IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
「ありゃトラ男の能力だな」
「トラ男君がいるなら、少なくともルフィは大丈夫そうね」
ゾロの呟きに、ロビンが応えた。
“麦わらの一味”は船長を除き、ライブ会場の中空で、五線譜に磔にされていた。
一味の頭上には、さらに“ビッグマム海賊団”はじめとする海賊たちが同様に磔にされている。
「それにしても、ウタの豹変のしよう、ちょっとおかしくなかった?」
ナミが少し心配そうに言う。
まあな、と応えたのはウソップだった。
「プリンセス・ウタは海賊嫌いってのは、ファンの間で有名だし……」
「あんたそれ知ってるなら早く言いなさいよ!!」
ウソップの言葉に、ナミが目を吊り上げて怒鳴りつける。
ばつの悪そうな顔をしながらも、ウソップはだってよ、と言う。
「普通にライブに参加して、そのまま帰るつもりだったんだぜ? まさかルフィと知り合いで、話しができるなんて思わねェだろ? そもそもルフィが別人だって思い込んでたんだし、ムジカだって向こうでは海賊だったんだしよ」
ウソップのその言葉にフランキーが、がははと笑って「違いねェ」と言う。
それにしても、と首を傾げるのはジンベエだ。
「あの娘、もとは“四皇”の船に居たのに、海賊嫌いとはどういうわけかのう?」
「そればかりは、本人に聞かにゃわかんねェだろ。人と人の話だ」
ゾロの言葉に、ジンベエが違いない、と頷いた。
そしてそんな中でも、口を塞がれてんーんーと唸っていた
ぶはっ、と口で大きく息を吸いながら、ムジカはぜえぜえと肩で呼吸をする。
「おやムジカさん、大丈夫でしたか?」
「ぜえ、ぜえ……うん、なんとか……」
ブルックの声に、ムジカがかろうじて答える。
そんな彼らの傍らで、サンジがチョッパーに声をかけた。
「おいチョッパー何泣いてんだよ」
「ぐすっ、だってよ! おれ、ウタのライブ楽しみにしてたのに、こんなことになっちまって……!」
目に涙を浮かべて、チョッパーが言う。
そうだよね、とムジカはチョッパーに同情した。
こんなご時世だ。確かに海賊に恨みを持っている人は多かろう。
しかし、きっと彼らは純粋にライブを楽しむために来ていたはずだ。
ルフィが自らを海賊だと言ったのは、確かに落ち度ではあったかもしれない。そもそも、海賊は忌み嫌われることが多いのだから。
だけど。
「……お金取ってやるライブで、これはちょっとプロ失格じゃない?」
苛立ち交じりのその呟きに、一味の皆が「え」と声を上げた。
興味深そうに質問をしたのは、ブルックだった。
「おやムジカさん、どうしてそう思われるのです?」
だってさ、とムジカが答えた。
「最初に海賊に襲われた時のは、わかるよ。海賊を倒すのはライブを続行するために必要だから。だけどさ、さっきの一件は違うでしょ?」
そうですね、とブルックが相槌を打つ。
ムジカはそのまま言葉を続けた。
「ルフィはウタに敵対してなかったし、むしろケンカを避けようとしてた。それをふいにしておいて、今度は海賊狩りなんてさ。観客が全員参加できるようなイベントなら百歩……、千歩譲ってわかるけど、どう見たってそうじゃないでしょ」
そう言いながら、ムジカは客席を見渡す。
海賊狩りに出向いた観客は、全員ではない。
体の弱い老人や子供たちが、まばらではあるが残っているのが見える。
同じ“ウタ”ながら、頭が痛くなる。
彼らは何をしにここに来たのだろうか。
決まっている。問うまでもない。
音楽を聴きに来たのだ。
音楽を楽しみに来たのだ。
そして、それをルフィが邪魔したわけではないはずだ。
「やっぱり、なァーんかおかしいんだよね……」
ムジカが呟く。
どうにも、行動が短絡的に直情的すぎて、“ウタ”らしくない。
“並行世界”だから、と言われてしまえばそれまでなのだが──。
ヨホホ、とブルックが笑った。
