ボクはあれからも時間を調節しては奈瀬と打っている。
ただ対局するだけではなく、主に自分と進藤の打った一局の中から選りすぐりの物をチョイスし、一部分を詰碁の問題として出題することもある。
イメージで言うと、コーチが練習メニューを組んでそれを選手がクリアしていく、というような感じか。
奈瀬は今まで院生一組の中堅でずっと足踏みしていたことが嘘のように、ボクに叩き込まれたことを次々とものにしていく。
その成長ぶりはボクをして、もし進藤に師事していなければすぐに追い付かれていたかもしれないと思うような躍進ぶりだった。
ボクは決して彼女に実力的に追い付かれるようなことがあってはならない。
奈瀬はそれまでの漠然とプロを目指していた囲碁人生とは打って変わって、明確にボクというライバルを得たことでかつてなく強いモチベーションをその胸中に宿している。
ボクは彼女の追うべき壁であり続けることで彼女に活力を与える。そうして人の負の感情をエネルギー源とする駆け魂の進化を抑制することが出来ると予想したのだ。
奈瀬の攻略は、駆け魂が入ったであろう時期からプロ試験終了までの約3ヶ月という前代未聞の長期的なスパンで行われる。その間に駆け魂が進化して、春日檜の時のように暴走してもらっては非常に困る。
攻略対象の好感度管理などボクにとっては朝飯前だが、流石に他の駆け魂持ちも並行して攻略しながら合間に奈瀬との時間を作るのは骨が折れた。
ゲームでは多重攻略がコンプリートのために必要とあらば、それが可能なようにイベント発生のタイミングなどが調整されているというのに
そして、ボクは奈瀬のプライベートにも探りを入れる。そこで興味深い話を本人から聞けた。
「周りの女の子達は彼氏がいたり、お洒落したり、遊んだり、あの仕事に就くだの大学に行くだの、目を輝かせてるのに私は何なんだろうなって」
そう笑いながら自虐する奈瀬。
語気こそ軽かったが、どこか泣きそうな雰囲気を感じた……。
やはり当初からボクが睨んでいた通り。
彼女の心のスキマの要因は、ただ自分が思うように強くなれないことだけではない。
長年に渡り囲碁に膨大な時間を費やしたことで、年頃の少女らしい青春を送れなかったことにも起因している。
……そうと分かれば次の攻略方針を定めることはそう難しくなかった。
要は自分が碁を頑張ったおかげで青春を勝ち取れたと思わせることが出来れば良いのだ。
「もういっそ店の中に囲碁専用のスペースを作っちゃおうかしら?」
ボクの母さんが冗談めかして呟いていたが、確かにそう言いたくなる気持ちも分からないではない。
今、ここカフェ・グランパでは3つの対局が同時に行われていた。
「あなたは一体何者です!?神の眷属たる私が二子置いてもなお一度も勝てぬとは……」
「何者って言われてもオレは単なるプロだし……オレより強い人なんてこの世にはたくさんいると思うんだけど……」
困惑したように頭を掻く進藤。
相対するのはボクの家の隣に最近引っ越してきた鮎川天理。いや正確に言うなら天理の体に憑依している女神ディアナだ。
女神とは、ざっくり言えば数百年前に駆け魂を封印した存在。現在は彼女のように人間の身体を依り代として、この世に留まっている様子。
どうやらディアナは将棋に限らずボードゲーム全般で強いらしい。
それで天理がボクの家に遊びに来た時、ボクと進藤が店の一角で碁を打っているのを見て、彼がボクの指導を終えた後に軽い気持ちで進藤と対局したそうな。
その結果、軽くあしらわれてしまったことに憤慨したのか、たとえ置き石ありでも進藤に負けを認めさせたいと何度もリベンジしているというわけだ。
「ボクなんか三子でも一度も勝てないんだぞ?」
横で打ちながら愚痴る。
現在、進藤はボクとディアナの二人を同時に相手していた。二面打ちという奴である。
