IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
かつてのエレジア王国の、講堂兼集会場だった、古ぼけた廃墟。
トラファルガー・ローやバルトロメオと共に行動していたルフィは、そこでそわそわと落ち着かない様子で待っていた。
彼ら三人は、既にコビーたちと接触していた。
そこで、ルフィたちは既に今起こっている事態について、コビーから説明を受けていた。
ネズキノコを食べたウタの命が、尽きるまでの時間についても。
だからこそ、ルフィは落ち着いてはいられないのだ。
──それでも、この場にとどまっていられるのは、他ならないコビーがウタを説得しに行っているから。そして、一味の仲間が、この世界から出る方法を探しに行っているから。
ぴたり、と今まで細かく揺すっていたルフィの膝が止まった。
それから一瞬と経たず、ルフィたちの目の前でドアの開くような音が鳴り、空間に円形の亀裂がはしる。
その空間をドアのように開いて、コビーが胴回りより少し狭いそのドアを、体を捩じって無理に出て来た。
それに続いて、少量の虹色の水と共に、牛を擬人化したマスコットのような人間が飛び出してくる。
そのマスコットのような人間が、地面に降り立つと同時に、空間に出現したドアが消滅した。
「なんとか逃げられたが……」
高い声が、そのマスコットの喉から聞こえる。
ぽかんとそのマスコットを眺めていたバルトロメオが、はっと我に返ったように叫んだ。
「おめェ誰だべ!!?」
「ブルーノ!!」
少し苛立ったようにそのマスコット──ブルーノは声を荒らげるが、しかしその声はどこか可愛らしいものになってしまっている。
「……その様子、どうやら説得は失敗──」
ローがコビーたちにそう声をかけた時だった。
廃墟に立てかけてあった鏡が、渦巻いた。
おっ、と声を上げて、ルフィが笑顔でそちらの方を振り返る。
そして、その鏡から現れたのは、“麦わらの一味”と
後に続いて、苦い顔をしたオーブンと、そして困り顔のブリュレも鏡の中から現れた。
「くそっ、またここに戻ってくるハメになるとは……」
オーブンが忌々し気に言う。“ビッグマム”の息子である彼としたら、海軍に与するならまだしも、因縁の“麦わらの一味”に与するのは避けたかったのだろう。
それをわかっていながらも、ナミから「私たちを助けなければこの世界から出られない」と半ば脅されて、彼女らを助けざるを得なかったブリュレは、涙目で「ごめんねおにいちゃん……」としおらしく謝っている。
そんな“ビッグマム海賊団”の二人を後目に、チョッパーがルフィに駆け寄った。
「ルフィー!!」
「サニー!!」
そんなチョッパーと同時に、ルフィの陰から飛び出したのは、ライオン──だろうか? 丸顔に鬣を持った、二足歩行のマスコットだった。
いきなり飛び出してきたそのマスコットに、チョッパーは止まり切れずに、思い切り正面衝突をした。
伸びたチョッパーとそのマスコットを見下ろして、ゾロが眉に皺を寄せ首を傾げる。
「なんだこいつ?」
「もしかして、サニー号なんじゃ……」
ムジカの言葉に、ルフィが歯を見せて笑う。
「さすがよくわかったな! サニー号だ!」
その言葉に、これが!? と一味は驚きを隠せないが、しかし“偉大なる航路”の海を越えて来た彼らは、その驚きを引きずるようなことはしない。
「どんな改造をしたらこうなるんだァ!?」
「かわいー!」
と各々の感想を述べてからすぐにコビーたちに向き直る。
彼がここにいて、そしてこの世界が続いているということは、と状況を把握して、一味は顔を曇らせる。
「やっぱり、説得はダメだったんだ」
ムジカの言葉に、コビーはうつむき加減に頷いた。
結んだ唇には、悔しさの色が滲んでいる。
「彼女の精神状態は、既に限界に近いのかもしれません。──終始イライラしている様子で、取り付く島もないと言いますか……」
コビーが小さく息を吐いて首を振る。
「ぼくからの説得もまったく意味はないみたいでして、『死ぬ? 大切なのは体じゃなくて心でしょ?』と聞く耳を持たず……。最終的に、彼女の『この世界で幸せに暮らす』ということに賛否が起こりまして、それに怒った彼女は、海水面を上げてステージを水没させて、観客全てをオモチャやぬいぐるみに変えてしまいました」
「おれもそれに巻き込まれて、こんな姿に──」
コビーの言葉に、ブルーノが続く。
