IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
「それにしてもムジカさん、随分聴き入っていましたが、いかがでしたか? こちらのウタさんの歌は?」
ブルックがワイングラスを片手に、
カシャンと、ブルックが返した手首の骨が鳴る。
ムジカはブルックの方を見上げてから、観客席に手を振っているウタの方に視線を戻した。
「……少し、妬いちゃった。凄いね、こっちのわたし」
ムジカの言葉に、ブルックはヨホホと楽しそうに笑って、「そうでしょうとも」と言った。
「何しろ──」
ブルックが言葉を続けようとした瞬間だった。
カァーン……!
高い音が、ライブ会場の高い場所から響く。
ムジカとブルックが、その音源を探して、上を見上げた。
「えっ?」
「ヨホッ!?」
上を見上げれば、ライブ会場の上空にかかる、巨大海王類の肋骨の化石に伸びる手。
もちろん、そこまで手を伸ばせる人間なんて、この広い世界を探してもそんなに人数はいないわけで。
「ちょっとルフィ、今ライブ中──」
ムジカが慌ててルフィに声をかけ、その声を聞いたウソップが「ん?」と振り返ってから
「あっ、おいルフィ!!」
と事態に気が付き、ルフィを制止しようとする。
しかし、時は既に遅く、帽子を目深に被ったルフィはウソップの腕の隙間を通り抜けて、そのままステージへと身を躍らせる。
しまった、とムジカは頭を抱える。
考慮しておくべきだったのだ。
『ウタって珍しい名前だと思ってたのによ! 三人もいると混乱するからな!』
『まずお前だろ? で、エレジアにいるってプリンセス・ウタ? ってやつだろ? あと、昔の友達でウタってやつがいたんだよ!』
どうりで話がかみ合わないわけだ。
『へー、そっちのウタはおれの幼馴染なのに“歌姫”もやってたのか! 一人二役ってすげェな! どうりで少し懐かしい感じがするわけだ!!』
なんて、サニー号で話した時も言っていたっけ。
うっかりルフィの言を信じてしまったムジカだったが、考慮しておくべきだったのは、ルフィの性格だ。
彼は思い込んだら言語での説得は難しく、実際に見てもらった方が、理解が早いのだ。
そして、彼は今見たのだ。
パーカーを脱ぎ捨てたその時に、ウタの顔と、その印象的な髪を。
いくら成長したとはいえ、ルフィが“ウタ”を忘れるわけはないのだから。
スタン、と軽い足音を立ててルフィはステージに降り立ち、そしてバチンと伸ばした腕を元に戻す。
突然の侵入者に、ウタは何事かと眉を顰めて身構える。
そんなウタの様子すらも、どこか懐かしいのだろう。ルフィは「やっぱりそうだ!」と嬉しそうに言う。
「ウタ、お前ウタだろ!?」
え、とウタがより一層眉間の皺を深める。
それはそうだろう。だってここに来ている観客たちは皆、“プリンセス・ウタ”の歌を聴きに来ているはずなのだから。
だが、彼にとっての“ウタ”は、“世界の歌姫”ではないのだ。
「おれだよ、おれ!」
ルフィが両手を広げて顔を上げ、ウタからも良く顔が見えるようにする。
じっとその顔を見たウタが、驚いたように顎を上げて目を見開く。
「もしかして──ルフィ!?」
ああ、とルフィは頷いてから、歯を見せてしししと笑う。
「久しぶりだなァ、ウタ!!」
「ルフィー!!」
