IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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12.ふたり

 かつてのエレジア王国の、講堂兼集会場だった、古ぼけた廃墟。

 トラファルガー・ローやバルトロメオと共に行動していたルフィは、そこでそわそわと落ち着かない様子で待っていた。

 彼ら三人は、既にコビーたちと接触していた。

 そこで、ルフィたちは既に今起こっている事態について、コビーから説明を受けていた。

 ネズキノコを食べたウタの命が、尽きるまでの時間についても。

 だからこそ、ルフィは落ち着いてはいられないのだ。

 ──それでも、この場にとどまっていられるのは、他ならないコビーがウタを説得しに行っているから。そして、一味の仲間が、この世界から出る方法を探しに行っているから。

 ぴたり、と今まで細かく揺すっていたルフィの膝が止まった。

 それから一瞬と経たず、ルフィたちの目の前でドアの開くような音が鳴り、空間に円形の亀裂がはしる。

 その空間をドアのように開いて、コビーが胴回りより少し狭いそのドアを、体を捩じって無理に出て来た。

 それに続いて、少量の虹色の水と共に、牛を擬人化したマスコットのような人間が飛び出してくる。

 そのマスコットのような人間が、地面に降り立つと同時に、空間に出現したドアが消滅した。

 

「なんとか逃げられたが……」

 

 高い声が、そのマスコットの喉から聞こえる。

 ぽかんとそのマスコットを眺めていたバルトロメオが、はっと我に返ったように叫んだ。

 

「おめェ誰だべ!!?」

「ブルーノ!!」

 

 少し苛立ったようにそのマスコット──ブルーノは声を荒らげるが、しかしその声はどこか可愛らしいものになってしまっている。

 

「……その様子、どうやら説得は失敗──」

 

 ローがコビーたちにそう声をかけた時だった。

 廃墟に立てかけてあった鏡が、渦巻いた。

 おっ、と声を上げて、ルフィが笑顔でそちらの方を振り返る。

 そして、その鏡から現れたのは、“麦わらの一味”とムジカ(ウタ)だった。

 後に続いて、苦い顔をしたオーブンと、そして困り顔のブリュレも鏡の中から現れた。

 

「くそっ、またここに戻ってくるハメになるとは……」

 

 オーブンが忌々し気に言う。“ビッグマム”の息子である彼としたら、海軍に与するならまだしも、因縁の“麦わらの一味”に与するのは避けたかったのだろう。

 それをわかっていながらも、ナミから「私たちを助けなければこの世界から出られない」と半ば脅されて、彼女らを助けざるを得なかったブリュレは、涙目で「ごめんねおにいちゃん……」としおらしく謝っている。

 そんな“ビッグマム海賊団”の二人を後目に、チョッパーがルフィに駆け寄った。

 

「ルフィー!!」

「サニー!!」

 

 そんなチョッパーと同時に、ルフィの陰から飛び出したのは、ライオン──だろうか? 丸顔に鬣を持った、二足歩行のマスコットだった。

 いきなり飛び出してきたそのマスコットに、チョッパーは止まり切れずに、思い切り正面衝突をした。

 伸びたチョッパーとそのマスコットを見下ろして、ゾロが眉に皺を寄せ首を傾げる。

 

「なんだこいつ?」

「もしかして、サニー号なんじゃ……」

 

 ムジカの言葉に、ルフィが歯を見せて笑う。

 

「さすがよくわかったな! サニー号だ!」

 

 その言葉に、これが!? と一味は驚きを隠せないが、しかし“偉大なる航路”の海を越えて来た彼らは、その驚きを引きずるようなことはしない。

 

「どんな改造をしたらこうなるんだァ!?」

「かわいー!」

 

 と各々の感想を述べてからすぐにコビーたちに向き直る。

 彼がここにいて、そしてこの世界が続いているということは、と状況を把握して、一味は顔を曇らせる。

 

「やっぱり、説得はダメだったんだ」

 

 ムジカの言葉に、コビーはうつむき加減に頷いた。

 結んだ唇には、悔しさの色が滲んでいる。

 

「彼女の精神状態は、既に限界に近いのかもしれません。──終始イライラしている様子で、取り付く島もないと言いますか……」

 

 コビーが小さく息を吐いて首を振る。

 

「ぼくからの説得もまったく意味はないみたいでして、『死ぬ? 大切なのは体じゃなくて心でしょ?』と聞く耳を持たず……。最終的に、彼女の『この世界で幸せに暮らす』ということに賛否が起こりまして、それに怒った彼女は、海水面を上げてステージを水没させて、観客全てをオモチャやぬいぐるみに変えてしまいました」

「おれもそれに巻き込まれて、こんな姿に──」

 

