IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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前話ですが、10/10のAM10時頃に大幅な改稿をしました。大筋は変わりませんが目的地等の変化が生じているためご了承くださいまし。


7.Under The Sea (魚人島5)

(早く、早く──)

 

 ウタは心の中で、自分たちを戦場へ連れて行くメガロを激励する。

 ホーディは既に沈黙したようで、ルフィと繋がった電伝虫からは、大きな破壊音がひっきりなしに聞こえていた。

 船の下方から接近したメガロが、ついに“ノア”を包んだシャボンへと突入する。

 

「わぷっ」

「うわわ」

 

 ウタとブルックを包んでいたシャボンが、“ノア”のシャボンに吸収される。

 いきなり空気の中に放り出されて、ウタは小さく身を震わせた。

 

「いやー、ビックリしました。口から心臓が飛び出るかと。あ、私──」

「今のブルックだと、出てくるのは魂だよね?」

「おっとその返しは予想外です」

 

 ウタの緊張をほぐすように、ブルックがスカルジョークを言う。

 しかし、ウタはブルックが心配するほど緊張してはいないようだった。

 ルフィがいるであろう方向へ向けて、メガロが上昇する。

 

『島には、落ちさせねェぞ!!』

 

 ルフィが大声で叫ぶ。

 

『“ゴムゴムの”ォ……“象銃乱打(エレファント・ガトリング)”!!』

 

 一層激しい音を立てて、巨大船“ノア”が壊されていく音が聞こえてくる。

 音を立てて落ちて来る木片が、ウタたちの傍を通り過ぎる。

 

「おっと!」

 

 ぶつかりそうになった木片を、ウタが“指揮杖(ブラノカーナ)”で叩き落とす。

 

「ふっ!」

 

 別の木片を、ブルックが器用に切り落とす。

 パキ──。

 同時に、ブルックの“魂の喪剣(ソウルソリッド)”からあふれ出した黄泉の冷気が、その材木を凍りつかせた。

 何のために、とウタは一瞬だけ疑問に思い、自己解決する。

 浮力か。

 水は他の液体と違って、液体よりも固体の方が密度が低い。

 そのため、このまま落とすよりも、凍らせた方が落下速度を緩めることができると言うわけだ。

 なら、とウタは思いついたことをブルックに言う。

 

「ねえ、ブルック、あの船を凍らせることは……」

「さすがに無理ですね、大きすぎます。それからシャボンがあるので、凍らせたところで落下速度は変わらないかと」

「あ、そっか」

 

 ウタはそう返事をして、下方を見下ろした。

 まだ、魚人島までは時間がある。

 落下速度を拍子(テンポ)に置き換え、ウタは大体の目算を付ける。

 

(……あと、猶予は一分もないくらいか)

 

 ウタは歯噛みする。

 これでは間に合わない。

 ウタは一度目を閉じてから、大きく深呼吸をする。

 もう、この状況になったら、最悪を想定した方がいいだろう。

 『Tot Musica』を。あの原譜を歌わなければ、事態を打開できない可能性を。

 あの時起こってしまった出来事を考えると、原譜を歌うのははばかられる。

 だが、もうそうも言っていられないだろう。

 ──覚悟を決めて、この冒険へ出てきたはずだ。

 

「…………ブルック」

 

 目を開いて、隣にいるブルックへ声をかける。

 だが、その肝心のブルックは、放心したように上の方をぽかんと見つめていた。

 何を、とウタが疑問に思った瞬間、“陽樹イブ”の照らす海底が、曇った。

 何が、とウタはブルックの視線を追って顔を上げる。

 

「…………へ?」

 

 ウタが放心したように呟く。

 そこに、島があった。

 暗闇があった。 

 そして、その暗闇の縁には、真っ白い山が立ち並んでいた。

 違う。

 呆然としながら、ウタは気付く。

 島ではない。島のように大きな生き物だ。

 暗闇ではない。それは、光も届かない程大きく広げられた口。

 そして、そこに立ち並ぶのは、山脈ではなく、牙だろう。

 海王類だった。

 小島ほどもある“ノア”と同じか、それ以上の大きさの、巨大生物だった。

 一匹ではない。何匹も、何匹も──。

 ゴォウゥ……

 海が揺れたのか、海王類が鳴いたのか。

 ウタの耳が、地響きよりも低い振動を拾う。

 次の瞬間、暗闇が閉じる。

 ガギィ……ィン……

 鉄を噛む、鈍い音。

 海王類が、“ノア”から伸びた鎖を咥えたのだ。

 次々に、鎖を咥える海王類たち。まるで、この船を護るかのように。あるいは、魚人島を護るかのように、船の落下を食い止めようとする意志が見える。

 

