IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
「お前ら一体どこまでおれを信じるんだ!!!」
それが、姿を現したウソップの第一声だった。
自分はずっと嘘を吐いていたのだと。
ずっとトンタッタ族を騙していたのだと。
ウソップは険しい表情で叫ぶ。
「おれは伝説のヒーローでもねェし!! “ウソランド”なんて名前でもねェ!!!」
そして、ウソップは、自らの名前を声高に叫ぶ。
「泣く子も黙る“麦わら一味”の“狙撃手”!!! 名前は“ウソップ”!!! 海賊だァ!!!」
それを聞いた、ボロボロの小人たちは涙をこぼす。
トンタッタ族のレオが、掠れて震える声で、訊いた。
「何で……そんなことを言うのれすか……? 海賊だけど、でも……ヒーローなんれしょう……?」
違う、とウソップはそれを断固否定する。
海賊は海賊。
まだ、何もなしていない者がヒーローなものか。
「何度も言わせるな!! おれはお前らを騙していたんだよ!!! ──それをいつまでもしつこく信じやがって……!!!」
それを聞いたトレーボルが、大口を開けて笑う。
「──じゃあお前、“ウソ”とわざわざ教えに来たのか!? べへへへ!!」
馬鹿な男がいたものだと、トレーボルは嘲笑する。
そうだ、とウソップは静かに言った。
「そうでもしねェと、コイツら死ぬまでおれを待つからな。そんな真似されるより、おれを信じてくれたお礼によ……、命の一つでも懸ける方が格好がつくってもんだろう!?」
ギリ、と取り出したパチンコ──“黒カブト”を構えて、ウソップは勇ましく叫ぶ。
「おれの名はウソップ!!! 今からおれが、お前たちの“伝説のヒーロー”になってやる!!!」
嘲笑を辞めずに、自棄だと断定をして、トレーボルが言う。
ウソップは反論も何もせず、喰らえ、と戦闘を開始する。
「“必殺緑星・プラタナス手裏剣”!!!」
ボーイン列島原産のその
「うっ!?」
それはウソップの射撃の腕もあり、トレーボルの胴体を斬り裂いた──ように見えた。
「…………なーんちって!! べへっへへへ!」
確かに体が斬り裂かれたはずのトレーボルだが、出血する気配もない。
クソ、とウソップは歯噛みしながら、次の手を探す。
「──“必殺・超煙星”!!」
トレーボルの指が動いたのを見て、ウソップは咄嗟に煙幕を張る。
トンタッタ族が、“ウソランド”の名を呼ぶ。
“SOP作戦”の成否は、ウソップの双肩にかかっていた。
戦闘は、まだ始まったばかりだ──。
────
(──どうなったの!? ウソップは!?)
ウタは煙幕の中、瓦礫の隙間を進み、左腕でゼンマイのツマミを回しながら、戦況に耳をそばだてる。
勝負が始まって最初の頃は、ウソップの掛け声や悲鳴が幾度も聞こえて来ていたが、それも聞こえなくなって久しい。そして、十数秒ほど前に鳴った爆発音を最後に、あれだけ派手に鳴り響いていた戦闘音は、ほぼなくなってしまっていた。
ただ、トレーボルの「べへへ」という笑い声と、そして粘液の音がひたすら聞こえるのみである。
一度隠れて、再び強襲するつもりなら、いい。
ただ、ウタの脳裏に浮かぶのは、最悪の事態──。
「ウソランド!!」
「ウッソランド!!」
「ウソランドォ!!」
トンタッタ族の応援の声が、涙の色を帯びているのも、余計にその想像に拍車をかけた。
(──無事でいて!)
