神のみぞ知る碁   作:カトタンバ

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今回は対局の描写がありますが、自分は囲碁に関しては弱輩もいいところなので、おかしなシーンがあったら申し訳ありません。


FLAG.05 リベンジャー

──翌日──

 

 

 ボクは約束の時間に棋院を訪れた。

 

 奈瀬明日美は既に一般用対局スペースの入り口の前で待ち構えていた。

 腕組みをし、刺々しい気色を隠そうともしていない。

 

「来たわね?」

 

「当然だ」

 

 視線の交わりは一瞬だった。

 どちらともなく目を逸らして、奈瀬は対局場へと入り、ボクもそれに続く。

 互いに挨拶も挑発すらもせず対局へと移る。余計な能書きなど不要だ。

 

「お願いします!」

 

「…お願いします」

 

 ニギリの結果、ボクが黒となった。第一着は右上スミ小目。

 対する奈瀬は、左下の星に自身の第一手目を力強く打ち込む。さながら稲妻の如く。

 

 彼女の視線は針のように鋭い。まるでこちらを射殺さんとするかのように。

 絶対に負けられないという強い気迫が伝わってくる。

 見直したよ、そんな表情(かお)が出来るなんて。

 

 小ゲイマかかりに対するコスミ。

 ヒラキとハサミを兼ね合わせた一手。

 

 これら本因坊秀策の棋譜から学んだ打ち筋に対して、奈瀬は必死に食らい付いてくる。

 ボクには昨日のようにゲームに感情移入しながら楽しむような余裕が無い。それどころか操作の手を止めて思考せざるを得なかった局面も幾つかあった。

 もしボクが昨日と同じような感覚で打っていたら万が一ということもあったかもしれない。

 それほどまでに今日の彼女の集中力は、昨日とは段違いだった。

 

 とはいえ、ボクと奈瀬の実力差は気持ち一つで埋められるようなものではないのも事実だった。

 中盤を境に徐々に差が付き始める。彼女の頬を汗が伝う。

 

 そして戦いが終盤に近付いた頃。

 囲碁にはタイミングによっては、低く潜れば相手の石を厚くして自分が損になってしまうというセオリーがある。

 ボクはそれを敢えて無視して上隅の地を抉り、厚くなった外の石を攻めていった。不意を突かれた奈瀬の形が崩れる。

 時として悪手にしか見えないような手を放ち、臨機応変にセオリーを崩す。それは進藤の得意技だった。ここに来て進藤の手解きが生きてきたのだ。

 

 彼女は一縷の望みを繋ごうと隅の眼を狙うが、ボクはそれをスルーして中央の囲いを補強して砦を築く。

 生憎ながらタワーディフェンスでボクが敗北を喫したことは、この17年間の人生において一度も無い。

 

 これにて終局(ゲームオーバー)だ。

 

 

 

***

 

 

 

 ……………負けた。こんなムカつく奴に。

 

 悔しい…とにかく悔しい!死ぬほど悔しい!

 負けをこんなに悔しく感じるのなんて一体何年ぶりのことだろう?

 

 ここ何年かはプロ試験で不合格が確定した時にすらここまでの悔しさは感じていなかったと思う。

 ただ溜め息をついて冷めた諦観を吐き出していただけだったはずだ。

 でも今は自分の心の中で炎のような激情が渦巻いている。

 

 ゲームしながら下手な手つきで碁を打つようなふざけた奴に敗れた自分が許せなくて……長年院生で燻っていることを馬鹿にしてきた奴に敗れた自分が許せなくて……。

 こうして再戦を挑んだのに結果はこの様。昨日より3目分も差を広げられた7目半差での敗北だった。

 死に物狂いで打ったのにこんな滑稽な話があるだろうか?

 

 俯いた私の視界が滲んでゆく。目頭が熱い。喉の奥から何かが込み上げてくる。

 この身の内側で直接心を握り潰されたように、全身がぎゅっと苦しくなる。その苦しさはどんどん勢いを増していった。

 唇を噛み締めて堪えても、目から涙が溢れてしまう。最初の涙が零れると、後はもう止め処が無かった。

 恥も外聞も無く嗚咽を漏らす。弱くて脆い自分がただ憎い。

 もはやほとんど意味が無くとも顔にハンカチを押し当てて、私はずっと泣き続けた。

 

 そのまま何分、いや下手すりゃ何十分と経った頃にふと私はハンカチを取り去って顔を上げてみた。

 するとそこにはあの男の子がまだいた。何食わぬ顔でゲームをしている。

 

「あんた……まだ帰ってなかったの?」

 

「悪いか?」

 

「私を馬鹿にしたいわけ?」

 

「いや検討をまだしてないからな。昨日の一局も今の一局も」

 

「私はそんなのやりたくない!」

 

「そんなこと知らん。ボクがやりたいんだ」

 

「だからって……」

 

「昨日も今日も勝ったのはボクだ。それに今日はお前の要望に応じてここに来た。多少はボクの我が儘を聞いてくれてもいいんじゃないか?」

 

 そこで彼はゲームの画面から顔を上げ、真っ直ぐにこちらを見据えてきた。

 眼鏡越しに光る綺麗な瞳に不覚にもドキッとする。

 

「それに負けて悔しかった一局から目を背けて逃げるようなタマじゃないだろう?お前は」

 

 無言で頷く。

 そうだ、このまま負けっ放しでいられるか!

 

「そういえばまだ名乗っていなかったな。ボクの名前は桂木桂馬。まずはお前の名前を教えてくれ」

 

 迷わずこちらも名乗った。

 そして、私は桂木と打った二局について彼と意見を交わし始めたのであった……。

 

 

 

 

 

「だから、ここはあの時にこう置けば……」

 

「ホントだ!そんな前から対処しとかないといけなかったんだね」

 

「その通り。ここが安置だったというわけだ」

 

「あんち?」

 

「ん?安全地帯を意味するゲーム用語に決まってるだろ。こんなの常識だぞ」

 

「いや知らないから!そう言うあんたは囲碁用語をもっと覚えなさいよ!」

 

 ……何だかんだでやっぱり桂木はムカつく奴だった。

 

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