IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
ウタが観客から声援を受ける中、“麦わらの一味”はステージを歩いてボックス席へと帰る。
一味の“戦闘員”であるゾロは、まだまだ暴れ足りないといった消化不良気味な表情を浮かべている。
「なあ、あいつは何かの能力者なのか?」
さあ、とナミが肩を竦めた。
「聞いた事ないけど。もどったらムジカに訊いてみたら?」
ゾロは一瞬口をへの字に曲げてから、すぐにその意味が分かったように頷いてから頭を掻いた。
「あァそうか、あいつも“ウタ”か。……まったく、ややこしくて仕方ねェ」
そんな真面目な会話をする船員を気にも留めず、“船長”であるルフィは水面に映るUTAのマークを「うほー!」と興味深そうに眺めに行って、ウソップに腕を掴まれ引きずられていく。
ムジカはそんなルフィを眺めて「あいつは……」と呆れ顔で頭を抱える。
──まったく、“並行世界”とはいえルフィはルフィなんだから。
ウタはそんな一味とルフィに、「あはは」と苦笑交じりの笑みを向けて手を振った。
その手を降ろすと同時に、ウタの体は一瞬だけ光に包まれて『私は最強』で作り出した衣装を元のライブ衣装に戻す。
そして、彼女は再び楽しそうな笑みを口元に湛えながら、観客と、そしてライブ映像を世界中へと届けている電伝虫へと語りかけた。
「ここで、みんなに嬉しいお知らせがあります!」
スポットライトがウタを照らす。
歓声を上げていた観客たちが、そのお知らせを聞き逃さんと一瞬で静まり返った。
「いつもの映像電伝虫を使ったライブでは、わたしが疲れてすぐに終わっちゃうけど、今回のライブはエンドレス!! 永遠に続けちゃうよ!!」
その宣言に、ファンたちが沸き立つ。
ウタは歓声に笑顔で応えてから、配信を聞いている人も、会場の人も、みんなもっと楽しもうと言う。
それから、と彼女は真剣な顔になった。
「海賊、海軍、世界政府の人たち、みんなこのライブの邪魔をしないで。邪魔をしたら──覚悟してもらう」
恐い声色だった。
「みんな、幸せなこと楽しいことを探しているの。……わたしは“新時代”を作る女、ウタ! 歌でみんなを幸せにするの!」
そう宣言してから、ウタは息を吐いて表情を元に戻した。
「じゃ、次の曲行くよ」
そう言って、ウタは次の歌を歌い出す。
ムジカは、そんなウタを訝しむように眺めた。
何かがおかしいという、明確な理由があるわけではない。
ただ、どうにも言葉の端々が引っかかる。
そんな予感が、ムジカの中に浮かんで、そして澱みのように心の縁に残ったのだった。
────
「おいムジカ、お前の能力を教えろ」
「へっ?」
ライブの小休止中。
不意に後ろから声をかけられたムジカは、サンジのカレーライスを頬張りながら振り返った。
ムジカは少し不機嫌そうな顔のゾロに首を傾げて、口の中にあるカレーを飲み下してから聞き直す。
「わたしの能力? なんで?」
「あんたの、って言うより、“ウタ”の能力が知りたいのよ。だって気になるでしょ、こんなに何でもできる能力なんて。あんたは使えないの?」
ゾロの代わりに、興味津々と言わんばかりにナミが尋ねてきた。
「今のわたしは使えないよ。この体、少なくとも見た目は“ウタ”じゃないし、多分まったく別人のものだと思うから」
確かにそうですね、と答えたのはブルックだった。
紅茶をすすりながら、ブルックが言う。
「この世に同じ悪魔の実は一つ、とも言いますし。仮にムジカさんとウタさんが同じ悪魔の実を食べていたとしたら、その法則に反していますしね」
そうそう、とムジカは頷いた。
「トラ男さんの能力で入れ替え食らった時も使えなかったし。悪魔の実にもいろいろ細かいルールみたいなのがあるんじゃないかな?」
ムジカはそう言ってから、再びカレーを頬張った。
なるほど、と納得したようにナミが頷く。