ウタは両手を広げると、目にうれし涙を浮かべながらルフィに飛びついた。
「────!!?」
再会の抱擁を交わす二人に、事情を知らない観客たちが、狼狽したようにどよめく。
一味の中でも特にプリンセス・ウタの大ファンであるウソップとチョッパーが悲鳴を上げている。
「ルフィの知り合いのウタと、プリンセス・ウタは別人だと聞いていたけれど、どういうこと?」
顎に指を当てて首を傾げるロビンに、ムジカはがっくりと肩を落として言う。
「完全に別人だと思ってたんだ、あいつ……。そういえば新聞でも顔出ししてなかったし、今はわたしもこんな見た目だから、ルフィが気付く要素はないと言えばないし……」
ああなるほど、とロビンが頷いた。
「何事も見て判断だものね、彼」
ロビンとムジカがそんな話をしている間に、ルフィとウタはぱっと離れて、口を開けて楽しそうに笑う。
離れた拍子に、ルフィの麦わら帽子が宙を舞う。
それを見たウタは笑うのをやめ、その麦わら帽子を目で追った。
ルフィは帽子を頭でキャッチして、しししと笑う。
おい、とボックス席から身を乗り出して、腕を振り上げてウソップが叫ぶ。
「おいルフィ!! いったいこりゃ──」
「どういうことなんだァー!!?」
ウソップの言葉を遮って、彼の後頭部に飛びついたチョッパーも叫ぶ。
あ、それは──。
ムジカはその質問を止めようと声を上げようとする。
ムジカの予想が正しければ、それは──
「だってこいつ──」
ルフィがボックス席を振り返りながら、当たり前のように言う。
「──シャンクスの娘だもん」
「あ」
ウタとムジカが、同時に声を上げる。
ムジカからすれば、この“並行世界”のウタの事情なんて知る由もない。しかしこうやって大規模なライブを開いている以上、ムジカと同様に、シャンクスとの縁は切れてしまっていると見ていいだろう。切れていないとすれば、きっと海軍が黙っていないだろうし、それに対抗して、“赤髪海賊団”の誰かの護衛があるはずだ。彼らはそれくらいには過保護だったから。
そのムジカの予想は当たらずとも遠からずだったようで、ウタは頭に手を当てて「あちゃ」と困った顔をしている。
会場は、全き沈黙に支配されていた。
一匹の魚が、水面を跳ねてぽちゃんと水音を立てる。
それが切欠となったように、会場が驚愕のどよめきで揺れた。
この海では、きっとシャンクスの名前を知らない者はいないだろう。
何しろ彼は、この海を統べる“四皇”の一角なのだから。
「シャンクスって──」
「“四皇”だ。極悪人だよ……」
そんな不安がるような声が、あちこちから聞こえる。
それと同時に──。
「なるほど、“赤髪”に娘がいたのか」
「それが本当なら、お前は“赤髪”最大の弱点になる!」
「悪いなァ、ウタちゃーん?」
わらわらとステージに集まってくる、人相の悪い男たち。
どうやら海賊のようである。
周囲を見渡しながら、ルフィが顔を顰めた。
「なんだお前ら?」
しかし、ルフィの言葉に、わざわざ悪党が応えるわけもなかった。
「本当に残念だがライブは中止だァ!」
周囲を取り囲んだ海賊たちが、ウタに襲い掛かろうとした時だった。
「“
そんな技名と共に飛来する、爆風と衝撃。
それによる熱波で、集まっていた海賊たちは吹き飛ばさてしまう。
息を呑む音が、“麦わらの一味”の中からも上がる。
味方?
