IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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11.楔

「ᚨᛈᚱᛁᚱᛖ」

 

 ムジカ(ウタ)がその呪文を、以前ゴードンから教えてもらった通りに唄う。

 ズッ……

 音を立てて、石扉が振動を始めた。

 ムジカは扉から手を放して、一歩後ろへと下がった。

 石と石の擦れる音とともに、微かに地面が揺れる。

「ほう」や「へえ」といった驚きの声が上がる中、石扉はゆっくりと開き切った。

 ズズン……。

 最後の揺れで我に返ったように、今までぽかんと口を開けていたフランキーが、はっとして声を上げた。

 

「なァムジカ、これいったいどういう仕組みだ!?」

 

 技術者としての性なのだろう。興味津々といった体で、目を輝かせて言う。

 しかしムジカは肩を竦めるしかない。

 

「知らない。なんか古い技術の、オンセンニンジョー? とかいうらしいけど」

 

 ムジカはこの手の技術や機械に関して、興味深いと思うことこそあれ、わざわざ調べようとなることはない。

 スーパー残念だ、と肩を落とすフランキーも引き連れて、一行は蔵書室の中へと足を踏み入れた。

 天井が高いからだろう。今までの地下通路とは違い、靴の反響音が小さくなる。

 蔵書室に、目だった灯りはない。

 ブルックの持つランタンが、周囲をほんのりと照らしている。

 

「……それにしても、思ってたより広いな。蔵書室ってより、もはや図書館じゃねェか」

 

 サンジが少しだけ感心したように言う。

 そのままいつもの癖で、煙草を口に咥え──。

 

「はいはいサンジ君、火気厳禁ね」

 

 ナミが呆れたように言って、その口許から煙草をひったくる。

 悪ィ、と謝るサンジに、ゾロが悪い笑みを浮かべた。

 

「気を付けろよエロコック」

「お前にだけは言われたくねェよクソ剣士」

 

 小声ながらも、いつものようにケンカを始めようとする二人を見て、焦った顔をしてウソップが間に入った。

 

「おいゾロ、サンジ! ケンカも厳禁だって言われたろ!?」

「オメーが一番、声がでけェ」

 

 ゾロのその指摘に、ウソップは慌てて両手で口を覆う。

 そんな一味の様子に、ムジカは思わず「あはは」と笑い声をあげてしまう。

 

「おい、ムジカ──!」

「大丈夫。この程度の音なら問題ないよ。──それで、あっちの区画に、“Tot Musica”に関する文献は多かったと思う。肝心の“Tot Musica”が封印されていたのは天井ね」

 

 そう言いながら、ムジカは天井を指差す。

 見上げてみれば、やはり天井に描かれた“Tot Musica”の壁画の中心が、ぽっかりと口を開けていた。かすかに見える暗闇が、既に封印された楽譜はそこにはないことを、雄弁に物語っていた。

 そしてムジカは、“Tot Musica”に関する文献が多い区画へと、一味を案内しようと歩き出す。

 本棚の隙間を抜けて──

 キュイイ……

 部屋の奥の方から、耳障りな音が聞こえてきた。

 何の音だろう、とムジカは首を傾げてそちらに目を向ける。

 確か、この蔵書室でそんな音が鳴るようなモノは──。

 

「え──?」

「ムジカさん!!」

 

 ムジカが目を見開くのと、ブルックがそんなムジカの名を呼びながらその体を抱えて、物陰に隠れるのは同時だった。

 まさに、間一髪。

 この場に似つかわしくない機械音を立てて、楽器に手足と頭を生やしたような姿の石像が動き出していた。

 その目から放たれた光線が、ムジカが一瞬前まで立っていた石の床を溶かす。

 ムジカは、目を丸くしてその床を見つめていた。

 

(──何が起こったの!?)

 

 石像が動いたことに、気が付かなかったわけではない。

 何故、この石像が動いたのか。

 その理由が、全くわからないのだ。

 

「“三刀流”──」

「“悪魔風脚(ディアブルジャンブ)”──」

 

 そんな異変に対し、真っ先に動いたのはゾロとサンジだった。

 地面を蹴り、動き出した石像へと肉薄する。

 

「──“(ウル)・虎狩り”!!」

「──“揚げ物盛り合わせ(フリットアソルティ)”!!」

 

 鉄を膾のように斬り裂く斬撃と、熱した鉄よりも熱い炎の足技が、動き出した石像の内三体を沈黙させる。

 倒れかかって来たその石像たちを、フランキーとジンベエが殴り飛ばした。

 

「おいムジカ!! こりゃいったいどういうことだ!!?」

 

