IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

19 / 84
1.Happy Birthday

 ざ、ざざ──、ざ……。

 

「あー、みんな! ……こえて……ないな。よっ……と」

 

 ざ──。

 

「よし! みんな! ライブに来てくれた人は数日ぶり! そうでない人は久しぶり! ウタだよ!」

 

 サウザンドサニー号の一室。

 船大工のフランキーに用意してもらった“配信部屋”にて、ウタは電伝虫に語り掛ける。

 ウタが“麦わらの一味”の船に乗ってから、まだそれほどの日にちは経っていない。

 だというのに、ウタは既に急転直下の毎日を過ごしていた。

 魚人島での、国家転覆計画の阻止や、パンクハザードという酷寒と酷暑の島にて行われていた実験の阻止、そのための海軍との共闘──。

 めまぐるしく変わる状況は、一日一日を長く感じさせ、ウタの体内時計ではもうひと月ふた月は経っていそうだった。

 ようやく、腰を落ち着けられたので、こうやって配信をする。

 

「今、わたしは“新世界”に来てるんだ。そう、“偉大なる航路”の後半だね。まだ数日しか経っていないはずなのに、ライブとか配信をしていた時が凄い昔みたいだな……」

 

 電伝虫の向こう側にいるであろうリスナーに向けて、ウタが呟くように語り掛ける。

 そうそう、とウタは声を普段のトーンに戻して言う。

 

「きちんと説明していなかったよね。ライブでも言ったけど、わたし、“歌姫”はいったん休業するね。え、何でって? あちこちをライブで旅して思ったんだけどさ、正直、この大海賊時代ってさ、音楽を自由にやったり聴いたりできる環境じゃないでしょ? だから、もっと自由に音楽に触れ合って、もっと幸せになれる時代を作りたいと思ったんだ」

 

 ウタは指を組んで伸びをしてから、さらに続ける。

 

「わたしなりにいろいろ考えてさ、“歌姫”をやっているだけだと、そこには辿りつけないって思ったんだ。だから、わたしは今“海賊”、やってます。あはは! 略奪とかは興味ないから! もしどこかの島で見かけたら、声をかけてくれれば一曲歌ってあげるよ! ……ホントだって、信用ないなァ。あ、そうだ、この船にはブルック──“魂王”も乗ってるから、今度またコラボして歌配信をするかもね! お楽しみに!」

 

 そう言って、ウタは椅子から立ち上がる。

 

「じゃ、今日も歌って行こうか! まずは──」

────

 

 

 

 

「それじゃあ、またね!」

 

 電伝虫に手を振って、わたしは電伝虫を切った。

 久々の配信は、これで終了。

 歌っていると、つくづく思う。

 音楽は楽しい。もっとみんなが自由に、音楽に触れ合える世界になればいいのに、と。

 そのために今、旅をしているんだから、焦ったところで仕方ない。

 待ってろよ、“新時代”。

 心の中で新時代のイメージ図にビシッと指を向けてみて、ウタはそのシュールさにフフッと笑みを漏らした。

 ほんの数年前まで、こんなくだらないことで笑えるなんて思ってもいなかった。

 わたしを救ってくれたのは、きっと音楽の縁。そして、幼馴染の縁。

 多分、このことを二人に言っても、それを肯定しないだろう。

 ブルックは逢うところは音楽の縁だと認めるだろうが、自分が救ったのではないと言い張るだろう。『ウタさんが、自分の足で立って、自分を救ったんです』なんて言葉を言われそうだ。

 幼馴染の方は言わずもがな。『おれ、なんかウタにしたっけ?』と、とぼけるでもなく純粋に言われるのがオチだ。

 感謝をしたい相手は数あれど、二人には感謝してもしきれないというのに。

 タオルで汗を拭って、時計を確認する。

 時刻は、夜の九時。

 もうそろそろ、船員によっては入眠する時間だ。

 シャワーを浴びるにしても、夜食をつまむにしても(これをやるとサンジさんに怒られるけど)、できるだけ静かに行動した方がいいだろう。

 とはいえこの配信部屋は防音完備。

 わたしは鼻唄混じりに部屋を後にしようとドアへ向かって歩き、

 コンコン!