ゾロも一瞬だけ頷きかけてから、元の質問には応えてもらっていないことに気が付いたようで「ちょっと待て」と苦い顔をする。
そんな様子を見たロビンが、楽しそうにくすくすと笑った。
「おい、ムジカ。最初の質問に答えてもらってねェ。結局お前──というかウタは何の能力者なんだ?」
そうだった、と言うように目を開いて、ムジカは口元を片手で押さえて慌ててカレーを飲み込んだ。
「ごめんごめん! うっかりしてたよ」
あはは、と笑ってから、ムジカは「わたしの食べた悪魔の実は──」と説明をしようとしたところで、上空からきらきらとした音が降って来た。
「あん?」
「おお!」
ゾロが首を傾げ、ウソップが歓声を上げる。
音にやや遅れて飛び降りてきたのは、このライブの主役であるウタだった。
「ルフィ、みんな、楽しんでる?」
ウタの問いに、皆が迷わず頷いた。
「ああ、酒も飲み放題だしな」
ゾロが言う。
「世界各地の新鮮な食材も手に入るし、コックにとっても天国だよここは」
サンジが言う。
そんな彼らの様子に、ウタはよかった、と笑顔を見せた。
さっとウタは身を翻して、ルフィに顔を近づけて小声で尋ねた。
「ねえ、これで全員?」
「ん? ああそうだぞ?」
「そんなわけないでしょ? あんたその帽子──」
「ホントだって」
あっけらかんと言うルフィに、ウタは不満気にその顔を睨みつける。
ウタはほんの一瞬だけ考えてから、ルフィから離れて挑発的な笑みを浮かべる。
「ねえルフィ、久しぶりに勝負しない?」
しかし、ルフィはそんなウタを相手にしない。
「今のおれに勝てるわけねェだろ」
肉を焼きながら、ルフィが言う。
相手にされず、ウタは一層ムキになったように言う。
「何言ってんの!? わたしの方が百八十三連勝中なのに!!」
そんなウタの様子に、ムジカは顔を引きつらせる。……もしかして、自分も周囲からはこう見えていたのだろうか、と。
あまりにも──そう、あまりにも子供っぽい。
しかしルフィはその挑発には我慢ならなかったようで、肉を片手に声を上げる。
「違う、おれの百八十三連勝中だ!!!」
「……認識の違いが激しすぎる」
ヒートアップする二人とは対照的に、ロビンは落ち着いた声で呟いた。
「勝負って?」
ドリンクを片手に、ナミがウタの怒りの矛先を逸らすように尋ねた。
えっとね、とウタはナミの方を振り向きながら、表情を明るくして、手振りも交えて言う。
「昔ルフィといろんな対決をしたの。ナイフ投げとか腕相撲とか、かけっことか!」
よし、とウタは手を叩いてから、人差し指を立てた右手を高く掲げた。
「今日の種目はコレにしよう!」
その宣言と共に、彼女の指先から無数の音符が飛び出した。
大量のカラフルな音符たちは二手に分かれ、一方はルフィの方へ、他方はボックス席の上空へと向かう。
ボックス席の上空では、音符が縒り集まって、細長い橋のようなステージが出現する。
そして、ルフィの方へと向かった音符たちは、ルフィの体をすっぽりと包み込むと上空のステージへと運ぶ。
ウタ自身は、どこからか出した大きな八分音符に乗って、そのステージへと向かった。
ウタとルフィが降り立ったのは、ステージの端だった。
目の前には、骨付きローストチキンが五本ずつのった皿が二枚あった。
「チキンレース! 早く食べたほうの勝ち!」
ウタがルフィに向かって、ニヤリと笑う。
ルフィはそのチキンを見て、両手を擦りながら「懐かしいなァー!」と言う。
「あとは……」
「大丈夫、ちゃんと用意したから!!」
ウタが指を鳴らすと、彼女たちとは反対側のステージ端に、帽子を被った牛が現れて鳴き声を上げた。
これは、犬や猛牛が後ろから迫りくる中、いかにチキンを早く食べてその場から逃げられるかという勝負だった。
二人は両手を頭の横まで上げて、用意をする。
「やるぞ!」
「よーいっ! 三、二、一!!」
パン!!