ウソップの“超煙星”によって張られた煙幕も、徐々に晴れてくる。
ウタがようやく瓦礫の隙間を抜け、トレーボルとシュガーの背後までたどり着いた時、不意に電伝虫の鳴る音が聞こえた。
ガチャ、と受話器の取る音が鳴ったかと思うと、すぐさま電伝虫が通話先の相手の声を流す。
『トレーボル! 早くシュガーを王宮へ!!』
ウタは、その男の声に聞き覚えがあった。
今日だ。
サニー号の上で、交渉をした相手。
ドンキホーテ・ドフラミンゴ。
ウタは、体の芯が泡立つような、そんな不安に襲われる。
ドフラミンゴからの電伝虫を取ったということは──。
「大丈夫だドフィ~! 万が一の事態も起きやしねェよ~!」
ウタは瓦礫の影から顔を出して、敵の方を見遣った。
そこには、特に大きなけがをしたようにも見えない、シュガーとトレーボル。
そして、どこからどう見ても重傷であり、膝をついた格好で、トレーボルの粘液に拘束されたウソップの姿があった。
「安心して、若! 敵はもう、意識さえない……!」
シュガーが、静かに勝利宣言をする。
ウタは歯噛みした。
それはそうだろう。
ウソップの役割は“狙撃手”だ。
こんなに近い距離で戦えば、幾ら煙幕を出そうが、策を練ろうが、狙撃手である彼は、その距離で戦う戦闘員に対して不利なことは明確だ。
敵がそれほど強くなければ通用するだろうが、しかし、敵は海賊の中でも一目置かれる“王下七武海”の幹部である。
自分の不利な土俵で戦ったのなら、一矢報いることができれば、御の字だといっても過言ではないだろう。
それでも──。
ウタは、少しだけほっとしていた。
想像した最悪の一歩手前だが、まだ最悪じゃない。
ウソップはまだ、生きているのだから。
しかし、それでも──。
(どうすれば、ウソップを救い出せる?)
その手段を見つけられなければ、状況は刻一刻と悪くなるだけだ。
これ、と言ってシュガーが、左手につまんだ紫色の玉を、ウソップの眼前に掲げて言った。
「さっきのトンタッタたちもあなたも、これを執拗に食べさせようとしてきたわね。……まったく、ひどい匂い。こんな毒入りのグレープなんて、誰が食べると思う?」
冷ややかに言った後に、シュガーはウソップの顎を掴んで、口を開かせた。
目には目を。
歯には歯を。
毒殺しようとしたのなら、自らがその毒によって死ねと。
そういう意図の行為なのだろう。
良かった、とウタは胸をなでおろす。
何故なら、それは毒ではない。
ただ、ただ辛いだけの刺激物。
あまりの辛さと痛みに意識を失いこそすれ、それを食べたからといって、死に至るようなものではない。
──本当に?
ウタが生身の体を持っていたら、さっと顔が青ざめていただろう。
確かに、健康体の体なら、命を落とすことはないだろう。
だが、今のウソップは──。
(なんとかして、止めないと──)
あんな状態の人間が、劇物を摂取したら、ショック死してもおかしくはない。
しかし……どうする?
この人形の体で、何ができる?
音を立てたところで、ほんの一時、敵の意識をこちらに向けさせることができるだけ。
──その先は?
もしかしたら、音によってウソップが意識を取り戻すかもしれない。
しかし、ウソップが起きたところで、拘束されて手も使えなければ、何をどうすることもできないだろう。
そしてもう、それの答えを出しているだけの猶予はなかった。
「あんたが食べて……」
シュガーがそう言って、ウソップの口に“偽グレープ”を押し込んだ。
「死になさい」
とん、とシュガーがウソップの顎を押して、首を上に向かせ、自然とそのグレープが喉の奥へと落ちるようにする。
(あ──)
待って、とも。
やめて、とも。
ウタのオモチャの体は言葉を出すことすら許されない。
ただ呆然と、そちらへ手を伸ばすことができるだけ。
その腹の底が抜け落ちてしまったような脱力感と、これから起こるかもしれないことの恐怖で、ウタの左腕が滑った。
ギ──
錆び付いた鉄の棒が、擦れるような音がした。
次の瞬間、ウタの耳に付いたスピーカーから、大音量の不協和音が鳴り響いた。
ギャンギャンと鳴る、人の不安をかき立てるその音楽は、ウタの心の不安を奏でたものか、それとも、彼女をこんな姿にした能力の歪さを表したものか。
『Tot Musica』に少しだけ曲調の似た、そのおどろおどろしい音色に、不意に襲われたシュガーが血相を変えて口を抑える。
ぎゃあ
口から飛び出そうになった心臓を、シュガーは必死に抑えつける。
と──
「ぎィやああああああああああああッッッ!!!」
シュガーの目の前で、“偽グレープ”の辛さに中てられたウソップが、目玉が飛び出んばかりに目をかっと見開き、顔の穴と言う穴から体液を巻き散らしながら絶叫した。
