IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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予定より明らかに尺が長い……!
分割させていただきます。



15.NEW WORLD

 ウタたちはメインボーカルを交代しながら、次々と曲を演奏していく。

 何曲やろうとも、時間がいくら経とうとも、観客の熱気は冷める気配は感じられない。

 むしろ、(ボルテージ)は上がる一方だ。

 中にはブルックの投げキッスで失神した客もいる。

 盛り上がりの最高潮が、どんどんと更新されていく。

 そして、一時間が経った頃──ウタにとって思い出深いアラバスタでのライブで初披露した楽曲である『(フェスティバル)』を演奏し終えた瞬間。

 

ドォン──!!

 

 楽器の音ではない、明らかに異質な乾いた低い音。

 明らかな、発砲音。

 銃声だった。

 押し寄せた波が返るように、会場を包んでいた熱気が、一気に冷める。

 水を打ったように静まり返り、冷え切ったライブ会場は、酷寒の冬を思わせる。

 凍った水面を叩き割るように、低い声がライブ会場に響いた。

 

「悪ィが、このライブはここまでだ」

 

 その声を発したのは、人相の悪い厳つい男だった。

 海賊──ではない。

 一見すると海賊に見えそうなほど、ガラの悪い人相をしたその男。

 髪のない頭に、傷痕だらけの相貌。さらに左側頭部には槍を模ったような入れ墨がある。

 そして、その背中に背負うのは、“正義”の二文字の書かれたコート。

 海軍であった。

 銃を撃ったのは彼の部下らしい。空中に向けられた銃が二丁、溜め息を吐くように煙を吹いていた。

 来たね、と隣に立つブルックに呟くウタは、しかし慌てたそぶりも何もない。

 どころか、ウタはマイクを再び手に取り、そしてその海兵に手を振りながら言う。

 

「ムササビ大佐! 久しぶり!!」

 

 その様子に、海軍ムササビ少将は苦い顔をして、片手を頭に当てた。

 

「ひーっひっひ! あのお嬢ちゃん相変わらずですよ少将!」

「あっはっは! お言葉ですが少将、あの様子だとライブ終了まで待っていても、あの人たち逃げなかったんじゃないです? おれたちライブに参加しそびれたんじゃないんです!?」

 

 銃を構えた二人の海兵が、笑いながら少将に意見を述べる。

 その二人に軽く拳骨をくらわせてから、ムササビは咳払いをして言う。

 

「今は少将だァ。……“歌姫”、“魂王”、一ファンとしての願いだ。今すぐ、このライブを中止しちゃァくれねェか?」

 

 拡声器越しに、ムササビが言う。

 

「何故です?」

 

 落ち着き払った様子で、ブルックが尋ねた。

 苦々しい顔で、ムササビが応える。

 

「お前ェたちも、聞かれたくねェ話だって、あるだァろう?」

 

 ヨホホとブルックが笑った。

 

「いいえ、ありませんね」

「ッ──!」

 

 ムササビの小さな舌打ちが、拡声器から響く。

 

「──元ルンバー海賊団の船長代理。“鼻唄のブルック”。懸賞金は三三○○万ベリー。並びに、現在“麦わらの一味”の音楽家」

 

 つらつらと、ライブ会場にその真実がつまびらかに明かされる。

 その声の主は、ブルックその人だった。

 

「てめェ──!」

 

 何かに気が付いたように、ムササビが声を荒げる。

 正解です、とブルックが答えた。

 

「あなたたち海軍にその情報を流したの、私です」

 

 ムササビが、その行動の真意を測りかねて顔を歪める。

 いえね、とブルックはいたって落ち着いて言った。

 

「もともと、今日で“魂王”は引退するつもりでしたから。ですが黙って引退するのは、相方の流儀に反していまして。ですから、こうやって言い逃れのできない状況で言うのですよ。私は、未来の“海賊王”の船員(クルー)であり、ワールドツアーではなく、本当に世界を一周するために旅立つのだ、と」

 

