IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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お待たせしました。ドレスローザ編開幕です。


ドレスローザ編
1.I Feel Fine(閑話)


 フーンフフーン♪

 鼻唄というのは便利なもので、楽器を用意しなくても気軽に誰でも演奏できて、そして歌詞も伴奏も必要とせず、自分の気持ちを余すことなく表現できる。

 気軽な万能楽器、とはさすがに行かないが、それでも作曲の際にもお世話になっているから、やはり便利なものだということに、異論の余地はないだろう。

 

「おやウタさん、今日もごきげんですね」

 

 ヨホホと笑いながら、鼻唄を歌うウタに声をかけるのは、長身の骨、その名も“魂王”もとい、ブルック。

 ウタも、もう二年物付き合いになるブルックの声に、今更振り返って確認もせずに答えた。

 

「今日も今日とて、風は気持ちいいし、海は荒れていないからね。……そういうブルックも、なんかご機嫌じゃない?」

 

 ウタの指摘に、ブルックは「わかりますか?」と言って笑った。

 

「いやー、実はですねェ」

 

 何やらもったいぶるような言い方に、ウタは首を傾げてブルックの方を見遣った。

 ずい、とブルックがウタへとお皿を差し出す。

 お皿の上には、パイ生地で挟まれた、ナッツの混じった茶色のお菓子が乗っていた。鼻に香る甘い香りは、ハチミツだろうか。

 

「なに、これ!」

「サンジさんが、スイーツの試食を作ったから食べてみてくれ、と。せっかくだからウタさんにもあげようと思いまして」

「えっ、本当!? 食べる食べる!!」

 

 わあい、なんてもろ手を挙げて喜んで、ウタは満面の笑みを浮かべながら、それを一つつまんで口に入れた。

 さくっ、というパイ生地の硬くも脆い触感の後に、コリコリとしたナッツの食感と、そして口の中で溶けるカラメルのような豊かな香りに甘い味わい。

 んーっ、と目を細めて、その味に舌鼓を打つ。

 その様子を、ブルックが微笑まし気に眺めている。

 口に入れたスイーツを味わい尽くしてから、ウタがブルックに軽く肘打ちをしながら言った。

 

「さすがブルック、気が利くね! ちなみになんてお菓子なの?」

 

 確か……と言ってブルックが、下顎の骨を指で搔いた。

 

「ンガ……違いますね、ム……ヌ? ガーというらしいですよ」

「あはは! 全然わかってないじゃん!」

 

 かく言うウタは、そのお菓子の名前を一文字も知らないのだから、ブルックを笑う資格なんてないのだが、しかし今更この二人にの関係に、そういった気遣いは野暮だろう。

 がちゃ、と扉の開く音がして、船室の中からきれいな橙色の髪の毛が覗いた。

 

「お二人とも、相変わらず仲いいわね。音楽家同士のシンパシーってやつ?」

 

 ナミの言葉に、ウタはふふんと鼻で笑った。

 ウタにとってのブルックは、音楽家同士などではなく、音楽仲間で相方であり、気の置けない友人だ。さらに言えば恩人でもあるブルックを、その程度の言葉で片付けようとは片腹痛い。

 

「何しろ二年間、一緒に音楽と寝食を共にした同志だからね!」

「あ、そっか。二人はずっと一緒にいたんだっけ?」

 

 ナミの言葉に、ブルックがええ、と頷いた。

 

「私が飛ばされたエレジアという島で、彼女と育ての親であるゴードンさんに拾われまして、骨だけに。丁度音楽に造詣の深い方々だったので、そこでお世話になったんですよ」

「へえー。ルフィの幼馴染の所に飛ばされるなんて、世間は狭いって言うか、運がいいって言うか……」

 

 その豪運に少しだけ呆れたような笑みを浮かべながら、ナミが言う。

 ところで、とナミがブルックの持つ皿を見て、訝し気に首を傾げた。

 