「…………ははは、何、これ?」

 

 ウタの呟きに、メガロの隣を泳ぐフカボシが応えた。

 

「……これが、しらほしの力だ」

 

 そして、目覚めてしまったか、と呟く。

 つまりは、この巨大な海王類たちを、しらほしが従えているということか。

 

「…………すっごい」

 

 ウタは恐れるでもなく、ただただ感心する。

 

『止まれェーっ!!!』

 

 聞こえるルフィの声に、ウタははっとしたような表情をして、フカボシから預かった電伝虫をポケットから取り出した。

 フカボシは、“ノア”は壊してはならない約束の船だと言っていた。

 なら、落下の止まった今、これ以上船を破壊するのは──。

 

『ルフィ様、もうお止めに!!』

 

 電伝虫越しに、しらほしの声も聞こえる。

 どうやらルフィを止めようとしているようだ。しかし、

 

『止めるなよわほし! 壊さねェと、島が!!!』

 

 ルフィは止まる気配がない。必死過ぎて、周りが見えていないのだろう。

 

「メガロ、急いで!」

 

 ウタはメガロに声をかける。

 その間にも、破壊音としらほしの呼び声、そしてルフィの必死な怒号は続く。

 

『も、もういいのです、ルフィ様!!』

『いいわけねェだろ!! 島には、みんながいるんだぞ!!!」

 

 ついに、電伝虫越しではなく、ルフィの肉声が聞こえた。

 ウタはもう一度メガロの名を呼び、向かう先を指示した。

 

「どいてろ、よわほし!! これを壊さないと……!!」

 

 ルフィの怒鳴り声。

 引き絞った腕の目の前で、メガロの背に乗ったウタが両手を広げてルフィを止めた。

 

「ルフィ!! もう大丈夫だよ!!!」

「ウタ!! お前も──!!」

 

 勢いを殺したルフィを抱き留めて、ウタが頭上を指差した。

 

「ほら、見て」

 

 ルフィが息を切らしながら、その指の示す方向を見る。

 

「もう止まった。だから、大丈夫」

 

 ルフィは、海王類たちが鎖を咥えているのを確認すると、ほっと息を吐いた。

 支えるウタの手に、どっと重さがかかる。

 

「……そっか、良かっ……」

 

 そのまま倒れそうになったところを、ブルックが支えて、ルフィの体をゆっくりとメガロの背に寝かせた。

 

「不味いですね、血が流れ過ぎています」

 

 真剣な声で、ブルックが言う。

 ウタも、ルフィを見て、その出血には気が付いていた。

 左肩だ。

 おそらく、ホーディとの戦闘でやられたのだろう、歯型の深い傷。

 だが、これほどの出血量になった原因は、おそらくこの船を壊そうと無茶をしたからだろう。

 ウタはティーシャツのお腹の辺りの布を引きちぎって、ルフィの首元に当てて止血を試みなる。

 

「ウタさん、すぐにチョッパーさんの所に連れて行きましょう。……フカボシ王子、敵の身柄の拘束はお任せしても?」

「ああ、かまわない!」

 

 フカボシが頷いたのを確認して、ウタがメガロの背を叩く。

 

「メガロ、すぐに魚人島へ戻ろう!」

 

 メガロが泳ぎ出すと同時に、ずず、と“ノア”が身じろぎした。

 どうやら、海王類たちが“ノア”を引っ張り始めたらしい。きっと、どこかの海底へと運んでいくのだろう。

 

「あっ」

 

 “ノア”が動いた影響か、この船を包んでいたシャボンが、魚人島のシャボンに吸収される。

 ブルックが、メガロに声をかける。

 

「ちょうどいい、あそこから直接島へ行きましょう!」

 

 その方が、もう一度海に出て連絡路を通るよりも早く着くだろう。

 

(もうちょっと我慢してね、ルフィ)

 

 ウタはルフィの傷口を抑えながら、心の中でルフィに語り掛ける。

 

(あんたは、こんなところで死ぬような男じゃないでしょ?)

