IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
ウタとウソップは、この“王の台地”を取り囲む状況と、そしてルフィに迫りくる脅威に背筋を凍らせた。
まさに前門の虎後門の狼といった状況だ。
錦えもんの侍仲間であるカン十郎が余計な気を利かせたせいで、後方からは、このゲームの賞金首である自分たちを狙う者たちが迫っている。
そして、眼前の王宮では、シュガーがルフィたちをオモチャに変えるべく行動を始めている。
「おいおいおい、マズいじゃねェかよ!! どうする!?」
どうにも、トラファルガー・ローの拘束は解けているみたいだから、きっとロビンはシュガーに関する警告をしてくれているはずだ。
しかし、肝心のルフィがそれをしっかり聞いているのかがわからない。
あちらの山は、戦況が混沌としているらしい。
ルフィがドフラミンゴと戦うことを眼前の目標とし、集中しているとしたら、それ以外の情報が上手く入って行かない可能性が高い。
ウタは冷や汗を流しながら、頭の中で算盤を弾く。
──どうする? 何が最適解?
もちろん、ウタとて内心冷静ではいられない。
なにしろ、ホビホビの実の恐ろしさを直に味わっているのだ。
(もし、ルフィが消えてしまったら──)
考えるだけで、空恐ろしい。
いや。
エレジアに居た長い間、ウタはルフィとの約束を心の支えにしていた。その彼が、彼との約束が、自分の中から消えてしまったらなんて、想像することすらできない。
ガリ、とウタが唇を噛んだ。
その痛みで、意識をできるだけクリアに保つ。
──危機が訪れた時こそ、努めて平常心で。いつでも冷静さを欠かないこと。
ウタが、本当に久しぶりにエレジアの外へ出る時に、ブルックから教えてもらった、この海における最も重要な心得。
「……ウソップ、あっちの王宮って、狙撃できる?」
「──距離的には、十分可能だけど……正直屋内だと自信がねェ。建物の構造もわからねェし、一撃でうまく気絶させられるかもわからねェ」
でも、とウソップは目つきを鋭くして言う。
「おれ様しか、シュガーを何とかできる奴はいねェだろ、ここには。……だったら、できるできないじゃねェ」
「そうだね」
ウソップの心は折れていない。
ならば、“どう気絶させるか”に考えをシフトする必要があるだろう。
腕を組み、深刻そうな顔をする二人に、錦えもんが声をかける。
「それほどそのしゅがあ? とやらの妖術は危険でござるか?」
「危険なんてものじゃないよ」
ウタが即答する。
ウソップがそれに続いて、錦えもんにその能力の説明をする。
「触られたら最後、誰もその存在がわからなくなっちまうんだ! おれはさっき、ウタとロビンがオモチャにされたことに気が付きもしなかった!」
事態の深刻さがわかるか、とウソップが詰め寄った。
「シュガーに触られちまったら、おれたちはルフィの存在もわすれちまうんだよ!! 仲間が消えて……、それに気付きもしないなんて、おれァそんなのは嫌だ!!」
だね、とウタは頷いた。
「で、どうしようか?」
「……そういえば錦えもん、お前のツレの──」
「カン十郎か?」
そう、とウソップが頷く。
「そいつの能力って、絵にかいた物を何でも現実に出せるのか?」
その問いに、いかにも、と黙って話を聞いていたカン十郎が頷いた。
「それがしに掛かれば、この世のありとあらゆる物を絵に描いて──」
「下手だがな」
錦えもんに言われて、カン十郎はバツが悪そうに頭を掻いた。
ウソップは真剣に言う。
「特徴が捉えられていればいい。おれの似顔絵、描けるか?」
うーむ、とカン十郎が顎を掻いてから、「できぬことはないが……」と言う。
「どうするのだ?」
「飛ばす。……こんな感じに描いて欲しいんだけど……」
ウソップがそう言って、地面に自分の似顔絵を描き始める。
すぐにウタは、ウソップの作戦を理解した。
先ほど気絶させたそれを、リフレインさせるつもりなのだろう。
直接ウソップの顔を見せることは叶わないから、似たような物を飛ばす作戦だ。
なるほど、とウタは頷く。
つい先ほど気絶させたあの顔が、今度は“生首”で飛んで来たら、それは意識を失いかねない程恐怖だろう。