「歌唱力は最高峰ですが、興行力はまだまだ成長途中ということですね!! いやァ、この先の成長が楽しみですねェ!」
ブルックの褒め上手に小さく苦笑を漏らして、ムジカは再び客席を見渡した。
残された客たちは、手持無沙汰に詰まらなそうな、あるいは海賊を追って行ったウタや観客たちを心配しているような顔をしている。
「ねえブルック」
ムジカは、この状況に我慢ならなかった。
他人のライブなら、いい。
いや、良くはないけれど、介入しようなんて思わないだろう。
しかし、これは“ウタ”のライブなのだ。
ここに“ウタ”の歌を聴きに来た
あれだけの歌唱力を持っていて、それでいてライブをないがしろにするなんて、まったく腸が煮えくり返りそうだった。
「はい、何でしょう?」
と小さく首を傾げた骸骨に、黒髪の少女が提案する。
「これ、あの子のライブだけどさ、歌っちゃわない?」
暇にさせるわけにはいかないでしょ、と。
その言葉に、ブルックは一瞬だけ呆気にとられたように言葉を失うと、すぐにヨホホと笑い出した。
「ヨホホホホ!! ヨホホホホブゲホッゲホっ!!」
笑い過ぎ、とムジカは唇を尖らせる。
そんなムジカに、ゾロが口の端を歪めて苦言を呈する。
「そんな呑気なことしてる場合じゃねェだろ。なんとかこれを外さねェと」
確かに、ゾロの言うことの方が正しいだろう。
まずはこの五線譜を抜け出す手段を探すのが先決だ。
しかし──。
「ここじゃウタの力が絶対だから、多分力ずくじゃあ、“ビッグマム”だってこの拘束から抜けられないよ。……抜けるルールがあるのかはわからないけど、良かったらわたしたちが歌ってる間に考えといて」
「おい、お前の能力じゃねェのかよ。……というか『ここだとウタの力が絶対』ってのは何だ、説明しろ」
ゾロの問いを無視して、ムジカは再びブルックに声をかける。
「でブルック、どう? やらない?」
「おいコラ、話を聞けテメェ!!」
「歌うのは構いませんが……、私今、演奏とかできませんよ? 手足縛られちゃってますから」
「ムジカちゃんがやりたいって言ってんだ。やらせてやれよクソマリモ」
「それはほら、そこで手持無沙汰にしてるアニマルバンドに頼んじゃおうよ。なんとかしてくれるって」
「あ? 状況分かってんのかグルグルマーク!!」
「やんのかクソ剣士!!」
いつものように喧嘩を始めるゾロたちを後目に、ムジカとブルックはセットリストを決めていく。
「ムジカさん、歌いたい曲はありますか?」
「あれは? “
「おや、私の曲で良いんですか?」
「だってヘタにわたしの歌を歌って、ウタのセットリストと被ったらことでしょ? それにわたしブルックの歌も好きだし。ほら、“
「おや、そちらもご存じでしたか。ではそれもやりますか。他は──」
「この曲も──」
「いいですね。ではこんなのは──」
「さすがブルック! でも、マイクがないから──」
「ええ、そうですね。ハーモニーよりユニゾンで。きちんと音程を揃えて響かせましょう」
楽しそうに音楽の話をしている二人に、ナミが呆れたように言う。
「仲いいわね……」
「まあわたしの世界では、二年間音楽を共にした相棒だからね! そりゃ気は合うでしょ」
「ヨホホホ! 向こうの私が羨ましいですねェ!」
楽しそうな音楽家二人に、ナミは諦めたように「はいはい」と返事をする。
さて、とムジカが咳払いをしてから、声を張って観客に語り掛ける。
「ねえみんな! 少し暇な時間が続きそうだから、少しだけ歌わせてもらっちゃうね! 間奏曲として楽しんでもらえれば──」
「誰がそんな歌なんて聞くか!!!」
ムジカの言葉に、鋭く反抗の声が飛ぶ。
その言葉を皮切りに、黙っていろだのふざけるなだのと野次が飛んできた。
予想と違う反応に、ムジカは一瞬困惑したような顔をして、すぐに原因に気が付く。
(だから、わたしは今、“ウタ”じゃないんだって!)
