IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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14.確かなこと

 ウタウタの世界は、エレジアがライブ会場──。

 おもちゃになった観客の沈む虹色の海の上の戦闘は、一度終わりを告げていた。

 決着がついたわけではない。

 『Tot Musica』を歌ったウタにより召喚された“魔王”は、現実世界と同時に攻撃されなければ傷一つ負わないという性質によって、“麦わらの一味”もほかの海賊たちも、そして海軍の誰も、彼女に勝つことはできなかった。

 “魔王”の頭に立つウタに、誰も傷を負わすことはできない。

 ただ、戦闘が進み、楽曲が進み、二楽章が終わったところでのインターバル。

 いっそ気だるげに見えるほど不愉快な顔をしたウタが、海賊たちを見下ろしていた。

 そんなウタに必死になって、ルフィが声をかける。

 

「おい、ウタ!! 今なら聞こえるだろ!!!」

 

 シャンクスのこと。

 今、彼女がやっていること。

 かつて約束したこと。

 自分たちが、何を求めていたか。

 何を目指していたのか。

 それらを武器に、何とかウタを説得しようとするルフィだが、しかし、ウタは全く聞く耳を持たない。

 ルフィの言葉を一つ一つ、丁寧につぶすように、ウタは赤い音符を拳のように変化させて、ルフィのことを殴る、殴る、殴る。

 聞く耳を持たないというよりも、聞きたくないかのように。

 執拗に、執拗に殴る。

 

「おい麦わら屋! 何をしてる、反撃しろ!!」

 

 トラファルガー・ローが、ルフィに向かって怒号を飛ばす。

 しかしルフィは、この期に及んで、反撃の構えを見せなかった。

 それどころか、防御すらしない。

 それはそうだろう。

 ルフィはウタを倒したいわけじゃない。

 ウタに止まってほしいのだ。

 ウタを助けたいのだ。

 だからこそ、戦闘で行う行為の一切をしない。

 ただ、言葉を投げようと口を開く。

 話を聞け、と。

 今なら聞こえるだろ、と。

 シャンクスたちが現実で来ている今ならまだ止まれるはずだ、と。

 しかしウタは、そのことごとくを振り払って、絶対零度の冷たい声に煮えたぎる溶岩の如き怒りを滲ませて吐き捨てる。

 

「海賊と話すことなんか──」

 

 ウタはその言葉とともに、頭上に槍を出現させる。

 その剣をも思わせるような幅広の穂先が、ぎらりと鈍く光る。

 

「──ないッ!!!」

 

 ウタがそう言い放つと同時に、その槍も放たれる。

 過たず。

 ルフィめがけて。

 しかし、ルフィはそれを避けようともせずまっすぐ見つめて──。

 ウタウタの世界に、鉄が肉を引き裂く音が鳴り響いた。

 

「──かはっ」

 

 槍に腹を貫かれた男が、血を吐いて膝をつく。

 そしてルフィが、目を見開いた。

 

「おっさん!!」

「……いや、いいんだ。あの子にこれ以上、友達を傷つけさせるわけには……、いかない」

 

 震える声で、しかし確かに、ゴードンが答える。

 一瞬だけ、ウタの瞳が揺れた。

 

「……へえ、庇うんだ。……シャンクスを信じているようなヤツだよ?」

 

 ゴードンは唇を噛み、その冷たい表情のウタの顔を見上げた。

 糾弾するような、その瞳。

……ああ、彼女をこうしてしまったのは──。

「すまない」

 自然と、ゴードンの口から謝罪の言葉が漏れていた。

────

 

 

 

 まったく、ここがウタウタの世界だからといって無茶をする!

 ゴードンに遅れて虹の海へとやって来たわたしは、内心で歯噛みした。

 きっとそれは表情に出て、わたしは今、とても酷い顔をしているに違いない。

 まず、ゴードン。

 『Tot Musica』をあの子が歌いだしたからといって、車いすから降りて走り出すなんて。腰を痛めてなくたって、もともと走れるような体じゃないでしょうに。あんたの腰が悪いことなんて、こっちはもうずっと知っているのに。

 きっと、彼をつき動かすのは愛情と罪悪感。

 知ってる。

 わたしが“ゴードン”と何年暮らしていたと思ってるの?

