IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
0.Unhappy Birthday
──およそ十二年前の記憶──
エレジアの食堂に、わたしはぽつりと独りで座っていた。
時刻は夕刻。
まだ夕食の時間には早いが、外はもう暗くなり始めている。
これでまた、一日が終わってしまう。
夜は、嫌いだった。
幽霊が怖いとか、トイレに行けないとか、そんな理由じゃない。
夜になると、もう一日が終わってしまうのが、嫌だった。
……今日も、迎えに来てくれなかったな。
寂しさと悲しさが、わたしの胸の奥一杯に溜まり、それが溢れて涙になってしまいそうだった。
泣いちゃ、ダメだ。
また、ゴードンさんを心配させちゃうから。
それから、きっと、いつか絶対に迎えに来てくれるんだから。
「…………来て、くれるよね……?」
わたしにできることは、信じる以外にない。
あれだけ、大好きだったのだ。シャンクスだって、愛していると言ってくれたのだ。
だから、いつか、きっと──。
目を閉じて、体いっぱいに息を吸って、吐く。
ああ、これは悪い夢で、明日起きたらまた、あの船の上でみんながいてくれたらいいのに。
そんなことを思わない日はない。
前までは楽しかった夢の中の世界も、今はちょっと、虚しいだけだ。
また、ネガティブな感情に流されそうになる。
だから、それを吐き出すためにもう一度、大きく息を吸って、吐く。
……それにしても、ゴードンさんは何でわたしをここに呼んだんだろう?
大事な話かな?
もしかしたら、シャンクスの──。
……そんなわけ、ないよね。
正直な所、わたしはゴードンさんのことがあまり好きではない。
だって、ゴードンさんは嘘を吐いているから。
シャンクスがエレジアを滅ぼした? わたしは道具として捨てられた?
嘘だ。
絶対嘘だ。
シャンクスは、そんなひどいことをしない。
優しくてかっこよくて、偉大な船長だ。わたしの憧れだ。
わたしだけが、そう言っているんじゃない。
フーシャ村の村長とかマキノさんとか、ルフィとか。みんなシャンクスは良い人だって言っている。
ゴードンさんも音楽について教えてくれるし、ごはんを作ったりもしてくれるし、良い人だとは思う。
だけど、シャンクスについては嘘を吐いている。
だってシャンクスは──。
……じゃあ、なんで迎えに来ないの?
また鎌首をもたげた暗い疑問を、頭を振って追い払う。
何か、事情があるはずだ。……でも、どんな?
結局、考えても行きつくのはその疑問。
いつもいつも、堂々巡りの思考の迷路は、いつまでたっても出口は見えない。
目を閉じて頭を振って、脳内に張り巡らされたその迷路をかき消した。
「ウタ」
その声に、わたしははっとして背筋を伸ばす。
ゴードンさんの声だった。
「……なに、ゴードンさん」
大丈夫なはずだ。
声は揺れてないと思う。
わたしが振り返ろうとした瞬間に、ちょうどゴードンさんが三十センチくらいの白い紙箱を差し出してきた。
コトン。
机の上に、その箱が置かれる。
「なに、これ?」
「開けてみればわかる」
優しい声で、ゴードンさんが言う。
やっぱり、ゴードンさんのことは好きではないけど、嫌いにはなれない。
ゴードンの言葉に甘えて、その白い箱を両手で開けてみる。
中に入っていたのは──。
「ケーキ……」
きっと甘いだろうホイップをふんだんに使ったフルーツケーキだった。
その香りと、頭の中で想像された味に、わたしはつい頬を緩めてしまう。
「今日は、君の誕生日だろう? 誕生日おめでとう」
ゴードンさんが、優しい声でわたしの誕生日を祝福してくれる。
祝福。
ゴードンさんが。
わたしを。
誕生日。
……なんで。
なんで、みんなは居ないの?
「あ……」
目の奥がツンとする。
鼻の奥がジンと熱くなる。
「…………ない」
ダメ。
これはダメだ。
何日経ったのかを考えたくなくって、日付も気にしないようにしていたのに。
もう、一〇月一日になってしまった。
「……どうした、ウタ?」
ゴードンさんの声にも、答える余裕はなかった。
娘の誕生日なんだよ?
もう、何日経ったと思ってるの?