────

 

 

 

「あそこだ!」

 

 そう言って、ウタが広場の一角を指差す。

 

「メガロさん、急いでください!」

 

 ブルックの声に、メガロが懸命に降下する。

 すると、“麦わらの一味”の面々も気が付いたようで、ウタたちを見上げたり指を差したりしている。

 

「おー、うちの船長と音楽家たちのお帰りだ」

 

 サンジが言う。

 

「時間がかかったじゃねェか」

 

 笑いながら、ゾロが言う。

 地上に辿り着く前に、身軽なブルックがメガロの背から飛び降りた。

 

「チョッパーさんは!?」

 

 降りるや否や、すぐに辺りを見渡して一味の船医を探す。一味もその様子に事態を察したようで、皆の顔色が変わる。

 

「ここだぞ!」

 

 ロビンに顔をはさまれて持ち上げられているチョッパーが返事をする。

 

「戦闘で少し無理をしてしまったようでね。だから私が移動を手伝ってあげているの」

 

 ロビンのその説明に返事はせず、ブルックはチョッパーに状況を説明する。

 

「チョッパーさん、ルフィさんが出血多量で意識を失っています。すぐに処置をお願いします」

「それはマズいな! ロビン! おれのリュックの中から止血剤を出してくれ!」

 

 地面にうつぶせに寝かされて、リュックを物色されるチョッパーの図は、場面によっては笑いを誘うのかもしれないが、しかし、今は一刻の猶予を争う場面だった。

 ウタとルフィを乗せたメガロが一味の下に辿り着く。ゾロがメガロの背から、ルフィを地面まで運んだ。

 

「チョッパー、大丈夫かな……?」

 

 不安そうに、ウタが言う。

 注射器を手に、ロビンを誘導しながらチョッパーが言う。

 

「おれの薬があれば、血は止まる。だけど、この出血量はさすがに血が足りねェぞ!」

 

 ルフィに注射を打ってから、チョッパーはロビンに指示をして輸血の準備を進めさせる。

 そして、周囲を見渡して言った。

 

「誰か、血液型F型の奴はいねェか!!?」

 

 張り上げたその声に、返事はない。

 焦ったように、チョッパーが続ける。

 

「うちの船員は、F型なのがルフィだけなんだよ! なァ、広場に誰かいるだろ!?」

 

 広場の外周で成り行きを見守っていた群衆に目を向けるが、誰も名乗りを上げない。

 

「?」

 

 ウタは眉を顰めて首を傾げた。

 どうにも、おかしい。

 その感覚が正しいことを裏付けるように、チョッパーが思い出したように言った。

 

「あ! しまった、この国の法律! 魚人は人間に血をあげちゃいけねェんだった!!」

 

 それを聞いて、ウタの顔面が蒼白になる。

 

「えー!? 何その法律! ひどいじゃない!!」

 

 ナミが一味を代弁するように言う。

 後から戻ってきたしらほしが、今の状況を察して、涙ながらチョッパーに訊く。

 

「わたくし、血液型は違いますが血は赤いです! ダメですか!?」

「気持ちだけありがとうな!」

 

 そこでようやく、ウタは今回の敵の大きさを正しく理解した。

 降り積もり、凝り固まった恨みやつらみは、中身がなくとも内外を滅ぼす。

 だが、それだけではないのだ。

 降り積もった怨嗟だけが、敵ではなかったのだ。

 人々の心に巣食う“疑心”。

 そして、それを担保するかのような“法律”。

 つまるところ、今、“麦わらの一味”が相対しているのは──。

 

(“歴史”そのものか──!)