 どよどよと観客から動揺の声が上がる。

 それに被せるように、ムササビが拡声器に向かって低い声を出す。

 

「……いィ肝っ玉だなァ。……覚悟は、できてるんだろうな?」

「肝っ玉って! 私骨だから肝なんてありません!」

 

 スカルジョークに独りヨホホと笑うブルックに被せて、ウタが言う。

 

「このままだと言うタイミングがなくなりそうだから、わたしからも報告!」

 

 受け入れがたい情報に混乱している群衆に、ウタが畳みかける。

 

「どうしてもやりたいことができたから、わたしも、今日のライブで活動休止にするね! “歌姫”はいったん休業! 配信は時々すると思うから、よかったらいつもの周波数でまた会おうね!!」

 

 ファンの皆に、ウタは休業宣言をする。

 ざわめきが、観客に広がる。

 

「なんでだよ!」

 

 そんな悲痛とも取れる声が、あちこちから上がる。

 事実上、世界的な大物音楽家の、二人そろっての活動休止宣言だ。

 音楽史には大打撃であり、そして彼らのファンである観客たちにとって、それはどれほどの衝撃だろうか。

 海軍の追求よりも、二人の音楽を聴けなくなるかもしれないという事実に、観客は恐慌を起こす。

 ウタが再び口を開こうとしたところを、ブルックがその手で制止した。もうのんびり話している猶予はない、ということだろう。

 観客たちを奮い立たせるように、ブルックがマイクに向かって叫んだ。

 

「さあ、もう一曲だけお付き合いいただきましょう! 最後の(ソウル)だ! 聴いてくれ!!」

 

 ブルックの合図に、楽団は演奏を始める。

 この事態は想定済み。

 ここに来た海軍がムササビ率いる部隊だったのは、ウタたちにとってはうれしい誤算だった。彼は市民を誰よりも重んじるから。

 ブルックは、世界に伝えたかったことを口に出していく。

 

「この島は我々にとって、敗北の記憶の残る“無念の島”であると同時に──“再出発”の島! みんな、世界に伝えてくれ! “麦わら”の死亡説? バカバカしい!!」

 

 ブルックはマイクに向かって宣言した。

 

『海賊“麦わら”のルフィは、生きている!!』

 

 ライブ会場で、巨大モニターの前で、どよめきが起きる。

 そのモニターを眺めながら、にししと笑う人物がいた。

 フードを目深に被り、行商と見紛うばかりの大きな荷物を背負った男だった。

 

「ししし! ブルック、やってるなァ!」

 

 楽しそうに呟いて、それからその男は首を傾げる。

 

「……だけどなーんか見覚えあるんだよなァ。ブルックの隣にいるやつ」

 

 じっと目を凝らして画面を見てみるも、しかし画面越しのその女は、フードを目深に被っているせいで、肝心の顔が良く見えない。

 

「…………ま、後で聞けばいいか!」

 

 そう言って、男は踵を返した。

 早く仲間を見つけて合流しなくてはならない。

 足早にライブから離れていくその男を誰も気にする者は居ない──。

 

「バカ者、ライブは中止だと──」

 

 ライブ会場にて、ムササビと最初に空砲を打った二人以外の海兵たちが、色めきだってライブを中止しようと声を上げる。

 だが、それを阻んだのは、他でもない観客だった。

 銃を掴み、海兵の口を塞ぎながら、懇願する。

 

「もうこれで最後かもしれないんだ! 聴かせてくれよ!」

「もう一曲だけ! お願い!」

「後生の頼みじゃ! 死んでも死に切れんくなってしまうわい!」

 

 その観客の声に応えるように、ブルックが言う。

 

「行くぜ! ラストナンバー!!」

 

 ウタとブルックが呼吸を合わせて、曲名を叫ぶ。

 

「『NEW WORLD!!』」

 

 ただの音楽家としての、二人の最後の演奏が始まった。

────

 

 

 

「さて、“鼻唄”さんよォ。覚悟はいいよなァ?」

 

