IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
(早く、早く──)
ウタは心の中で、自分たちを戦場へ連れて行くメガロを激励する。
ホーディは既に沈黙したようで、ルフィと繋がった電伝虫からは、大きな破壊音がひっきりなしに聞こえていた。
船の下方から接近したメガロが、ついに“ノア”を包んだシャボンへと突入する。
「わぷっ」
「うわわ」
ウタとブルックを包んでいたシャボンが、“ノア”のシャボンに吸収される。
いきなり空気の中に放り出されて、ウタは小さく身を震わせた。
「いやー、ビックリしました。口から心臓が飛び出るかと。あ、私──」
「今のブルックだと、出てくるのは魂だよね?」
「おっとその返しは予想外です」
ウタの緊張をほぐすように、ブルックがスカルジョークを言う。
しかし、ウタはブルックが心配するほど緊張してはいないようだった。
ルフィがいるであろう方向へ向けて、メガロが上昇する。
『島には、落ちさせねェぞ!!』
ルフィが大声で叫ぶ。
『“ゴムゴムの”ォ……“
一層激しい音を立てて、巨大船“ノア”が壊されていく音が聞こえてくる。
音を立てて落ちて来る木片が、ウタたちの傍を通り過ぎる。
「おっと!」
ぶつかりそうになった木片を、ウタが“
「ふっ!」
別の木片を、ブルックが器用に切り落とす。
パキ──。
同時に、ブルックの“
何のために、とウタは一瞬だけ疑問に思い、自己解決する。
浮力か。
水は他の液体と違って、液体よりも固体の方が密度が低い。
そのため、このまま落とすよりも、凍らせた方が落下速度を緩めることができると言うわけだ。
なら、とウタは思いついたことをブルックに言う。
「ねえ、ブルック、あの船を凍らせることは……」
「さすがに無理ですね、大きすぎます。それからシャボンがあるので、凍らせたところで落下速度は変わらないかと」
「あ、そっか」
ウタはそう返事をして、下方を見下ろした。
まだ、魚人島までは時間がある。
落下速度を
(……あと、猶予は一分もないくらいか)
ウタは歯噛みする。
これでは間に合わない。
ウタは一度目を閉じてから、大きく深呼吸をする。
もう、この状況になったら、最悪を想定した方がいいだろう。
『Tot Musica』を。あの原譜を歌わなければ、事態を打開できない可能性を。
あの時起こってしまった出来事を考えると、原譜を歌うのははばかられる。
だが、もうそうも言っていられないだろう。
──覚悟を決めて、この冒険へ出てきたはずだ。
「…………ブルック」
目を開いて、隣にいるブルックへ声をかける。
だが、その肝心のブルックは、放心したように上の方をぽかんと見つめていた。
何を、とウタが疑問に思った瞬間、“陽樹イブ”の照らす海底が、曇った。
何が、とウタはブルックの視線を追って顔を上げる。
「…………へ?」
ウタが放心したように呟く。
そこに、島があった。
暗闇があった。
そして、その暗闇の縁には、真っ白い山が立ち並んでいた。
違う。
呆然としながら、ウタは気付く。
島ではない。島のように大きな生き物だ。
暗闇ではない。それは、光も届かない程大きく広げられた口。
そして、そこに立ち並ぶのは、山脈ではなく、牙だろう。
海王類だった。
小島ほどもある“ノア”と同じか、それ以上の大きさの、巨大生物だった。
一匹ではない。何匹も、何匹も──。
ゴォウゥ……
海が揺れたのか、海王類が鳴いたのか。
ウタの耳が、地響きよりも低い振動を拾う。
次の瞬間、暗闇が閉じる。
ガギィ……ィン……
鉄を噛む、鈍い音。
海王類が、“ノア”から伸びた鎖を咥えたのだ。
次々に、鎖を咥える海王類たち。まるで、この船を護るかのように。あるいは、魚人島を護るかのように、船の落下を食い止めようとする意志が見える。
「…………ははは、何、これ?」
ウタの呟きに、メガロの隣を泳ぐフカボシが応えた。
「……これが、しらほしの力だ」
そして、目覚めてしまったか、と呟く。
つまりは、この巨大な海王類たちを、しらほしが従えているということか。
「…………すっごい」
ウタは恐れるでもなく、ただただ感心する。
『止まれェーっ!!!』
聞こえるルフィの声に、ウタははっとしたような表情をして、フカボシから預かった電伝虫をポケットから取り出した。
フカボシは、“ノア”は壊してはならない約束の船だと言っていた。
なら、落下の止まった今、これ以上船を破壊するのは──。
『ルフィ様、もうお止めに!!』
電伝虫越しに、しらほしの声も聞こえる。
どうやらルフィを止めようとしているようだ。しかし、
『止めるなよわほし! 壊さねェと、島が!!!』
ルフィは止まる気配がない。必死過ぎて、周りが見えていないのだろう。
「メガロ、急いで!」
ウタはメガロに声をかける。
その間にも、破壊音としらほしの呼び声、そしてルフィの必死な怒号は続く。
『も、もういいのです、ルフィ様!!』
『いいわけねェだろ!! 島には、みんながいるんだぞ!!!」
ついに、電伝虫越しではなく、ルフィの肉声が聞こえた。
ウタはもう一度メガロの名を呼び、向かう先を指示した。
「どいてろ、よわほし!! これを壊さないと……!!」
