IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
“
端的に言ってしまえば、“もう一つの可能性”である。
同一の世界線でありながら、分岐した未来を描く世界。
“もしもこうしていたら、こうなっていたら”というIFの先にある世界。
さっと、ウタの顔が青ざめた。
(──つまり、ここは……)
頭が答えを弾き出す前に、ウタは首を左右に振ってその思考を強制停止させる。
──きっと違う。それは違う。
必死にその考えを否定する。
つまりそれは、わたしはこの海で独──
「おや、みなさんおそろいで。どうかされましたか?」
ひょいと顔を出したのは、黒々としたアフロがまぶしい骸骨。
「ブルック!!」
「おや、その女性はどなた──」
ブルックの疑問を遮って、ウタが声を上げた。
「ねえブルック! わたしのこと分かる!? 見た目違うけど、ウタだよ! ブルックならわたしがウタだってわかるよね!?」
一縷の望み。
音楽活動を、修行を、エレジアでの生活を共にした恩人の骸骨に、ウタは声をかける。
しかしブルックは、やはり首を傾げるだけだった。
「……いいえ? そもそも、私、ウタさんにお会いしたことはありませんし、あなたの顔も記憶にはありません。──いえ、全く歳は取りたくないものです。最近は歳のせいか脳機能の衰えを感じて仕方ありません。あ、私──」
ブルックのその言葉を遮って、ウタは口をへの字に曲げて言う。
「そうだね脳みそないもんね!! なんでだよー!! エレジアを拠点にあちこちで一緒にライブしたのにさァ!!」
スカルジョークを潰されたブルックはきょとんとし、そしてエレジアの名前を聞いて、ふたたび驚いたように身を揺すった。
「エレジア、ですか……? もう五十年以上行った例はないですよ?」
「…………えっ」
その言葉を聞いて、ウタが固まる。
「ここ五十年は霧の海を彷徨ってましたし、それ以外で行ったのは“麦わらの一味”としての航海と、飛ばされたナマクラ島、ライブで回った諸国くらいのものです。私、基本ソロ活動でしたし」
つまり──いや、やはり。
視線を逸らそうとした正解が、ウタの目の前に突きつけられる。
「この様子からすると、当たらずとも遠からずみたいね?」
ロビンの言葉に、ブルックが「なんの話ですか?」と尋ねる。
「船に侵入者がいるって騒ぎになったんだけど──」
ロビンがかいつまんで事情を説明している間、ウタは絶望の淵に立たされていた。
(──ここに、本当の意味で“わたし”を知っている人はいないんだ)
孤独に苛まれながら、ウタは考える。
では、元の世界にいた“わたし”はどうなっているのだろうか?
──そもそも今、ここにいる“ウタ”はなんだ?
「──という仮説を立ててみたわ」
「なるほど、にわかには信じられませんが、しかし先ほどの彼女の焦りようやこの表情を見るに、嘘を吐いているとは考えづらい。……ですが彼女はどうやってこの世界に来たのでしょう?」
ブルックの問いに、チョッパーが答える。
「さっき、起きたらこうなったって言ってたぞ!」
ウタはその言葉に小さく頷いた。
……なら、もう一度寝れば元の世界に戻れるだろうか?
いや、この体と心の重さが、そんな都合のいいことはあり得ないと雄弁に物語っている。
「……つまり、何も心当たりがないと?」
「…………うん」
捨てられた子犬のように、ウタは背中を丸くして頷いた。
こちらに来た心当たりも手掛かりもないということは、あちらに戻る見当も付けられないということ。
不安がよぎる。
もう二度と戻ることはできないのではないか。
もう二度と、仲間や家族、島の皆に会えないのではないか。
──この世界にも“同じような彼ら”はいるのだろうが、しかし彼らにとっての“ウタ”はわたしではない。
「困りましたねェ……」
「困ったわね……」
ロビンとブルックが、そんなウタを見て腕を組んで考える。
「でもよ」
「どうするんだ?」
甲板に座ったウソップと、チョッパーがそんな二人を見上げて言う。
後ろで刀の柄に手を置いて話を聞いていたゾロが、小さく溜め息を吐いた。
「とりあえず、船長と他の船員も呼ぶぞ」
────
「へー、こいつが侵入者かァ」
「迷い込んだ、って言ったほうが正しいかもしれねェがな」
「そんなゾロじゃあるまいし」
「おいルフィ、そりゃどういうことだ?」
“麦わらの一味”と別世界の“麦わらの一味”の一員であるウタは、サニー号のアクアリウムバーに集まっていた。
“疑い”自体は晴れたため、ウタの拘束も既に解かれている。
そして、全員が集まったところで、ロビンが簡潔に状況を説明する。
今朝がたいきなり現れた見知らぬ女性。
彼女が“並行世界”から迷い込んだ人間である可能性が高いということ。
そして、彼女は元の世界へ帰る術も、その見当も持っていないということ。
「ふむふむ、つまり不思議世界ってわけだな!」
ルフィには“並行世界”の概念が良く分からなかったようで、そんな意味不明な台詞をのたまっている。
──あんたわたしがどれだけ困ってるか分かってる?
