IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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8.鳥籠-In this Cage-(ドレスローザ7)

 潜入は、大過なく済んだ。

 ウタたち一行は、無事に“幹部塔”の内部まで侵入していた。

 

「あれがトレーボルとシュガーね」

 

 ロビンが呟く。

 背の高い、鼻水を垂らした小汚い印象のある男が、トレーボル。

 その足下にいる、緑の髪でフードを被り、抱えたカゴに入ったグレープを指に刺して食べる少女が、シュガーである。

 

「…………本当にオモチャになっちゃった……んだよね?」

 

 ちょうどシュガーがオモチャを増やす途中だったようで、『おい子供、早くこのベタベタを取って──』と言った男が、一瞬でオモチャに変えられる姿を、ウタは目の当たりにした。

 しかし次の瞬間には、ウタは『誰かがオモチャに変えられた』という事実を認識していなかった。

 ただ、オモチャがそこにいることで、『誰かがオモチャにされたのだろう』という確信にも似た推論ができるだけだ。

 

「……さて、じゃあどう驚かすか……」

 

 ウソップが壁に隠れながら、思案するように呟く。

 任せてほしいのれす、とトンタッタ族のレオが胸を張った。

 

「これをシュガーの持つカゴに入れて来るのれす!!」

 

 これ、と言ってレオは、どこからか取り出した紫の球体を掲げた。

 

「なあに、それは?」

 

 ロビンが尋ねる。

 

「グレープそっくりに作った、世界一辛い調味料“タタババスコ”の塊れす!」

 

 なんでも、実験でそれを食べた五十人のトンタッタ族の内、全員が例外なく気絶して、さらに十八人が生死の境をさまよったのだと言う。

 なるほど、それほどの劇物であれば、意識を飛ばすことができるかもしれない。

 

「……よし、レオ行け!! おれが見守っている!!」

 

 ウソップのその物言いに、ウタはもう少し言い方があるだろうと、小さく溜め息を吐いた。

 しかし、それが最適解であろうことは、ウタもわかっていた。

 実際気づかれずにカゴにグレープを紛れ込ませるには、カゴを置いた隙にそっと近づいて紛れ込ませるか、目にもとまらぬ速さでそっと紛れ込ませるしかないだろう。

 そして作戦が始まってしまっている以上は、あまり悠長にしては居られない。フランキーも、そしてブリキの兵隊も戦っているのだから。

 頑張れ、気を付けて、という声援を背に、レオが覚悟を決めた顔で言った。

 

「行ってくるのれす!!」

 

 隙を見て、レオが駆けだそうとした瞬間──

 

「ん~?」

 

 トレーボルが間延びした声を上げて、手を広げたかと思うと、目にも留まらぬ速さで、何かを投げるように手首をひねった。

 ビュンッ!!

 投げるように、ではない。実際に、彼の指先から何かが飛んでいった。

 おそらく、悪魔の実の能力だろう。先ほどまで、彼が何かを持っていた様子はなかったから。

 ドォン!! とけたたましいお音を立てて、それは壁に激突する。

 ──どころか、分厚い壁に穴を開けていた。

 とんでもない威力である。

 シュガーが驚いたように、一瞬だけ目を見開いて言う。

 

「…………なあに?」

「ん~~……? ハエ」

 

 トレーボルが間延びした返事をする。

 それを見たレオが、キッと眼光を鋭くした。

 

「ハエを捉えられても……ぼくはムリれすよ!」

 

 そう言って駆けだそうとしたレオの首根っこを、ぬっと伸びてきた手がつまみ上げた。

 

「ちょっと待って。……嫌な予感がする」

 

 ウタだった。

 ウタは声を潜めて囁いてから、ロビンの方を見遣った。

 ロビンは胸の前で手を交差させ、目を瞑っている。ハナハナの実の能力で、様子を見ているらしい。

 つう──。

 そんなロビンの頬を、一滴の汗が流れる。

 ゆっくりと目を開いたロビンが、ウタとレオを見て口を開いた。

 

「……ウタ、止めて正解よ。あのまま飛び込んでいたら……、きっとやられていた」

「何を見たんれすか?」

 

 レオが、恐る恐るといったような、震える声で尋ねる。

 

「あの男に撃たれたハエ……、きっちりと眉間を撃ち抜かれていた。トレーボルの動体視力とその能力は並じゃないわ!」

 

 それを聞いたレオを初めとするトンタッタ族と、そしてウソップが唾を飲み込んだ。

 つう、と流れる冷や汗は、ウタも同じである。

 

「……彼に護衛されているシュガーを狙うのは、危険すぎる」 

「──じゃあどうするよ?」

 

