IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
ねえルフィ、海賊やめなよ。
ウタは静かで淡々とした、あるいは気怠げともいえるような声色でそう言ってから、今度は明るい声色を作る。
「一緒にここで、楽しく暮らそう? 友達のみんなも、わたしのファンなんでしょ? 一緒にいた方が楽しいよね?」
ルフィとウタを除く、ボックス席にいた者たちは、ぎょっと目を見開いた。
いや、ルフィにも思う所があったのだろうか。
焼きかけの肉もそのままに、ルフィは黙ったままボックス席の後方の桟橋へと足を向ける。
「ちょっと! 聞いてんのルフィ!!」
怒ったように、慌てたように、ウタがルフィを呼び止める。
(──この人、何言ってるの?)
ルフィを除いて、恐らくこの場で一番驚いているムジカは、ぽかんと口を開けてしまった。
──ルフィが“ウタ”にそんなことを言われたら、ショックを受けるなんて想像に難くないでしょ?
だってそれは、ルフィが“ウタ”に音楽を辞めるように言うのと同義なのだから。
ルフィは立ち止まってかウタの方を振り返った。
「ウタ、久しぶりに会えて嬉しかった! 肉も食ったし、おれ、サニー号に戻って寝るよ!」
笑顔を作って、ルフィが言う。
ルフィなりの精一杯の気遣い。
しかしウタには、その笑みの意味が解らないらしい。怒ったように声を上げる。
「はァ!?」
「お前もやりてェことやってるみたいだし、よかった! じゃな!」
そう言って、ルフィが再びウタに背を向けて歩き出そうとして──。
「──帰らせないよ」
トントンと右の踵で地面を叩きながら、低い声でウタが言う。
「ルフィもあなたたちも、ここで永遠にずっと……」
俯いていたウタが、顔を上げる。
据わった瞳が、ルフィを睨みつけていた。
「わたしと楽しく暮らすの」
不気味なほどに落ち着いた、確信を持った声。
一味の顔が引きつる。
ずっと?
永遠に?
ムジカの頭は、ウタの言葉を全く理解できなかった。
リップサービスではない。
マイクパフォーマンスでもない。
ウタは、本気だ。
──同じ“ウタ”だというのに、これほどまでに考え方に差異が生まれるものなのだろうか。
「──ねえ、あんたやっぱりおかしいよ。……何を無理してるのか知らないけどさ」
立ち上がりながら言うムジカに、ウタは敵意を込めた目を向ける。
しかし、ムジカはひるまなかった。
その紫の瞳を真っ直ぐに受け止める。
「……取り繕わないで、話してみたら? 何かあったんでしょ? じゃないとあんたがそんなこと、言うはずないじゃん」
ムジカは確信を持って言う。
ウタがルフィとの“誓い”を覚えていることは、一目瞭然だったから。
「だって、その左手──」
その言葉を言う前に、ウタがふいとそっぽを向く。
ピッ
指揮を振るうように、ウタの右手の指が振られたかと思うと、いきなり現れた巨大な音符が、ムジカの体を吹き飛ばした。
「ムジカ!?」
「ウタちゃん、なにして──」
声を上げたナミとサンジに、ウタは両手を広げて、そこから現れた五線譜で二人を拘束してしまった。
吹き飛ばされたムジカとサンジ、ナミの三人は、ウタを襲った海賊たちと同じように、空中で五線譜に磔にされてしまう。
「みんなァー!!」
観客の方を振り返って、ウタが言う。
「また海賊を見つけたよ!! どうしようか?」
ウタのその言葉に、動揺したように客席は一瞬静まり返る。
そして一人の小さな男の子が立ち上がった。
「U・T・A ! U・T・A !」
ユー・ティー・アー、とウタの名前を呼びながら、拳を突き上げて叫ぶ。
男の子は眉間に皺を寄せ、目尻を吊り上げていた。
怒りの表情だった。
悲しみの表情だった。
きっと、海賊に酷い目に遭わされた経験があるのだろう。
今にも泣き出しそうな程険しい表情のまま、どうして欲しい、ではなく、ただ“歌姫”の名を呼ぶ。
すると、それに呼応するように、観客たちが立ち上がり、やはり拳を突き上げてコールする。
「U・T・A ! U・T・A !」
怒号か、怨嗟か。
その激しい感情を乗せた声は折り重なり一つの声となり、会場をびりびりと震わせる。
観客の総意を受け取って、ウタがにっこりと歯を見せて笑う。据わった目のせいで、邪悪にも見えかねない、好戦的な笑みを。
「オッケー! じゃあみんなのために、悪い海賊はわたしがやっつけちゃうね!」
その台詞を合図と取ったのだろう。
アニマルバンドのドラムスがキックベースを鳴らし、そしてシンバルを叩いた。
その煽り立てるような打楽器の音に、U・T・Aコールは次第に、ハンドクラップへと変わっていく。
「~ッ! いったァー……!」
鍛えていない体を攻撃されたせいで、ムジカは五線譜に磔にされたまま顔を顰めた。
「ムジカちゃん、すまねェ、おれがついていながら! 大丈夫か!?」
「あ、ごめんサンジ。……痛いけど大丈夫。それより──」
サンジに返事をしてから、ムジカは眼下で観客に手拍子を煽るウタを見遣った。
「──なに、これ?」
「ちょっと様子が尋常じゃないわね……!」
ナミが五線譜から逃れようと体を捩りながら、ムジカの言葉に応える。
そう、尋常ではない。
少なくとも、観客が彼女に向ける視線は、“歌手”に向けるべきモノではない。
陶酔? 信頼? 希望? 心酔? 奇跡?
