IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
潜入は、大過なく済んだ。
ウタたち一行は、無事に“幹部塔”の内部まで侵入していた。
「あれがトレーボルとシュガーね」
ロビンが呟く。
背の高い、鼻水を垂らした小汚い印象のある男が、トレーボル。
その足下にいる、緑の髪でフードを被り、抱えたカゴに入ったグレープを指に刺して食べる少女が、シュガーである。
「…………本当にオモチャになっちゃった……んだよね?」
ちょうどシュガーがオモチャを増やす途中だったようで、『おい子供、早くこのベタベタを取って──』と言った男が、一瞬でオモチャに変えられる姿を、ウタは目の当たりにした。
しかし次の瞬間には、ウタは『誰かがオモチャに変えられた』という事実を認識していなかった。
ただ、オモチャがそこにいることで、『誰かがオモチャにされたのだろう』という確信にも似た推論ができるだけだ。
「……さて、じゃあどう驚かすか……」
ウソップが壁に隠れながら、思案するように呟く。
任せてほしいのれす、とトンタッタ族のレオが胸を張った。
「これをシュガーの持つカゴに入れて来るのれす!!」
これ、と言ってレオは、どこからか取り出した紫の球体を掲げた。
「なあに、それは?」
ロビンが尋ねる。
「グレープそっくりに作った、世界一辛い調味料“タタババスコ”の塊れす!」
なんでも、実験でそれを食べた五十人のトンタッタ族の内、全員が例外なく気絶して、さらに十八人が生死の境をさまよったのだと言う。
なるほど、それほどの劇物であれば、意識を飛ばすことができるかもしれない。
「……よし、レオ行け!! おれが見守っている!!」
ウソップのその物言いに、ウタはもう少し言い方があるだろうと、小さく溜め息を吐いた。
しかし、それが最適解であろうことは、ウタもわかっていた。
実際気づかれずにカゴにグレープを紛れ込ませるには、カゴを置いた隙にそっと近づいて紛れ込ませるか、目にもとまらぬ速さでそっと紛れ込ませるしかないだろう。
そして作戦が始まってしまっている以上は、あまり悠長にしては居られない。フランキーも、そしてブリキの兵隊も戦っているのだから。
頑張れ、気を付けて、という声援を背に、レオが覚悟を決めた顔で言った。
「行ってくるのれす!!」
隙を見て、レオが駆けだそうとした瞬間──
「ん~?」
トレーボルが間延びした声を上げて、手を広げたかと思うと、目にも留まらぬ速さで、何かを投げるように手首をひねった。
ビュンッ!!
投げるように、ではない。実際に、彼の指先から何かが飛んでいった。
おそらく、悪魔の実の能力だろう。先ほどまで、彼が何かを持っていた様子はなかったから。
ドォン!! とけたたましいお音を立てて、それは壁に激突する。
──どころか、分厚い壁に穴を開けていた。
とんでもない威力である。
シュガーが驚いたように、一瞬だけ目を見開いて言う。
「…………なあに?」
「ん~~……? ハエ」
トレーボルが間延びした返事をする。
それを見たレオが、キッと眼光を鋭くした。
「ハエを捉えられても……ぼくはムリれすよ!」
そう言って駆けだそうとしたレオの首根っこを、ぬっと伸びてきた手がつまみ上げた。
「ちょっと待って。……嫌な予感がする」
ウタだった。
ウタは声を潜めて囁いてから、ロビンの方を見遣った。
ロビンは胸の前で手を交差させ、目を瞑っている。ハナハナの実の能力で、様子を見ているらしい。
つう──。
そんなロビンの頬を、一滴の汗が流れる。
ゆっくりと目を開いたロビンが、ウタとレオを見て口を開いた。
「……ウタ、止めて正解よ。あのまま飛び込んでいたら……、きっとやられていた」
「何を見たんれすか?」
レオが、恐る恐るといったような、震える声で尋ねる。
「あの男に撃たれたハエ……、きっちりと眉間を撃ち抜かれていた。トレーボルの動体視力とその能力は並じゃないわ!」
それを聞いたレオを初めとするトンタッタ族と、そしてウソップが唾を飲み込んだ。
つう、と流れる冷や汗は、ウタも同じである。
「……彼に護衛されているシュガーを狙うのは、危険すぎる」
「──じゃあどうするよ?」
ロビンの提言に、ウソップが言う。
作戦の根底が崩れかけている。せめてトレーボルを何とかしなければ……。
数秒考えて、ウタが思いついたように言った。
「……例えば、わたしが歌ってあいつらの気を引くとかは?」
「バッカじゃねェのかお前ェ!?」