 滅多に鳴らないノックの音にびっくりして、髪の毛を逆立ててしまった。

 

「ウタさん、よろしいですか?」

 

 聞こえたのは、人を安心させるような低音の声。

 ブルックだ。

 ほっと胸をなでおろして、ウタはドアを開けながら答えた。

 

「ちょうど配信が終わったとこ。どうしたの?」

 

 ヨホホ、とブルックが愉快に笑う。

 

「久々に、寝る前のホットミルクをご一緒しませんか?」

 

 カシャリと返した手首の音が鳴った。

 どちらかというと、今はシャワーで汗を流してから冷たい牛乳を一息にグイッと行きたい気分だ。

 だけど、うん。

 前から思っていたけど……。

 

「ねえブルック。ブルックって、もしかしてお酒とかよりもミルクの方が好きなの?」

 

 エレジアを拠点に活動していた時から、何かあってもなくても、しきりに牛乳を一緒に飲もうと誘われている気がする。

 ブルックがギクッ、と言わんばかりに身を硬直させる。

 ……別に隠すほどの事ではないと思うんだけど。

 

「…………バレてしまっては仕方ないですね。ほら、私、見ての通り骸骨ですから。カルシウムの取れる牛乳は好物なんです。何しろ、欠けた骨も、牛乳を一本飲めばすぐに元通りになりますし」

「えっ、人間ってそういう構造だったっけ?」

 

 少なくともウタには、骨折は牛乳を飲めば治ると豪語する勇気はない。

 

「ほら、私骨ですから」

 

 ブルックが楽しそうに答える。多分、生前の彼であれば、ニヤリと笑ってる。

 ……一瞬納得しかけたけど、骨が露出しててもしてなくても、それはどのみち人体なのではないだろうか?

 わたしは考えるのをやめた。

 うん。ブルックはこういう生き物だ。

 

「わたし、冷たい方がいいな」

「じゃあ私も冷たいのにしましょうかね」

 

 船内のダイニングキッチンへと歩く。

 歩きながら、ブルックが声をかけてきた。

 

「そういえば、どうですかウタさん、“麦わらの一味”は」

 

 何を今更、と言おうとして、わたしはすぐにその感覚が間違っていることに気づく。

 

「あはは、なんと言うか、目まぐるしくてさ。退屈しないし、楽しいよ。自分たちの船で旅をするのも懐かしいし、船の設備も充実してるし、みんな優しいし」

 

 ただ問題なのは。

 

「時間の流れを忘れちゃうよね。あっという間なようで、全然日にちは経ってなくてさ。なんかもう、数か月はここにいる気分だよ」

 

 正直に言うと、日付と曜日感覚がかなり怪しい。

 もともと、エレジアでゴードンと二人きりだった時には、そこまで日付とかも気にしていなかったから、余計にだ。

 

「ブルック、ありがとうね」

 

 そんな“麦わらの一味”へ繋げてくれたブルックに、お礼を言ってみる。

 

「ヨホホ! そのチャンスを掴んだのはウタさん自身ですよ」

「ほうら、やっぱり」

「え、何ですか? 何かまずいこと言いました?」

「ううん、こっちの話」

 

 あまりにも予想通りの反応に、思わず笑みがこぼれる。

 いったん甲板へ出てから、階段を上ってダイニングキッチンへ──。

 そうだ、とブルックが扉に手をかけたわたしに声をかけてきた。

 わたしはドアノブを握ったまま、ブルックの方へと顔を向けて、首を傾げた。

 

「ウタさん、今日が何の日かわかりますか?」

「???」

 

 何の日?

 ……いや、そもそも今日は何日だ?

 ここ数日がめまぐるし過ぎて、今が何日なのかよくわかっていない。

 

「えっと……、わたしの、正式な“歌姫”休業記念日?」

「休業を記念する人がいますか……」

 

 呆れたようにブルックが言う。

 わたしは頬を膨らませてブルックを睨みつけた。

 

「じゃあ何の日なの?」

「さて」

 

 ブルックは肩を竦める。

 

「中に入って牛乳を飲みながら教えますよ」

「えー」

 

 なら中で聞けばよかったんじゃない?

 そう思いながら、ドアノブをひねって、部屋に入る。

 あれ、明かりが点いてないんだろ? いつもこの時間は────

 

 

「くらえ! 必殺“パーティー火薬星”!」

 

 

 パン!

 パンパン!

 パン!

 

 

「ぅえっ!?」

 

 何? 何!? 何なの?!?

 いきなりの掛け声と乾いた火薬のような音、そして体に絡まるよくわからない紐のようなもの。わたしは訳が分からず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 ぱっ、と独りでに明かりが点いた。

 

「えっ」

 

 ダイニングには、一味全員が勢ぞろいしていた。

 そして、手に持っているのは、いわゆるクラッカーのようなもので、先ほどの発砲音はそれを鳴らした音で、わたしの体にまとわりつく紐は、それから射出されたものなのだろう。

 でも、なんで? どうして? 何のために?

