IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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15.夢伝説

 これは……なんだろう?

 記憶だ。

 遠い記憶。

 いつかの、記憶。

 いや……そんなに明確なものじゃない。

 もっと、朧気で不確かな──そう、積み重ねられた感情と、それに付随するかつての記憶。

 その程度のかすかなものだ。

 ウタウタの世界に、人々を閉じ込めてしまった少女。

 記憶の発端は、そこからだった。

 なんで少女が、ウタウタの世界に人々を閉じ込めたのかはわからない。

 事故だろうか?

 それとも、故意だろうか?

 最初こそ少女の歌に歓声を上げていた群衆は、やがてこの世界がおかしいことに気が付く。

 場面が変わる。

 少女は憔悴しきっていた。

 ──こんなはずではなかった。

 掬い取れる明確な感情は、それだけ。

 あとはどろどろした感情が、煮凝りのように渦巻いている。

 私は歌で、みんなを勇気づけたかっただけなのに。

 閉じた世界に反発した群衆は、少女を糾弾した。

 自分の世界なのに、少女は独りぼっちだった。

 感情の渦から、ぽろりと、涙が落ちる。

 

『逢いたいよ』

 

 肉親に。

 

『寂しいよ』

 

 涙とともに、心がすり減る音がする。

 

『独りぼっちは、もう──』

 

 だから、“誰か”、助けてよ。

 涙とともに心のすべてを流し切り、そしていつしか彼女は、“魔王”となっていた。

 なって、しまった。

────

 

 

 

 なんだか心が締め付けられる感覚があって、わたしは目を覚ました。

 目の前に空はない。

 ただ、黒く淀んだ空間が、果て無く広がっているように見える。

 

(……そっか)

 

 今の状況を思い出す。

 わたしは、弾き飛ばされて──。

 空間が、じんわりと歪む。

 そこでようやくわたしは、自分が泣いていたことに気が付いた。

 体を起こして、目元をぬぐう。

 先ほど頭の中に流れてきた感情は、なんだったのだろうか。

 わたしの記憶じゃない。

 “ウタ”の記憶ではない。

 それだけは、わかる。

 だってまだ彼女は、“魔王”になってないのだから。

 じゃあ、あれは──?

 頭を振って、前を見据える。

 目の前で繰り広げられるのは、“魔王”との激しい戦闘。

 それを視認してようやく、わたしの耳にも音が聞こえるようになった。

 

「よし、行ってくる」

 

 隣で、そんな声がする。

 わたしと同様に吹き飛ばされたルフィが、すくりと立ち上がっていた。

 少しの間意識を失っていたのか。それとも、気絶していたのは一瞬に満たない間だったのか。

 ルフィが真っ直ぐに前を見つめる。

 わたしがその視線を追うと、そこにいるのは、“魔王”とウタ。

 ──ああ、そうか。

 “Tot Musica”か。

 ルフィの背中に、ゴードンが声をかける。

 

「ルフィ君!! あの子は世界を幸せにする歌声を持っているんだ!! なのに、これじゃあ──あの子が、あんまりにも不憫だ……!!」

 

 ボロボロに涙を流しながら、ゴードンが言う。

 だから頼む、と。

 

「ルフィ君、ウタを救ってくれ!!」

 

 ゴードンの願いに、ルフィが体に纏ったコートを脱ぎ捨てた。

 

「当たり前だろ」

 

 そして、ルフィが“ギア4”を発動するために、親指を咥え──。

 

「ルフィ、待って」

 

 わたしはゆっくりと立ち上がった。

 きっとルフィは、ウタをどう助けるのかしか考えていなかったのだろう。

 少しだけ驚いたように目線をこちらに向けると、静かに腕を下した。

 

「ムジカ、起きてたのか」

「今さっきね」

 

 地面も何もない空間に立って、わたしは服を払った。

 ルフィが小さく首を振る。

 

「悪ィけど、時間がねェ。ムジカはよくやってくれたよ。ありがとな」

 

 言外に退がっていろ、というルフィに、わたしは食い下がる。

 違うよ、話を聞いて、と。

 

「……なんだ?」

「ただ闇雲に戦っても、たぶんあの子を助けられない」

「あれの倒し方、何か知っているのか?」

 

 ルフィの問いに、わたしは首を横に振る。

 知っているわけではない。

 勘であり、ただの予測だ。

 それでもきっと、わたしならできる。いや、わたしにしかできない。

 ──運命なんてナンセンスかもしれないけれど、もしかしたら、わたしが“ムジカ”を名乗ることになったのは、それがわたしの役割だからなのかもしれない。

 柄にもなく、そう思った。

 

「わたしが、“Tot Musica”を止めるよ」

「どうやって?」

「歌うよ。わたしが」

 

 あれが“音楽の魔王”だと言うならば。

 正面から立ち向かうべきなのは、やはり“音楽家”だろう。

音楽の持つ力は、世界を変えることでも、世界を創ることでもない。ただ、魂を揺さぶって、心を動かすだけ。

 それが音楽の持つ、今も昔も変わらない、絶対的な力。

 わたしが“音楽家”の誇りにかけて、あの孤独な“魔王”の心を動かしてやる。

 まさかそんなことを言い出すとは思わなかったのだろう。

 ルフィが目を丸くして、しかしすぐに真剣な顔になった。

 

「……できるのか?」

 

 その様子に、わたしは思わず吹き出してしまう。

 ()()ルフィが、わたしに可か不可かを尋ねてくるなんて!