 コビーの言葉に、ブルーノが続く。

 それを聞いたムジカの顔が青ざめた。

 同時に湧き上がる、怒りと困惑。

 もう一人の、という枕詞が付くとはいえ、“ウタ”がこの状況を引き起こしていることに対しての、怒り。キノコの影響はあるかもしれないが、観客に手をあげるのは駄目だろう。

 そして、ムジカも“ウタ”であるからこそ思う、彼女に何があったのか、という困惑。

 しかし今は誰も、顔色の悪いムジカに構っている余裕はない。

 説得がダメだったのであれば──。

 

「ロビンさん、ウタウタの実の情報は、何か得られましたか?」

 

 コビーの問いに、ロビンがええ、と頷いた。

 

「昔の記録によると、ウタウタの世界に取り込まれた人間が、自力で脱出することはできない、絶対に。だけど、彼女が『Tot Musica』を歌った場合に限って、現実世界に帰れるかもしれない」

 

 ムジカの言った通りね、とロビンがムジカにウインクする。

 

「『Tot Musica』ですか?」

 

 コビーの質問に、ロビンが頷いた。

 

「ええ。なんでも“魔王”を封じ込めた楽譜みたい。人の負の感情の集合体、というような記述もあったわ」

「魔王!? それは兵器か何かなんですか?」

「兵器って言うよりは、災害に近い“何か”だよ。……強いて言うなら、やっぱり“魔王”がしっくりくるんだと思う」

 

 コビーの疑問に、ムジカが答える。

 あれは兵器と呼ぶには指向性を与えられず、しかし災害と呼ぶには明確な意思を持っている。

 見て、とムジカは言って、蔵書室から唯一持ってくることのできた絵本をコビーに渡す。

 コビーはそれを受け取って、表紙を開いた。

 内容を知っているムジカと、そういう本には興味を抱けないルフィを除いた皆が、コビーの肩越しにその絵本を覗き込んだ。

 そこに書いてあったのは、御伽噺だった。

 音楽の国に生まれた二人の少女と、近隣で起こった戦争のお話。

 戦争の後に生まれた、魔王のお話。

 そして、魔王と少女のお話。

 

「これは……」

「童話だから、信用性は薄いけどね。……だけどほら、火のない所に煙は立たないって言うでしょ?」

 

 肝心なのは、その“魔王”の来歴ではない。

 一国をも滅ぼしてしまう力を有しているとされること。

 しかし、きちんと倒せる存在であると明記されていること。

 だがよ、とフランキーがロビンに尋ねる。

 

「もしウタが『Tot Musica』を歌ったら、どうなるんだ? この“魔王”が出てきて、それを倒せばいいのか?」

「そう簡単なら良かったんだけど」

 

 ロビンは眉を顰めてそう言った。

 

「どうやら、その歌を唄うことで出現する“魔王”は、このウタウタの世界と同時に、現実の世界にも現れる。それを二つの世界から同時に攻撃することで、ウタウタの世界を消し去ることができる」

 

 ああそうか、とムジカは一人納得する。

 原理としては、ムジカの開発したウタウタの実の能力と同じだろう。

 仮想世界の自分を現実世界の自分に重ね合わせて、現実世界への自分を操る。

 その重なっている存在を壊すことによって、世界を一つ──現実世界に統合してしまうというわけだ。

 

「でも、現実世界のウタ様を、誰が攻撃するんだべ?」

 

 バルトロメオが困ったように首を傾げた。

 なにしろ、戦力になりそうな者たちは、皆この世界に集まってしまっているのだから。

 ヘルメッポが、その割れた顎に手をやって空を仰ぐ。

 

「なんとか現実世界で、大将やCP(サイファーポール)が攻撃をしてくれりゃ──」

「無理ですよ」

 

 ヘルメッポの言葉を、コビーが遮った。

 

「一般市民がいる以上、恐らく海軍はウタに手を出せません。せっかくの情報ですが……」

 

 コビーが溜め息を吐く。

 ねえ、とムジカが心配するように、顔を顰めて言う。

 

「そもそも、攻撃しないとならないのは“Tot Musica”であって、あの子じゃないからね? それに、あの子が“Tot Musica”を使うのかどうか、っていう問題もあるから──」

「そりゃそうだけどよ……」

 

 ウソップが頭を掻きながら、困ったように言う。

 今まで座って、皆の話を聞いていたルフィが、勢いよく立ち上がって、そのままムジカに詰め寄った。

 

「なあムジカ。どうしたらウタを止められる? ──()()()()、何か思いつくんじゃねェか?」

 