乾いた音がどこかから鳴り響き、そしてチキンレースが始まった。
「……それでムジカ、あなたたちの食べた悪魔の実は?」
勝負の行く末を見守りながら、ロビンが先ほどの話をムジカに尋ねた。
あ、えっとね、とムジカが答える。
「わたしが食べたのは、ウタウタの実だよ」
「ウタウタ? 歌が上手くなるのか?」
ゾロの言葉に、ムジカは口角を下げて反駁する。
「歌唱力は十年以上頑張って鍛えたんだよ。……歌をどうこうする力じゃなくって、歌と心に関わる力」
「ヨホホ、歌と心ですか! いいですねェ!」
楽しそうにブルックが笑う。
そんなブルックの顔を、ゾロがグイと押した。
「そりゃどういうことだ? あそこで海賊どもを拘束してるのも、歌と心に関係があるのか?」
「いや、あれは知らない」
「はァ?」
ゾロが顔を顰めるが、ムジカには知らないとしか言いようがない。
この世界において、“ウタ”の存在は絶対だ。なんでもできるし、なんでも創り出せる。
なぜならここは、“ウタ”の心が作り上げた世界なのだから。
つまり海賊を拘束している五線譜は、ムジカの心の中にはなく、この世界のウタの心にのみ存在するものであるということなのだろう。
「考えるだけ無駄だよ。さっきの歌じゃないけど、ここにいる間はウタが最強だから。想像力が続く限り、何でも創り出すことができるだろうし」
「……? それはこのエレジアで、ってことか?」
「じゃなくて、今いるここは──」
そこまでムジカが言った途端、ドン、という何かが衝突したような音が頭上から響いた。
どうやらチキンレースの決着がついたらしい。
「ウタの勝ちだァー!」
「勝ちだー!!」
チョッパーとウソップが楽し気に歓声を上げる中、吹き飛ばされたルフィが「ずりィぞウタァー!」と情けない声を上げてステージへと落下する。
「あー、やっぱり」
ムジカは呆れたように呟いた。
勝負の内容を見なくてもわかる。どうせ“いつもの手”に引っかかりでもしたのだろう。
ステージの縁に落ちたルフィは、勢い余って海中へと落下してしまう。
「あ、海はやべェ」
ウソップが呟く。
悪魔の実を食べた者は、須らくカナヅチになるのは定説であり、そしてルフィもその例に洩れなかった。
つまり、誰かが助け出さなければ、そのまま溺死してしまう。
ウソップが救出のためにマントを脱ごうとして、その横を小さな黒い影がすり抜けた。
「ルフィ!!」
「あ、おい待てって!!」
飛び出したムジカは、ウソップの制止も聞かずに海に飛び込んだ。
──この体にウタウタの実の力が宿っていないんだから、今のわたしは泳げるはず……!!
そんな咄嗟の判断。
ムジカは着水した瞬間に、その判断が間違いだったことに気が付いた。
「ブガッ、モガブアッ!!」
(まってわたし泳ぎ方わかんないんだった!!)
物心ついた頃には既にウタウタの実を食べていた“ウタ”が、泳ぎ方を知っているわけがないのだ。
「ちょっと何やってるの?」
呆れたような声と共に、パチンと鳴らされる指音。
溺れる二人目掛けて、無数の音符が帯のように飛んでいき、そして彼らを掴むとそのままボックス席まで運んでいった。
ぶはっ、とびしょびしょになったルフィとムジカが喘ぐように空気を吸い込む。
「ごめんごめん、ルフィも能力者になったんだもんね。……で、そこの人は何やってんの?」
上空の即席ステージから飛び降りたウタが、そのステージを消しながらムジカの方を見て言う。
「悪ィなウタちゃん、うちには泳げねェクセに先に体が動くバカが多いんだ」
ニッと歯を見せてサンジが言う。
その言葉に、ムジカの後に続いて飛び込もうとしていたブルックとチョッパーがぎくりと身をすくませた。
へえ、とウタが感心したように言う。
「……ルフィ、いい友達を持ったね」
少しだけ声がかすれ気味なのは、先ほどのチキンレースの影響だろうか。
ルフィがばっと起き上がり、体を揺すって水気を飛ばし、怒ったような顔で言う。
「さっきのは反則だ! もう一回!!」
「出た、負け惜しみィ!!」
ウタが顔の横で手をワキワキとしながらそう言うと、ルフィに近づいて耳打ちする。
「ねえ、わたしが勝ったんだから教えてよね。シャンクスはどこ?」
「知らね」
「だったらその帽子は何!?」
「預かってる」
不満げな顔のウタと、事実を語っただけのルフィが、一瞬睨み合う。
「ねえ、ルフィとウタってどんな知り合いなの? 昔の友達、って言ってたけど」
ウタとルフィが、「ん?」と声を揃えて、声をかけて来たナミの方を振り返る。
ああこいつは、と言ったのはルフィだった。
「こいつは、シャンクスの船に乗ってフーシャ村に来てたんだ」
そう言ってから、ルフィが「ん?」と首を傾げた。
「そういや、こいつもウタって──」
ルフィが伸びているムジカを見てそう呟いてから、「まあいっか!」とナミの方へと向き直る。
「ん? ねえこいつもって……?」
ウタが首を傾げるが、ルフィはそれには応えずウタとの思い出話を始める。
「ほんでな──」
そうやってルフィが過去を語り出す。
フーシャ村で競い合ったりしたことと、彼女が“赤髪海賊団”の“音楽家”だったことを。
その話を、ムジカはゼエゼエと息を整えながら聞いていた。
(……うーん、話しを聞く感じ、わたしの過去と大差なさそう……かな?)