 ロビンの提言に、ウソップが言う。

 作戦の根底が崩れかけている。せめてトレーボルを何とかしなければ……。

 数秒考えて、ウタが思いついたように言った。

 

「……例えば、わたしが歌ってあいつらの気を引くとかは?」

「バッカじゃねェのかお前ェ!?」

 

 ベシ、と頭をはたかれて、ウタは頭を抱えて抗議する。

 

「痛ァい! 叩くことないでしょ!? わたしが気を引いて、その隙にロビンの能力でシュガーを抑えて、ウソップがあの子の口に“偽グレープ”を狙撃で放り込めばいいじゃん! トンタッタ族の皆には、撤退の時のかく乱と混乱を担当してもらえるしさァ!」

「わ、悪い……、思ったよりしっかりした作戦だった……」

「しっ! 二人とも、声が大きいわ」

 

 ロビンの低い声が飛び、ウタとウソップはそろって「ごめんなさい」としおらしく謝った。

 小さく息を吐いて、ロビンが言う。

 

「ウタの作戦は、恐らくトンタッタ族だけでやるより、恐らく成功率は高いと思う。……だけど、ウタが危険すぎるわ。トレーボルの出方次第では、ウタが即攻撃されて、打つ手がなくなる可能性だってある。即座にシュガーに触れられて、オモチャにされてしまう恐れだってある」

「そ、そこはほら、上手いこと頑張って躱すなりなんなり……」

「躱してしまった時点で、相手の警戒レベルは上がるでしょうね」

「むう……」

 

 ウタは頬を膨らませて押し黙った。

 それだけ、ロビンの指摘は可能性として低くないように思えたのだ。否定してしまうには、リスクが高すぎる。

 でも、とロビンが指を立てて言う。

 

「ウタ、良い目の付け所ね。気を引かないことには、どうしようもないわ。……だったらいっそ、分断させてしまえばいい」

 

 ロビンが、作戦を告げる。

 なるほど、確かにそれであれば、確かに数分の間、トレーボルをシュガーから引き離すことができるかもしれない。

 

「どうします、ウソランド?」

 

 レオたちが、ウソップを見上げて言う。

 

「よし、ロビランドの作戦で行動開始だ!」

 

 ウソップが、小声ながら気合を込めて言う。

 おお!

 小さな戦士たちの、小さな鬨の声が上がった。

────

 

 

 

「トレーボル様! 至急ご報告が!!」

 

 ハァハァ、と息を切らしながら、ドフラミンゴファミリーの下っ端の女──に扮したロビンが、敬礼をしながら言う。

 

「ん~?」

 

 トレーボルは、間の抜けた返事をして、首を傾げた。

 どうやら話を聞く、という意思表示らしい。

 軍隊式に、声を張ってロビンが言う。

 

「交易港第四区に寄港している海賊団と、トラブル発生! 値段交渉に関し、幹部を出せと暴れております!」

「ん~~、ジョーカーの名にビビらないなんて、度胸あるんねェ~~! ……ん? んねー、報告係は、変わったのか?」

「──彼は食事休憩を取っておりまして」

 

 訝しげに眉根を寄せるトレーボルに、ロビンは畳みかけるように、堂々と言う。

 

「緊急です!! こちらにケガ人も出ております! ぜひお力を!」

 

 ケガ人と聞いて、穏やかではないと思ったのだろう。

 トレーボルが「行くよォ~」と即答する。

 そして、トレーボルは“幹部塔”の扉に施錠して、他の兵士に見張の強化を言いつけて、この場から離れて行った。

 ロビンの作戦はこうだ。

 ハナハナの実の力で造り出した分身を使い、トレーボルをおびき出す。

 おびき出した先には、ムシムシの実モデル“スズメバチ”の力で、ピンクビーを使って実際に騒ぎを起こしておく。

 その間に、トンタッタ族とウソップでシュガーに“偽グレープ”を食べさせる。

 ロビンは分身を精密に動かすため、目を瞑って集中する必要がある。そのため、ウタはそんなロビンの護衛という役割分担だ。

 実際に、トレーボルが外へ出て行った。

 好機。

 しかし、グレープのカゴに“偽グレープ”を入れるのは難しいだろう。

 ならば、とトンタッタ族が提案したのは──。

 

「さあシュガー! 仲間を返すのれす!!」

 

 相手が少女であれば、問題なく戦えると踏んでの正面突破だった。

 ウソップは後方で眺める──もとい、応援する役割だ。

 トンタッタか、とシュガーは小さく呟いて、首を傾げた。

 

「仲間? 知らないよ」

 