「それ、ブルックが作ったの? まさかウタ?」

「ああ、いえ、これはサンジさんが」

「ねえブルック、そこはわたしが作ったとか言ってくれてもいいんじゃない? それにナミさんも“まさか”って」

「……ではウタさん、このスイーツのお名前は?」

「…………ン、ンガー?」

 

 ウタのその返答を聞いて、ブルックとナミはやれやれと肩を竦めた。

 少しふざけただけのつもりだったが、予想しないカウンターに、ウタはがっくりと肩を落とした。

 それを見たナミが、再び呆れたように言う。

 

「あんたたちがスイーツとかお菓子とか、作れるようには見えないし」

 

 その発言に、ウタは全力で異を唱えた。

 

「なんで!? わたし、この船に来てから料理の腕前を披露する機会なかったよね!?」

「でもルフィの幼馴染なんでしょ?」

「幼馴染は別に性質が似るわけじゃないよ! ないよね!?」

 

 ウタの弁明に、何故かブルックがヨホホと笑う。

 

「ブルック!」

「いや失礼。ですがナミさん、私だって五十年を海で彷徨った身ですし、簡単な物なら作れますよ」

「抜け駆けしないでよ! わたしだってパンケーキとか作れるんだからね!」

 

 ウタは好物であるパンケーキの作り方に関しては、きちんとマスターしていた。それから、エレジアで暮らしてきた中で、ゴードンが体調を崩す時だってあった。そのため、おかゆやスクランブルエッグといった簡単な料理であれば作れるつもりだった。

 だが、ブルックは少し訝しむような声色で反論する。

 

「ですがウタさん。ウタさんのパンケーキは料理というより、大量生産と言った方が……」

 

 その言葉に、半年ほど前にエレジアで起こった惨劇を思い出したウタは、顔を青くして狼狽したように言った。

 

「あ、あれは……、そう、ヘタに勝負とかにしようとしたのがいけないんだし……」

 

 ウタが弱みを見せたことに興味を刺激されたのか、ナミが悪い顔をしてブルックに尋ねた。

 

「何があったの?」

 

 いえね、とブルックがあっけらかんと答えた。

 ウタは、恥ずかしさを紛らわすように、顔を手で覆った。本当なら、わー、と叫んでそれをかき消したかったが、それをすると、周囲からさらに人を呼ぶのがオチだろう。

 

「いえ、ちょっと修行の合間の雑談で、料理ができるのかみたいな話になりまして、料理対決をすることになったんですよ。種目はパンケーキ」

「……パンケーキで勝負になるの?」

 

 ナミの疑問に、ブルックが立てた指を左右に振った。

 

「そんなのは些細な問題です。ただ、問題だったのは、度重なる修行の疲労と、好物であるパンケーキを作るということで、ウタさんが張り切り過ぎてしまいまして……」

「そうだよ! その月のエレジアの小麦粉を全部使って、パンケーキを大量生産しちゃったんだよ!!」

 

 ウタが観念して自白する。

 大体これくらい、という目分量でやって、修正に修正を重ねたのも悪かったのかもしれない。あるいは、やはり修行で疲れて、糖分を欲していたのも悪かったのかもしれない。もしかしたら、テンションが上がってしまったのが悪かったのかも。……少しだけ、欲をかいたのもいけなかったかもしれない。

 ともあれ、その結果できてしまったのは、すっからかんになった小麦粉の袋と、気が遠くなるほど大量のパンケーキの生地だった。

 

「…………で、どうなったの?」

「ヨホホ、ウタさんの育ての親に、私ともどもこっぴどく叱られてしまいましたよ!」

 

 ブルックが笑いながら言い、ウタは小さく溜め息を吐いた。

 調理後、冷静になって気が付いてみれば、島の小麦粉は何もないという状態であり、次の商船が来るまでのしばらくは、主食が基本的に“イモ”だけだった。

 ふかし芋をモサモサと食べる日が一週間、二週間と続き、ウタは今までゴードンがいかに自分のことを考えて料理をしてくれていたのかを思い知る結果となったのだった。

 

