無いボクでも名前くらいは元から知っていた。
引退した時はニュースで大騒ぎだったからな。人気アイドル中川かのんを知らなかったようなボクですら、その名を知る程に。
それはそうとして、エルシィの奴はまだ仏頂面だ。まあ、ここは適当におだてておくか。
「お前が駆け魂の主を見付けてから先に色々と調べてきてくれて助かったよ。おかげで方針を迅速に決められた。成長したな、エルシィ!」
すると顔を赤らめて照れ始めた。やっぱりこいつはチョロイン気質だな。
駆け魂持ちの女達も毎回これくらいチョロかったら助かるのに……。
そして、ここで店のドアが開いた。髪色が前側だけ金髪のあいつで間違いない。
どうやら無事にご到着のようだ。
***
舞島市にあるカフェ・グランパにオレは今辿り着いた。時間帯のせいか客は全然いない。
あそこに女の子と一緒に座っている眼鏡の人が桂木桂馬だろうか?
彼が手に持っているのは確か携帯型ゲーム機のPFPか。オレはもう当分この手のゲームをやっていないから詳しくは知らないが。
「あの~すいません。桂木さんですか?」
「ああ、そうだが?」
「オレ、進藤ヒカルです!囲碁の指導に来ました!」
相手と歳が近いせいかうっかり敬語が抜けそうになったけど、何とか問題無く挨拶出来た。
「ボクは桂木桂馬で、こっちは妹の桂木エルシィだ」
「にーさまのことをよろしくお願いします!」
元気いっぱいな妹さんだな。
「じゃあ、そこに座ってくれ」
「はい!」
オレは桂木さんの対面に腰を下ろす。テーブルを挟んで向かい合う形となった。
それにしても改めて桂木さんを見ていると、海王中の囲碁部の大将だった人のことを思い出してしまう。確か岸本って名前だったっけ?
この澄ましたエリートっぽい雰囲気がなんかちょっと似てる気がするんだ。
「桂木さんって碁の経験はどれくらいありますか?」
オレは早速本題に入る。
「ゲームでなら数え切れないほど打ってきたかな」
「囲碁のゲームですか?」
「というより囲碁がシナリオに絡むギャルゲーだ」
「……ギャルゲー?何それ?」
「何!?君はまさかギャルゲーというものを知らないと言うのか!?」
桂木さんは突然席から立ち上がって叫んだ。
まるで1+1の計算が分からない相手を前にしたかのような驚愕と憐憫の込められた目でこちらを見下ろしている。
え?オレ何かマズいこと言っちゃった?
「はぁ~…進藤プロには基本的な所から教えねばならぬようだ」
いや、今日はオレが碁を教えに来たんですけど?
桂木さんのギャルゲー講座はその後おそらく10分以上は続いた。ギャルゲーの歴史を説明するためにどこからか紙芝居まで持ち出してきたのにはビビったもんだ。
とりあえずギャルゲーというのが女の人との恋愛を楽しむゲームだっていうのは何となく理解出来た。
痺れを切らした妹さんがストップをかけてようやく話は終わる。
……前言撤回。この人は海王の大将とは似ても似つかない。
「それで棋力がどのくらいなのかは分かりますか?」
「まあ少なくとも碁会所の客達ならば圧倒出来るくらいには強いな」
なるほど。ゲームだけでそこまで強くなったのなら大したものだ。桂木さんには素質があるのかもしれない。
それにしても碁会所の客を圧倒って聞くと、プロ試験の本選前に和谷や伊角さんと碁会所巡りをした時のことを思い出すなぁ…。
何にせよまずは一局打ってみるとしよう。
「で、碁盤はどちらに?」
「ん?碁なんてゲームの中で打てるじゃないか」
そう言って目の前の男はPFPを軽く掲げてみせた。
ああ……こりゃ教えるのは色々と大変そうだ…………。
ヒカルは佐為が消える直前にはホテルで観光客達に碁を教える講師を務めていたこともあったので、
北斗杯が終わってからも手合い以外にそういう仕事をぼちぼちやっているのかもしれないと思って、このような展開にしました。
人に碁を教えるヒカルを自分が書きたかったというのも多分にあります。