 もちろん、切羽詰まっていたり、あの子を救いたい一心で、平常心ではいられないのだろう。

 それがわかっていても、そのルフィの様子は全く似合ってなくて、どうしても笑いがこみあげてきてしまう。

 あはは、とその笑いを発散させてから、わたしは真っ直ぐにルフィの目を見据えた。

 

「ねえルフィ、わたしを誰だと思ってるの?」

 

 わたしは“ムジカ”としてではなく、あくまでわたしとして、名乗りを上げる。

 

「“麦わらの一味”の“音楽家”、()()だよ」

 

 わたしたちに選択できるのは、できるかできないかじゃない。

 やるのかやらないのか、だ。

 ルフィの瞳に映るわたしの顔が、勝気な笑みを浮かべる。

 それを見たルフィが、ようやく調子を取り戻したように頷いた。

 

「そうだな、わかった! じゃあ、おれたちは何をすればいい?」

 

 そうこなくっちゃ、とわたしは頷いた。

 

「ルフィとブルック以外のみんなには、わたしの護衛をしてほしい。多分、“Tot Musica”は止められても、音符の戦士まで止められるかはわからないから」

「わかった。おれとブルックは?」

「ブルックはわたしのサポート。ああは言ったけど、さすがに一人で立ち向かうのは怖いからね。それで、ルフィは──」

 

 そう言ってわたしは、“Tot Musica”の頭を指差す。

 

「わたしがあいつの動きを止めたら、一発ぶん殴ってあげて」

「……いいのか、それで?」

 

 うん、とわたしは頷いた。

 

「覚えてるでしょ、愛の鞭、ってヤツ」

 

 ああ、とルフィが頷く。

 

「でも、殴るんだから愛ある拳じゃねェのか?」

「ふふ、じゃあそれ採用」

「でもよ、いいのか? おれの(パンチ)(ピストル)より強いんだぞ?」

「いいよ一発くらい別に。だってあの“魔王”、絶対に鎧なんかよりずっと固いだろうし」

 

 前に、わたしの世界でも、ルフィと似たような会話をしたことがあったなァ。

 あの時は、シャンクスを殴ることに関しての話だったか。

 一大事を前にして、肩の力が抜ける。

 これぐらいが、ちょうどいい。

 よし、とわたしはもう一つ頷いてから、ブルックに声をかける。

 

「ねえブルック!」

「はい、なんでしょうムジカさん!」

 

 戦っていた音符の戦士を一瞬で片付けて、ブルックがこちらへとやってきた。

 ルフィに話した作戦の概要を説明する。

 それを聞いたブルックが、いかにも愉快そうにヨホホと笑う。

 

「ヨホホホホ!! なるほど、それはナイスアイディア! 先ほどの御伽噺のリフレインというわけですね! いやー、年甲斐もなく胸が高鳴りますねェ!」

 

 私もう目がないんですけど、といつも通りにスカルジョークをかますブルック。

 いつも通りなほど、心強いものもない。

 

「それで、私は何をしましょう? 歌唱ですか? それとも演奏?」

「演奏でお願い。バイオリン、ある?」

「ええ、もちろんですとも」

 

 そう言ってブルックは、頭蓋骨をパカリと開けると、そこからバイオリンを取り出した。

 

「じゃあブルック、あれに合わせて弾ける?」

 

 あれ、というのは、もちろん『Tot Musica』のこと。

 ええお安い御用です、とブルックは二つ返事で頷いて、バイオリンの音程(チューニング)を確かめ始める。

 音程さえ整えば、準備は万端だ。

 

「じゃあルフィ、始めるよ」

 

 ああ、とルフィが頷いて、大きく息を吸い込んだ。

 

「みんな!! 手の空いているやつは、ムジカの援護に回れ!! ムジカがあれを止めてくれる!!」

 

 作戦もなにも伝わっていないだろうが、しかしさすがは“麦わらの一味”だ。

 船長の声に、今までのやたらと戦う姿勢から、すぐさま指示通りの行動へと切り替えている。

 

「ブルック、準備はいい?」

「ええ、いつでもどうぞ」

 

 よし、とわたしが頷くと同時に、ルフィが声を上げる。

 

「野郎ども!! 気合い入れろ!!!」

 

 おう、という一味の声を背に、わたしは歌いだした。

 ──さあ、御伽噺の再演だ。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 ブルックのバイオリンが、わたしの歌声に絡む。