 だからといって、それで無茶をしていいとはならないだろう。

 ルフィを──そしてあの子を庇うために、槍の前にその身をさらすなんて。

 それにルフィ。

 わたしがゴードンを追いかけて、この虹の海の上に辿り着いてから、攻撃も防御もしないで一方的に殴られる。

 ルフィからしたら、様子のおかしい幼馴染に手を上げるなんて、絶対にできないだろう。

 わたしだってそうだ。

 もし仮に、ルフィが今のあの子のようなことをしたとして、ルフィを殴れる自信なんてない。

 ただのケンカならまだしも、これはそういうものじゃない。

 もしそうなったら、攻撃を避けるなんてことも、できないかもしれない。

 でも、せめて槍は防ぎなよ。

 防御しないならせめて、避けるとかさァ。

 極めつけは──。

 わたしは、この場で一番無茶をしている人物を睨みつける。

 片目を隠す前髪がないおかげで、彼女の顔がよく見える。

 

「────! ───…………───!!」

 

 ゴードンが、エレジア崩壊の真実について、あの子に訴えかける。

 もうやめようと。

 シャンクスが悪かったわけじゃないんだ、と。

 恨みつらみを向けるなら、騙していた自分だけを、と。

 ああでもね、ゴードン。

 きっともう、その言葉は遅すぎた。

 その言葉をかけるなら、もっと前──、例えば、あの子がエレジアの真実を知って時間がたたないうちにかけるべきだった。あるいは、エレジアの真実を知るずっと前に。

 エレジア崩壊の真実を知ってまず芽生えるのは、罪の意識。

 そして、“赤髪海賊団”が何故自分を置いて行ったのかという疑念。

 その疑念はすぐに、確信へと変わるのだ。

 ……ああ、わたしは捨てられてしまったんだな。わたしが──化け物だから。

 と。

 それによって、あの晩、『シャンクスたちと離れたくない。エレジアには残らない』と言ったにもかかわらずに置いて行かれた“わたし”の心の傷が、深く、深く、押し広げられる。

 完治することのなかった心の傷だ。

 膿んだ心の傷は、奈落のように黒く暗い孔となり、“わたし”を絶望へと誘うのだ。

 ──それでも、あの子が折れずにいたのは、きっと“何もなかった”から。

 何もない空っぽの“ウタ”だったからこそ、本来であれば受け止めきれない“救世主”という役割を、そのぽっかりと開いた心の孔に受け入れてしまったのだ。

 “救世主”にすがっていたのは、本当は民衆なんかではなく──。

 そう。

 だから。

 あの子はきっともう、シャンクスのこととか、エレジアの真実とかでは、もう止まれないのだ。

 あの子の心は、あの子の“夢”は、もうとっくにあの子のものではなくなってしまっているのだから。

 わたしは、居ても立っても居られなかった。

 息を大きく吸い込み、叫ぶ。

 

()()ァァあああ!!!!」

 

 多分初めて、わたしはあの子の名前を呼んだ。

 びりびりと空気を震わせるわたしの声に、ぎょっとしたように、あの子がこちらを向く。

 その顔目掛けて、わたしは駆け出していた。

 

「ムジカさん!?」

「ムジカ!!」

 

 ブルックとナミの、焦ったような声が背中から聞こえる。

 きっとそれは、今のわたしが戦えないことを知っているから。

 だけどその言葉で、わたしは足を止めたりなんかしない。

 絶対に、立ち止まらない。

 だって、これは戦いじゃないから。

 わたしはあの子を、止めに来たのだ。

 

「いい加減にしなよ!! こんなの、絶対間違ってる!!!」

 

 だけどルフィと違って、わたしは“ウタ”には甘くはないんだ。

 自分(ムジカ)にも、わたし(ウタ)にも。

 だから、言いたいことは全部言ってやる。

 あの子を止めるために必要なことはわかっている。

 かつて、ブルックがわたしにしてくれたことだから。

 ──ねえウタ、あんたは────。

 

「………………さい」

 

 歯をむき出し敵意をわたしに向けるあの子は、小さく何かを呟くと、パチンと指を鳴らす。

 そんなあの子の様子に、わたしは構うこともせずに

 

「あんた、本当は──」

 

 声を張り上げたところで、腹部を襲う衝撃。

 次いで、左頬にはしる、衝撃。

 殴られたのだ。

 音符の拳で、殴られたのだ。

 ルフィだけではなく、誰の声も聞きたくないと拒絶するあの子によって。

 ネズキノコによる凶暴化。

 それもあるかもしれない。

 

「………………るさいっ」

 

