IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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12.Thank you for the Music

 昼下がりのエレジア。

 ブルックを探して建物の中を歩く少女が一人。

 ウタである。

 ブルックとの音楽勝負も、ゴードンと初めて心をぶつける対話をしたのも、もう二日前のこと。

 エレジアの真実を知ったストレスによる、食欲不振と不眠等による反動は強く、ウタはあの後ほぼ丸一日眠ってしまったのだ。

 目が覚めてから、ゴードンの作ってくれた消化の良い物を腹いっぱい食べ、再びの入眠。

 活動できるようになったのは、今日になってからだった。

 ウタの中で、全てのわだかまりが一遍に解消したわけではない。そもそも、そんな簡単に割り切れるものなら、あんなに苦しんだりはしなかっただろう。

 ウタが悪くないにしても、実際に国は滅び、人死には出たのだ。

 ただ、ウタが負うべき責任は、それを罪として背負うことでも、死んで詫びることでもないだろう。

 彼らを忘れないこと。

 “音楽”を諦めないこと。

 それが、自分にできる精一杯の責任の取り方だと、ウタは考えたのだった。

 あとは一歩ずつ、進んでいくしかないだろう。

 ともあれ、ウタがブルックを探すのは、あの時は追い詰められていたとはいえ、ひどい言葉を言ってしまったから、それを謝りたいという理由だった。

 それから、見つけてくれたことに対するお礼を言いたいからだった。

 廊下を歩いていると、微かに聞こえてくるアコースティックギターの音。

 エイトビートを刻むその音は、ブルックが良く使っている練習室から聞こえていた。

 ウタはブルックの弾くその音楽の曲調を、どこかで聞いた事があるような気がして、内心で首をひねる。

 練習室のドアノブをひねり、扉を開けて、ウタはその既視感の正体に気が付いた。

 

 

生きているだけで精一杯 一日の終わりに酒一杯

 折った骨が無駄骨だったって

 それでもオールを 漕いでいくんだ」

 

 

 ウタは自分の顔が、かあっと熱くなるのがわかった。

 ブルックの曲ではない。

 そして、TDで出回っている曲でもない。

 楽譜なんてものはありはしないし、歌詞と基準になる(コード)を書いたメモ書きしかなかったはずだ。

 

 

生きているんだもの だって生きているんだもの

 あ、私もう死んでますけど (こころ)で今日も生きていくのさ

 だから息をしている 今日も生きていくのさ

 世界に散らばった心 燻るミュージックの

 火を灯せ!」

 

 

 ウタの曲だった。

 半年ほど前、ブルックからギターを教えてもらってひと月と経たないうちに、配信でギターの弾き語りをするために作った曲だった。

 

「ストップ! ストーップ!!」

 

 ストップも何も、ちょうど曲が終わったところだったのだが、ウタはそれとこれとは別問題と言わんばかりに、両手を振りながらブルックの演奏を制止する。

 おや、とブルックが顔を上げて、ウタの方を見た。

 

「ウタさん、その様子だと杞憂かもしれませんが、お体は大丈夫ですか?」

「あ、うん、大丈夫ありがとう……じゃなくて!」

 

 まだまともにギターを弾けない状態で、逸って弾き語り配信なんてしたのがまずかったのだろうが、あの時ウタは非常に恥ずかしい思いをしたのだ。

 今でも穴があったら入りたい。

 いっそこの場で歌って、心が落ち着くまで夢の世界に逃げてやろうか。

 

「その曲を何で弾いているの!?」

「おや、てっきり私のために書いてくれた曲かと思いましたが……」

「違うっ!」

 

 ウタは頭を抱える。

 

「ブルックのために書いたんじゃなくて、初めて書いたフォークソングだから、ギターを教えてくれたブルックだったらどんな感じ作るかなって考えて書いたら、わたしらしさが抜け落ちた挙句、ブルックっぽさも良くわからなくなった作品だから!」

 

 言っていて羞恥心がさらにぶり返したのか、ウタは顔を赤くしながら身を捩った。

 普段の明るいウタの様子に安心したように、ブルックがヨホホと笑った。

 

「ええー、でも私、好きですよ? 『A LIVE』」

「曲名言うな!」

 

 ウタが羞恥で身を捩っていると、ふとその目に映り込む物があった。

 ブルックの正面。

 机に広げられた、古ぼけた楽譜──。

 

「……? ……待って、ブルック待って、その楽譜……」

「ああ、『Tot Musica』の楽譜ですね」

 

 こともなさげに言うブルックに、ウタの脳内は混迷を極めた。

 何故、どうして、何のために?