それを聞いたムジカの顔が青ざめた。
同時に湧き上がる、怒りと困惑。
もう一人の、という枕詞が付くとはいえ、“ウタ”がこの状況を引き起こしていることに対しての、怒り。キノコの影響はあるかもしれないが、観客に手をあげるのは駄目だろう。
そして、ムジカも“ウタ”であるからこそ思う、彼女に何があったのか、という困惑。
しかし今は誰も、顔色の悪いムジカに構っている余裕はない。
説得がダメだったのであれば──。
「ロビンさん、ウタウタの実の情報は、何か得られましたか?」
コビーの問いに、ロビンがええ、と頷いた。
「昔の記録によると、ウタウタの世界に取り込まれた人間が、自力で脱出することはできない、絶対に。だけど、彼女が『Tot Musica』を歌った場合に限って、現実世界に帰れるかもしれない」
ムジカの言った通りね、とロビンがムジカにウインクする。
「『Tot Musica』ですか?」
コビーの質問に、ロビンが頷いた。
「ええ。なんでも“魔王”を封じ込めた楽譜みたい。人の負の感情の集合体、というような記述もあったわ」
「魔王!? それは兵器か何かなんですか?」
「兵器って言うよりは、災害に近い“何か”だよ。……強いて言うなら、やっぱり“魔王”がしっくりくるんだと思う」
コビーの疑問に、ムジカが答える。
あれは兵器と呼ぶには指向性を与えられず、しかし災害と呼ぶには明確な意思を持っている。
見て、とムジカは言って、蔵書室から唯一持ってくることのできた絵本をコビーに渡す。
コビーはそれを受け取って、表紙を開いた。
内容を知っているムジカと、そういう本には興味を抱けないルフィを除いた皆が、コビーの肩越しにその絵本を覗き込んだ。
そこに書いてあったのは、御伽噺だった。
音楽の国に生まれた二人の少女と、近隣で起こった戦争のお話。
戦争の後に生まれた、魔王のお話。
そして、魔王と少女のお話。
「これは……」
「童話だから、信用性は薄いけどね。……だけどほら、火のない所に煙は立たないって言うでしょ?」
肝心なのは、その“魔王”の来歴ではない。
一国をも滅ぼしてしまう力を有しているとされること。
しかし、きちんと倒せる存在であると明記されていること。
だがよ、とフランキーがロビンに尋ねる。
「もしウタが『Tot Musica』を歌ったら、どうなるんだ? この“魔王”が出てきて、それを倒せばいいのか?」
「そう簡単なら良かったんだけど」
ロビンは眉を顰めてそう言った。
「どうやら、その歌を唄うことで出現する“魔王”は、このウタウタの世界と同時に、現実の世界にも現れる。それを二つの世界から同時に攻撃することで、ウタウタの世界を消し去ることができる」
ああそうか、とムジカは一人納得する。
原理としては、ムジカの開発したウタウタの実の能力と同じだろう。
仮想世界の自分を現実世界の自分に重ね合わせて、現実世界への自分を操る。
その重なっている存在を壊すことによって、世界を一つ──現実世界に統合してしまうというわけだ。
「でも、現実世界のウタ様を、誰が攻撃するんだべ?」
バルトロメオが困ったように首を傾げた。
なにしろ、戦力になりそうな者たちは、皆この世界に集まってしまっているのだから。
ヘルメッポが、その割れた顎に手をやって空を仰ぐ。
「なんとか現実世界で、大将や
「無理ですよ」
ヘルメッポの言葉を、コビーが遮った。
「一般市民がいる以上、恐らく海軍はウタに手を出せません。せっかくの情報ですが……」
コビーが溜め息を吐く。
ねえ、とムジカが心配するように、顔を顰めて言う。
「そもそも、攻撃しないとならないのは“Tot Musica”であって、あの子じゃないからね? それに、あの子が“Tot Musica”を使うのかどうか、っていう問題もあるから──」
「そりゃそうだけどよ……」
ウソップが頭を掻きながら、困ったように言う。
今まで座って、皆の話を聞いていたルフィが、勢いよく立ち上がって、そのままムジカに詰め寄った。
「なあムジカ。どうしたらウタを止められる? ──
真剣な声。
真剣な眼差し。
ムジカは、その翡翠の瞳で真っ直ぐにその視線を受けてから、しかし力なく視線を逸らした。
きっとルフィは、この世界からの脱出とか、そういうのはどうでもいいのだろう。
ウタさえ無事であれば、後でどうとでもできるから。
そしておそらく、“ウタ”がもともとはこんなことをする人ではないことを、ムジカを除いて一番良くわかっているから。