早く迎えに来てよ。
あの夜に、本当は何があったのか教えてよ。
「いらない!!」
手でケーキをはねのけて、わたしは部屋を飛び出した。
こんなの、誕生日じゃない。
祝われたって、嬉しくなんてない。
誕生日はルゥにホイップましましのパンケーキを作ってもらって、みんなでジュースを飲んだりしながら、歌を歌ったり踊ったりして楽しむものだ。
わたし一人の誕生日なんて、誕生日なんかじゃない。
自分の部屋に入って、ドアを閉めてすぐにカギを掛ける。
部屋の隅の狭いスペースに入って、頭を抱えた。
ダメだ。
もう、涙が止まらない。
「ねえ、なんで迎えに来てくれないの……?」
呟いても仕方ない。そんなのわかってる。
だけど、今だけは。
「もう、わたし、一〇歳になったよ……。今日、誕生日なんだよ。ねえ。……ねえ」
わたし、寂しいよ。
苦しいよ。
つらいよ。
どこで何をしているの?
ねえ。
────
「……配慮が、足りなかったかな」
膝をついて、床に落ちたケーキを拾いながら、ひとりごちる。
あの子が今、どんな気持ちなのかなんて、想像に難くないだろうに。
自然と、溜め息が出る。
ケーキをダメにしてしまったことでもない。
こんなつまらないことで、罪を重ねる自分に嫌気がさした。
最近になって、ウタはよく、私に尋ねてくることがあった。
『わたし、なんで捨てられたのかなあ』
何も、答えられなかった。
……何と答えたらいいのだ?
シャンクスはエレジアを滅ぼして略奪して満足したから、君は用済みになったのだ?
あの男は君が邪魔だったんだ?
道具に情が湧くわけがないだろう、エレジアを滅ぼした男が?
それとも、真実を話す?
無理だ。
選択肢はない。
どの嘘にも真実にも、彼女を癒す言葉はない。
何故なら、事実として彼女はここに留まざるを得ず、そして彼女は未だ、“赤髪海賊団”を信じている。
既に、傷ついているのだ。傷だらけなのだ。
その心に、さらなる大きな傷を負わせたくはなかった。
だが、黙っていることも、彼女の心を苦しめてしまうこともわかっている。
「…………それでも、私には……」
音楽しかない。
ウタを元気づけられるように、料理や家事をもっと学んでいくつもりだ。
だが、音楽は、駄目だ。
国を滅ぼした私が、音楽をすることが許されるのか?
それは、本当にウタのためなのか。私がウタを理由に音楽をしたいだけでは?
今、私に許される音楽は、シャンクスとの約束だけだ。
ウタを世界一の音楽家にするため、その指導以外では音楽をすることは許されない。
「…………全く」
このケーキも、彼女が少しでも元気になればと用意したものだった。
だが、ウタは拒絶した。
それはそうだろう。
誕生日を迎えるということは、それだけの月日が流れたという証拠に他ならない。
ウタからしたら、ここに置き去りにされてから幾日経過したかがすぐに分かってしまう。楽しかった思い出につられ、望郷の思いも強くなるだろう。
だが現実は彼女にとっては残酷で、おそらく、シャンクスは迎えに来ない。
だが、それを伝えたところで……。
床をタオルで磨いてから、ゴミをゴミ箱へ入れる。
「はァ……」
溜め息が止まらない。
誕生日は、祝わない方がいいだろう。
少なくとも、彼女が立ち直るまでは。
部屋の片づけを終え、夕食を作る。
ウタは普通の夕食なら食べてくれるだろうか。
キッチンへ向かい、手を洗う。
少し考える時間があると、私の頭の中に益体もない考えがふつふつと浮かび上がってくる。
……あの時私も死ねていたら、彼女は今でもシャンクスたちと一緒に居られたのだろうか。
たらればを語ったところで、過去は変えられない。
しかし──。
コンコン
ドアがノックされる。
誰か。
そんなの、私以外に一人しかいないじゃないか。
「なんだい、ウタ?」
自分の心の動揺と弱さを見せないように、一切を優しい声色に包んで隠す。
ドアノブをひねる音の後に、蝶番が軋む音。
振り返れば、目を真っ赤にしたウタがそこに立っていた。
「ゴードンさん、ごめんなさい。せっかく……」
私はフライパンを置いて、ウタの下へ行きその小さな体を抱きしめた。
「いいさ、私も悪かった。……晩御飯は、食べられそうかね?」
体を震わせながら、ウタが頷くのがわかった。
これから、できるだけ彼女が傷つかないようにしよう。
彼女が負う傷を、できるだけ肩代わりしよう。
それが、きっと私にできる最大の罪滅ぼしなのだから。
お読みいただきありがとうございます。感想やここすき等、いつも励みになっております。
今回の話は心を削ってまで書く予定もなかったのですが、気が付いたら書いてしまっていました。ダメージを受けた方がいましたら申し訳ございません。よろしければそのまま次話を読んでいただければダメージ軽減ができるかと思います。