 だけど、それだけじゃない。

 恐怖もあるだろう。

 怒りもあるだろう。

 恨みもあるだろう。

 もっとたくさんの感情が、きっと彼女の中で渦巻いているはずだ。

 そのどろどろと濁った、暗い感情の渦が向かう矛先も、わたしは知っている。

 心が圧し折れてもなお、どこへとその感情が向かうのかを、わたしはよく知っている。

 だから、言うのだ。

 何度でも。

 その感情のゆくえは、そこではないのだと。

 あんたは間違っている、と。

 

「もう──ッ、止ま──」

 

 奇しくも、わたしもさっきのルフィと同じような状況になっていた。

 避けることができず、ただ殴られる。

 ルフィと違うのは、避けたくても避けられないということ。

 今のこのわたしの体は、鍛えた“ウタ”の体ではないのだ。

 どうすれば躱せるかはイメージできるが、肝心の体が付いて行かないなら意味がない。

 だけど──。

 

「─────るさいっ!」

 

 肋骨が折れたのではないかというほどの衝撃がある。

 内臓を押しつぶされるような衝撃がある。

 だけど。

 

「ねえ──タ──」

 

 痛くはなかった。

 痛くなんて、なかった。

 

(──こうやって人を殴ったところで)

 

 知っている。

 “ウタ”が一番嫌いな物を知っている。

 孤独。

 自分の心を、自分の夢をも歪めてしまいかねない、その孤独。

 独りぼっちは、もう──。

 

(──こうやって、人を拒絶したところで)

 

 ああ、彼女はわかっているのだろうか?

 人を拒絶することが、また独りに逆戻りするということを。

 あれだけ大好きだった音楽を、誰にも聞いてもらえなくなるということを。

 ……何をバカな。

 そんなこと、彼女に訊くまでもなくわかる。

 きっとわたしが“ウタ”じゃなくたって、わかる。

 あの顔を見れば、誰だって。

 だから、痛くなんてなかった。

 あばらが折れるほどの力で殴られても。

 口の中が切れるほどの勢いで殴られても。

 痛みなんて、欠片も感じなかった。

 

「──一番苦しいのはあんたでしょ!!!」

 

 一瞬の隙をついて、わたしは叫ぶ。

 一番つらいのは。

 一番寂しいのは。

 一番痛いのは。

 他ならないあんたでしょう、と。

 きっとそれは、彼女が一番よくわかっている。

 それでも止まれないのは、きっと、もうどうしていいのかわからないから。

 わたしにも、身に覚えがある。

 『どうしたいのか』の答えが『わからない』時、人はつい極端な行動に走ってしまうことがある。特に、切羽詰まって追い詰められてしまった、今のような状況では。

 一年前に、自分の身をもってそれを経験している。

 不意に思い出した過去の記憶に苛まれ、行き先を失った末に、ウタが縋ったのは、

 

『この記録が誰かの手に渡り、これ以上の犠牲を出さないための措置を講ずることを願う』

 

 という音貝(トーンダイアル)に残された声。

 それによって、一時は自ら命を絶とうとまでしたのだ。

 程度やシチュエーションこそ違えど、やっていることは変わらない。

 命を賭して、世界のために。

 大層な理由をこじつけて、自らの生に意味を見出すように、煌びやかなものに縋る。

 例えば、悪魔を斃した“英雄”に。

 例えば、世界を救う“救世主”に。

 その行動が、選択が、世界にとって良いのか悪いのかなんて、未だにわたしにだってわからない。それを知るには、わたしはまだ、あまりにも無知で、そして未熟すぎる。

 ただ、それでも──。

 わたしの言葉に一瞬だけ、音符の拳が止まる。

 狼狽したあの子に向かって、わたしは駆け出した。

 

「ウタ、あんた本当はどうしたいんだよ!!!」

 

 それでも。

 わたしは生きて、海賊になってまでも“新時代”を迎えに旅に出たことを、後悔なんてしてはいない。

 だって、本当にわたしがやりたいことだったから。

 あいつと約束をしてからずっと、心の中に燻っていた“夢”だったから。

 だから、断言できる。

 あの子が本当にしたいことは、これじゃないと。

 それだけはきっと、確かなことだ。

 

「───るさいッ!!! うるさいうるさいうるさいッッ!!!!」

 

