どうも奈瀬の碁に対する姿勢が最近変わった気がする。
和谷のアパートの部屋での研究会で彼女を見ていて、オレはそんな風に思った。
以前はどことなく後ろ向きな感じだったのに最近は強くなることに対して貪欲になっているようだ。
今までは引け目を感じていたのか発言が少なかったのに、一手一手の意図について詳しく聞いてくるようになったり自分の意見を主張してくるようになったし、
かつて和谷が誘った時には「自分が行ったらレベルを下げてしまうから」という理由で断っていたという森下先生の研究会にも参加し始めた。
練習対局でもまだまだ筋は甘いけど面白い手を幾つも打ってくる。一度は本田さんがギリギリまで追い詰められたことさえあった。
一緒に昼食を取っている時、絶対に見返してやりたい相手が最近現れたと本人は語っていたので、その影響なのかもしれない。
そうした存在が人を大きく変えるのはオレ自身が何度も実感してきたことだった。
塔矢が佐為を追い、オレが塔矢を追っていたように……今オレと塔矢が競い合っているように……ライバルというものは人に大きな刺激を与えることがある。
思えば奈瀬は、オレが院生だった頃から時折自分より遥かに院生順位が高い相手に勝つこともあった。
ポテンシャルを開花させるきっかけさえあれば化けるような下地は既に持っていたのかもな。
目前にまで迫ったプロ試験も、今の奈瀬なら合格だって決して夢物語じゃないはずだ……。
「今日は珍しくこの時間でも店が混んでいる。だからボクの部屋に来てくれ」
何度目かの訪問の時にそう言われて桂木の部屋に初めて入ったけど、いかにもこいつらしい部屋だった。
台には各種ゲーム機がたくさん並んでいて、その上にはモニターが何台も並んでいる。
大量のモニターと向き合うようにゲーミングチェアが置いてあって、その周囲にゲーム機のコントローラーが幾つも設置されている。
……今日の仕事を終えた所で、オレは桂木に素朴な疑問を提示する。
「あのさ、これだと逆にゲームする時にゴチャゴチャしてて不便じゃねえの?」
「進藤、お前は何を言っている?同時に複数のゲームをプレイするに決まってるだろう」
「え?」
「リミッターを解除して落とし神モードを発動すれば、最大で6つのゲームを同時に操作出来る。ADVオンリーなら12個までいけるぞ?」
「私そのシーンをうっかり覗いてしまったことがあります。神にーさまの動きがあまりに速すぎて、腕が6つに分裂したみたいに見えちゃいました!」
今、部屋に来たばかりのエルシィも合いの手を入れる。
……もうワケわかんねぇな。
桂木は本当に人間なのか?確かにこれならゲームの神を名乗るのも納得だぜ。
上手く言えないけど、ゲーム版佐為って感じの化け物だ。
オレもゲームは昔やっていたが、院生に入った頃くらいから家ですることは囲碁関係ばかりになってしまい、いつしか全くやらなくなってしまった。
だけど桂木と話している内に少しだけギャルゲーに興味が湧いてきた。何が桂木をそこまで熱狂させるんだろうか?
何気無くこいつのPFPの画面を覗いてみた。
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未読メール 826通。
Title「【らぶ♡てぃあ~ず】のルート分岐について」
Title「ワールド囲碁ネットのotosigodはもしかして落とし神様ですか?」
Title「ブラックコーヒーはお好きでしょうか?」
Title「失礼ですが神としての証は?」
Title「初めて恋をした記憶」
Title「羽鳥ゆうの攻略が分かりません。助言お願いします!」
………
……
…
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「こら、勝手に覗き込むな。今は迷える子羊たちからの便りに目を通している所だ」
「あ、ごめん!でも桂木もネット碁やってたんだ?」
「打つ相手が多いに越したことはないからな。たまにプロと思われる歯応えあるプレイヤーもいるし」
「zeldaっていう奴がいるけど強いぞ?そいつもプロなんだ」
「zelda?まあ名前的にボクと同じくゲームを愛好する人間なんだろうし今度探してみるか」
そして、どういうわけか桂木は「ふぅ~」と溜め息をつく。
「ネット碁をやってると自分がどんどん強くなってるのが分かる。前負けた相手にも再度挑んだら勝って、更にそいつとまたやってみれば更に大きな差を付けて勝つのがざらなんでな」
「おお!すげえじゃん!」
「なのに何でボクとお前の差はちっとも縮まらないんだろうな?」
恨めしげにこっちを見てくる。
オレと桂木は二度目からは、オレが三子置かせて打っている。最初に一局打ったのを機に実力差からして置き石はこの数が適切だと判断したからだ。
置き石は通常は星の位置に置く物だが、桂木には敢えて自由置き碁でやらせている。自分の得意なスタイルに合わせて自由に配置出来るので星以外の定石も学べたりと、通常の置き碁とは異なる対局によって得られるものは多い。
そんな感じで桂木は凄い勢いで力を伸ばしていて、置き石の数を減らすべく奮戦している。ただ、オレも負けず劣らず成長しているので中々そうはならない。それだけの話である。
「いつかお前にも『ありません』と言わせてやりたいものだ」
「楽しみに待ってるぜ!」
ほんの少しずつだが、桂木がオレとの差を縮めつつあるのも事実。こいつがプロにならないのが本当に惜しい。
でも囲碁よりもっと大事な物があるみたいだから仕方無い。
……と、ここでふと浮かんできた疑問があるので本人にぶつけてみる。
「桂木ってギャルゲーやるのが三度の飯より好きなんだよな?」
「愚問だな。ボクにとってギャルゲーをするのは、好き嫌い以前に呼吸をするに等しい行為だ」
「それなら何で落とし神なんてサイトやってんの?自分だけがプレイしたんじゃダメなのか?」
あれだけギャルゲーをプレイするのが大好きな桂木が、時間を割いてまで攻略サイトを充実させようと力を注いでいるのがオレには不可解だった。
「そうだな……強いて言うなら、パイプとなるため…か」
「パイプとなるため?」
「ボクですら物心付くか付かないかといった幼い頃には、未熟過ぎて流石に独力でゲームの攻略法を全て見つけ出すことなど出来なかった」
やっぱ桂木にもそんな時期があったんだなぁ。でも桂木の幼い頃ってどんな感じだったんだろ?