 困惑するウタは、ただ疑問を呟くことしかできない。

 

「なんでそれがここにあるの? 何をするつもりなの?」

「少し音楽を聴かせてあげようと思って」

「楽譜に!? 何のために!?」

「あ、私で良ければ歌いましょうか、『Tot Musica』」

「──ふんっ!!」

 

 久々に、ウタの左フックがうなる。

 ゲブッ、という悲鳴を上げて、ブルックが椅子から転げ落ちた。

 ただ、ウタは以前のように混乱によって拳を振るったのではなかった。

 ウタが危惧したのは、ブルックが楽譜に魅入られてしまっているのではないかということ。何しろ、十一年前の自分が、その誰が置いたかもわからないその楽譜を見て、魅入られて、吸い込まれるように歌ってしまったのだから。

 

「あ、ごめん」

 

 しかし、ウタはブルックが床に崩れ落ちてから思い出す。

 “Tot Musica”の顕現は、ただ歌うだけでは条件を満たさない。ウタウタの実を食べた者が、『Tot Musica』を歌うことで、あの魔王は初めて姿を現すのだ。

 だから、あの楽譜がブルックを誘惑することに意味はない。

 ブルックが歌ったところで、ほとんど無害なはずだから。

 そうすると、ウタには余計ブルックの行動の意味が分からなかった。

 

「……いや、さすがに悪ふざけが過ぎました。骨身に染みる一撃でしたよ」

 

 骨だけに、と言いながら、ブルックはよろよろと体を起こす。

 

「……で、何でこんなことをしているの?」

 

 小さく溜め息を吐いてから、ウタが尋ねた。

 おそらく、ブルックは意味もなくこんなことはしないだろう。

 ここ一年の関係で、ウタもそれはわかっている。

 今の問答も、ウタにとってトラウマであろう『Tot Musica』の楽譜を見つかってしまったことで、ウタの気を紛らわそうとしたのかもしれない。

 ブルックは立ち上がって腰をトントンと叩いてから、再びゆっくりと椅子に座った。

 

「……放っておけなかったんですよ」

「何が?」

 

 ブルックが言うには、そもそもこの楽譜は、もう勝手にウタの下へと行かないように、ゴードンが厳重に管理していたのだという。

 ウタがエレジア崩壊の真実を知り苦悩していた間に、ブルックはゴードンに頼んでその楽譜を見せてもらっていたのだ。小さなものでも、何か彼女の力になれる欠片を探して。

 

「私のヨミヨミの力のせいですかね。この楽譜を手に取った時、流れ込んできた感情がありまして」

「感情?」

 

 ええ、とブルックは頷いた。

 

「孤独です」

 

 ブルックのその言葉に、ウタは、「あ……」と小さく声を漏らした。

 

「この楽譜、あなたに歌われるまではずっと、エレジアの地下深くに封じ込められていたんですってね。十年や、五十年じゃきかない、ずっと、長い間」

「……ずっと、独りで──」

 

 ウタの呟きに、ブルックがヨホホと笑う。

 

「楽譜に独りという表現が当てはまるかはわかりませんが。ともあれ、そうだとしたら、同じ孤独を知る者として放っておくのは薄情かと思いまして。この国を滅ぼした危険な楽譜ではありますから、さすがに歌うわけにはいきません。それでも、こうやって一緒にいて、時々音楽を聴かせてあげれば、少しは寂しくはないかなと」

「…………そっか」

 

 ブルックらしいと言えば、ブルックらしい。

 ウタは楽譜の方へ歩み寄ると、その一枚を手に取った。

 

「あんたも、寂しかったんだね」

 

 そう呟いたウタの瞳には、怒りや畏れの色は見えなかった。

 音楽に関わる人間と、音楽そのものである楽譜、そしてその中に宿る魔王の感覚がどこまで同じかはわからない。

 それでも、ウタは創作をする人間として、そして孤独を知る者として、感じるものがあった。

 自分が作った作品が、誰にも見つけてもらえなければ、それはきっと悲しい。

 音楽を愛する自分から、音楽を取り上げられたら、きっと耐え切れない。

 そして孤独は、人の心を歪めていく。

 ウタには『Tot Musica』がいつ作られた楽曲なのかはわからない。最初からこの楽譜に魔王が取り憑いていたのかもわからない。

 これほどまでの楽譜が、誰からも見向きのされない地下に閉じ込められていたとしたら……。

 ウタは自分に置き換えて、それは耐えられないだろうと思った。寂しさと悲しみは、やがて怒りや恨みに歪んでしまうことだって、あるだろう。

 そう考えると、ウタにはこの楽譜を責める気にはなれなかった。

 

