IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
自分たちは歌にされているのではないか、という発言に、一味の皆が「歌?」と首を傾げる。
ただ、音楽家二人を除いて。
「ああ、そっか。頭を中心にして音符になってるのか」
「……確かに、五線譜に磔にするなら、それをモチーフにしている可能性は十分にあり得ますね」
そう言われて、一味の皆も思い出す。
彼女が、ビッグマム海賊団やその他の海賊団と戦う前に言っていた台詞を。
『じゃあ、歌にしてあげる』
なるほど、その台詞がそのまま正解だったわけだ。
「……どうなるかはやってみないとわからないけれど、ブルック、ムジカ、ちょっと歌ってみてくれない?」
ロビンの提案に、ムジカは頷きかけて、すぐに肩を落として首を横に振った。
「ダメ。この体勢じゃ、楽譜が上手く見えない。ブルックは?」
「こちらもダメそうです。……今の私に見えそうなのは、ナミさんのパ──」
「ところでブルック、魂は出せない?」
下ネタジョークを言おうとしたブルックに先んじて、ムジカが質問を重ねる。
ブルックは途中で言葉を切られてしまって、一瞬だけぽかんと口を開けてから、真面目な話へと戻る。
「それがですね、出せないんですよ」
「なんで?」
「先ほど出そうとはしてみたんですが、どうにもうまくいかないんですよね。感覚が違うと言いますか、上手く力を使えない感覚──とでも言うのでしょうか。……おそらく、ここがウタウタの世界だというのが関係しているのだと思うのですが」
ブルックのその言葉に、ロビンは「そう、残念」と肩を落とした。
「私の視界を、ブルックかムジカと共有できればよかったのだけれど」
「あ、ハナハナの実」
「そう。でも、できないものは仕方ないわ。何か別の手を──」
ロビンは、あくまで思考を回し続ける姿を見せる。
その瞬間、一味の目の前の空中から、まだ歳の若そうな男の声が聞こえてきた。
「楽譜に目を付けるとは、さすがは“麦わらの一味”ですね」
え、と一味とムジカは声を上げて、侃々諤々になりかけていた議論を中断し、声のした方向を見遣る。
ピシ──
空に円形の切れ込みが入ったかと思うと、まるでそこがドアであるかのように、切り抜かれた空の一部が開いた。
そこにいたのは、桃色の髪に花柄のバンダナを巻いたティーシャツにハーフパンツ姿の、まだ少年の面影の残る男。そして、金髪に星柄のティーシャツを着た、顎の割れた男。
そして、牛の角のような髪型をした、緑のジャージの大男。
「コビー!?」
「ヘルメッポもいるじゃねェか」
ナミとゾロが声を上げる。
どうやら一味の皆は知った顔のようだが、ムジカは彼らに見覚えはなく、小さく首を傾げた。
「馴染みの海兵だ。……一人を除いてな」
そう言ってサンジがジャージの男を睨みつけた。
ええ、と硬い顔でロビンが頷く。
「あなたたち……、どうしてブルーノと」
“麦わらの一味”の中でも、特に
しかし、コビーは小さく首を横に振った。
「話しは後です。まず、これからの脱出を試しましょう。ではブルックさん──」
そう言いながら、手元の紙に書いた図を、ブルックの方へと突き出した。
そこには、今の“麦わらの一味”がどう磔にされているかが、簡単に図式化されている。
「────♪」
その図式を楽譜としてブルックが歌うと、今までびくともしなかったのが嘘のように、その拘束はあっけなく解けた。