いや、それが味方でないことは、一味の皆が知っていた。もちろん、ムジカも。
身長五メートルもの身長を誇る、橙色の髪を持つ筋骨隆々の彼は、つい先日まで“麦わらの一味”と抗争していた、“四皇”の“ビッグマム”の四男。名は、オーブン。
つまり、敵だ。
強敵の出現に、今まで自然体だったルフィが構えを取る。
そんなルフィを睨みつけながら、オーブンが鏡を掲げる。
その鏡面が渦巻いたかと思うと、鏡の中から細身で鷲鼻の女が、ウィッウィッウィと笑いながら姿を現した。
「その子は私たちの獲物だよ!」
“ビッグマム”の八女、ブリュレである。“ミラミラの実”の力を持つ彼女は、鏡の中と外を自由に出入りすることができるのだ。
「お前は……枝!」
「えだ?」
ブリュレを見たルフィがそう声を上げ、ウタがそれに首を傾げる。
「ブリュレだよ! “ビッグマム海賊団”の!」
「おれは“ビッグマム海賊団”のオーブン! 楽しそうだな、混ぜてくれよ」
そんなオーブンの声を合図に、ブリュレの鏡から“ビッグマム海賊団”の下っ端たちがわらわらと姿を現した。
「ウタ! 悪いけどママへの手土産にさせてもらうよ!」
ブリュレのその宣言に、“麦わらの一味”が反応した。
「おいおい……ウタちゃんを狙うなんてクソどもは、おれが相手してやる!」
女性の危機には黙っていられないサンジが真っ先に飛び出した。
「素晴らしいステージを汚す不届き者を、放ってはおけませんね」
ブルックが静かな怒りを湛えた低い声で宣言し、身軽にステージへと降り立つ。
「ようやくおもしろくなってきやがった!」
抜刀したゾロも、既にステージへと飛び移り、敵へ向かって駆け出している。
チョッパーがその後に続き、そのチョッパーの横を通り過ぎて、ジンベエの“魚人空手”やフランキーが敵に向かって行く。
「あなたは退がってなさい」
「プリンセス・ウタはおれたちに任せな!」
そんな彼らを見送るムジカに、ロビンとウソップが声をかける。
「あ、うん」
ムジカは小さく頷きながら、内心歯噛みする。
(──この体が、きちんと“ウタ”のものなら、わたしだって戦えるのに……!)
小柄で華奢なこの体は、決して荒事に向いているとは言えなかった。
そして、頼みの綱であるウタウタの実の力もなかった。
この“並行世界”にきてムジカの体になって、その力がなくなってしまったのだ。
基本的に、悪魔の実の力は肉体に宿るというから、この体にはその力が宿っていないということなのだろうか。
あるいは、この世界に同じ悪魔の実は一つきり、という法則故か。
ムジカが歯噛みしている間にも、ステージでの戦闘は進んでいく。
拳と拳がぶつかる音。
刃と刃がぶつかる音。
それを見ながら、しかしムジカは、ウタのことを心配してはいなかった。
何故なら、ここはウタウタの世界だから。
現実世界のウタのことはわからないが、少なくともここにいるウタが負けることはないだろう。
だってここでのウタは──。
「はーい、そこまで!!」
その戦闘をものともしないように、手を挙げてウタが言う。
「ルフィとみんな、わたしを守ってくれてありがとう! でももうケンカはもうおしまい!!」
「ケンカ!?」
体を張った戦闘を“ケンカ”と評されて、オーブンが顔を顰めた。
やはりウタは全く動じていないようで、笑顔を周囲に振りまいて言う。
「みんなファンなんだから、仲良くライブを楽しんで!」
「おれたちは欲しいものがあったら、戦ったら奪う! 海賊だからなァ!」
海賊という言葉に、一瞬だけウタの眉がピクリと動いた。
すぐにウタはいいことを思いついたと言わんばかりに、指を立てた。
「じゃ、海賊やめちゃおう! 今までしていた悪いことはみんなわたしが許してあげる! 悪い海賊なんておしまいにして、わたしと一緒に楽しいこといっぱいの世界で過ごそう?」
そして、彼女は満面の笑みを浮かべて、ステージの中央で両腕を広げた。
「わたしの歌があれば、みんなが平和で幸せになれる!!!」
「えっ」
ムジカは、そのウタの言葉に声を上げてしまった。