様々な期待を込めた瞳が、たった一人のちっぽけな少女に突き刺さる。
お前は英雄なのだと。
お前は救世主なのだと。
もちろん、観衆のその期待だって尋常ではない。
だが、一番おかしいのは──。
(──なんであんた、それを当たり前のように受け入れてるの!?)
その視線を背に受けて、その期待を背負って当たり前に立つウタの姿。
ムジカには、できなかったことだ。
一人の歌手であるために、その期待を『背負えない』と、『自分なんかがおこがましい』と捨ててしまったモノだ。
普通だったら、あんな重圧を背負わされてしまえば、壊れる。
あんな視線に晒されて、何も感じない方が不自然だ。
“新時代”という夢と、民衆からの期待と、そして自分の過去との板挟みになって、そしてその葛藤を乗り越えた経験のある
故に。
何があったら、とムジカは思う。
──何があったら、それを背負うだけの力と、その覚悟を決められるの?
ウタのハンドクラップと周囲に出現したスピーカーから溢れた音は、音符を形作ったかと思うと、次の瞬間には槍と盾を構えた音符の戦士に変化する。
「おい、いくらルフィの幼馴染とはいえ、こりゃ自由にし過ぎじゃねェか」
襲い来る音符の戦士を、抜刀した刀で霧散させながら、ゾロが悪態を吐く。
その瞬間にも、音符の戦士は数を増やし、“麦わらの一味”を取り囲んでいく。
一味はその音符の戦士に任せて、黄色い音符に乗ったウタが、既に小舟に乗っていたルフィのもとへと向かう。
「あんたが海賊だって言うからいけないんだよ。わたしの友達なら、海賊は諦めて」
静かな怒りの乗った声に、困惑したようにルフィが何かを呟き、一度戦闘の構えを取り──、それをやめた。
「戦う理由がねェ」
五線譜に縛られるムジカたちの耳にも、はっきりとルフィの声が聞こえる。
それに対し、ウタは硬い顔をして宣言する。
「あんたがやらなくても、わたしはやるよ!!」
ウタの乗った音符が再び浮き上がる。
その上に立ったウタは、握り拳を頭上で交差させ、そしてその手をパッと開いた。
拍手に合わせて、ギターのカッティング音が入る。
『逆光』
怒りの曲だ。
ウタが音楽に合わせて指を振るえば、そこから飛び出した光の線が会場に反射して、檻のように張り巡らされる。
そして、ウタが歌い出した。
「散々な────♪」
痛ましいまでに激しい歌唱。
そのウタの歌声に呼応するように、音符の戦士が一層激しく、数を増して“麦わらの一味”を襲い始める。
遊びはもうやめろ、というルフィの声も届いていないようだ。
さしもの“五皇”の一味であろうとも、無限とも思える兵力で攻められてはたまらない。
ウタを止めなければ。
真っ先にそのことに気が付いたフランキーが、大きく息を吸って口から火の玉を放つが、しかし音符の盾に阻まれて、その攻撃はウタには届かない。
炎の向こうで踊り歌うウタの背には、いつしか紅白の翼が生えている。
反撃するように放たれた巨大な五線譜が、ルフィを除く一味をすっぽりと包み込んで、拘束してしまった。
「ウタ、お前──」
叫んで仲間のもとへと駆け寄ろうとしたルフィ目掛けて、ウタが最初に放っていた光の線が幾本か飛んでくると、そのままルフィの体を縛り上げてしまった。
おそらく、二分足らずの戦闘だったろう。
あっけなく捕まった一味は、ルフィを除いてムジカたちの五線譜の下に磔にされる。
ルフィは、歌い終わりステージに戻ったウタの隣に、光の帯に縛られて転がされていた。
「お前なにやってんだ! 放せ!」
ルフィが体を伸ばしたり縮めたりしながら、顔を顰めてウタに抗議する。
そんなルフィの顔を見ずに、ウタが能面のように無表情のまま、小さく呟いた。
「ダメだよ。ルフィが“海賊王”になるのは」
当たり前のように“なる”と言ったウタは、すぐに好戦的な笑みを作って観客へ向ける。
「みんなァ!! みんなは海賊をどう思う!!?」