見た目の問題だ。
テンションが上がって忘れてしまっていたが、ムジカの今の姿は、緑がかった長い黒髪に、翠の瞳。身長も“ウタ”より低く童顔。
周囲から見たら、ただの素人だ。
世界最高の音楽を聴きに来て、いきなり間ができちゃったから素人が歌うと言われたら、それは受け入れる人の方が稀だろう。
それは、わかる。
だが、ムジカは無名だとしても、彼がいる。
「みんな、安心して!! 素人じゃないよ! ここにはトップ・オブ・ホネのミュージシャン、“
「黙れ海賊!! 海賊の歌なんか聞きたくないって言ってんの!!」
なおも拒否する民衆に、ムジカはむっとした表情で言い返した。
「海賊海賊って言うけどさァ!! だったら、わたしの顔、手配書かどこかで見たことあるの!!?」
ムジカの言葉に、野次を飛ばしていた民衆は、ぽかんと口を開けて固まった。
「……そういえばそうね。でも“麦わらの一味”なんじゃ?」
「じゃが、“麦わらの一味”に女は二人だったと思うが……」
「知らない!」
「見たことないよ!」
(……まあ、わたしは海賊なんだけど)
涼しい顔をしながら、ムジカは内心でそんなことを思う。
だが、今それは重要ではない。
まず必要なのは、観客の意識をこちらに向けさせ、そして少しでも聞いてみようという姿勢にさせること。
一度聞いてもらえば、そのまま聴いてもらえるはずだ。
それだけの力を、ムジカだって培ってきたのだから。
もう少しだけ、とムジカは言葉を重ねる。
「それにさァ、海賊が歌おうが誰が歌おうが、音楽は音楽でしょ!! わたしは、ウタの音楽もソウルキングの音楽も大好き!!! 『ビンクスの酒』も『海導』も好き!! 文句ある!!? 身分所属で頭ごなしに否定しないで、まずは聴いてよ一曲、試してみなよ!」
曲を始める下地を作ってから、ムジカはアニマルバンドに指示を出す。
「じゃあアニマルバンドのみんな! 基本テンポは最初の合図でとって、後はドラムで! コードはGからの循環で大丈夫! 細かい所はアドリブで合わせて!!」
いきなりの無茶振りに、アニマルバンドの面々は顔を合わせる。
だが、ムジカは容赦しなかった。
“ウタ”の楽曲をあれだけのクオリティで演奏したのだ。できないなんて言わせない。
「じゃあ、ドラムスのネコちゃん!! 四拍目からフィルインよろしく! 基本のリズムはエイトビートで!!」
指名されたネコのドラマーが、きょとんとした顔してムジカを見上げた。
ムジカはお構いなしにカウントを始める。
「はい! ワン、ツー、ワンツースリー!」
カウントが始まってしまえば、音楽を始めざるを得ない。
そして、ウタのライブの合間を縫った、ムジカとブルックのミニライブが始まった。
────
中断しているライブの中で行われたミニライブは、かなりの盛況だったと言っても過言ではないだろう。
結局、計六曲の楽曲を歌いきって、最初は乗り気でなかった観客たちも、後半はかなり楽しんでくれていたのだから。
まだまだ歌う楽曲に余裕はあるが、今は小休止である。
それにしてもよ、と口を開いたのはウソップだった。
「ムジカお前、本当に“プリンセス・ウタ”だったんだな。歌い方も声も違うし、上手く言えねェけどよ」
ウソップが感心したように言う。
まあね、とムジカは小さく首を傾けて応えると、ムジカの足元で磔になっているブルックがヨホホと笑った。
「いやー、別世界の“ウタ”さんとはいえ、こうしてセッションできるとは実に素晴らしい経験でした。私、興奮で魂抜けちゃいそう!!」
「出さなくていいからね?」
ブルックに声を掛けつつ、ムジカは思う。
ライブ前にもこんなやり取りをしたような気がするが、その時とは状況がかなり変わってしまった。
おい、と難しい顔をしたままだったゾロが、ムジカに声をかけた。