喉から出かかったその言葉を、ウタは必死に飲み込んだ。
見た目は同じ“ルフィ”でも、ここにいる彼と、ここにいる“ウタ”は関わりがないのだ。
「確かにこの世界は不思議かもしれないけど……」
呆れたように、ナミが言う。
「でも今はそういう話じゃないわね」
そう言ってロビンは、かみ砕いてルフィに“並行世界”の概念を説明する。
何とかルフィにも状況は伝わったようで、彼は腰に手を当てると「はー、お前大変だなァ」と言った。
「それで、彼女の処遇と今後についてどうしようか話し合いたいんだけど」
「そういうことか」
ルフィは頷くと、わたしの前で中腰になった。
「で、えーっと、ウタって言ったか? お前はどうしたいんだ?」
ウタは一瞬だけ、逡巡する。
しかし、わたしの仲間でない彼らに頼るのは、迷惑ではないだろうか──。
「助けて欲しい」
だが逡巡も一瞬だった。
(──それでも、一人でどうにかするのはムリだ)
ウタは、人に頼ることを知っているから。
独りではできないことも、誰かと一緒なら乗り越えられることを知っているから。
だからウタは、自分の率直な気持ちを口に出す。
「わたしは、仲間の所に帰りたい。……わたしは別の世界の“麦わらの一味”であって、ここにいるみんなの仲間じゃないのは分かってる。多分、迷惑だと思う。だけど、わたしだけじゃどうしようもないから──」
「よし、わかった!」
ニカッと歯を見せて笑って、ルフィが言う。
「いいな、お前ら?」
ルフィはぐるりと一味を見渡した。
「わっはっは! それでこそ船長よ!!」
「そうしねェと向こうのおれたちに顔向けできねェからな」
「困っているレディを助けるのに理由はいらねェ」
「別世界とはいえ、プリンセス・ウタと冒険できるなんて、おれ……おれェー!!」
「面白くなりそうね」
「私はルフィさんの決定に従います」
「だな。船長命令だ」
「でもよ、どうやって元の世界に送り届けるんだ?」
「問題はそこよね」
一味の面々は特に反対することもなく、船長の決定に是と首を縦に振る。
「みんな……」
ああ、やはり別の世界線でも“麦わらの一味”はいい人たちだ。
だがやはり問題なのは、ウソップの言った通り、“元の世界に戻る方法”だろう。
それだよなァ、とフランキーが肩を竦めた。
「いくらスーパーなおれでも、“並行世界”に飛ぶ機械なんておいそれとは作れねェしよ」
「ん? そうなのか?」
ルフィがフランキーを見上げて問う。
「そりゃおれにだって作れない物はある。そもそもあのベガパンクの研究所にだって、そんな機械の設計図なんてなかったんだぜ?」
「ほー、そりゃ大変だ」
ルフィは大変だと思っていなさそうな口調でそう言った後に、帽子を被り直した。
でもよ、と言う。
「お前らなら何とかできるだろ」
仲間に対する絶大な信頼。
一味の面々が照れたように笑ったり照れ隠しをしている様子を見て、ウタも誇らしいような、頼もしいような、そんな気分になる。
それと同時に感じる、ここは自分のいる“麦わらの一味”ではないのだな、という実感。
何故なら、ルフィの言う『お前ら』に、ウタ自身が含まれていないのだから。
「──みんな、ありがとう」
少しだけ複雑な気持ちになりながらも、ウタは力になってくれる一味たちに礼を言う。
ふふ、とロビンが笑みを浮かべてから、真面目な顔をする。
「じゃあ、具体的な方針について決めておきましょう。おそらく、“並行世界”を移動する可能性が高いのは、“悪魔の実”か──」
「“新世界”の“天候”ね?」
ロビンの言葉に、天候のエキスパートであるナミが言葉を重ねる。
ええ、とロビンが頷いた。
「だからナミ、まずは今朝の天候やこの周辺の海図に関して、詳細に記録をしておいて」
「ふーむ、それじゃったら、今更じゃが一応海中も見てこようか?」
ジンベエの提案に、ナミが「ジンベエちゃん助かる!」と笑顔を向ける。
「ロビンちゃん、“悪魔の実”の方はどうする? 少なくともおれの読んだ図鑑には、そんな能力の実はなかったように思うが」
「そうね、サンジ君。私も“並行世界”から来た人の話や、逆に行ったという話は記憶にないわ。だから、新しい文献や、情報を調べる必要があるでしょうね」
「そうすると、行く予定だったライブは中止か?」