ルフィの怒鳴り声。
引き絞った腕の目の前で、メガロの背に乗ったウタが両手を広げてルフィを止めた。
「ルフィ!! もう大丈夫だよ!!!」
「ウタ!! お前も──!!」
勢いを殺したルフィを抱き留めて、ウタが頭上を指差した。
「ほら、見て」
ルフィが息を切らしながら、その指の示す方向を見る。
「もう止まった。だから、大丈夫」
ルフィは、海王類たちが鎖を咥えているのを確認すると、ほっと息を吐いた。
支えるウタの手に、どっと重さがかかる。
「……そっか、良かっ……」
そのまま倒れそうになったところを、ブルックが支えて、ルフィの体をゆっくりとメガロの背に寝かせた。
「不味いですね、血が流れ過ぎています」
真剣な声で、ブルックが言う。
ウタも、ルフィを見て、その出血には気が付いていた。
左肩だ。
おそらく、ホーディとの戦闘でやられたのだろう、歯型の深い傷。
だが、これほどの出血量になった原因は、おそらくこの船を壊そうと無茶をしたからだろう。
ウタはティーシャツのお腹の辺りの布を引きちぎって、ルフィの首元に当てて止血を試みなる。
「ウタさん、すぐにチョッパーさんの所に連れて行きましょう。……フカボシ王子、敵の身柄の拘束はお任せしても?」
「ああ、かまわない!」
フカボシが頷いたのを確認して、ウタがメガロの背を叩く。
「メガロ、すぐに魚人島へ戻ろう!」
メガロが泳ぎ出すと同時に、ずず、と“ノア”が身じろぎした。
どうやら、海王類たちが“ノア”を引っ張り始めたらしい。きっと、どこかの海底へと運んでいくのだろう。
「あっ」
“ノア”が動いた影響か、この船を包んでいたシャボンが、魚人島のシャボンに吸収される。
ブルックが、メガロに声をかける。
「ちょうどいい、あそこから直接島へ行きましょう!」
その方が、もう一度海に出て連絡路を通るよりも早く着くだろう。
(もうちょっと我慢してね、ルフィ)
ウタはルフィの傷口を抑えながら、心の中でルフィに語り掛ける。
(あんたは、こんなところで死ぬような男じゃないでしょ?)
────
「あそこだ!」
そう言って、ウタが広場の一角を指差す。
「メガロさん、急いでください!」
ブルックの声に、メガロが懸命に降下する。
すると、“麦わらの一味”の面々も気が付いたようで、ウタたちを見上げたり指を差したりしている。
「おー、うちの船長と音楽家たちのお帰りだ」
サンジが言う。
「時間がかかったじゃねェか」
笑いながら、ゾロが言う。
地上に辿り着く前に、身軽なブルックがメガロの背から飛び降りた。
「チョッパーさんは!?」
降りるや否や、すぐに辺りを見渡して一味の船医を探す。一味もその様子に事態を察したようで、皆の顔色が変わる。
「ここだぞ!」
ロビンに顔をはさまれて持ち上げられているチョッパーが返事をする。
「戦闘で少し無理をしてしまったようでね。だから私が移動を手伝ってあげているの」
ロビンのその説明に返事はせず、ブルックはチョッパーに状況を説明する。
「チョッパーさん、ルフィさんが出血多量で意識を失っています。すぐに処置をお願いします」
「それはマズいな! ロビン! おれのリュックの中から止血剤を出してくれ!」
地面にうつぶせに寝かされて、リュックを物色されるチョッパーの図は、場面によっては笑いを誘うのかもしれないが、しかし、今は一刻の猶予を争う場面だった。
ウタとルフィを乗せたメガロが一味の下に辿り着く。ゾロがメガロの背から、ルフィを地面まで運んだ。
「チョッパー、大丈夫かな……?」
不安そうに、ウタが言う。
注射器を手に、ロビンを誘導しながらチョッパーが言う。
「おれの薬があれば、血は止まる。だけど、この出血量はさすがに血が足りねェぞ!」
ルフィに注射を打ってから、チョッパーはロビンに指示をして輸血の準備を進めさせる。
そして、周囲を見渡して言った。
「誰か、血液型F型の奴はいねェか!!?」
張り上げたその声に、返事はない。
焦ったように、チョッパーが続ける。
「うちの船員は、F型なのがルフィだけなんだよ! なァ、広場に誰かいるだろ!?」
広場の外周で成り行きを見守っていた群衆に目を向けるが、誰も名乗りを上げない。
「?」
ウタは眉を顰めて首を傾げた。
どうにも、おかしい。
その感覚が正しいことを裏付けるように、チョッパーが思い出したように言った。
「あ! しまった、この国の法律! 魚人は人間に血をあげちゃいけねェんだった!!」
それを聞いて、ウタの顔面が蒼白になる。
「えー!? 何その法律! ひどいじゃない!!」
ナミが一味を代弁するように言う。
後から戻ってきたしらほしが、今の状況を察して、涙ながらチョッパーに訊く。
「わたくし、血液型は違いますが血は赤いです! ダメですか!?」
「気持ちだけありがとうな!」
そこでようやく、ウタは今回の敵の大きさを正しく理解した。
降り積もり、凝り固まった恨みやつらみは、中身がなくとも内外を滅ぼす。
だが、それだけではないのだ。
降り積もった怨嗟だけが、敵ではなかったのだ。
人々の心に巣食う“疑心”。
そして、それを担保するかのような“法律”。
つまるところ、今、“麦わらの一味”が相対しているのは──。
(“歴史”そのものか──!)