 

 民衆の心の奥底に根付いてしまった、仄暗い負の感情。

 ウタはホーディの姿を見て、もしもの自分の姿ではないかと思った。

 ジンベエの話を聞いて、種族単位で見るせいで、個人を見れなくなったから、話がこじれているのだと思った。

 冷静に考えれば、その認識が甘いことはすぐに分かったろう。

 人々の価値観にまで根差すその感情が、一朝一夕で“当たり前”になることはあり得ない。

 ジンベエだって、きちんと人間と魚人の歴史のせいだと言っていたのに、それを正しく認識できていなかったようだ。

 ウタは、唇を噛んで立ち上がった。

 キッと前を向いて、息を吸う。

 “新時代”を作る。

 そのためには、ただ闇雲に前へ向かうだけでは、人が付いて来てくれるとは限らない。

 世界を変えるなら、歴史とも向き合う必要が、きっとどこかで出てくるのだろう。

 

「みんな! フカボシ王子の言ったことを覚えてる!?」

 

 ウタは声を張り上げて、民衆に訴えかける。

 

「ウタ……」

 

 ナミが、小さい声で呟く。

 ウタは振り返ることもせず、真っ直ぐに民衆へ声をかける。

 

「『魚人島をゼロに』って!! 占い師の言った言葉を覚えてる!? 『“麦わらのルフィ”が魚人島を滅ぼす』って!! ねえ、それは今だよ!!」

 

 きっと、これがこの島が変わる転機だ。

 ウタはそう確信して声を張り上げる。

 古き風習を捨てたフラットな状態から、新たな関係を築くとしたら、今を措いて他にはないだろう。

 ルフィの命の為にも、また自分の夢の為にも、ここは譲れない。

 今のウタの夢は、誰もが音楽を自由に楽しめるような新時代を作ること。

 魚人だって、例外ではない。

 だが、このまま人間に対する負の感情や風習を払しょくできなかったら?

 ウタは、自分が欲張りであることを自覚していた。

 魚人だろうが、なんだろうが関係ない。“誰もが”でなければ気が済まない。

 だから、ウタは民衆へ言葉を投げ続ける。

 

「法律なんて、どうだっていい! 人ひとりの命の危機なんだよ!! だから、それを乗り越えて、血を分けて!! お願い!!!」

 

 そのウタの言葉は、民衆に動揺を走らせる。

 葛藤。

 迷い。

 そして、ウタの声に応えたのは、民衆ではなかった。

 

「ウタ、そう急くな。いきなり全てを変えることなんか、できやせん」

 

 その声に、ウタが振り向く。

 “新魚人海賊団”の中で、行動不能にならなかった兵士を見張っていたジンベエが、ゆっくりとウタたちの方へと歩いて来た。

 

「忌まわしくとも、今までこの国を護ってきた“法”と“価値”じゃ。すぐに放り出せる程軽くはないわい」

「でも──」

 

 ウタの反論に被せて、ジンベエは袖をまくった腕を見せて、言う。

 

「じゃから、わしの血を使え!! 『F』じゃ!!」

 

 にっ、と歯を見せて、ジンベエが笑う。

 そんなジンベエを見上げて、ウタは少し目に涙を浮かべて、訊く。

 

「……いいの?」

「わしは海賊。法を破る先陣を切るにはもってこいじゃろ?」

 

 動きたくても動けなかった魚人島の島民から、歓声が上がる。

 そうして、チョッパーの手によって、ジンベエの血がルフィへと輸血される。

 血は、法律も歴史も関係なく、魚人から人間へと流れゆく。

 同じ人であることを表すように、なんの淀みも、詰まりもなく。

 

「なァ……」

 

 いつから意識が戻ったのか、ルフィが目を瞑ったまま、声を上げる。

 ルフィ、と心配そうに見守っていた一味が、そんな彼に声をかけた。

 ルフィは、満面の笑みを浮かべて、ジンベエへ言う。

 

「なァ、ジンベエ……、おれの仲間になれよ!!!」

 




お読みいただきありがとうございます。感想、評価、お気に入り、しおり、ここすき等ありがとうございます。書き続けられるのは読者の皆様のおかげです。

ド派手な戦闘シーンを期待していた方、申し訳ございません。どうしても初披露はコイツという相手がいるのです。ご了承くださいまし。

次回で魚人島編は終わる……ハズです。よろしくお願いいたします。
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