IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
巨人族に掲げられたウソップは、奇しくも崩壊した天井から覗く陽光を背にすることになった。
有体に言えば、逆光である。
何も特別なことはない、ただ偶然が重なって起こったこの状況。
しかし、その状況が故に、かつてオモチャにされ、地下で延々と働かされていた者たちは、彼のその姿を“神々しい”とさえ感じていた。
後光が差した。
そう感じた者もいるのだろう。
涙を流す者もいれば、跪いて祈るように手を合わせる者もいる。
そんな中、掲げられたウソップが、荒れた息と震える微かな声で、言葉を絞り出した。
「……!! ……おまえ……タチ……わ……おれ……ガ……み、ち、び……く……」
背後で崩れる瓦礫の音と、絞り出すようなその小さな声は、彼らの耳にはそう聞こえた。
地下がどよめきに包まれる。
「『……お前たちは、おれが導く』……!?」
「やっぱりあんた、天の使いなんだな!?」
「ああ、あんたはおれたちの救世主だ!!」
あちらこちらから聞こえる、ウソップを称える声に、彼らの後ろに立っていたウタが、額を抑えて小さく溜め息を吐いた。
「……認識の行き違いって怖いなァ……」
ぼそりと呟いたその言葉を聞いて、ロビンが首を傾げた。
「ウタ、ウソップの言葉を聞き取れたの?」
「『お前らタチ悪いな、メイワクだ。おれのガンメン見ろ、血がびっしゃりだ、くそったれ』、だってさ」
頷いてから、ウタがそう言った。導くなど、一言も言っていないのである。
ロビンはそれを聞いて、ウタ同様に顔を手で覆うと、小さく溜め息を吐いた。
「……何かが起こらない限り、それは言わない方が良さそうね。好感度が逆に振り切れて、暴動が起きかねないわ」
「同感。……でも、あれだけ悪態を吐けるなら、体の方も大丈夫そうかな?」
「……まあ、ウソップは頑丈だから──」
二人がそんな話をしていると、ウソップを崇め始めた群衆の中から、一際目立つ声が上がった。
「おれたちを導いてくれ!! 何をすればいい、“ゴッド・ウソップ”!!!」
神とまで呼ばれ始めたウソップは、しかし何故そんなことになっているのか理解できないような表情をした。
しかし、その表情は逆光のせいで地下の皆には見えない。
「……? ……じゃ、じゃあ……後ろの“工場”を……破壊して……、小せェ仲間たちを、救出、してくれ……」
その声を聞き、彼らは鬨の声を上げる。
「仰せのままにィ!!!」
彼らはウソップをロビンたち二人に預けると、奥の工場へと駆けて行った。
「えっと……ウソップ、お疲れさま?」
ウタが機転を利かせたウソップにねぎらいの言葉をかけると、ウソップは言葉を出す気力もないようで、力なくサムズアップをして応えたのだった。
────
ウソップの号令によって、地下にいた者たちは、“交易港”奥の“SMILE工場”を襲撃していた。
その間、ウタとロビンは、ウソップを建物の陰に寝かせ、休ませていた。
トンタッタ族も一緒である。
「ロビン!」
不意に聞こえた男の声に、ウタとロビンが振り返った。
そこには、燕尾服のような黒い衣装にシルクハットを被った男と、胴着を着た魚人の男、そして──。
「ロビンさーん!!」
赤いキャスケットを被った、ウタより一回り小柄な女性が、ロビンに思い切り抱き着いていた。
きゃー、なんて言って笑顔を作るその女性に、ロビンも頬を綻ばせる。
「コアラ!! サボにハックも!」
ロビンが彼女たちの名前を呼んだ。
「ロビン、知り合い?」
状況がわからないウタは、ロビンの肩を突いて小声で尋ねる。
そうよ、とロビンが言った。
「魚人島で話したかしら? “革命軍”のコアラ、サボ、ハックよ」
「あ!」
そう言われて、ウタは思い出す。
魚人島のお魚バス内で、革命軍についての話を聞いた際に、彼らの名前も出たような気がする。
ロビンは革命軍の面々の方へと向き直る。
「紹介するわ。こっちの鼻が長いのがウソップ。それで、こっちの二色の髪の毛の子がウタ。二人とも仲間よ」
「ん……? ウタ……?」
「ウタって、もしかしてあの!?」
サボが首を傾げてコアラを見ると、当のコアラはぴょんぴょんと飛び跳ねて顔を輝かせている。
あー、とウタは頬を指で掻きながら、困ったような顔をして言った。
「それが“歌姫”を指すなら、そうだよ。休業中だけど」
休業中、と聞いて、コアラは驚愕したように顎を落とした。どうやら、先日行ったライブや配信で伝えた、『基本的に活動休止』という宣言を聞いていなかったようだ。
しばし呆然としてから、コアラがウタに詰め寄った。
「なんで!? 革命軍の中にもファンがいっぱいるのに!! またあの三人の音楽聴きたいよ!」
「えーっと、簡単に言うと、やりたいことができたから……」
「詳しく!!」
目を潤ませながら言われて、ウタはたじたじと数歩後ずさってから、今の“夢”と、思い描く“新時代”について話をする。