「……やっぱりウタって、肝心なところでヌケてるわよね」

 

 ひどい! と言い返したいところだが、実際に起こしてしまったことが起こしてしまったことである。ウタ否定しきれずに、盛大な溜め息と共にそのやりようのない感情を吐き出してから、話題を変えることにした。

 

「……ナミ、これ食べる?」

 

 結局名前のわからないお菓子を指差して言うと、ナミが「いいの?」と言ってそれをつまむと、ひょいと口の中へと放り込んだ。

 サクッ、という音がしたかと思うと、ナミは一瞬驚いたように目を開いて、すぐにうっとりとしたように目を細めた。

 

「ん~っ! おいしい! さすがサンジ君ね、また作ってもらわないと!」

「でしょ! 一口サイズだから、気軽に食べられるのもポイント高いよね!」

 

 お菓子の感想に花を咲かせていると、不意に、ウタの足に何かが巻き付いてきた。

 

「へっ?」

 

 その何かは、蛇のようにウタの体に巻き付いて、彼女の肩越しにぬっと顔を出した。

 

「なんだァ、ウタ、それサンジのお菓子か? うまそうだなァー! ひとつくれよ!!」

「うっひゃあああっ!!?」

 

 思わぬ襲撃にウタは飛び上がり、その出現した頭を払いのけるように、思い切り腕を振るう。

 ベチン! という音とともに、ウタの手にはぐにっ、としたゴムを押したような感触があった。

 

「あ、ごめん」

 

 叩いてしまってから、ウタはそれがルフィだったことに気が付く。

 ──そうか、ゴム人間になったんだから、こうやって首を伸ばしたり自由に曲げたりとかできるのか。

 ……ゴムってこうだっけ?

 

「おいウタ! なんでいきなり叩くんだよ!」

「ルフィがいきなり驚かすから悪いんでしょ!?」

「勝手に驚いたウタが悪い!」

「なによ!」

「なんだと!」

 

 売り言葉に買い言葉でヒートアップしていると、呆れたような怒ったような声が、ウタたちのケンカの仲裁に入った。

 

「おい、お前たち、気を抜き過ぎだ」

 

 その場にいた一味がそちらの方へ目を向けると、トラファルガー・ローが顔を顰めて立っていた。

 

「ん? トラ男、お前もお菓子食いたいのか?」

 

 ルフィの言葉に、ローは苛立った声で「違う」と言った。

 

「現状をきちんと把握し、気を抜くなと言っているんだ。現在おれたちは、シーザーという有利なカードを持っているが、それは七武海の一角と敵対関係になったということだ。そして、ここは敵の本拠地の近海。警戒するに越したことはない」

「でもよ、相手が行動を起こすまで暇なんだろ? 次の島に上陸して待ってちゃダメなのか?」

 

 つまらなそうな顔で言うルフィに、ローが「ダメだ」と厳しい声で言う。

 

「だから、その島が敵の島だと言っているんだ。現状では、ただいたずらにリスクを上げるだけだ」

 

 ローが言い終わるのより少し早く、帽子を被り鞄をかけた鳥が、ナミのもとへと飛んできた。

 

「あ、ニュース・クー」

 

 ナミが新聞を買い取ると、その鳥はすぐに船を飛び立っていった。

 にやり、と悪い笑みを浮かべたローが、「さて」と呟く。

 

「載っていればよし……、載っていなければ……」

 

 そして、その新聞の一面に記されていた見出しは──。

 

『ドンキホーテ・ドフラミンゴ「七武海脱退・ドレスローザの王位を放棄」』

 

 次の目的地は、愛と情熱の国、ドレスローザ──。

 




いつもお読みいただきありがとうございます。評価や感想など、励みになっております。

一応はドレスローザ編の流れもまとめたので、またほぼ定期的に更新できるのではないかなと思います。今後もゆるゆると書いてまいりますので、是非お付き合いくださいませ。
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