拘束が解けた者から、コビーたちのいる“ドアドアの実”によってできた亜空間へと飛び移る。
そんな一味を上から眺めていた、“ビッグマム海賊団”のオーブンが、コビーたちに向かって声を上げる。
「おい! 妹だけでも助けてやってはくれねェか?」
「お兄ちゃん……」
本来であれば、海兵である彼らが、海賊を助ける義理はないだろう。
“麦わらの一味”のように、もともと繋がりがある、というような理由でもなければ。
しかし、ヘルメッポは腕を組んで渋々といった体で条件を出す。
「この場だけでいい、海軍に協力しろ! そうでないなら、誰一人助けねェぞ」
……いや。
ムジカは思う。
海軍が海賊に協力を要請するなんて、とても切羽詰まっていると考えていいだろう。
思っているよりも、この“おかしい”事態は深刻なのかもしれない。
オーブンが歯ぎしりをする。
しかし、背に腹は代えられないのだろう。
彼はほどなくして、溜め息を吐いてからその条件を飲んだのであった。
────
ドアドアの実の能力で移動した先は、崩壊したエレジアの中でも、比較的損傷の少ない建物だった。
確かもともとは講堂兼集会場だった場所だったはずだ、とムジカは記憶を手繰る。
ドアドアの世界から出てすぐに、ゾロがコビーに尋ねた。
「それでコビー、お前なんでCPなんかと組んでやがる?」
「立場なんて気にしている場合ではないからです。……みなさんを助けたのも、協力してほしいことがあるから」
海軍の“立場を気にしている場合ではないこと”に対し、ムジカは嫌な予感を覚える。
言ってみろ、とゾロが促した。
コビーは頷いて、海賊一同に聞こえるように言う。
「まず、大前提の話をします。今、ぼくたちのいるこの世界は──」
「現実世界じゃねェ、って話か? それなら聞いている」
ゾロに引き続き、オーブンが自分たちも知っていると頷いた。
「ああ、ウタウタの実によるものだという話を、こいつらがしていたからな」
「そうでしたか。さすが“麦わらの一味”。なら話は早い」
コビーはそう言ってから、一つ息を整えて言う。
「みなさんに協力してもらいたいのは、ウタの計画を阻止することです」
「計画? このライブのことじゃなくって?」
コビーの言葉に、ムジカが首を傾げる。
そんなムジカの方を真剣な目で見て、違います、とコビーは言った。
「彼女の立てた計画は、”新時代計画“。ウタは自分のファンを、この世界に永遠に閉じ込めるつもりでいるんで──」
「はァ!? なんのために!? バカじゃないの!!?」
ムジカは興奮気味に目を釣りあげて、意味が分からないと声を荒らげる。
そう、全くもって意味が分からない。
ファンをこの閉じた世界に閉じ込めようとする意味も。
そして、この能力を永遠に展開できると確信している理由も。
悪魔の実の能力は、そんなに都合のいいものではない。
大きな力を扱うには、大きな代償を伴うことも多い。
ウタウタの実であれば、代償は体力だ。
ひとたび使えば、大の大人が一日に活動するエネルギーのほとんどを消耗してしまうのだから──。
(あ──)
一つだけ
ムジカは思い出して、その顔から血の気が引いた。
一つだけ、この能力を永遠に続ける方法があったはずだ。
しかし、それは。
そんなことは──。
選ぶはずがないと、“ウタ”であるムジカは思う。自分だったら、まずそんな選択はしない。
しかし、現にこの世界のウタの行動は、ムジカの理解を越えていた。
彼女は、ライブの冒頭になんと言っていた?