ベシ、と頭をはたかれて、ウタは頭を抱えて抗議する。
「痛ァい! 叩くことないでしょ!? わたしが気を引いて、その隙にロビンの能力でシュガーを抑えて、ウソップがあの子の口に“偽グレープ”を狙撃で放り込めばいいじゃん! トンタッタ族の皆には、撤退の時のかく乱と混乱を担当してもらえるしさァ!」
「わ、悪い……、思ったよりしっかりした作戦だった……」
「しっ! 二人とも、声が大きいわ」
ロビンの低い声が飛び、ウタとウソップはそろって「ごめんなさい」としおらしく謝った。
小さく息を吐いて、ロビンが言う。
「ウタの作戦は、恐らくトンタッタ族だけでやるより、恐らく成功率は高いと思う。……だけど、ウタが危険すぎるわ。トレーボルの出方次第では、ウタが即攻撃されて、打つ手がなくなる可能性だってある。即座にシュガーに触れられて、オモチャにされてしまう恐れだってある」
「そ、そこはほら、上手いこと頑張って躱すなりなんなり……」
「躱してしまった時点で、相手の警戒レベルは上がるでしょうね」
「むう……」
ウタは頬を膨らませて押し黙った。
それだけ、ロビンの指摘は可能性として低くないように思えたのだ。否定してしまうには、リスクが高すぎる。
でも、とロビンが指を立てて言う。
「ウタ、良い目の付け所ね。気を引かないことには、どうしようもないわ。……だったらいっそ、分断させてしまえばいい」
ロビンが、作戦を告げる。
なるほど、確かにそれであれば、確かに数分の間、トレーボルをシュガーから引き離すことができるかもしれない。
「どうします、ウソランド?」
レオたちが、ウソップを見上げて言う。
「よし、ロビランドの作戦で行動開始だ!」
ウソップが、小声ながら気合を込めて言う。
おお!
小さな戦士たちの、小さな鬨の声が上がった。
────
「トレーボル様! 至急ご報告が!!」
ハァハァ、と息を切らしながら、ドフラミンゴファミリーの下っ端の女──に扮したロビンが、敬礼をしながら言う。
「ん~?」
トレーボルは、間の抜けた返事をして、首を傾げた。
どうやら話を聞く、という意思表示らしい。
軍隊式に、声を張ってロビンが言う。
「交易港第四区に寄港している海賊団と、トラブル発生! 値段交渉に関し、幹部を出せと暴れております!」
「ん~~、ジョーカーの名にビビらないなんて、度胸あるんねェ~~! ……ん? んねー、報告係は、変わったのか?」
「──彼は食事休憩を取っておりまして」
訝しげに眉根を寄せるトレーボルに、ロビンは畳みかけるように、堂々と言う。
「緊急です!! こちらにケガ人も出ております! ぜひお力を!」
ケガ人と聞いて、穏やかではないと思ったのだろう。
トレーボルが「行くよォ~」と即答する。
そして、トレーボルは“幹部塔”の扉に施錠して、他の兵士に見張の強化を言いつけて、この場から離れて行った。
ロビンの作戦はこうだ。
ハナハナの実の力で造り出した分身を使い、トレーボルをおびき出す。
おびき出した先には、ムシムシの実モデル“スズメバチ”の力で、ピンクビーを使って実際に騒ぎを起こしておく。
その間に、トンタッタ族とウソップでシュガーに“偽グレープ”を食べさせる。
ロビンは分身を精密に動かすため、目を瞑って集中する必要がある。そのため、ウタはそんなロビンの護衛という役割分担だ。
実際に、トレーボルが外へ出て行った。
好機。
しかし、グレープのカゴに“偽グレープ”を入れるのは難しいだろう。
ならば、とトンタッタ族が提案したのは──。
「さあシュガー! 仲間を返すのれす!!」
相手が少女であれば、問題なく戦えると踏んでの正面突破だった。
ウソップは後方で眺める──もとい、応援する役割だ。
トンタッタか、とシュガーは小さく呟いて、首を傾げた。
「仲間? 知らないよ」
白々しい嘘だった。
しかし、人を信じやすいトンタッタは──
「ホントれすか!? ならいいれすよ」
にっこりと笑って、それを信じたような言動をする。
ウソップが慌てて、扉の影から小声で叱咤する。
「よくねェよ! 騙されんな!」
ハッとしたように、トンタッタ族が騒ぐ。
「ああっ! 危なかったれす! さあ仲間を返すれすよ!!!」
そんなトンタッタ族の様子を見て、シュガーは薄っすらとほくそ笑んだ。
「ふうん、誰の入れ知恵だろう? マヌケなあなたたちが、騙されているのに気が付くはずがないんだけど。……ここ最近見ないと思ったら、やっぱり誰かに唆されていたみたいね」
シュガーのその言葉に、トンタッタ族はもはや持つ耳を持たない。
かかれ!