懐かしむように目を細めるウタを見ながら、ムジカはぼんやりとそんなことを考える。
──それなら、彼女も“Tot Musica”を呼び起こしてしまったのだろうか。
そして、シャンクスに置いて行かれたのだろうか。
彼女は、どこまで知っているのだろうか?
考えたとしても、仕方ないことだ。
その過去は、他ならない彼女だけのものだから。同じ“ウタ”といえど、“並行世界”のウタの内面まで、ムジカに分かろうはずもなかった。
話をしていたルフィがふと、言葉を止めて怪訝そうな顔をした。
ウタの顔をじっと見つめてから、首を傾げる。
「そういやお前、急にいなくなったよな? 何があったんだ?」
「急に?」
サンジの上げた声にルフィは頷いて、そして眉間に皺を寄せて「えっと確かァ……」と記憶を手繰りながら、ウタがフーシャ村に戻ってこなかった日の出来事を話す。
いつもとは違い、憔悴したように暗い顔の“赤髪海賊団”の船員たちは、出迎えたルフィの声に応えている余裕はなさそうだった。
ウタと話をしたかったルフィは、話しかけてもだんまりを決め込む彼らにしびれを切らし、レッドフォース号の中を、ウタの名前を呼びながら駆けまわる。
しかしウタはどこにも見当たらず、そして探し疲れたころに、ようやくシャンクスがルフィのもとへとやって来た。
何かウタにあったのか、と尋ねるルフィに、シャンクスはこう言ったのだ。
『──心配するなルフィ。ウタは、歌手になるために船を降りた。ただそれだけなんだ』
と。
ウタはそんなルフィの話を聞いて、やや俯き加減である。
ようやく体を起こしたムジカが、そんなウタの様子に首を傾げた。
──何か引っかかることがあるなら、言葉にしてしまえばいいのに。
それ以降は記憶が続かなかったのだろう。ルフィは考えるのをやめると、バーベキューコンロに向かって歩きながら、ウタの方を見て問いかける。
「なァウタ、お前なんで海賊になるのやめたんだよ? あんなに“赤髪海賊団”が好きだったじゃねェか」
「海賊よりも、歌手になりたいって思ったから!」
努めて明るい声で、ウタが言う。
「ほらわたし、たった二年の活動で世界中にファンができる程だし!」
オーバーな身振り手振りも交えて、笑顔のまま言う。
「……ねえ、なんか無理してない?」
ムジカはそんなウタの顔を見上げて尋ねる。
一瞬だけ、ウタの顔が引きつった。
「無理って?」
すぐに笑顔を取り繕って、ウタが言う。
「……ほら、能力のこととか、シャ──」
一瞬だけ驚いたように目を開いて、ウタはガッツポーズをして口を開く。
「物知りなんだ! でも大丈夫! こう見えて鍛えてるから!!」
ムジカの言葉を遮るようにそう言ったウタは、ねえルフィ、とルフィに話しかけ、明らかに話題を逸らした。
「ルフィは今何やってんの?」
ルフィは焼き上がった骨付き肉を一口で頬張りながら、ウタの方を振り返って言った。
「決まってるだろ? 海賊だ!」
ウタの瞳が揺れる。
「──そっか、海賊、か……」
狼狽したように視線を下げたウタは、左腕を右手で掴んで体を抱え、一度だけ口を開こうとしてから、迷ったように口を閉じた。
しかしルフィは、そんなウタの様子に構わずにあっけらかんとして彼女の言葉に応える。
「ああ! 海賊王になるんだ、おれ」
麦わら帽子を直しながら、ルフィは次の骨付き肉をバーベキューコンロにかける。
この航海を始めてからの、ルフィの目標。決して揺るがない、“夢”の一路。
ウタは一瞬だけ瞳を揺らすと、意を決したように口を開いた。
「ねえルフィ、海賊やめなよ」
いつもお読みいただきありがとうございます。
次回更新は木曜日になるかと思います。
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