 聞いていた話と違うぞ、とゾロが抗議の声を上げる。

 しかしムジカからしても、この事態は予想外なのだ。

 

「わかんないよ!! 前にこの蔵書室に来た時には、あれくらいの声じゃウンともスンとも言わなかったし!!」

 

 そうやって言い返す以外、今のムジカにはできなかった。

 思案気にロビンが呟く。

 

「……“並行世界”だから? あるいは、ここがウタウタの世界だからかも──?」

 

 そうやって原因に意識を割いているうちに、崩れ落ちた石像の後方から、さらに多くの石像が姿を現している。

 ナミが“魔法の天候棒(ソーサリー・クリマタクト)”を取り出してロビンとムジカに声をかける。

 

「ロビンとムジカは文献を!」

「でも──」

「時間がない! 早く!!」

 

 焦ったようなナミの声。

 それはそうだろう。あれだけの質量の石像が、大量に暴れ始めたら、この建物がいつまでもつかわからないのだから。

 ムジカは蔵書室の奥の方へと足を向けながら、ロビンに声をかけた。

 

「ロビン! とりあえずめぼしい本を集めて来るから、天井の壁画、解読してもらっていい!?」

「壁画?」

「たぶん、文字になってる! 古すぎてなんて書いてあるかわからないけど!!」

「文字──、確かに。でも、暗くてよく見えないわね……。ウソップ!」

「よし来た!! 任せとけ!!」

 

 名前を呼ばれた“狙撃手”は、いつの間にか二階に避難しており、そしてロビンに向かってサムズアップして応える。

 

「“必殺・ローリング火薬星”!!!」

 

 ウソップが転がりながらパチンコから放った弾丸は、天井に当たるとその場でパチパチと音を立てて燃え始めた。

 火気厳禁──。

 それはついさっきまでの話。

 石像が動き出してしまった今、優先しなければならないのは、迅速な情報収集だ。

 赤々と照らされたその壁画を眺めるロビンの瞳が、細かく忙しなく動く。

 

「……“Tot Musica”の──、名の、元に……」

 

 ロビンが、そこに書かれた古い文字を解読していく。

 ムジカはそんな彼女らを背に、奥の本棚へと走る。

 “並行世界”と同じであれば、“Tot Musica”関連の文献は、その区画に多くあったはずだ。

 ムジカの予想通り、その区画の本棚には、見覚えのある背表紙が並んでいた。

 エレジアで起きた事件について。

 悪魔の実について。

 エレジア史について。

 “Tot Musica”の封印について。

 エレジア王家について。

 そんな様々な内容の本が、所狭しとずらりと並べられている。

 さすがに、この状況で全ての本に目を通す時間はないし、全ての本を持ち出す手立てもない。

 ムジカは見覚えのある背表紙のうち、あの時自分の世界のブルックが読んでいた書籍のみをピックアップして、床に積み上げていく──。

 

「ムジカ!!」

 

 ナミに名前を呼ばれると同時に、ムジカは自分に向かって落ちて来た影に気が付いた。

 ぱっと顔を上げると、石像がムジカを見下ろしていた。

 そして、石像の腹の中心辺りから、ミサイルが発射される。

 しまった、とムジカが思ってももう遅い。

 逃げるにも迎撃するにも、現在のムジカの体では──。

 

「“柔力強化(カンフーポイント)”!!」

「チョッパー!」

 

 ムジカと石像の間に飛び込んできたチョッパーが、掛け声とともにミサイルを弾き飛ばした。

 しかし、弾き飛ばされたとて、ミサイルはミサイルだ。

 壁や本棚、柱に当たった弾頭が爆発し、その衝撃にムジカは思わず尻餅をついてしまった。

 目の前に積み上げた本も、爆風に音を立てて散り散りになってしまう。

 

「悪いムジカ!! 大丈夫か!!?」

 

 チョッパーの心配したような声に、ムジカはすぐに立ち上がりながら答えた。

 

「なんとか大丈夫! 助かったよありがとう!」

「無事なら良かった! 立てるか? 立てるなら早く逃げろ! よくわからないけど、こいつらムジカを狙ってるみたいなんだ!!」

「わ、わかった!」

 

 ムジカは石像を見上げながら、たじたじと後ずさりする。

 

(──なんで、わたしが狙われてる?)