今の台詞を“ウタ”が言ったのかと、ムジカはぽかんと口を開ける。
少なくとも、“歌”だけでは平和は訪れない。幸せになれるかだって、わからない。
音楽に、そんな力はない。
ムジカは知っている。
音楽が持つ、今も昔も変わらない力のことを。
──心を動かす。
ただ、それだけだ。
音楽家と観客は、所詮は他人だ。だから、自分の音楽を聴いた人間が、どう心を動かすかなんてわからない。
だからこそムジカは、歌を片手に握りしめて、もっと誰もが自由に歌えるような“新時代”を迎えに行くために、海賊になったのだから。
(──マイクパフォーマンスだって言われればそうなんだろうけど)
ただムジカの中にこびりつく、どうしようもない違和感。
平和とは縁遠い存在である海賊たちが、ウタの言葉に「ワハハハハ!!」と笑う。
「この世に平和なんてものはない!!」
「バカなことを言うガキは顔面を切り裂いてやろうか!」
小馬鹿にしたようにオーブンとブリュレが言い、そしてビッグマム海賊団がウタに襲い掛かろうとする。
「おっと、こいつはおれの獲物だ」
ウタの背後からサーベルを喉元へあてがったのは、最初にウタを襲おうとした海賊だった。
「ウタ!!」
ルフィが助けに入ろうとするが、ウタが「大丈夫」とルフィと止める。そのまま周囲を見渡して、明るい表情のままに言う。
「みんな、わたしの歌を楽しみに来たんじゃないの?」
「おれたちゃ海賊! 歌なんかより大事なものがあるんだよ!」
その台詞に、ウタは落胆したようにガクリと肩を落とし、「残念」と呟いてから顔を上げた。
「じゃあ、歌にしてあげる」
その宣言と同時に、ウタの胸に光が宿る。
同時に、ライブ会場を取り囲んでいた、巨大海王類の肋骨の化石が、まるで生き物のように動き、屋根のように会場と空を別った。
ぎょっと目を見開いた海賊たちの前で、その光がウタの喉までせり上がり、そして華々しいまでの音楽となってウタの唇から飛び出した。
「さあ────♪」
ウタの中から、楽器の音が響いたと思うと、彼女の周りを音符の花びらが舞う。
いきなりのことに、周囲にいた海賊たちがたじたじと後退する。
曲名は、『私は最強』。
ウタの体を無数の音符が包み込み、彼女の服装をレオタードに変え、そして黄金の槍を盾を具足をと武装させる。
「────!!♪」
その歌い上げた歌詞にある通り、ウタウタの世界におけるウタは、正しく最強だった。
新世界まで辿り着いた一端ではない海賊たちも、“四皇”の幹部であるオーブンたちも、まるでウタには歯が立たない。
攻撃は全て音符のバリアに弾かれてウタに掠ることもなかった。
「──── ────
──── ────♪」
両手を広げたウタは、指先から黒い五本の線──五線譜を出現させ、それでウタを襲ってきた海賊たちを拘束する。
全員拘束し終わったところで、ウタはくるくると回って、指先から繋がったその五線譜を上空へと放り投げた。
その放り投げられた勢いによるものだろうか。一度閉じられたライブ会場の屋根が虹色に輝くと、空に向かって口を開いた。
「──── ────♪」
曲に合わせて煌びやかな音を立てて、海賊たちを拘束するために丸まっていた五線譜が、ライブ会場の上空に広げられ、拘束された海賊たちがまるで楽譜の一部にされてしまったかのように磔にされる。
「──── ────♪」
高らかと歌う歌声に、曲はクライマックスを迎え、襲い来る海賊がいなくなったステージを、明るく楽しい演出が包み込む。
「あなたと────!!♪」」
曲を歌い終えたウタに、ルフィは「すげェ強くなったなァ!」と嬉しそうに声をかける。
そんなルフィにニコリと笑顔を向けてから、ウタは客席を向いて宣言する。
「みんな! 悪い海賊たちは歌になってもらったよ!! これで平和になったから安心してね!!」
ウタの言葉に、観客が大歓声で応える。
そんな歓声の中に、「親子でもシャンクスとウタは違うんだ!」という声が混じっていた。
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