 “シャボンドーム”裏口。

 『NEW WORLD』が歌い終わった後の混乱に乗じて、裏口から退避しようとしたブルックたちの前に、海軍少将ムササビ率いる海兵たちがずらりと並んでいた。

 

「さっすが」

 

 ウタが感心したように言う。

 海兵と観客がもみ合っている間に、冷静だったムササビはすぐに会場から脱出、会場外に待機していた部隊を率いてこちらにやってきたようだ。

 ブルックは「弱りましたねェ」と頭を掻くが、それほど焦っているようには見えなかった。

 眉を顰めながら、ムササビがウタに言う。

 

「で、お嬢ちゃんは、なァんでギター骸骨と一緒にいる?」

「?」

 

 ウタはその質問の意味が分からず、首を傾げた。

 

「海賊“魂王”が“歌姫”を攫うってェ筋書きなら、こっちも分かり安ィんだが」

 

 ウタはムササビの発言の意図を理解し、しかしそれに乗るようなことはしなかった。

 

「わたしがエスコートを頼んだんだよ?」

 

 堂々と言うウタに、ムササビは顔を顰めた。

 

「意味、分かってんのか? 海賊である“魂王”は仕方ねェにしろ、お前ェさんまで海賊に協力的だとなァ、お前ェさんも捕縛対象になっちまう」

「友達がその“麦わらの一味”にいるんだからしょうがないでしょ。友達に会うのもダメなの?」

 

 ウタが腰に手を当てて、頬を膨らませて言う。

 

「相手がかの大罪人“麦わら”率いる海賊団なのはいけねェな。……何故それほど会いたがる? 輝かしい人生を棒に振ってまでよォ」

 

 顰め面のままに、ムササビがウタに問いかける。

 ウタは手を腰から離して、胸を張って堂々と言う。

 

「“新時代”を迎えに行くため」

 

 どうなるかはまだわからないけどね、とウタは肩を竦めた。

 

「だから、まずは会って話をしないと」

「ファンを裏切ってでも、か?」

「……じゃあ聞くけど、わたしのファンのみんなは、一時だけ笑顔になれれば満足なのかな? わたしたちの歌が鳴り響いていないと笑顔になれないような生活で、みんなは満たされているのかな?」

「──!」

 

 ムササビをはじめ、海兵たちの表情がこわばる。

 ウタだってわかっている。

 彼らがそんな世の中でも、少しでも多くの人を救おうと活動していることなんて、もうこの二年だけで十分に分かっている。

 だが、それでは変わらないのだ。それも、この二年で学んでいた。

 

「わたしは、そんなんじゃ満足できない。もっと自由に歌いたい。あちこちにライブに行きたい。でも今は、それができる時代じゃない。だから、行くんだよ。“新時代”を迎えに」

 

 ただ口を開けて待っているだけでは、ダメだ。

 それをウタは知っている。

 ゴードンに支えてもらい、ブルックに背中を押され、自分の足で歩きだしたから、今のウタがある。

 その機会が訪れているのなら、今、歩き出さなくては。

 そしてウタは、思い出したように手を叩いた。

 

「そうだ。あと本当に今更だけどさ。わたし、“赤髪”の娘だよ」

 

 ウタのその発言に、一瞬、海兵たちは息をするのを忘れたように、心臓の鼓動を忘れてしまったように、一切の音が止む。

 “赤髪”。

 海の皇帝と呼ばれる四人の海賊のうちの一人、“赤髪”のシャンクス。

 その名前そのものと、彼に娘がいたという事実が、海兵たちの思考能力の一切を奪っていた。

 その沈黙に、ブルックのバイオリンが鳴る。

 ウタが「La~La~」と声を楽器に、ブルックに合わせる。

 “眠り歌・クレードル(ララバイ)