口を開けさせろ!
気絶させれば勝ちだ!
口々に叫んで、トンタッタ族はシュガーに向かって走り出す。
それを見たシュガーの口が、への字に曲がった。
「……やな感じ。私、弱いと思われてる……」
苛立ちを吐き捨てるように言うと、シュガーがその両手を開いて、その手で手当たり次第に、襲い来るトンタッタ族に触れ始めた。
「“
気が付けば、約半数のトンタッタ族が、オモチャに変えられていた。
そして、シュガーは顔の前に指を立てて、朗々と言い放つ。
「“契約”よ。“私の命令に、命尽きるまで従うこと”」
そう、そして、そこに出現した小さなオモチャが、かつてのトンタッタ族だということを覚えている者は、誰もいない。
オモチャになったトンタッタ族でさえ、隣のオモチャが何であるのかがわからない。
そして、最初に出た“命令”は──。
「“幹部塔”内の“敵”を、“皆殺し”にしなさい!!!」
その命令により、オモチャとトンタッタ族の戦闘が始まる。
「敵兵をやっつけろ!!」
オモチャが仲間だったことを知らないトンタッタ族は、急に現れた敵に色めき出し、全力で排除しようとオモチャに襲い掛かる。
「やめてよ!」
「思い出して!」
一方、敵となってしまったトンタッタ族に、何が起きているのかを理解しながらも、届かない言葉を話す以外の抵抗ができないオモチャ。彼らはシュガーの命令で、無理やり戦いに身を投じさせられる。
目の前に、こちらを攻撃できる者がいなくなったことを確認し、シュガーは電伝虫を鳴らした。
相手は、トレーボルである。
「トレーボル!! すぐ戻って!! 罠だよ!!!」
受話器に向かって、そう叫ぶ。
ややあって、不意に轟音と共に“幹部塔”の天井が崩れた。
誰か──おそらく、トレーボルによる攻撃だろう。
屋根から突き出した、木製の船主。
おそらく、それは船だった。
トレーボルが船を投げ飛ばしたのだとしたら……。
シュガーの強さも、トレーボルの強さも、トンタッタ族やウタたちが想定していた範囲を、越えている。
「ロビン!」
「っ、ええっ! 大丈夫! おそらくこれは、トレーボルの仕業よ! ウソップは!?」
能力を解除したロビンと、それを護衛していたウタが、首を巡らせてウソップを探す。
そして、すぐにウソップを見つけたロビンが、身を屈めながら、横たわったウソップのもとへと近づいた。
「ウソップ、ウソップ! しっかり!!」
小声で名前を呼び、体を揺すると、焦点のあっていなかった瞳が一瞬揺れ、すぐに生気を取り戻す。
「あ、ああロビ──ほがっ」
普通に声を出そうとしたウソップの口を、ロビンが手で押さえる。
ウタもその隙に二人に近づいて、二人の背中を突いた。
「……レオたち、捕まっちゃったみたい」
「えっ!?」
「なんですって!?」
瓦礫の影から顔を出して、ウタたちはもともと部屋があった方を見遣る。
そこには、まるでアリ塚のようにせり上がった、トリモチのような粘着性の何かにまとめてからめとられた、トンタッタ族の姿があった──。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次は久々のアクションシーンになりそうです。上手く書けるといいな……。
感想、しおり、お気に入り、ここすき等ありがとうございます。大変励みになりますので、よろしければ是非に。
最近は感想の返事が遅れております故ご容赦くださいませ。