『今回のライブはエンドレス!! 永遠に続けちゃうよ!!』
『みんな、幸せなこと楽しいことを探しているの』
『わたしは“新時代”を作る女、ウタ! 歌でみんなを幸せにするの!』
──まさか、そんな。
そんなムジカの不安を肯定するように、ブルーノが口を開く。
「ライブ前に、ウタが毒キノコを食べている様子を確認している。──彼女の命は、もってあと二時間だろう。そして、彼女が死ねば──」
ブルーノの言葉を、コビーが頷いて引き継いだ。
「ええ。彼女が死ねば、このウタウタの世界は閉ざされてしまいます。永遠に、現実の世界には帰れなくなってしまうのです。──だから、みなさんに是非協力してほしい」
そのコビーの提案に、“麦わらの一味”はすぐに、そのほか“ビッグマム海賊団”をはじめとする海賊たちは渋々といった体で頷いた。
では、と話の続きをしようとするコビーを、おい、という声が遮った。
サンジが、苦い顔をしていた。
「ブルーノ、ウタちゃんが食べてたってキノコの種類は?」
「ネズキノコだ」
その言葉を聞いたサンジが、クソ、と呟いて頭をガシガシと掻いた。
「どうしたのサンジ君?」
「いやナミさん、ライブ会場で調理をしている時に、食材に一つだけネズキノコが混ざってたんだ。まだ小さい奴だったから、偶々混入したものだと思ってすぐに捨てちまったが……」
唇を少し噛んで、サンジが続ける。
「しかし、ネズキノコを食べちまったなら、かなり厄介だな」
「既に厄介どころの騒ぎじゃねェだろ!?」
焦ったように言うウソップを、そうじゃねえ、とサンジがたしなめる。
「ネズキノコは、まず不眠を起こすキノコだ。ウタウタの能力を使っても眠らないのは、多分これのおかげだろうな。そして、食べた者は、眠れなくなって死ぬ。これが主作用。問題なのは、副作用だ」
「副作用?」
ムジカがサンジの方を振り返り訊く。
ああ、とサンジが頷いた。
「ネズキノコを食べると、人間は凶暴化し、感情のコントロールができなくなるんだ。つまり、もしウタちゃんを止めようと説得するなら、できるだけ早いタイミングの方がいい──もしかしたら、もう手遅れの可能性もある」
「ええ。ですから、三手に分かれようと思います。ぼくたちは、ウタを説得できる材料を集めに行きます。他の海賊のみなさんは一旦ここで待機していてください。そして、“麦わらの一味”のみなさんには、もし説得に失敗した場合に、ここから脱出する手段を探していただきたいのですが……」
その提案に、一味は顔を見合わせる。
丁度、脱出の手段がないのではないかと、ほかならぬ“ウタ”であるムジカから聞いているのだ。
その表情をどう取ったのか、コビーも少し困ったように言う。
「雲をつかむ話なのはわかっているのですが──」
しかし、それでもやらねばならないのだと、その目は物語っていた。
それを見たムジカは、少し考えるように腕を組んでから、小さく呟いた。
「……もしかしたら、お城の地下の蔵書室に、役に立つ文献があるかもしれない」
──いや、あるとしたらそこ以外は考えられないだろう。
このエレジアで調べ物をするなら、それ以外は考えられない。それ以外はあの日、全て焼け落ちてしまったのだから。
ムジカはあそこで“Tot Musica”に関する文献こそ調べたものの、ウタウタの実に関しては本腰を入れて調べてはいない。
微かな希望ではあるが──。
そんなムジカの顔を見て、コビーがぎょっと目を丸くする。
「やけにエレジアについて詳しいですね? ……そういえば、手配書で見た顔でもないですし、“麦わらの一味”に新たな仲間が入ったという話も聞きません。……あなたは──?」
「わたし? わたしは“並行──」
「“ソウルキング”時代の私の音楽仲間ですよ。昔少しだけエレジアに住んでいたことがあって、今回プリンセス・ウタのライブに是非来たいとおっしゃったので、一緒の船で来たんです。ね、ムジカさん?」
そう言ってムジカの言葉を遮ったのはブルックだった。
ムジカはそんなブルックを見上げる。
──何故そんな嘘を吐くのだろう?
疑問には思うが、しかし他ならないブルックのことだ。何か意図があるのだろう。
ムジカの視線に気が付いたブルックが、小さくヨホホと笑った。
「……では、ムジカさんと“麦わらの一味”のみなさんは、その蔵書室へと向かってください。ぼくたちも、彼女を止められるように全力を尽くします」
コビーは少し釈然としないような表情を浮かべてそう言ったのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想、評価、お気に入りなどありがとうございます。特に感想はいつも楽しみに読ませていただいております。
次回は火曜日更新予定です。
この話とは関係ないですが、別口で短編もアップする予定ですので、よろしければそちらもお願いいたします。