過去に関しては、ファンにそこまでを言う必要はないだろう。
話を聞いたコアラは、まだ残念そうだったが、一応は納得したらしい。
でも、とコアラが言う。
「ウタさんはなんでドレスローザに居るの? ……あと、そういう目標があるんならさ、革命軍で一緒に活動したりしない?」
「なんでっ、って……。だってわたし、今は“麦わら一味”の音楽家だし……」
「えっ」
「そうだコアラ。あなたイチオシの“
「ええっ!?」
追い打ちのようなロビンの言葉に、コアラはがっくりとうなだれる。
いっぱい悲しい、と目に涙を浮かべるコアラに、ウタは苦笑しながら声をかける。
「TDは出せないけど、またブルックとコラボ配信するから……」
そんな女性陣のやり取りをきいて、ようやく腑に落ちた、という表情でサボが言った。
「少し前から、“歌姫”と“魂王”が海賊になったという噂が流れていたが事実だったか。……“魂王”は二年前に既に“麦わら一味”だったようだから、その伝手で、といった所かな?」
ウタの一味加入の流れを予想するサボに、ウタは苦い顔をして首を横に振った。
「ブルックのおかげでルフィと再会できたのは事実だけど、ルフィと一緒に冒険するのを決めたのは、もともとわたしがルフィを知っていたから、だよ」
「ん? ルフィを知っていた?」
「そう。だってわたし、ルフィの幼馴染だし!!」
──もし、出会う順番が違えば、自分は革命軍にいたかもしれない。
ウタはそう思う。革命軍の理念は確かに素晴らしいし、血をできるだけ流さずに、より良い世界を作るための努力する姿は尊敬できる。
だが、その仮定が有り得ないことは、ウタはよくわかっていた。何しろ、出会う順番で言ったら、ルフィと出会ったのはまだほんの小さな子供時代なのだから。
初めて、“赤髪海賊団”以外の、外の世界を教えてくれたのは、彼なのだから。
ウタのその言葉を聞いたサボは、首をひねった。
「幼馴染……? おれたち兄弟のほかにか?」
「……“赤髪海賊団”の話は聞いた事ある?」
ウタの問いに、ああ、とサボが頷いて、遠い目をして言う。
「しょっちゅう聞かされたよ。『この麦わら帽子はシャンクスから預かった』とか、色々と」
「そっか。わたし、そのシャンクスの娘」
「そうか。…………ん!?」
一瞬普通に頷いて、サボは目を丸くする。
すると、ロビンが「その話はまた後にした方がいいわ」と話を切った。
むっ、と顔を顰めてサボが言う。
「ロビン、だけど──」
「サボ、あなたルフィの話だと長くなるでしょう? 革命軍がここに来た目的は?」
「────」
黙るサボに代わって、コアラが溜め息を吐いてから応えた。
「この国が、様々な国への武器類の供給を行っている疑いがあってね。以前から調査員を派遣した記録はあれど、誰も派遣した記憶がなくって──」
何かあると思い、複数人での調査に乗り出したという訳らしい。
「そうしたら、大当たり! この“交易港”を調べれば──」
コアラがそこまで言いかけたところで、不意に地面が大きく揺れた。
咄嗟にウソップを除く全員が身構え、周囲を警戒する。
「!! “工場”が──!!」
真っ先にそれに気が付いたロビンが、驚いたように言った。
その声に、他の皆も“SMILE工場”の方へと目を向ける。
「どうなってるの!?」
「……嫌な感じだな」
「なんで地面がせり上がっているだべか!?」
そう。最後の男が言ったように、地下にあったはずのその“SMILE工場”はせり上がった地面によって地上へと運ばれてしまっていた。
そして一同は、今までいなかったその男の方を見遣る。
緑色のトサカのような髪型に、鼻にピアスを付けているその男は、ロビンたちに気が付いてから、「あっ」と声を上げた。
「も、もしかしてあんた、ロビンせんぱ……」
そう言うや否や、その男は号泣し始めた。
えぐえぐと言葉は詰まり、何かを言おうとしているのはわかるが、何を言おうとしているのかは、その訛りも相まって何もわからない。
「……なに、この人? ロビン、知り合い?」
「知らないわ」
また革命軍かと思い問いかけたウタに、ロビンは首を横に振る。
あー、とサボが苦笑しながら言った。
「闘技場に一緒に出ていた奴だ。どうやらルフィの──、ひいては“麦わら一味”の大ファンらしい」
「ああ……」
ウタはその説明で納得した。
どうりで、聞こえづらい言葉の中に、一味の名前らしい単語が混ざっているわけだ。
「だいでんぱいでぃもんぐいいにぎだら、ロビンでんぴゃーばいでゅじ! そでにあどはだば、ぞげぎんぐでんぱぇだべ!? ぼれ、おでェ──!!」
感極まったのか、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、なにやら呪文のような言葉を発するその男に、ウタたちは頭を抱えた。
「あー、とりあえず、これあげるから落ち着いて……」