 白々しい嘘だった。

 しかし、人を信じやすいトンタッタは──

 

「ホントれすか!? ならいいれすよ」

 

 にっこりと笑って、それを信じたような言動をする。

 ウソップが慌てて、扉の影から小声で叱咤する。

 

「よくねェよ! 騙されんな!」

 

 ハッとしたように、トンタッタ族が騒ぐ。

 

「ああっ! 危なかったれす! さあ仲間を返すれすよ!!!」

 

 そんなトンタッタ族の様子を見て、シュガーは薄っすらとほくそ笑んだ。

 

「ふうん、誰の入れ知恵だろう? マヌケなあなたたちが、騙されているのに気が付くはずがないんだけど。……ここ最近見ないと思ったら、やっぱり誰かに唆されていたみたいね」

 

 シュガーのその言葉に、トンタッタ族はもはや持つ耳を持たない。

 かかれ!

 口を開けさせろ!

 気絶させれば勝ちだ!

 口々に叫んで、トンタッタ族はシュガーに向かって走り出す。

 それを見たシュガーの口が、への字に曲がった。

 

「……やな感じ。私、弱いと思われてる……」

 

 苛立ちを吐き捨てるように言うと、シュガーがその両手を開いて、その手で手当たり次第に、襲い来るトンタッタ族に触れ始めた。

 

「“小熊玩具(リトルブラック・ベアーズ)!!」

 

 気が付けば、約半数のトンタッタ族が、オモチャに変えられていた。

 そして、シュガーは顔の前に指を立てて、朗々と言い放つ。

 

「“契約”よ。“私の命令に、命尽きるまで従うこと”」

 

 そう、そして、そこに出現した小さなオモチャが、かつてのトンタッタ族だということを覚えている者は、誰もいない。

 オモチャになったトンタッタ族でさえ、隣のオモチャが何であるのかがわからない。

 そして、最初に出た“命令”は──。

 

「“幹部塔”内の“敵”を、“皆殺し”にしなさい!!!」

 

 その命令により、オモチャとトンタッタ族の戦闘が始まる。

 

「敵兵をやっつけろ!!」

 

 オモチャが仲間だったことを知らないトンタッタ族は、急に現れた敵に色めき出し、全力で排除しようとオモチャに襲い掛かる。

 

「やめてよ!」

「思い出して!」

 

 一方、敵となってしまったトンタッタ族に、何が起きているのかを理解しながらも、届かない言葉を話す以外の抵抗ができないオモチャ。彼らはシュガーの命令で、無理やり戦いに身を投じさせられる。

 目の前に、こちらを攻撃できる者がいなくなったことを確認し、シュガーは電伝虫を鳴らした。

 相手は、トレーボルである。

 

「トレーボル!! すぐ戻って!! 罠だよ!!!」

 

 受話器に向かって、そう叫ぶ。

 ややあって、不意に轟音と共に“幹部塔”の天井が崩れた。

 誰か──おそらく、トレーボルによる攻撃だろう。

 屋根から突き出した、木製の船主。

 おそらく、それは船だった。

 トレーボルが船を投げ飛ばしたのだとしたら……。

 シュガーの強さも、トレーボルの強さも、トンタッタ族やウタたちが想定していた範囲を、越えている。

 

「ロビン!」

「っ、ええっ! 大丈夫! おそらくこれは、トレーボルの仕業よ! ウソップは!?」

 

 能力を解除したロビンと、それを護衛していたウタが、首を巡らせてウソップを探す。

 そして、すぐにウソップを見つけたロビンが、身を屈めながら、横たわったウソップのもとへと近づいた。

 

「ウソップ、ウソップ! しっかり!!」

 

 小声で名前を呼び、体を揺すると、焦点のあっていなかった瞳が一瞬揺れ、すぐに生気を取り戻す。

 

「あ、ああロビ──ほがっ」

 

 普通に声を出そうとしたウソップの口を、ロビンが手で押さえる。

 ウタもその隙に二人に近づいて、二人の背中を突いた。

 

「……レオたち、捕まっちゃったみたい」

「えっ!?」

「なんですって!?」

 

 瓦礫の影から顔を出して、ウタたちはもともと部屋があった方を見遣る。

 そこには、まるでアリ塚のようにせり上がった、トリモチのような粘着性の何かにまとめてからめとられた、トンタッタ族の姿があった──。

 




いつもお読みいただきありがとうございます。
次は久々のアクションシーンになりそうです。上手く書けるといいな……。

感想、しおり、お気に入り、ここすき等ありがとうございます。大変励みになりますので、よろしければ是非に。
最近は感想の返事が遅れております故ご容赦くださいませ。
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