「ムジカ、さっき言ってたことをきちんと説明しろ」
「さっき?」
「『ここでは“ウタ”の力が絶対』ってヤツだ。なんでこの国だと、あの女の力が強まるんだ?」
あー、とムジカは少し考えてから、「違うよ」と答えた。
「違う?」
「そう。エレジアだから、じゃなくて、この“ウタの世界”ではって意味」
ムジカのその発言を聞いて、一味の皆は意味がわからなかったように押し黙る。
やや沈黙があってから、ウソップが恐る恐るといった体で口を開いた。
「……おい、おいおい、じゃあここは、現実の世界じゃねェってことかよ!?」
「そういうこと」
さっきは言いそびれていたんだった、とムジカはこの世界とウタウタの実の説明をする。
ウタウタの世界は、“ウタ”の心が作り出した世界であり、彼女の歌を聴いた物の心を、ここへと連れてくることができるということ。
その間、外の体は意識を失い、昏睡状態になること。そして、その体はウタウタの実の能力者が操ろうと思えば操れるということ。
ここではほぼ全てが“ウタ”の思いのままであるということ。
「ということは、世界中の新鮮な食材が手に入ったのも──」
「この世界だから、ってことだよ」
ムジカの言葉に、サンジが少し難しい顔をする。
そんなサンジに、何か調理にあたってそんなに思うことがあったのだろうか、とムジカは首を傾げる。
「大体ウタウタの実の能力についてはわかった。……じゃあ、どうすりゃこの拘束は解ける? 現実世界への帰り方でもいい」
ゾロの言葉に、ムジカは
「知らない」
と答えた。
「はァ!? お前の能力だろ!?」
ゾロが声を荒らげるが、しかし知らないものは知らないのだ、とムジカは口を尖らせた。
「さっきも言ったでしょ。ここではほとんど全てが、あのウタの思い通りなんだって」
「んん? つまりこの拘束は、あのウタがウタウタの実の力を使って新しく作り出した物だから、ムジカには仕様がわからねェってことか?」
フランキーの問いに、そういうこと、とムジカは頷いた。
「ちなみに、現実世界への帰り方も知らないよ。だってわたしは、自分で能力を解除すれば戻れたんだし。それに、短時間しか使えないはずの能力だから、わたしの世界から帰ろうとする人もいなかったし、そもそも言われなきゃ気付かないでしょ?」
「待って、短時間しか使えないって?」
疑問を投げかけたのはナミだった。
「もうこのライブ、始まってから一時間以上は経ってるわよね!?」
「だから、もうその時点でおかしいんだよね。……さっきわたしたちが歌っている間に能力が切れればいいのに、って思ってはいたんだけど……」
ムジカは困ったように眉根を落とす。
「だってこの能力をこんな規模で使って、あれだけ大暴れしたら、多分十分ももたないよ。すぐ眠くなって、このウタウタの世界も解除されるはず。……だから絶対、何かある」
「何か、と言いますと?」
「…………それはわからないけどさ」
がっくりと肩を落として、ムジカが言う。
ゾロは苛立たし気に、小さく舌打ちをした。
「つまり、こいつは外せないわ現実世界へは戻れないわと、おれたちには成す術がねェ、ってわけか?」
「おっ、珍しく諦めが早いなクソマリモくん?」
「あ? だったら何か良い手を考え出してみろよグルグルマーク」
売り言葉に買い言葉と、ゾロとサンジが口喧嘩を始めようとする。
そこに待ったをかけるように、今まで黙っていたロビンが、静かに口を開いた。
「──これ、歌になっているんじゃない?」
お読みいただきありがとうございます。
現在ストックがまだあるのですが、来週中にはストックが切れる目算です。
わたしがスランプ中なこともあり、ストックが切れた後の更新が遅れる可能性がありますのでご承知おきください。
なお、次回投稿は予定通り明日行いますのでよろしくお願いいたします。