 ウタとブルックによる合わせ技だった。

 ブルックの元々会得していた“眠り歌・フラン”にウタのもつウタウタの力を乗せたもの。より広い対象を深い眠りに誘う魔曲だ。

 ウタウタの力だけでも同じことはできるが、同じ眠りの力を持つ演奏がそこに加わることにより、ウタウタの能力のデメリットである体力の消耗を最低限まで抑えられるのだ。

 ドサドサと音を立てて、海兵たちがその場に倒れ込む。

 いびきや鼻提灯を出しながら、だらしなく眠りこけていた。

 ただ一人を除いて。

 

「…………て、めェら──!」

 

 精神力の賜物だろうか。

 ムササビが拳を固めて、ただ一人仁王立ちしていた。

 握った拳からは、爪が深く食い込んでいるのか、薄っすらと血が滴っていた。

 ドン、と地面を蹴り飛ばして、ムササビがブルックとウタの方へと跳びかかってくる。

 

「うわっ」

「おっと」

 

 ウタとブルックが、左右に分かれてそれを避ける。

 拳が地面を殴りつけ、派手な音が鳴り響いた。

 ウタがムササビの横を駆け抜けながら言う。

 

「ムササビさん! ファンって言ってくれてありがとう! 嬉しかった!」

 

 ブルックとウタからすれば、この場から逃げられさえすれば、別に戦う理由はないのだ。

 一目散に逃げだしながら、ウタは首をひねってさらに続ける。

 

「たとえわたしたちが海賊でも、わたしたちは、わたしたちだから!」

 

 またね! と言い残して、ウタが。ヨホホと笑いながらブルックが去っていく。

 その背中を見送りながら、ムササビは大きく溜め息を吐いた。

 

「…………“新時代”、ねェ……」

 

 ポツリと呟く。

 彼女らの描く“新時代”であれば、信じてもいいのかもしれない。この二年の間、彼らの活動を追ってきたムササビは、そう思う。

 それはそれとして──

 

「海で会ったら、敵同士だァ。……容赦はしねェからな」

 

 見えなくなった背中に向けてそう呟いて、ムササビはバタリとその場に倒れ伏して、そのまま寝入ってしまったのだった。

 一方、シャボンディ諸島を駆け抜けるウタとブルック。

 

「──よろしかったのですか?」

 

 次々に現れる海兵を眠らせた間隙を縫って、ブルックがウタに尋ねる。

 

「何が?」

「いえ、ファンの皆さんにきちんと説明できなかったでしょう?」

 

 そうだね、とウタは少し残念そうな表情を浮かべる。

 

「タイミングが悪かったね。ムササビさんももう少し待ってくれれば良かったのに」

「それが海軍の仕事ですから」

「わかってるって」

 

 ウタはそう言ってから、ひょいと頭を下げて海兵の攻撃を躱す。

 ブルックが杖をつき出すと、ちょうどその海兵の顎に石突が命中した。

 倒れた海兵に「ごめんね」と声を掛けながらその上を跨いで、ウタたちは駆けていく。

 

「ライブ活動の休止に関しては、また配信で言うよ。黙ったままいなくなるのは、よくないからね」

 

 シャンクスに置いて行かれた経験からの、ウタの価値観だった。

 でも、とウタは言う。

 

「シャンクスの名前を出すだけで、あれだけ海兵がうろたえるなんて……」

 

 十余年の月日で、かつて憧れた父親が、まるで遠くに行ってしまったように感じる。同時に、少し誇らしかった。

 ふふ、とウタは唇に笑みを浮かべる。

 

(楽しみだなァ……)

 

 さて、今から会う幼馴染は、どれだけの成長を遂げているだろうか?

 




お読みいただきありがとうございます。感想やここすき等、励みになっております。そちらも併せてお礼申し上げます。

普通にライブを終わらせる案もあったんですが、そうするとブルックに麦わらの一味としての懸賞金がかかるタイミングがかなり後になるんですよね……。さすが原作はよく考えられてるなぁと思った一幕になります。

次はお待ちかねのシーンになると思います(長引かなければ)。
このシーンを書くために一か月もかかってしまった……。
お待ちいただければ幸いにございます。
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