両手を頭の後ろで組んだゾロが、欠伸をしながら言う。
すると、ウソップが血相を変えて声を荒らげた。
「ちょっと待ったゾロ君!! そりゃあねェだろ!! 確かにこいつを少し待たせることにはなるかもしれないが、あのプリンセス・ウタのファーストライブなんだぞ!?」
「そのプリンセス・ウタとやらは、別世界のとはいえ、こいつと同一人物なんだろ? なんなら歌ってもらえばいいじゃねェか」
ゾロからの指摘に、ウソップはわかってないなと指を振る。
「おれたちは“今エレジアにいるウタ”のファン!! 確かにこいつも“プリンセス・ウタ”かもしれねェが、あっちの“ウタ”とこっちの“ウタ”を一緒くたにするのは、こいつにも失礼ってもんだろ?」
一瞬だけ納得しかけたゾロだったが、ウソップの表情を見て、悪い笑みを浮かべる。
「……なァウソップ、そう言ってライブに行きてェだけじゃねェのか?」
「……ああそうだよ悪いか!!」
頭を抱えたウソップが、「ファンなんだから仕方ないだろー!!」と言う。
そんな様子に、思わずウタは苦笑する。
「別にいいよ、こっちが迷惑かけてるんだしさ。音楽を楽しんでもらうのは、わたしとしても嬉しいから」
ウタの台詞を聞いて、ロビンが頷いた。
「じゃあ、ライブの前後の空いた時間で、エレジア周辺で情報収集をしてみましょうか」
ロビンの提案に、フランキーが「そりゃいいな」と頷いた。
ですが、とブルックが小さく首を傾げる。
「こんな噂、聞いた事ありません? もう一人の自分と巡り会ってしまうと、どちらかが死ぬとか不幸になるとか……」
「不安にさせること言うなよ……」
ウソップが小さく声を震わせて、ブルックの方を見る。
ウタの顔も若干引きつっていた。
もちろんブルックだって、いたずらに怖がらせるためにそれを言ったわけではないだろう。
そんなこと、ウタは十分理解している。
ブルックの言わんとしていることは、「この世界のウタと今ここにいるウタが出会うことで起こるかもしれない弊害」の可能性の話。
それを無視してエレジアへと行く危険性についての指摘が、ブルックの意図なのだろう。
「それはおそらく大丈夫だと思うわ」
ロビンが落ち着いた声で言う。
「おや、どうしてです?」
「あくまで予測でしかないわ。ただ、姿も経験も違う二人を、全くの同一人物として扱っていいのかには議論の余地がある」
「なるほど、さすがロビンさん、一理あります。……ふむ、念には念を入れて、ウタさんには偽名を名乗ってもらった方が良いかもしれませんね。私が先ほど言った話は迷信の類ですが、もしそれが真だったとすれば、差異がたくさんあった方が、ロビンさんの仰った“議論の余地”の幅を広げられますから」
ブルックの言葉に、ロビンが「そうね」と頷いた。
五十年霧の海を彷徨っていたとはいえ、この船の最年長であり、そしてその人となりを決めるであろう“魂”を見れる男の言葉だ。
彼が警戒しているということは、それだけ“もしも”が起こってしまった時が恐ろしいのだろう。
「にっしっし! おれも別の名前つけるの賛成だなァ!」
「……なんで?」
真面目な話に、わかっているのかいないのか、明るい声でルフィが言い、それにウタが訝しげに疑問を投げた。
だってよ、とルフィが言う。
「ウタって珍しい名前だと思ってたのによ! 三人もいると混乱するからな!」
「……三人って?」
ウタは首を傾げる。自分と、エレジアにいるウタ以外のウタがいるのだろうか?
「まずお前だろ? で、エレジアにいるってプリンセス・ウタ? ってやつだろ? あと、昔の友達でウタってやつがいたんだよ!」
あいつも歌が好きだったなァ、と懐かしむようにルフィが目を細めた。
そんなルフィに、ウタの頭の中は疑問符でいっぱいになる。
プリンセス・ウタは、ルフィの幼馴染のウタとは別人? エレジアにいるのに?
「だから考えておけよ!!」
ルフィにそう言われて、混乱中のウタは「う、うん……」と力なく頷いた。
そんなウタを後目に、ルフィは再び帽子を被り直して宣言する。
「目的地はエレジア!! 野郎ども、出航だァ!!!」
いつもお読みいただきありがとうございます。
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