まあ今と大して変わらない振る舞いをしていたであろうことはおおよそ察しが付く。
「そこでボクはネットでギャルゲーの攻略ノウハウを学び、ついでに自分が生まれる前に発売されていた作品のことも知った」
「そうした先人達の蓄積が今のボクの力の礎を築いている。ならば今度はボクが誰かの礎となろうと思った。それが、ボクが落とし神になったそもそもの発端かな」
誰かは桂木に自らの蓄積を授け、桂木は他の誰かに自らの蓄積を授ける……。
「ボクの死後もギャルゲーは発売され、多くのプレイヤーが攻略に頭を悩ますことだろう。だが、落とし神からの蓄積を享受して成長した者達が道を切り開いてくれると信じている」
瞬間、オレの脳裏にかつて自分自身が悔し涙と共に口にした言葉が過った。
それは北斗杯の韓国チーム大将である
お前は何故碁を打つのかとあいつに問われて。
碁に対するオレの熱意、ギャルゲーに対する桂木の熱意。
この二つは似ているのかもな……。
「ねえ桂木!良かったらギャルゲーを何か一本オレに貸してよ?ついでに本体もさ」
「それはダメだ!碁以外のことにはルーズ極まりないお前に貸したらどんな扱いをされるか分からん!どうせお前は菓子を手掴みで食べた手でコントローラーに触るタイプだろ!」
「ええ?いいじゃんか、このケチ~~!!」
ちなみにエルシィはオレ達のやりとりなど素知らぬ顔で何故か消防車の本を読んでいるようだった……。
──翌々日──
「進藤!この前の若獅子戦では後れを取ったが今回はそうはいかない」
「へっ!今回もオレが勝たせてもらうぜ、塔矢!」
若獅子戦以来となるオレと塔矢の手合いが来た。
前回は塔矢相手に棋戦での初勝利を飾ったが、依然として塔矢は強敵だ。
中盤を過ぎてオレがやや劣勢。それでも勝機はまだある。
オレは塔矢の打ってくる手を読み、自らの選択肢を模索する。
塔矢からオレの予想通りの一手が出たその時…オレの理想通りのルートへと進めたその時…桂木がギャルゲーを楽しむ心理が更に分かった気がした。
もちろん決して塔矢はヒロインなんかじゃないけどな?
見えたぞ、エンディングが!
「…………ありません」
「ありがとうございました」
敗北という名のバッドエンド……。
逆転されかけた塔矢は最後の最後になって長考した後、オレの予想を上回る一手を繰り出してきた。
正解の選択肢を選んだつもりでも、決して最後まで油断してはならないと改めて痛感したオレであった。
負けたのはとても悔しかったけど、それは水に流す。
検討を終えて一緒に帰る塔矢にオレは思い切って提案してみた。
「なあ塔矢、ちょっと話があるんだ」
「どうした進藤?そんな改まった顔をして」
「今度オレと一緒にギャルゲーやってみないか?」
「は?」
場を静寂が支配した。永遠とも思える長き時に渡って……。
ライバルといえば、ヒカルの碁では秀英もヒカルというライバルを得たことで凄まじく成長したキャラだと思うんですよね。
ヒカルに負けてからの約2年間でプロになるだけでなく、自分の国の九段に勝利して日本棋院でまで噂されてたり、北斗杯で韓国チーム入りしたりと。
しかも日本語をあそこまで喋れるくらい学びながらですからね。
しかしまあ桂馬が、自分のサイトのおかげでギャルゲー業界に変革が起こり、市場が数十倍以上に拡大したことを知らない設定は流石に無理があるんじゃないかと神のみ原作読んでて思いました。
流石に落とし神ファンの人達がこぞって例の特集番組の話をメールで本人にすると思うのですが。