「きゃあああああっ!!!?!」
飲み込みかけた絶叫が、今度はさらに強い悲鳴となって、シュガーの口から飛び出した。
一度暴れ始めた心臓は制御が効かないようで、涙を流しながら叫んだシュガーの体が、ぐらりと後ろへ傾いた。
「おいシュガー!! 気をしっかり持てェ!!!」
今日一番焦ったように、トレーボルが叫ぶ。
「シュガー!! おい!! シュガーっ!!!」
だが、そのトレーボルの声も空しく、シュガーは泡を吹いて気絶した。
まさかの玉つき事故に、ウタがぽかんと口を開けていた。
「…………ん? あれ!?」
地下のひんやりした空気を感じて、ウタは慌てて自分の手を見る。
戻っている。
人間の体だ。
左腕にはいつものアームカバーがある。
ぺたぺたと自分の体を触ってみれば、手にも体にも、肌を触る感触がある。
「すまねェドフィ~~!!! シュガーが気絶しちまったァ~~!!!」
『──おい、何の冗談だ!!!』
焦ったようにドフラミンゴと通話するトレーボルの声を聞き、ウタは我に返る。
まだ、“SOP作戦”が成功しただけ。
戦闘が終わったわけではない。
ウタは足下に落ちた“
「くそっ!! こっちはお前らに構ってる暇はないんだ!!」
悪態を吐きながらさっと身を翻して、トレーボルはウタの一撃を躱すと、そのままシュガーを抱えて遁走した。
逃がしてしまったのは痛いが、今はそれよりも、敵をこの場から追い払えただけでも御の字だ。
あちこちから聞こえる、戻れた、という声や、ドフラミンゴに対する怨嗟の声と怒りに燃える鬨の声。
「ウソップしっかり!!」
それに混じって、ウタの耳に、忘れてしまっていた彼女の声が飛び込んできた。
「ロビン! ウソップ! 大丈夫!?」
ウタは、体を満足に起こすこともできないウソップと、彼の背中を抱えるロビンのもとへ駆け寄った。
「私は無事よ! ウソップは見ての通り……! ウタ、あなたは!?」
ロビンが顔を上げてウタの方を見る。
ウタは「わたしは大丈夫」と頷いた。
「…………お……、お前ら、無、事だった……か……」
「ウソップ!!」
「無理にしゃべらなくていいから!!」
かすれた声を上げたウソップに、ロビンとウタが声をかける。
そうしているうちに、ウソップ同様に満身創痍のトンタッタ族たちが、ウソップの周りに集まってきた。
皆、一様にしてボロボロと涙を流している。
「ウソランド! そんな傷づいて……! ぼぐらの為に──」
涙ながらに、トンタッタ族たちが、お礼を言う。
ウソランドは、紛れもなくトンタッタ族のヒーローであると讃え、銅像を建てることを約束すると。
ウソップは震える手で親指を立てると、聞き取りづらい声で、「戦いはこれからだ。後は仲間に頼れ」という趣旨のことを言った。
すると──
「おい、こいつをちょっと借りるぞ」
不意に落ちてきた影と声に、ウタとロビンが後ろを振り返る。
「でかっ!?」
「巨人族」
「うわー! ウソランドー!!」
二人とそしてトンタッタ族たちが驚いている隙に、ぬっと伸びて来た大きな手が、ウソップの体を掴んで持ち上げた。
咄嗟にウタは臨戦態勢に入って、そしてすぐに首を傾げた。
どうにも敵意が見えない。
ロビンもウタと同じく、いつでも動けるように腕を胸の前で交差させ、しかし能力は使っていない。
そして、敵意のない理由は、その巨人族の低い呟きからすぐに分かった。
「…………こんなにボロボロになってまでおれたちを──!」
彼もおそらく、オモチャになっていたのだろう。
そして、ウソップがシュガーを気絶させたおかげで助かった一人なのだ。
「……十年以上オモチャにされていた奴もいたと聞く。下手をすれば、一生奴隷として生きるところだった。命を拾った思いだ……!」
震える声で呟いたその巨人は、地下にひしめく“元オモチャ”の海賊や戦士たちへ、自分たちを救った恩人を──英雄を掲げ、その名を称える。
「見ろ戦士たち!! この男こそ!! おれたちの呪いを解いた英雄!! その名も──、
歓声が上がると同時に、地上での混乱が故か、はたまた地下での歓声による崩落か。
暗い地下港の天井が崩れ、空から日の光が差し込んだ。
誰かが呟く。
この男、天の使いだとでもいうのか……?
と。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ウソップは“ゴッド”に成らないといけないので、シュガー戦のウタは、よりシュガーの気絶に説得力を持たせる役割を担っていただきました。ホラー映画とかホラーゲームとかを見るに、音ってかなり恐怖をかき立てると思うのです。
感想や評価、お気に入り、しおり、ここすき等ありがとうございます。大変励みになります。また続きを書けるといいな……。