 耳を塞ぐように頭を抱え、ウタが叫ぶ。

 ひと際大きな音符の拳が、思い切り振り降ろされる。

 身を捩じってそれを避けると、足元の虹の海に拳が当たって、湿った音を立てた。

 そのままわたしは、あの子のそばへと──。

 

「ムジカちゃん、後ろだ!!」

「えっ」

 

 サンジの声に、咄嗟に後ろを振り返る。

 先ほど躱したはずの音符の拳が、首をもたげていた。

 するり。

 変幻自在に形を変えた音符が、わたしの首目掛けて素早く巻き付いてくる。

 

「──ッ!!」

 

 咄嗟に左腕で首を庇ったおかげで、首を絞められるのは何とか回避できた。

 右手をその音符に引っ掛け、無理やり引きはがそうとするが──。

 

「うわっ!」

 

 わたしの首を絞めようとしたままに、音符は宙へ浮かぶとウタの目の前までわたしをはこんだ。

 

「あんたに何がわかる!!!」

 

 唾を飛ばしながら、ウタが絶叫する。

 わたしに対して。

 わたし以外のすべてに対して。

 

「知ってたよ、全部!!! わたしがやったんだって!!!」

 

 顔を歪めて、ウタが叫ぶ。

 

「だからどうしろって言うの今更!!! 世界中に、わたしの歌を待っている人がいるのに!!!」

 

 ウタの歌声が、生きるための力だと言ってくれた人たちがいる。

 ウタの歌で、幸せになれると言ってくれた人たちがいる。

 ウタのその力が、世界の希望だと言ってくれた人たちがいる。

 そんな、自分を見つけてくれた人たちのためにも、とウタが叫ぶ。

 

「だからわたしが、“新時代”を!!!」

「違うよ」

 

 わたしの喉から、思っていたよりも低い声が出て、自分でも面食らった。

 ああ、でも、それでいい。

 ウタの狼狽した顔を見て、わたしは自分の役割を再確認する。

 “救世主”という殻の奥底に仕舞われたそれを、白日の下に曝すこと。

 ウタが、自分の目でそれを確認できるように、心を庇う“救世主”の殻をぶち壊すこと。

 そのためにわたしは、彼女の心に言葉の手を伸ばす。

 

「こんなのが“新時代”だっていうの? これがあんたのしたかったこと?」

「うるさい!!! わたしは世界中の人たちを幸せにする!!! わたしの歌声と、ウタウタの力があれば、それができるんだ!!!」

 

 ギリギリと首を絞めようとする力が強くなる。

 首の右側はひしゃげそうだし、左腕も折れてしまいそうだ。

 だけど、口だけは止めない。

 今のわたしにとって、言葉と声だけが、唯一ウタの心に届くものだから。

 

「──ねえウタ、あんたなんで音楽やってるの?」

 

 その言葉に、ウタは目をぎょっと見開いた。

 その瞳が、動揺したように揺れる。

 

「───、わ、わたしはっ! みんなを救うために──ッ」

「違うでしょ」

 

 声を大きくして、彼女の言葉を遮る。

 自分を偽った言葉に、わたしの確信を持った言葉が負けるはずもない。

 ウタは明らかに、狼狽していた。

 

「な、何を根拠に──」

「だって音楽に、人を救う力なんてない」

「違う!! そんなことは──」

 

 そんなことはないと叫ぼうとするウタに、わたしは真実を突き付ける。

 あの日、ブルックがわたしにしてくれたみたいに。

 きっと、今この場で、それを言えるのはわたしだけだろうから。

 

「じゃああんたは救われたの?」

 

 紫水晶の瞳をじっと見つめて、わたしは問う。

 

「─────ッ! でもッ!! ウタウタの力があれば──」

「それは悪魔の実の力。音楽の力じゃない」

 

 必死に反論を試みるウタに、それでもわたしはその反論を叩き潰す。

 心の殻にひびが入るように、丁寧に、力強く。

 きっと、それがウタのずっとしてほしかったことだろうから。

 いいことをしたら褒めて欲しかった。

 悪いことをしたら、叱ってほしかった。

 それすらも奪われた十二年間。

 歪みきって凝り固まった心の外殻を、引きはがすように言葉をぶつける。

 

「仮に、ウタウタの力があったとして、それで人が救えるって?」

「ッ!! そうだよ! 心で生きるこの世界なら、海賊にも病気にもおびえないで、みんな平和で幸せな──」

「肝心のあんたが救われてないのに?」

「─────ッ」

 