 歌うのは、『Tot Musica』──ではない。

 『Re:Tot Musica』。

 わたしの世界で、ゴードンやブルックと編曲した、『Tot Musica』の新しい姿。

 そのわたしの歌声が、ブルックのバイオリンが、鳴り響く『Tot Musica』と、きれいに重なり合う。

 もともと、そういう風に作ったのだ。

 『Re:Tot Musica』の主旋律は、『Tot Musica』の主旋律(メロディー)に対する対旋律(カウンター)として音を選んだものだ。

 その対旋律に、新たに伴奏とさらなる対旋律を付け、独立した楽曲として昇華させたものが『Re:Tot Musica』なのである。

 歌詞に関しても、原曲の『Tot Musica』とは違う、純粋な讃美歌として仕上げたのだ。

 三人の音楽家の知識と技術の粋を込めて、丹誠を凝らして編んだ曲。

 様々な意味で、対照(カウンター)として作られたその曲は、しかし同時に、原曲との共存が叶う成り立ちなのだ。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 自らの音楽にするりと溶け込んできた異物に、“魔王”が身動ぎした。

 “魔王”の拳や音符の騎士がムジカとブルックに襲い掛かるが、それを、ゾロが、サンジが、フランキーがナミがロビンがウソップが、そして協力する海軍や海賊たちが、協力して弾き飛ばす。

 おかげで、ムジカは高らかに、その曲を歌い続けられる。

 『Tot Musica』に溶け込みながらも、朗々と紡がれる歌声は、次第にその響きを増していく。

 歌いながら、わたしたちは一歩一歩、“魔王”の許へと歩いて行く。

 床がないというのに鳴る、コツコツという足音すらも、音楽の一部として溶け込んでいく。

 音符の戦士たちも、音楽につられているのだろうか。

 倒れて霧散していく戦士たちの音すらも、曲の一部と昇華されている。

 

 

「───── ─────♪」 

 

 

 暴れていた魔王は、いつしかその動きを止めていた。

 あれだけ鳴り響いていた『Tot Musica』の歌唱も、今や自信なさげに漂うだけである。

 ああ、やっぱり。

 そうわたしは思う。

 仮にもわたしの世界で、“Tot Musica”を制御するに至ったこの曲が、“魔王”の心を揺さぶらないわけがないのだ。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 多分この世界で、わたしだけが知っている、この曲が。

 おそらくこの世界で、わたしだけが知っている、“魔王”の孤独に。

 もちろん、歌った後に“魔王”の心がどうなるかなんてわからない。

 歌った先のことまでは、わたしの手の内にはない。

 それでも、永い孤独に苛まれたその“魔王”が、自らを歌われているというのに、それに耳を貸さないなんてことがあるのだろうか。

 現に“魔王”は、もはや何もすることができずに、呆然としたようにわたしを見つめている。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 だけど、問題なのは、御伽噺とは違い、ここには“魔王”を封印する楽譜がないこと。

 そして、この世界がすでにウタウタの世界であるということ。

 ない袖は振れない。

 ならば──、別のものを代用するほかないだろう。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 さあ、ルフィ。

 今だよ。

 わたしは歌いながら、指揮するように左手を振り上げる。

 

「うおおおォォォ!!!」

 

 その合図が伝わったのだろう。

 ルフィが雄たけびを上げて、空中へと跳び上がった。

 ギリギリと、弾力のある鉄を圧縮したような音が鳴る。

 目の端に映るのは、いつもの“ギア4”ではなく、もっと細身の、白い姿──。

 ルフィのその力が何であれ、いい。

 頼んだよルフィ、()()()()()を救ってあげて。

 

 

「───── ─────♪!!」

 

 

 わたしが最後のフレーズを歌い上げるのと、ルフィが引き絞った腕を放つのは同時だった。

 

 ガギィィィインンン……!!!

 

 “魔王”の眼前で、けたたましい音が鳴る。

 ルフィの拳を防いだのは、フェルマータの(シールド)だった。

 

(────ああ)

 

 ダメか。

 あと一歩。

 やはり、あと一手。

 例えば、現実世界で“Tot Musica”を攻撃してくれるような──。

 

「え」

 

 ふいに、懐かしい波の音が聞こえた気がした。

 

「……シャンクス?」

 

 わたしのその声が呼び水となったのだろうか。

 いや、きっと彼もウタを救いに来たに違いない。

 ピシリ

 フェルマータに、亀裂が走る。

 みしり

 軋みを上げるその盾を、“魔王”はただ呆然と、静かに見つめていた。

 

「届けェェええええ!!!!」

 

 ルフィが叫ぶ。

 それと同時に、割れた。

 きらきらとした音になって、フェルマータの盾が霧散する。

 きっと、現実世界でシャンクスがルフィに合わせたのだろう。

 そのまま、ルフィの拳が過たずに“魔王”の左頬を捉える。

 

「Ahhhhhhhhhhhhh……」

 

 悲し気な、しかしどこか儚い悲鳴を上げて、“Tot Musica”の体が瓦解する。

 その体から漏れ出した黒い音符が、世界を包み込んだ──。

 




いつもお読みいただきありがとうございます。
REDのアマプラ放映日が発表されましたね。今からとても楽しみです。

感想や評価、ここすきなどありがとうございます。いつも楽しく見させていただいております。

後残りは4話の予定です。せっかくですので、最後までお付き合いいただければ幸いです。
次回は土曜日に更新予定です。
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