だが、ムジカには、ウタを止める手立てが思い浮かばない。
説得ができれば苦労はしないだろう。
だが、この世界の彼女に何があったのかも知らずに声をかけるのは、ヘタをすれば逆効果だ。
ムジカは、ウタからしてみれば、赤の他人だ。見た目からも何からも、ムジカをウタと結び付けられるものは何もないのだから。
そんな赤の他人から、知ったような口を利かれて、ウタがそれに靡くわけもない。
ムジカがブルックの言葉に、行動に助けられたのは、彼との関係性があったからだ。
だから、きっと説得ができるとしたら、ルフィだけなのだろう。
しかし、その説得の材料が、何もないのだ。
「現実世界に、ウタを止められる男がいる──」
森の方から、低く落ち着いた声が聞こえて来た。
ムジカにとっては、あまりにも聞きなれた声。
「おっさん!」
「ゴードン!」
森の藪から出てきたのは、小さくなったベポが引く車椅子に座った、厳つい顔の男、ゴードンだった。
同時に声を上げたルフィとムジカが、顔を見合せる。
「なんだ、お前おっさんと知り合い──ってそうか。お前の世界でもおっさんの世話になってたのか」
「そうだよ。……というか、ルフィはいつの間にゴードンと──」
「いや、誰だよそのおっさん」
ウソップの疑問に答えたのは、バルトロメオだった。
「ウタ様の育ての親、ゴードンさんだべ」
え、とゴードンを知らない者たちが声を上げる。
だが、内心驚いているのはムジカも同じだった。
(……てっきり、この世界ではゴードンに何かあったんじゃないかって思っていたけど)
ムジカは、ウタに何かあったのだとしたら、その可能性が一番高いと思っていたのだ。
この世界のウタと、ムジカの思想が違うのは、例えばエレジア崩壊の時に生き残ったのがゴードン以外の人だったとか。
そうすれば、あの歌唱力の差にも説明が付く。
(──もちろん、ゴードンの指導が悪かったというわけではないけど)
しかし、ゴードンがウタを育てたということは、とムジカは考える。
──あのウタは、自分とほとんど変わらない過去を持っているのではないか?
余計に、解せない。
なら、何故彼女はこんなことをしているのだろう?
コビーが、ゴードンの言葉に質問を投げた。
「それは、誰ですか?」
「シャンクスだ」
その言葉にルフィがゴードンの許へ駆け寄って、聴く。
「なあおっさん、やっぱりウタとシャンクスに何かあったのか?」
一瞬口を開こうとしたゴードンは、すぐに下を向いて口をつぐんでしまった。
言っていいのか、逡巡しているのだろう。
ムジカも、口を開かなかった。
何故なら、この世界のウタについて知るチャンスかもしれないから。
だが、ルフィは待ってはいられなかった。
眉間に深い皺を寄せると、ルフィは地面を蹴って森の中へと飛び込んだ。
向かった方角は、エレジアのライブ会場のある方向だ。
「あーっ!! ルフィ先輩、ヤバいべ!! ウタ様の所へいったんだべ!? まだ勝てないってのに!!」
バルトロメオが焦ったように叫ぶ。
それに対して、呆れたように返したのはウソップだった。
「止めたって無駄だ、うちの船長は!」
それに続いて、サンジが煙草に火を点けて言う。
「どのみち時間がねェんだ。迷っているより、さっさと行ってケリ付けちまった方がいい」
「ですが、どうやって?」
コビーの質問に、ゾロがにやりと口をゆがめる。
「なに、あいつがその“魔王”を出すかもわからねェ、外に“赤髪”が来るかもわからねェんなら、とりあえず攻めるしかねェだろ。攻めてりゃ、いずれ勝機は訪れる」
迷っているよりは有意義だ、とゾロが言う。
それを聞いたバルトロメオが、感心したように飛び上がって言う。
「さすが“麦わらの一味”だべ!! ビビってたおれが情けねェ!!」
かくして、“麦わらの一味”も、“ビッグマム海賊団”も、そしてそれ以外の海賊たちも、足早にライブ会場へと駆けて行く。
ブルーノを始めとする、体の小さい者組は、彼のドアドアの実の力で、直接現地へ向かうようだ。
残されたのは、ゴードンと、そしてムジカのみだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
予定だとあと6話程度で終了になる見込みです。いつものように予定は未定ですのでよろしくお願いします。
感想などもいつもありがとうございます
もうしばしお付き合いくださいませ。
次回は明日更新させていただきます。