神のみぞ知る碁   作:カトタンバ

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FLAG.04 追うはケイマ、逃げるは一間

「ええ!?もう奈瀬さんにアプローチするんですか?」

 

「そうだ。そろそろ第一フェーズに入ろうと思う」

 

「でも、そういうのはもっと強くなってからにしたいって神にーさまは前に言ってませんでした?」

 

「進藤曰くボクはもうプロ試験に問題無く合格出来そうなほどの実力はあるらしいからな。それに……彼女の心のスキマについて一つ確かめておきたいことがある」

 

「確かめておきたいこと?」

 

「エルシィ……奈瀬と接触するためにお前にも協力してもらうぞ?」

 

 

 

***

 

 

 

 棋院での本日の院生研修が終わった。

 

「じゃあね奈瀬さーん!」

 

「また明日ね、フク」

 

 朗らかに手を振るフクこと福井雄太に私も応える。

 ……情けない嫉妬心を覆い隠すように精一杯の笑顔を作って。

 

 今年は私が院生でいられる最後の年。

 プロ試験自体は来年以降も受けられるが、自分が院生を出た後に伊角くんのように外来でやっていくことなど実力的に絶対無理だ。

 だからこそ、まだまだ院生で在り続けられる年齢であるばかりか、棋力も順調に伸ばしているフクのことが羨ましくてたまらなかった。

 

 院生の仲間達は次々と合格を決めていく。

 一昨年に合格した進藤、和谷、越智は三人共私より歳下だった。特に進藤は、合格時には囲碁を始めてから2年と経っていなかったという。

 去年に合格した伊角くんと本田くんは長年院生で一緒だった。彼らも自分達はもうプロにはなれないのではないかとずっと思い悩んでいたから、二人が遂に合格を決めて嬉しかった反面、取り残されたような気がして寂しかった……。

 

 岸本くんや飯島くんは自分の才能に早々に見切りを付けて院生を辞めていったが、私もそうすべきだったのかもしれない。囲碁自体はアマチュアの身でも楽しめるのだから。

 でも今更後には戻れない。碁にばかり人生を費やしてきたのに院生を辞めてしまったら勿体無いという思いが私の中にある。

 

 何年もの間、院生研修を優先したために毎週日曜日と第二土曜日が潰れてきた。友達からイベントに誘われようと、様々な学校行事があろうと、そのほとんどを我慢した。

 空き時間だって大半は碁の勉強をするか、学校の課題を片付けるかで埋まってしまう。

 恋愛だってろくにしたことが無い。一昨年の冬に友達からの紹介で試しにデートした男は、どうしようもない小心者(ヘタレ)であり、私をあんな碁会所に置いて一人そそくさと逃げ帰る始末。結局今の私には囲碁しか無いのだと悟った。

 もし院生を辞めたら、今まで色々と抑えてきたことが全て無駄になってしまう。だけど、院生でいられる時間はもう後残り僅か………。

 

 

 

 

 

 

 そうやってゴチャゴチャ考え事をしながら歩いていたからだろうか?

 何も無い所でいきなり転倒しそうになってしまった。まるで見えない何かに足を引っ張られたかのように。

 

 それをたまたま私のすぐ傍にいた人が受け止めてくれた。

 

「あ、すみません!」

 

「いや大丈夫」

 

 私を支えてくれたのは眼鏡をかけた男の子。

 

 年齢的にはおそらく私より少し年下。和谷と同い年といった所だろうか?