ウタはドフラミンゴファミリーの下っ端のポケットに入っていたハンカチを、そのトサカ髪の男に差し出した。
おそらく「あんたいい人だなァ」と言って、その男がそのハンカチを受け取った。
「ぐすっ……! それにじでも、あんだも、どっがで……見だごど……いや……?」
鼻を鳴らしながら、その男が首を傾げた。
男が何かを思い出す前に、大柄な男が息を切らしながら走ってきた。
「やや! ロビン殿! ウタ殿! 無事でござったか!!」
「あ、錦えもん! そっちも無事だった!?」
「変装がばれてしまい逃げてきたが、幸い怪我などはござらん!」
その大柄な髷を結った男──、錦えもんは、そう言うと、抱えていたトンタッタ族を、休憩している彼らの仲間のもとへとそっと返した。
どうやら、隊長と一緒に行動していたトンタッタ族を救助したらしい。
レオたちが、錦えもんに“チョンマゲランド”という名で呼びながら礼を言っている。
ふと、静かになったなと思い、ウタがトサカ男の方を振り返る。
そこには、涙も止まってしまうほど愕然として口を開いた、トサカ男がいた。
「ウタ──、もしかして、ウタ様だべか……!? そうだべ、この声確かに……! 配信で“海賊”やってるって言っでだけんども、もしかすて……!!」
あー、とウタは顔を引きつらせる。
ただ、面倒でも厄介でも、ファンはファンである。
「……さっきもコアラさんたちに言ったけど、元“歌姫”で、現“麦わら一味”の音楽家、ウタだよ」
そのトサカ男は再び涙と鼻水を流して、喜色満面のまま固まった。
「──このハンカチ、家宝にさせていただくべ……!」
「…………もう好きにして」
ウタは訂正するのも面倒になり、疲れたようにうなだれた。
そんなウタたちのすぐ横の路、“工場”がせり上がった拍子にできた地上への道を、多くの者が地上へと向かって駆けあがっていた。
すると──
『ドレスローザの国民たち、……そして、客人たち』
どこからともなく、男の声が響く。
おそらく、電伝虫から町中に設置されているスピーカーに音を飛ばしているのだろう。
『別に初めから、お前らを恐怖で支配してもよかったんだ……』
その声の主は、ドフラミンゴだった。
彼は、国にいるすべての人に向かって言う。
“ゲーム”をしようと。
ゲームセットの条件は、三つ。
ドフラミンゴを討つか。
ドフラミンゴに楯突いた者を討つか。
それともどちらもできずに、ただ死を待つか。
『おれに楯突いた愚か者を討ち取った者には、賞金を出そう……。星一つにつき、一億ベリーだ!!』
その言葉と共に、街のあちこちにあるスクリーンに、ドフラミンゴの設定した“受刑者”の顔と名前、そして賞金が映し出される。
星一つと二つに、“麦わら一味”や旧ドレスローザ王家の関係者の名が連なる。
そして、星三つは以下の四人。
“麦わらのルフィ”。
“死の外科医”トラファルガー・ロー。
“ドレスローザ元国王”リク・ドルド三世。
“革命軍参謀総長”サボ。
それを聞いて、サボが目を見開いた。
「おれもかよ!?」
「情報が早いな……」
サボの後ろで、ハックが腕を組み呟く。
そんな二人を後目に、ウタとウソップは胸をなでおろす。
どうやら、自分たちには懸賞金が懸けられていないらしい。
と──。
『──今日、さらにおれを怒らせたやつが二人いる。お前らをこの残虐なゲームに巻き込んだ元凶だ!!』
そんな声と共に、画面が移り変わる。
「うわ……」
ウタはそれを見て、眩暈がしたような感覚に、額に手を当てた。
見慣れた、特徴的なツートンカラーの髪に、紫の瞳。
“元・歌姫”ウタ。星四つ。
『噂によれば、この“麦わらの一味”の新参者らしい女は、ここ数年で名を轟かせた
さらに画面が移り変わり、長い鼻の男が映し出される。
“ゴッド”ウソップ。星五つ。
地面に横たわりながら、スクリーンを見ていたウソップが、この世の絶望を体現したような表情を浮かべた。
『──こいつら二人は、おれの大事な家族を傷つけた実行犯だ……! さあ、迷っている時間はないぞ!!』
フッフッフ、と笑いながら、ドフラミンゴが言う。
ウタはその物言いと、国民を巻き込むようなやり方に、怒りを覚え歯を軋らせる。
(先に邪魔をしたのは──)
ぞくり、と背筋に感じた悪寒に、ウタたちが振り返る。
そこには、懸賞金につられてしまった海賊たちが、下卑た笑みを浮かべて立っていたのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
個人的には、ウタのやさしさや世界への憂いは、革命軍に通じるところがあるように思います。とはいえ、本編での革命軍のクローズアップがあまりないので、突っ込んで書くと空中分解しそうなのは悩みの種です。もしブルックではなく、革命軍の誰かと会っていたら、そちらに行くルートもあったのかもしれませんね。
感想、お気に入り、ここ好き等ありがとうございます。モチベがみなぎる……!
今後ともよろしくお願いいたします