 

 どうにもその理由だけが解せないが、しかし今はそれを考えている余裕はない。

 石像の瞳が動き、ムジカに向けられる。

 

「ムジカ、こっち!!」

 

 何もないはずの空間から声が聞こえたかと思うと、何かがムジカの細腕を掴んだ。

 

「ナミ!!」

 

 “蜃気楼(ミラージュ)=テンポ”。

 ナミの持つ“魔法の天候棒”により繰り出された熱と冷気によって蜃気楼を起こし、姿を隠す技である。

 腕を掴まれたムジカの姿が、ゆらりと揺れたかと思うと、消えた。

 石像たちが、目標を見失ったようにその無機質な目をぎょろぎょろと動かす。

 

「“一刀流・馬鬼”!!」

「“悪魔風脚・首肉(コリエ)ストライク”!!」

「“魂の(ソウル)パラード・アイスバーン”!!」

 

 ゾロ、サンジ、ブルックが石像を攻撃する脇を通り抜け、ナミとムジカはロビンの待つ出口の方へと向かう。

 しかし、あまりにも石像の数が多い。

 この蔵書室が崩れるのも、時間の問題のように思える。

 

「“魚人空手・鮫肌掌底”!!」

 

 そして、ジンベエが“魚人空手”を使い、フランキーを勢いよく突き飛ばす。

 フランキーは回転しながら、腕でビームを打つ構えを取る。

 

「“ラディカルビーム大回転(ジャイアントスラローム)”!!!」

 

 彼の腕から、ビームが迸る。

 そのまばゆい光は石像の頭を薙ぎ払い、残っていた石像のほぼすべてを蹴散らした。

 ──崩落の危険の増大とともに。

 

「おいバカ野郎!!」

「スーパーすまねェ!!」

「天井が崩れて来たぞ!?」

「このままだと生き埋めになってしまいます! あ、私生き埋め似合いそう!」

 

 蔵書室が、明らかにまずい揺れ方をしていた。

 天井の石壁が崩れ、地面に落ちて音を立てる。

 

「みんな! こっち!!」

 

 ナミが大鏡の前に立って、大声を張り上げる。

 

「ブリュレ!!」

 

 鏡に語り掛けるナミ。

 そして、ムジカは──。

 

(──こんなはずじゃなかったのに!!)

 

 顔を歪めて歯噛みしていた。

 石像が勝手に動き出すなんて思わなかったし、そのせいで収穫は、ロビンが解読した天井の壁画だけ──。

 

「あっ!!」

 

 ムジカが声を上げて、ナミの手を振りほどいた。

 

「ちょっと!!」

 

 後ろからそんな声が聞こえるが、ムジカはそれに構わず駆けだした。

 視界の端に映った本。

 ──この本は、よく知っている。

 本棚に手を伸ばして、その厚みのない本を手に取った。

 煤けたその本は、どうやら絵本らしい。

 表紙は煤け変色し、どのような題名の、どのような絵の物語なのか、一見するとわからない。

 ムジカは、その本を掴んで振り返り──。

 すぐ頭上で、天井が崩落を始めた。

 ムジカ、と一味から悲鳴が上がる。

 咄嗟にムジカも地面を蹴るが、“ウタ”の体ではないこの華奢な体では、それを避け切ることが──。

 

「危ないですよお嬢さん」

 

 ムジカにとって聞きなれた、優しい声と共に、固く節くれだった手がムジカの腰を抱え、その窮地を救った。

 

「ブルック!!」

 

 抱きかかえられたムジカが、その“骨”の名前を呼ぶ。

 ブルックは低い声でヨホホと応え、その身軽さで落ちて来る瓦礫を避けていく──。

 

「危ない!!」

 

 上からではなく、横から飛来する石片。

 それに気が付いたブルックが、咄嗟に剣を構え──。

 ドゴン!!

 派手な音を立てて、その石片は粉々に砕かれた。

 サンジの足技である。

 

「おいクソ剣士!! むやみやたらと斬り飛ばすんじゃねェ!!」

 

 サンジの怒号に、ゾロは刀を仕舞ながら涼しい顔をして肩を竦めた。

 

「いいじゃねェか、誰も怪我してねェんだから」

「おれが間に合ったおかげでな!!」

「あのー、お二人さん、ケンカは後にして逃げません?」

 

 遠慮がちに、しかし呆れたように、ケンカを始める二人にブルックが苦言を呈す。

 あん? と言ったゾロの背後で、最後の石像が音を立てて崩れ落ちた。

 いいから、と叫んだのはナミだった。

 

「ブリュレがミロワールドを開いてくれたわ! 鏡の中に逃げるわよ!!」

 

 ナミの号令に反駁するように、蔵書室が一層大きく揺れる。

 この建物が崩れたのは、それから一分と経たないうちであった。

 




いつもお読みいただきありがとうございます。
ここら辺からまた大分独自解釈という名の妄想が増えていくと思われます。
よろしくお願いいたします。
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