 かっこいい、かわいい、どちらの表現も当てはまるような端正な顔立ちの少年だった。

 彼に身体を抱き止められた状態のままだと私はすぐに気付いて赤面する。

 

「ありがとう!もう問題無いから!」

 

 慌ててパッと離れる。

 すると彼は意外な提案を持ちかけてきた。

 

「君はもしかして院生か?」

 

「うん、そうだけど?」

 

「ならあそこの一般の人が打てるスペースでボクと一局打たないか?腕に自信があるんだ」

 

「へぇ……」

 

 これが単なるナンパなら流石にお断りしていた所だったが、碁となると話は別だ。

 院生に挑むなど愚かしい蛮勇であると、この身の程知らずに思い知らせてやろうではないか。

 

 

 

 

 

 

「…………ありません」

 

 無力さを思い知らされたのは私の方だった。4目半の差で敗れてしまった……。

 

 しかもムカつくことに目の前のこいつは、ゲームをプレイしながら碁を打っていた。まるで私相手には全力を出す必要など無いと言うかの如く。

 対局中、緩み切った表情でニヤニヤしながらゲーム画面を見つめている目の前の男を殴りたくなったのも致し方ない話だろう。

 それでいて私よりも短い思考時間で厳しい一手を放ってくる。……こいつ一体何なのよ。

 

「お前の年齢なら院生に長年いたはずなのに大したことないな」

 

 聞き捨てならない一言に私は目を剥く。

 

「何よ!今のはあんたが単なる初心者だと思って油断しただけよ!」

 

 そうだ。この男が如何にも不慣れな感じで碁石を持つから油断して、序盤は緩い手を打ってしまったのだ。

 最初から本気で打っていればこんなことには………

 

「…じゃあな」

 

「待ってよ!もう一局私と打ちなさい!」

 

 私は勢い良く立ち上がって叫ぶ。盤上の碁石が振動でカタカタ揺れた。

 同じ部屋にいた他の人達は一斉に私の方を振り返る。揃いも揃って奇異の目で眺めているようだが、今の私にそれらの視線を気にする余裕なんて無かった。

 

「明日だ」

 

「え?」

 

「明日もお前は院生研修の日だろ?終わる時間に待っててやるよ」

 

「……分かったわ。逃げるんじゃないわよ?」

 

「もちろんさ」

 

 私はその場で立ち竦みながら、あいつが帰路に着くのを見守った。

 自分を負かした相手の名前を聞いていなかったことにすらしばらく気付かずに………。

 

 

 

***

 

 

 

 ……まあ、今の所はまずまず思惑通りだな。

 

 エルシィは透明化させた羽衣によって指示通りにボクが奈瀬と関わるきっかけを作ってくれたようだ。

 そして彼女に対局で勝利して(いたずら)に煽ることで、リベンジのためにボクと再び会いたがるよう仕向けることに成功した。

 ちなみに後々の展開まで考えると、仮にボクの立場で友好的な関係を奈瀬と結ぼうとするような奴がいたなら、そいつはギャルゲーマー失格だからな?

 

 ロビーに待たせておいたエルシィをボクは探す。

 すぐに見つかったものの、あいつはどうやら他の人と熱心に話し込んでいるらしい。

 エルシィの会話相手は「妖怪ジジイ」という形容がぴったりなほどの古色蒼然とした老人だった。

 ネットで棋士の情報を適当に漁っている時に彼の写真をチラッと見た……気がするが、誰だったか思い出せない。

 

「じゃあサヨナラじゃの。お嬢ちゃん」

 

「はい!楽しいお話たくさん聞けて良かったです!」

 

 エルシィはこちらへ駆け寄ってくる。

 まったく…誰とでもどこにでも適応力の高い奴だ。そのおかげでこっちも何かと助かってはいるが。

 

「何の話をしてたんだ?」

 

「なんかあのおじいちゃん、この世の者とは思えない気配が私から漂っているとか言ってました。しっくすせんすでそう感じたとか何とか」

 

「はぁ?」

 

「もしかして私の正体がバレてしまってるんでしょうか……?」

 

「そんなわけないだろ……何がシックスセンスだ」

 

 ボケ老人の戯言に付き合うほどボクは暇じゃない。

 さあ早く家に帰って、進藤が寄越してきた棋譜を並べないとな。

 ……もちろん今積んでいるソフトを幾つか片付けた後で。

 

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