民衆の心の奥底に根付いてしまった、仄暗い負の感情。
ウタはホーディの姿を見て、もしもの自分の姿ではないかと思った。
ジンベエの話を聞いて、種族単位で見るせいで、個人を見れなくなったから、話がこじれているのだと思った。
冷静に考えれば、その認識が甘いことはすぐに分かったろう。
人々の価値観にまで根差すその感情が、一朝一夕で“当たり前”になることはあり得ない。
ジンベエだって、きちんと人間と魚人の歴史のせいだと言っていたのに、それを正しく認識できていなかったようだ。
ウタは、唇を噛んで立ち上がった。
キッと前を向いて、息を吸う。
“新時代”を作る。
そのためには、ただ闇雲に前へ向かうだけでは、人が付いて来てくれるとは限らない。
世界を変えるなら、歴史とも向き合う必要が、きっとどこかで出てくるのだろう。
「みんな! フカボシ王子の言ったことを覚えてる!?」
ウタは声を張り上げて、民衆に訴えかける。
「ウタ……」
ナミが、小さい声で呟く。
ウタは振り返ることもせず、真っ直ぐに民衆へ声をかける。
「『魚人島をゼロに』って!! 占い師の言った言葉を覚えてる!? 『“麦わらのルフィ”が魚人島を滅ぼす』って!! ねえ、それは今だよ!!」
きっと、これがこの島が変わる転機だ。
ウタはそう確信して声を張り上げる。
古き風習を捨てたフラットな状態から、新たな関係を築くとしたら、今を措いて他にはないだろう。
ルフィの命の為にも、また自分の夢の為にも、ここは譲れない。
今のウタの夢は、誰もが音楽を自由に楽しめるような新時代を作ること。
魚人だって、例外ではない。
だが、このまま人間に対する負の感情や風習を払しょくできなかったら?
ウタは、自分が欲張りであることを自覚していた。
魚人だろうが、なんだろうが関係ない。“誰もが”でなければ気が済まない。
だから、ウタは民衆へ言葉を投げ続ける。
「法律なんて、どうだっていい! 人ひとりの命の危機なんだよ!! だから、それを乗り越えて、血を分けて!! お願い!!!」
そのウタの言葉は、民衆に動揺を走らせる。
葛藤。
迷い。
そして、ウタの声に応えたのは、民衆ではなかった。
「ウタ、そう急くな。いきなり全てを変えることなんか、できやせん」
その声に、ウタが振り向く。
“新魚人海賊団”の中で、行動不能にならなかった兵士を見張っていたジンベエが、ゆっくりとウタたちの方へと歩いて来た。
「忌まわしくとも、今までこの国を護ってきた“法”と“価値”じゃ。すぐに放り出せる程軽くはないわい」
「でも──」
ウタの反論に被せて、ジンベエは袖をまくった腕を見せて、言う。
「じゃから、わしの血を使え!! 『F』じゃ!!」
にっ、と歯を見せて、ジンベエが笑う。
そんなジンベエを見上げて、ウタは少し目に涙を浮かべて、訊く。
「……いいの?」
「わしは海賊。法を破る先陣を切るにはもってこいじゃろ?」
動きたくても動けなかった魚人島の島民から、歓声が上がる。
そうして、チョッパーの手によって、ジンベエの血がルフィへと輸血される。
血は、法律も歴史も関係なく、魚人から人間へと流れゆく。
同じ人であることを表すように、なんの淀みも、詰まりもなく。
「なァ……」
いつから意識が戻ったのか、ルフィが目を瞑ったまま、声を上げる。
ルフィ、と心配そうに見守っていた一味が、そんな彼に声をかけた。
ルフィは、満面の笑みを浮かべて、ジンベエへ言う。
「なァ、ジンベエ……、おれの仲間になれよ!!!」
お読みいただきありがとうございます。感想、評価、お気に入り、しおり、ここすき等ありがとうございます。書き続けられるのは読者の皆様のおかげです。
ド派手な戦闘シーンを期待していた方、申し訳ございません。どうしても初披露はコイツという相手がいるのです。ご了承くださいまし。
次回で魚人島編は終わる……ハズです。よろしくお願いいたします。