依頼料を払っているのはボクなのにディアナまでたまに一緒に打ってもらえているのは今一つ納得いかないが、ボクにとっても彼女と進藤の対局から学べることは非常に有益なので良しとしよう。
「桂木さん!あなたはさっきから甘い手を打ち過ぎです!我々が今この者に勝てるかどうかはあなたの手にもかかっているのですよ!?」
……なんでお前はボクと同じチームであるかのような物言いをしてるんだ。
榛原七香の前でもそうだったが、このディアナは天理と意識が入れ替わっている間に人前で堂々と神を自称する。天理がそれでどういう目で見られるかも考えずに。
進藤が「なんであの人まで神だとか言ってんの?お前の仲間なのか?」とこっそり聞いてきたが、適当に誤魔化しておいた。
地獄と天界やユピテルの姉妹の話を進藤にするわけにはいかないしな。非科学的な設定にも程がある。卑近な喩えでいうなら幽霊の存在を信じろと言っているようなものだ。
しかしまあ、ゲーム世界の神であるボクが、
「うわぁまた負けたー!ハクアってば強すぎ!」
「エルシィ……ホントのホントにお前は次どう動くか読みやすいわね」
現在エルシィの相手をしているハクア・ド・ロット・ヘルミニウムは、エルシィと同じく駆け魂隊の一員である。
彼女は
まあ覚えたて同士でもハクアがエルシィに連勝するのは自然な流れだな。たまにやらかすことはあっても基本的には要領のいい奴だし。
囲碁に興味を抱いたエルシィに基礎の基礎を教えたのは進藤だ。
エルシィが自分の黒石を取られまいと、既に置いてある石を横にずらすという暴挙に出たりしても「オレの幼馴染だって最初そうだったから大丈夫!」とフォローしていた進藤には頭が上がらない。
というかエルシィと同じことをするような存在がこの世にもう一人いるというのか?信じられん……。
そんなエルシィのエルシィぶりに呆れつつも、あいつが最近ボクに言ってきた言葉が妙に頭を離れない。
「神にーさまは駆け魂の攻略を通してどんどん友達が増えていきますね!」
……その場では他愛無い戯れ言と鼻で笑ったが、確かに心当たりはある。
学校で同じクラスの高原歩美や小阪ちひろとは、駆け魂を出した後でも憎まれ口を叩き合う関係となっており、テストで満点を取れるよう勉強を教えたこともあった。
今の所は、彼女達と積極的に仲良くしたいとまでは思わないまでも、一緒に過ごすことに関してどこか悪しからず思っているのも確かであった。
進藤とこうして碁を打っているのだってそうだ。
最初は目的のためのレベル上げという感覚でしか無かったはずなのに、いつの間にか奴との対局そのものを楽しむようになってしまっていた。
まあ頼まれてもギャルゲーを貸してやるつもりは絶対無いがな……。
まったく……このボクをこうも惑わせてくるなんて益々
認めたくはないが、ただ愚劣なだけの下らない世界だと思っていた
***
プロ試験の予選がついに始まった。
私は三戦連続で中押し勝ちして、ストレートで本選へと進む。
こんなことは今までプロ試験を何度も受けてきた自分にとって初めてのことだった。
幸先の良いスタートに私は自信を強める。実力の向上によって得られた自信は、精神的な余裕へと繋がって心身に安定をもたらす。
そんな中、桂木から思わぬ連絡が来た。
ゲームにしか興味が無いはずのあの男が一体どういう風の吹き回しだろうか?
「予選で無敗だった御褒美だ。今度お前の好きな所に連れて行ってやる」
神のみ原作だと桂馬は最後まで同性とは友達として親しくなることは無かったですよね?
それが不満というわけでは決してないですが、少しだけ寂しかったので、前話ではヒカルと軽口を叩き合う桂馬を描いてみたり。
それにしても二人とも母親がやたら美人ですね……。