なら──。
「ウソップ、
「? ほらよっ」
カン十郎に自分の顔の特徴を説明しながら、ウソップがウタに貝を投げて寄越した。
ぱし、とウタはそれをキャッチして、すぐにその巻貝の口に、自分の口を向けた。
すう、と息を吸いながら、思い出す。
──地下でわたしがオモチャになっていた時、鳴り響いたオルゴールはどんな音だったか。
その和音構成、音色、音の移り変わりとメロディーラインはどうなっていたのか。
「────♪」
歌詞などはない。
その、知っているようで知らないフレーズを、一音ずつ、丁寧に、厳かに、歌いあげていく。
ウタは、一つの声部を歌いあげると、その音と重ねるように、次の声部を録音していく。
一重、二重と音を重ねて、一つの楽曲を作り上げていく。
そうして出来上がった音楽は、もはや歌唱ですらなかった。
音楽理論を無視した、音と音をこすり合わせたようなその音群は、オルゴールの音よりも、より一層禍々しさを醸し出していた。
魔笛──。
もし、この世にそのようなものがあれば、それはこういった音色をしているのではなかろうか。
音の重なりは生理的な嫌悪感を刺激し、しかし一つ一つの音は甘く、人の耳を捕らえて離さない魅力を持っていた。
いつの間にか、ヴィオラが目を丸くして、ウタをじっと見ていた。
「……なァに?」
「いえ……、なんか、凄いもの聞いちゃったから……」
「そうかな? まあわたし、“麦わら一味”の音楽家だし」
ヴィオラのその感想に、ウタが少しだけ胸を張って言う。
ウソップの方も準備はできたようで、少し下手くそなウソップの立体似顔絵が地面に転がっている。
丁度ウソップはポップグリーンを取り出し、それにその立体似顔絵を詰めようとしているところだった。
「カン十郎さん、細い紐、出せる?」
「容易く!」
カン十郎はそう言うと、一本の線を立体化させる。
ウタはそれを拾い上げて、音貝の頂部にある、再生するための突起を抑えるように縛り付けた。
ウタはその音に顔を顰めて、ウソップに声をかける。
「ウソップ、これも入れられる?」
「あたぼうよ! これでシュガーに一泡吹かせてやる……!」
決意に燃えるウソップに、ウタは頼んだよ、と声をかける。
「しかし……」
錦えもんが、眉間に皺を寄せて言う。
「いくらなんでも、この距離の狙撃は……不可能でござる! 肉眼でやっと確認できる王宮の、さらに壁の向こうなど……!」
「なんで?」
そんな錦えもんの意見を否定したのは、ウタだった。
しかし、となおも重ねる錦えもんに、ウタは伸ばした指揮杖を肩に担いで、ウタは首を傾げた。
「うちの“狙撃手”だよ。信じなよ」
その言葉に、錦えもんが「むう」と押し黙る。
ウソップが、“王宮”を見据えたまま尋ねる。
「おれが、オヤジの……ヤソップの息子だからか?」
その問いに、ウタはけろりとした表情で答えた。
「それもなくはないけど……。そもそも、さっき見せてくれたじゃん。やる時はやる男でしょ?」
ウタの言葉に、ウソップがへへ、と鼻の下を掻く。
「ヴィオラ、ルフィとシュガーの位置を教えてくれ!」
真剣な面持ちに戻ったウソップが、ヴィオラに指示を飛ばす。
ウソップの狙撃を、何人にも邪魔させるわけにはいかない。
さて、ではウタのやるべきことは──。
「手の空いている者! こちらを手伝え! もう直に国民たちが上ってくるぞ!! ウソップ君を守るんだ!!」
リク王が、コロシアム側の外縁を見つめながら言う。
ウタの役割は、最初から変わらない。
この“台地”の防衛。
もともと、それがここに残った理由だ。
だが──
「ねえリク王、下から来てるのに、海賊は混じってないの?」
ウタの問いに、リク王は首を横に振った。
「ほとんどが国民だろう。なぜなら……まともな武器を持っている者は、ほとんどいない。一番優秀な武器は、こん棒か、包丁か……」
「ふゥん……」
ウタは思案気にそう呟くと、軽く空を仰いで、下唇に指を当てて考える。
海賊相手であれば、荒事が必要だったろう。
一般的な海賊は、目先の利益や快不快によって動くことが多いのは、この二年で行ってきたライブ遠征や、先ほどの一件から、ウタもよくわかっている。
だが、この国の国民が、何故?