 そもそも、その机の上の大ぶりケーキは……。

 ────あっ。

 

「ウタ! 誕生日おめでとう!! ししし! びっくりしてんなァ!」

 

 楽しそうに笑うのは、わたしの幼馴染。

 そうか。

 ドタバタしていて、日付の感覚もあやふやで、そしてつい二年前まで、わたしにとってそれは苦しい記憶だったから、忘れていた。

 今日は一〇月一日か。

 

『Happy Birthday UTA! 10/1』

 

 ケーキに立ったチョコレートに書かれた日付と自分の名前。

 みんな、わたしを祝うために用意してくれたのか。

 

「あ、あれっ」

 

 嬉しいのに。

 ぽろぽろと、目尻から球のような涙の粒がこぼれる。

 落ち着け、わたし。

 せっかく祝ってくれるというのに、泣いていたらダメでしょ。

 ……だけど、仕方ないか。

 今から十二年前から二年前までの間、誕生日を祝ってもらったことがなかったんだから。

 ゴードンが悪いんじゃない。

 ただ、わたしが耐え切れなかっただけ。

 楽しい誕生日の記憶は、“赤髪海賊団”時代を嫌でも思い出したから。

 今はただ、懐かしくて、胸いっぱいで、嬉しかった。

 ヨホホ、とブルックが笑ってバイオリンを鳴らす。

 

「さあ、じゃあ皆さんで歌いましょう!」

 

 誕生日と言えばこの曲。

 その前奏が流れる。

 

 

ハッピーバースディ、トゥーユー

 ハッピーバースディ、トゥーユー

 ハッピーバースディ、ディア、ウタ!

 ハッピーバースディ、トゥーユー

 

 

 一味の大合唱。

 待て待て、待って。

 音楽家であるわたしが歌わないでどうするのさ。

 

 

ハーゥオールド、アーユー?

 ハーゥオールド、アーユー?

 ハーゥオールド、ディア、ウタ!

 

アイム、トゥエンティワン!

 

ハッピーバースディ、トゥーユー

 

 

 誕生日の歌を歌い終わって、拍手が鳴る。

 やばい、結局自分のパートしか歌えなかったというか、もうあれはほとんど台詞じゃん!

 

「うぇえ、みんあ、ありがどう!!」

 

 ああ、もう、言葉もちょっとうまく出ないし!

 よし、とサンジさんが手を叩く。

 

「それじゃあ、我が一味に新しく加入したプリンセスの誕生日を祝って──」

「おい待てステキマユゲ、そういうのは船長の仕事だろ」

 

 音頭を取ろうとしたサンジさんを遮って、ゾロが喧嘩腰に言う。

 どうやらこの二人は仲……というより相性が悪いらしい。

 そんなことをしていると、我慢しきれなくなったルフィがケーキに手を伸ばし、それを机から生えたロビンの手が妨害する。

 

「ルフィ、ここは言い出しっぺのあなたが音頭を取るべきでしょう? 何をやっているの?」

「おれ、楽しみで晩飯抜いてて……」

「おバカ!」

 

 ナミにゴツンと殴られて、ルフィが涙目になる。

 やっぱり、言い出しっぺはルフィか。

 ブルックもわたしの誕生日は知らないだろうし、消去法でルフィ以外に知っている人はいないんだけど。

 でももう本当に昔のことだし、多分一回くらいしか祝ってもらう機会がなかったのに、よく覚えていたものだ。

 そんな感動も、もはやこの一味の前では無意味なのだろうか。

 どんどんと混沌に移り行く会場に、わたしは泣きながらも笑わざるを得ない。

 そしてついに、ナイフとフォークを持って行儀よく、その時を楽しみに待っていたチョッパーがしびれを切らした。

 

「お前らァ! 新しい船員、ウタの誕生日を祝って! 宴だァー!!」

 

 楽しい、楽しい宴の夜が始まった。

 きっと、この誕生日のことは忘れられないだろう。

 だけど、わたしは欲張りだから。

 もっと楽しい日々を、心が求めてしまう。

 さあ、待ってろよ、“新時代”。

 絶対に、みんなと迎えに行ってやるからな!

 




間に合った!! こぼれ話第一弾です。
まだいくつか書きたいシーンはありますのでよろしくお願いいたします。

あと楽曲コードは多分あっていると思いますが、間違っていたらご指摘ください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。