「ねえ、ブルック」

 

 ウタは楽譜を再び机に置いて、ブルックに向き直る。

 なんでしょう、とブルックは首を傾げて尋ねた。

 ウタは一度目を瞑ってから手を後ろ手に組んで、ゆっくりと瞼を開いて言った。

 

「わたしたちを、見つけてくれてありがとう」

 

 小さく首を傾けて、微笑みながら。

 ブルックは片手で頬の辺りをポリポリと掻いた。

 

「……いえ。では、その見返りにと言ってはなんですが、パン──」

 

 ドス、とウタの手刀が優しくブルックのアフロに刺さった。

 

「はい、照れ隠ししない」

 

 むすっとした顔で言ってから、すぐにウタは眩しいほどの笑顔を作った。

 

「ブルックと逢えて、よかった!」

 

 晴れ晴れとした声色でそう言うウタに、ブルックは観念したように小さく息を吐いた。

 

「ええ、私もここへ来られて良かった。あなたとゴードンさんに逢えてよかった。……ヘタな所に飛ばされていたら、どうなっていたかわかりませんから」

 

 しみじみと、ブルックが言う。

 お世辞ではなく、ブルックの本心だった。

 この骸骨の体を受け入れてくれる場所が、この世界にどれほどあるだろうか。

 今でこそ“魂王”の地位を確立しているため、それに関して大きな影響はないが、そうでなければ、良くて見世物小屋だろう。悪ければなんて考えるのも気が重い。

 

「それもこれも、音楽が繋いでくれた縁かもしれませんね」

「そういうもの?」

「そういうものです」

 

 あの日、“王下七武海”バーソロミュー・くまが麦わらの一味を離散させた日。

 彼が乱雑に一人ひとりの行き先を決めたのでなければ、きっとブルックがここに居るのは、彼が“音楽家”だったからだろう。

 ブルックはその長い腕を伸ばして、机の上に置いてあった楽譜をまとめる。そしてアフロの端をつまむと、彼は頭蓋骨をパカリと開いて、その中へと『Tot Musica』の楽譜を仕舞った。

 ウタはその楽譜の収納方法を、口をぽかんと開けて眺めていた。

 

「…………ブルックの頭ってそうなってるの?」

 

 ええそうですよ、とブルックは頭蓋骨を戻しながら答えた。

 

「こうやって私の中に居れば、この楽譜も退屈しないでしょうしね! 何しろ、これからあと一年はまたライブと作曲と修行の日々ですし、その後は、世界一周の旅を再開するんですから」

 

 ブルックはその楽譜にそれ以外の思惑を持っていたが、それは、今は話さないことにした。そのことを話すのは、ウタが体力を取り戻してからでいい。

 ブルックは床に置いたギターの首を掴んで拾い上げ、組んだ足の上に乗せる。

 

「ウタさん、せっかくですから、快気祝いに一曲歌いませんか?」

 

 ブルックの誘いに、ウタはにやりと笑う。

 

「『A LIVE』以外ならいいよ」

 

 あれを人前で歌うのは、もう少し曲をブラッシュアップしてからだ。

 ヨホホとブルックが笑った。

 

「では、何にしましょうか」

 

 ブルックの問いに、ウタは顎に指を当てて考える。

 今、歌いたい曲は──。

 

「よし、じゃブルックの『音楽にありがとうを(Thank you for the Music)』は?」

 

 その提案に、ブルックは言葉ではなく、ギターを鳴らすことで応える。

 ウタは前奏の間に、手ごろな椅子に腰かけて、足でリズムを取り始める。

 ゆったりとした曲に合わせて、ウタの口が歌詞を紡ぎ出す。

 ブルックがギターを鳴らしながら、そのウタの声に合わせて歌を重ねる。

 ウタは歌いながら、感謝する。

 今日、こうやってまた音楽ができることに。

 独りではなく、一緒に音楽を分かち合う仲間がいることに。

 またこうやって、笑顔で歌を歌えることに、感謝を。

 




お読みいただきありがとうございます。感想、評価、ここすき等、非常に励みにさせていただいております。

山場を終え、また明るいウタが戻ってきました。彼女の考える「“音楽”を諦めない」には様々な意味を込めました、よろしくお願いします。
なお、劇中の『A LIVE』は存在しない曲のため楽曲コードは使用しておりません。『音楽にありがとうを』は日本語タイトルにしてブルックの曲ということにさせていただきました。

それから、前回のあとがきで何気なく書いた日数の件で、多大なダメージを読者の皆様に与えてしまい申し訳ございませんでした。

今後ともよろしくお願いいたします。
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