まるで、ルフィに海賊は何たるかを教えようとするように、ウタは観客へ問いかける。
返事は、すぐに返って来た。
「おれの故郷は海賊に焼かれた!!」
「私の夫は、海賊に殺された!!」
「わしの村は、海賊に滅ぼされた!!」
「母ちゃんを返せ!!!」
老若男女問わず、恨みつらみの籠った声が上がる。
口々に別々の恨みを叫んでいた声が、次第に一つのフレーズに収束し、うねりとなって会場を駆け巡る。
「海賊いらない!! 海賊追い出せ!! 海賊いらない!! 海賊追い出せ!!」
──ここで、“殺せ”という言葉が出ないのは、観客がそこまでを“ウタ”に求めていないからだろうか。
だが、その言葉がいつ漏れ出してきてもおかしくはない。
そんな、異様な雰囲気だった。
「プリンセス・ウタ!! ルフィはそんなことしねェ!!」
暴動に発展しそうなほどの狂気と怒気を孕んだ空気に気圧され、ウソップが思わず声を上げる。
この異様な空気を“ウタ”が作り上げていることに愕然としていたムジカも、その言葉で我に返った。
ムジカも、ウタに向かって抗議の声を上げる。
「ちょっと、いい加減にしなよ!! あんた今、絶対冷静じゃないでしょ!? 第一、ルフィはあんたに何も──」
「──うるさいなァ……!!」
困惑と怒りで上げたムジカの声を、ウタが苛立たし気に遮った。
パチン!
ウタの指が鳴ったかと思うと、ムジカの口を小さな五線譜が覆った。
「ムーっ!!?」
言葉を遮られて、ムジカが言葉にならない声を上げる。
その時、ゴムの体を駆使して、ようやく拘束から抜け出したルフィが立ち上がった。
「ウターっ! おれの仲間と友達を──」
返せ、と言おうとしたルフィの頭から、冷や水が浴びせられる。
ルフィを襲う、強烈な脱力感。
海水だった。
思わず倒れ込んだルフィに、さらにもう一杯、海水がかけられた。
「ウタちゃんに近づくな、海賊が!!」
「海水で弱った能力者なんて怖くないぞ!!」
農具や海水入りのバケツを持って、比較的若い観客たちがじりじりとルフィににじり寄る。
と──。
「“バリアボール”!!」
不意にルフィの傍に現れた緑の髪の男の言葉と同時に、ルフィとその男を包むように青い膜が出現した。
ガギン!!
振り下ろされた農具が、その膜にあたって火花を散らす。
(ロメ男さん!!)
ムジカはその男の姿に見覚えがあった。
ルフィ、ひいては“麦わらの一味”の大ファンであり、“バルトクラブ”という海賊船の船長、バルトロメオだ。
ムジカのいた世界では、勝手にルフィの傘下に入っていたが、この世界でもルフィには友好的らしい。
ロメ男、とルフィから名前を呼ばれたバルトロメオは、冷や汗を垂らしながら言う。
「ルフィ先輩、ウタ様はなんかやべェべ。勝てる気がしねェべ」
「──おれは、まだ……」
勝てる気がしないと言われたルフィが、脱力した拳に力を籠める。
「……負けて、ねェ……!!」
そのルフィの言葉を聞いたウタが、くるりとルフィの方を振り返った。
久々に、素の笑顔を見せて勝利宣言をする。
「出た! 負け惜しみィ!」
いつものポーズを取って、そう言った瞬間だった。
「ん?」
キィン……ドスン!!
一瞬だけ、半透明の膜がステージを包み込んだかと思うと、ルフィとバルトロメオの姿が消えていた。
代わりにその場に現れた瓦礫が、音を立ててステージに落下する。
「海賊が逃げたの!?」
「消えたぞ!?」
「どこへ行った!?」
観客たちに、動揺が広がる。
「…………ほかにも海賊が隠れていたのか」
ぼそりと呟いた声は、観客の声にかき消されてしまっていた。
そしてすぐに、パンと手を叩くと、再度八分音符の上に乗って、ウタは飛び上がる。
「よし、じゃあみんな! みんなで悪い海賊をやっつけに行こう!!」
お読みいただきありがとうございます。
感想なども非常に励みになります。
次回更新は土曜日予定です。よろしくお願いいたします。