 真剣な声。

 真剣な眼差し。

 ムジカは、その翡翠の瞳で真っ直ぐにその視線を受けてから、しかし力なく視線を逸らした。

 きっとルフィは、この世界からの脱出とか、そういうのはどうでもいいのだろう。

 ウタさえ無事であれば、後でどうとでもできるから。

 そしておそらく、“ウタ”がもともとはこんなことをする人ではないことを、ムジカを除いて一番良くわかっているから。

 だが、ムジカには、ウタを止める手立てが思い浮かばない。

 説得ができれば苦労はしないだろう。

 だが、この世界の彼女に何があったのかも知らずに声をかけるのは、ヘタをすれば逆効果だ。

 ムジカは、ウタからしてみれば、赤の他人だ。見た目からも何からも、ムジカをウタと結び付けられるものは何もないのだから。

 そんな赤の他人から、知ったような口を利かれて、ウタがそれに靡くわけもない。

 ムジカがブルックの言葉に、行動に助けられたのは、彼との関係性があったからだ。

 だから、きっと説得ができるとしたら、ルフィだけなのだろう。

 しかし、その説得の材料が、何もないのだ。

 

「現実世界に、ウタを止められる男がいる──」

 

 森の方から、低く落ち着いた声が聞こえて来た。

 ムジカにとっては、あまりにも聞きなれた声。

 

「おっさん!」

「ゴードン!」

 

 森の藪から出てきたのは、小さくなったベポが引く車椅子に座った、厳つい顔の男、ゴードンだった。

 同時に声を上げたルフィとムジカが、顔を見合せる。

 

「なんだ、お前おっさんと知り合い──ってそうか。お前の世界でもおっさんの世話になってたのか」

「そうだよ。……というか、ルフィはいつの間にゴードンと──」

「いや、誰だよそのおっさん」

 

 ウソップの疑問に答えたのは、バルトロメオだった。

 

「ウタ様の育ての親、ゴードンさんだべ」

 

 え、とゴードンを知らない者たちが声を上げる。

 だが、内心驚いているのはムジカも同じだった。

 

(……てっきり、この世界ではゴードンに何かあったんじゃないかって思っていたけど)

 

 ムジカは、ウタに何かあったのだとしたら、その可能性が一番高いと思っていたのだ。

 この世界のウタと、ムジカの思想が違うのは、例えばエレジア崩壊の時に生き残ったのがゴードン以外の人だったとか。

 そうすれば、あの歌唱力の差にも説明が付く。

 

(──もちろん、ゴードンの指導が悪かったというわけではないけど)

 

 しかし、ゴードンがウタを育てたということは、とムジカは考える。

 ──あのウタは、自分とほとんど変わらない過去を持っているのではないか?

 余計に、解せない。

 なら、何故彼女はこんなことをしているのだろう?

 コビーが、ゴードンの言葉に質問を投げた。

 

「それは、誰ですか?」

「シャンクスだ」

 

 その言葉にルフィがゴードンの許へ駆け寄って、聴く。

 

「なあおっさん、やっぱりウタとシャンクスに何かあったのか?」

 

 一瞬口を開こうとしたゴードンは、すぐに下を向いて口をつぐんでしまった。

 言っていいのか、逡巡しているのだろう。

 ムジカも、口を開かなかった。

 何故なら、この世界のウタについて知るチャンスかもしれないから。

 だが、ルフィは待ってはいられなかった。

 眉間に深い皺を寄せると、ルフィは地面を蹴って森の中へと飛び込んだ。

 向かった方角は、エレジアのライブ会場のある方向だ。

 

「あーっ!! ルフィ先輩、ヤバいべ!! ウタ様の所へいったんだべ!? まだ勝てないってのに!!」

 

 バルトロメオが焦ったように叫ぶ。

 それに対して、呆れたように返したのはウソップだった。

 

「止めたって無駄だ、うちの船長は!」

 

 それに続いて、サンジが煙草に火を点けて言う。

 

「どのみち時間がねェんだ。迷っているより、さっさと行ってケリ付けちまった方がいい」

「ですが、どうやって?」

 

 コビーの質問に、ゾロがにやりと口をゆがめる。

 

「なに、あいつがその“魔王”を出すかもわからねェ、外に“赤髪”が来るかもわからねェんなら、とりあえず攻めるしかねェだろ。攻めてりゃ、いずれ勝機は訪れる」

 

 迷っているよりは有意義だ、とゾロが言う。

 それを聞いたバルトロメオが、感心したように飛び上がって言う。

 

「さすが“麦わらの一味”だべ!! ビビってたおれが情けねェ!!」

 

 かくして、“麦わらの一味”も、“ビッグマム海賊団”も、そしてそれ以外の海賊たちも、足早にライブ会場へと駆けて行く。

 ブルーノを始めとする、体の小さい者組は、彼のドアドアの実の力で、直接現地へ向かうようだ。

 残されたのは、ゴードンと、そしてムジカのみだった。




いつもお読みいただきありがとうございます。
予定だとあと6話程度で終了になる見込みです。いつものように予定は未定ですのでよろしくお願いします。
感想などもいつもありがとうございます
もうしばしお付き合いくださいませ。
次回は明日更新させていただきます。
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