ウタやウソップ、錦えもんを狙うだけなら、まだ理解できる。
しょせんは外様の人間。しかも、海賊である。
だが、リク王やヴィオラといった旧王族まで、何故狙うのか。
先ほどヴィオラの言った通り、国民はリク王がドフラミンゴに嵌められて、辛酸を舐める結果になったことを、もう皆が知っているだろうに。
時々聞こえる、「リク王を捕まえろ」「ヴィオラ様もだ」といった声は、国民がこの“台地”にいる“受刑者”全てを捕らえようとしていることを裏付けていた。
少しだけ考えて、ウタは一つの仮説を立てる。
そして、その仮説が当たっているのなら、それはウタの独擅場だ。
肩に担いだ“
そして、そのまま取り出したマイクを取り付けながら、リク王をはじめとする、手の空いていた者たちに言った。
「リク王、みんな、手出しは無用だよ。ここはわたしがやるから。任せといて」
「しかし……」
目を開いて、リク王が言う。
ウタはすい、と顔の前で立てた指を揺らして、「いいから」と言う。
「どうせ『国民は傷つけるな』とか言うんでしょ? 大丈夫だよ、こういうのには慣れてるから」
ウタが首を傾げると、同時に前髪も揺れる。
彼女は前髪で隠れている方の目を閉じて、リク王に言った。
「念の為、後ろに下がってウソップの護衛をお願い。わたしなら心配ご無用っ、安心して」
そう言って、ウタはマイクスタンドを持って、一歩前へ踏み出した。
背後で、リク王たちが下がる足音がする。
さて──、自信たっぷりに言ったはいいが、果たして本当に国民たちを止めることができるだろうか。
ウタの仮説が正しければ、十中八九止めることができるだろう。
しかし、もし国民がドフラミンゴに迎合しているとしたら──。
(…………そしたら、能力で鎮圧するしかない、か……)
もちろん、ウソップの狙撃を確認してから、ではあるが。
「いたぞ!」
「着いた!」
「リク王だ!」
「ヴィオラ様も……!」
「“麦わら一味”もいるぞ!」
ついに“台地”へとたどり着いた国民たちが、次々と言葉を口に出す。
その声に乗る感情は、“必死”。
ウタには、悪意も敵意も感じることができなかった。
どんどんと増える人並みは、すぐには行動しない。
それはそうだろう。
もともと、戦闘の心得がある人々ではない。ただの一般人だ。
勝っているのは、人数のみ。
しかしそれは、誰か一人が行動を起こせば、すぐに全員が襲い掛かってきそうな怖さがある。
ある程度人が集まったのを見計らって、ウタはすう、と息を吸い込んだ。
「──……」
口を開き、すぐにそれを飲み込む。
この声のトーンでは、ダメだ。
もっと深く、沁み渡るように。
脳を──心を揺さぶるように、深く、低く。
「ねえみんな」
マイクによって増幅された、低く深い、海をも連想させる声に、騒いでいた国民たちの声が、一切消える。
目の前の女の声に、呑まれたのだ。
たじたじと、最前列にいた者たちが、一歩後ずさる。
出だしは好調、とウタはそのキャッチが上手くいったことを確信する。
さて、後はいつも通り。
マイクパフォーマンスはお手の物だ。
「よくここまで上って来たね、大変だったでしょ? ……でさ、なんでみんなはここまで来たの?」
低く、しかし優しく染みわたるような声で、ウタが言う。
──イメージするのは、あの日、わたしを諭してくれた声。白い骨の、心の芯を包み込むような、温かな青い声。
群衆は、何も答えない。
ウタに呑まれているからか、あるいは、“自分たちでもよくわかっていないから”か。
ただ、ちらほらと上がるのは、「本当にウタだ……」「“歌姫”だ……」という、彼女のことを知る者の上げる、小さな驚きの声。
それなら好都合。自分を知っている者には、言葉も届きやすい。
この場を乗り切るためなら、なんだって利用してやる。
誰かが問いに答える前に、ウタは再び口を開く。
「お金のため? 違うよね。これだけいたら、一人の取り分が少ないもんね。まったく非効率この上ない。ドフラミンゴのため? そんなわけないよね。この国をこうした元凶に迎合したって、良いことがあるとは思えないもんね」
スタンドごとマイクを持ち、群衆の前を横切りながら、ウタは言う。
ちらりと、横目で群衆の顔を確かめる。
困惑した表情は変わらない。
どうやら、ドフラミンゴに迎合している人間は居なさそうだ。
「じゃあ、国のためかな? でもそれっておかしくない? その肝心の国が、今ドフラミンゴに蹂躙されているんだよ? 今までの生活を守るため? それもちょっと違うよね。この十年の安寧は、今日の破滅の種を育てただけだったんだから」
群衆の中には、手を震わせている者の姿も見える。
おそらく──、怒りではない。
だってその顔は、今にも泣き出しそうだったから。
追い打ちをかけるように、ウタは続ける。
「うーん、じゃあこういうのはどうだろう? 命のため。……そうだね、生きていれば、明日は来る。分かり易いし最適解? ──だけどさ、このドフラミンゴのやり方を見ると、本当に明日も生きていけるのかなァ? わたしたちの首を取ったところで、安寧の日々が戻ってくるのかなァ?」
ウタはこのステージの中心に戻り、ドンとマイクスタンドを地面に置いた。
わざとキツイ表情を作って、群衆をじろりと睨め付ける。
「──じゃあ、どうして? 聴かせてよ、君たちの声を」
ざわざわと、動揺が走る。
明確な意思を持ってここまで来たはずの国民たちは、その問いに、明確な答えを出せないでいた。
その雑多なざわめきを、ウタは目を瞑って、静かに聞く。
すると、不意に──
「──わかんねェよ!!」
男が、叫んだ。
いつもお読みいただきありがとうございます。
続きはおそらく土曜かと思われます。遅れたら申し訳ないです。
よろしくお願いいたします。