 ウタが半歩、後ずさる。

 狼狽えたように。

 ひるんだように。

 畳みかけるように、わたしは続けて言う。

 

「あんたがそんな顔をしているのに、あんたが救われていないのに、この世界が幸せになんてなるもんか!」

「うるさい!!! わたしがやらなきゃいけないんだ!! “新時代”を!!! わたしが!!!」

 

 駄々をこねるように、ウタが叫ぶ。

 

「何度でも言ってあげる! こんなのは“新時代”じゃない!!」

「黙れえェ!!!!」

 

 ウタが、ゴードンを貫いた槍を再び出現させる。

 その矛先は、もちろんわたし。

 だけど、怖くはなかった。

 貫かれようが何しようが、“今”の彼女を否定できるのなら、いい。

 その歪んでしまった思想を、“新時代”と言い張ることは、“ウタ”には耐えがたいことだから。

 わたしにも。そして、きっとあの子にとっても。

 ウタがその槍を放つために、腕を引いて──。

 

「──なら、その左手に胸を張って言えるの? これがあの日誓った“新時代”なんだって」

 

 放たれる前に、槍がその先端から、ボロボロに砕け散った。

 反論もできずに、ウタはだらりと挙げた腕を落として、唇をわなわなと震わせる。

 きっと彼女にとって、一番指摘されたくなかったことだろう。

 そのマークを持っているということは、あの時の約束を覚えているということなのだから。

 

「もう一度、訊くよ」

 

 静かに、言う。

 

「これが“新時代”なの? あんたは、なんで音楽をやっているの?」

 

 ねえウタ、と声をかける。

 

「あんたは、どうしたいの? どうしてほしいの?」

 

 聞かせてよ。

 借りものじゃなくて、あんたの言葉で。

 その返答は、なかった。

 言葉を失ったウタは、代わりにくしゃくしゃの顔になって、そして左拳を振り上げた。

 

「んあァッ!!」

 

 半べそをかきながら、鼻水を垂らしながら、その拳が、わたしの顔目掛けて振り下ろされる。

 まるで、子供の癇癪みたいだなァ、なんて。

 そんな風に思った。

 ──パシッ。

 乾いた音がして、その拳が止められる。

 その拳を掴んだのは──。

 

「ムジカ、ウタを止めてくれてありがとう」

「ル、フィ……」

 

 ウタが、彼の名前を呼ぶ。

 

「……ウタ、もうやめよう。このマーク、ずっと持っててくれたんだろ? 約束、覚えていてくれたんだろ」

 

 だから、とルフィが言う。

 

「こんなの“自由”じゃねェ。こんなの、“新時代”じゃねェ。お前が一番わかってる。だろ?」

 

 優しい幼馴染の声に、ついにウタの堰が切れた。

 滝のような涙を流しながら、ウタがルフィを見る。

 

「ルフィ……」

 

 無理やりこじ開けた心の隙間から、その言葉が漏れる。

 ムジカも、ブルックに見つけてもらうまで、ずっと抱えていたその言葉を。

 

「助け──」

 

 しかし、その言葉が最後まで言われることがなかった。

 ──しまった。

 気が付かなかった。

 さっきまで、彼女の歌っていた歌はなんだ? 

 ずっとウタばかりを見ていて、彼女の足元に鎮座するそれの正体に、わたしは気が付いていなかった。

「ウタ!! ルフィ!!」

 ウタの足元に蠢く、黒い影。

 

 

ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ─────!!!

 

 

 ウタのものではない、パイプオルガンのような、幾重にも重なった音が響き渡る。

 ウタの歌声をベースにした、“魔王”の歌唱。

 『Tot Musica』の最終楽章だ。

 今までの時間は、第二楽章から最終楽章へ移るまでのインターバル。

 幕間の時間が終われば、自然と次の楽章が始まるのが道理だ。

 わたしがそのことに気が付いた時には、もう何もかも手遅れだった。

 “魔王”によってわたしとルフィは弾き飛ばされ、そしてウタは再び“Tot Musica”に取り込まれてしまったのである。

 

(──ウタ)

 

 手を伸ばすが、その手は宙を掻くだけ。

 意識が、暗闇の中に沈んでいく──。

 




お読みいただきありがとうございます
感想、評価などもありがとうございます
アクセル全開で妄想度を高めておりますが、あと5話です。是非是非最後までお付き合いいただければ幸いです

次回更新は木曜日予定です
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