IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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16.Fictional World

 

──Side UTA───

 

 崩壊したエレジアのライブ会場に、衰弱したウタが横たわっていた。

 “Tot Musica”を使った反動──。

 それもあるだろう。

 だが、一番彼女を蝕んでいるのは、彼女の食べたネズキノコの毒だった。

 

「ウタ!!」

 

 そんなウタの名前を呼んで、駆け寄ってくる男がいた。

 隻腕で、赤い髪と左目にある傷が特徴的な男。

 “赤髪”のシャンクス。

 

「……しゃんくす……、わたし……」

 

 ウタが、父の名前を必死に呼ぼうとする。

 そんなウタの声を、シャンクスが必死に「もういい」と遮った。

 言葉を発するだけでも、体力を消耗する。

 少しでも、娘が生きられる可能性を上げるために。

 生き残りさえすれば、後でいくらでも話を聞いてやると言わんばかりに。

 ウタの傍までやって来たシャンクスが、ウタの上半身を優しく抱き上げる。

 

「ホンゴウ!!」

 

 シャンクスが、船医の名前を呼ぶ。

 待っていたと言わんばかりに、ホンゴウが茶色の薬瓶を投げてよこした。

 それを、シャンクスが右手で掴む。

 口で瓶の栓を抜いて、それをウタに差し出す。

 

「さあウタ、この薬を飲んで眠ればまだ助かる」

 

 だが、ウタはそんなことよりも、と言葉を紡ぐ方を選ぶ。

 

「……シャンクス、会いたく、なかった──」

 

 目を伏せて、言う。

 “海賊嫌い”の歌姫として、会うことができなかったから。

 そして、会って捨てられた事実を確認するのが怖かったから。

 だけど。

 

「──でも、会いたかった」

 

 父の顔を見て、弱々しく微笑んで、言う。

 人が家族に会いたいのに、理由なんかいらない。

 ずっと、ずっと、ずっと。

 会いたかったのだ。

 ただただ、会いたかったのだ。

 だからウタは、こんな状況で、こんな状態でも、シャンクスが会いに来てくれたことが嬉しかった。

 シャンクスは、目頭が熱くなるのを感じながら、しかし娘の命のためにその語らいを中断させる。

 

「しゃべるな! 早く薬を飲むんだ」

 

 シャンクスのその言葉に続いて、乾いた音が響いた。

 銃声──。

 シャンクスが、鋭く視線を巡らせる。

 

「──くそ、なんで……」

 

 困惑したように、呟く。

 ウタは既に能力を解除しているというのに。

 “Tot Musica”はもういないというのに。

 ウタによって眠らされた観客や海兵たちが、未だに意識を保っている海兵や“赤髪海賊団”に襲い掛かっていた。

 どういうことだ、と叫んだのは、妹を助けに来た“ビッグマム海賊団”の次男、カタクリだった。

 

「“魔王”を倒せば、心が帰ってくるんじゃないのか!?」

 

 困惑したように叫ぶカタクリを襲うのは、助けに来たはずの妹、ブリュレその人だった。

 もちろんカタクリは手を上げることはできず、いいようにやられてしまっていた。

 

「みんな……、もう……」

 

 やめて。

 小さな声で、ウタが呟く。

 しかし、そんな小さな声が、届くわけがない。

 シャンクスは唇を噛み──、そして娘の命を優先する。

 

「今はいい。おれたちが何とかする。だからウタ、お前は薬を──」

 

 しかしウタは、首を横に振った。

 涙が一筋、流れる。

 ──ああ、もういい。

 父がこうやって必死に自分を救おうとしてくれる。

 それだけで、ウタは幸せだった。

 だから──

 

「歌わないと……」

 

 わたしが。

 原因であるわたしが歌って、終わらせなくては。

 きっともう、その道を選んだら、命は助からないだろう。自分の体のことだ、それくらいは、わかる。

 

(────わたしが、本当に欲しかったものは……)

 

 この温もり。

 だけど。

 その彼が認めてくれた歌で、皆を不幸にするわけにはいかない。

 たとえ、それが命を賭した選択だとしても。

 

(──でも、願わくばもう少しだけ)

 

 家族と。

 友達と。

 世界の人たちと。

 一緒にいたかったな、なんて。

 そんなちっぽけな未練を、小さく頭を振って拭い去ろうとして──。

 ほろん──

 崩壊したエレジアに、静かなピアノの音が響いた。

 

「え──」

 

 かすれた声が、ウタの唇から洩れる。

 どこからその音は届いたのだろうか。

 この崩れたステージに、ピアノなんてどこにもないというのに。

 ほろんほろんと、喧噪の隙間を満たすように、綺麗な音色が旋律を奏でる。

 

「これは……」

 

 呆然としたように、シャンクスがウタを見る。

 ウタは、自分の心臓の上に、そっと手を当てた。

 ピアノの音は、そこから溢れているようだったから。

 だが、ウタが何かをしているわけではない。

 今のウタに、そんなことはできない。

 だが一つだけ。

 ウタには心当たりがあった。

 “麦わらの一味”と一緒にいた、まるですべてを見透かしたような、黒髪の少女のことを思い出す。

 なんの根拠もない。

 けれど。

 

(……この曲は)

 

 流れる導入(イントロ)は、ウタがよく知っている曲だった。

 『世界のつづき』。

 今ではほとんど歌わなくなった、思い出の歌。

 明日に希望を抱く、その歌。

 

「……わたしの願い、かなえてくれるの……?」

 

 ぽそりとウタが呟いた。

 それに応えるように、ウタの胸から、優しい光が零れ出した。

 音楽が響く。

 溢れるピアノの音に、知らない歌声が乗る。

 自然とウタの瞳から、温かい涙があふれていた。

─────

 

 

 

──Side Musica──

 

「なんで戻れないんだよ!? “魔王”は倒したじゃねェか!!」

 

 暗い闇に閉ざされたウタウタの世界で、ウソップが叫ぶ。

 それもそのはず、“Tot Musica”を倒せばウタウタの世界を崩すことができると聞いて、“魔王”と対峙したのだ。

 しかし、その“魔王”が倒れた今、ウソップをはじめとして、ウタウタの世界に閉じ込められていた彼らは、現実世界に戻れないでいた。

 戻ることができたのはただ一人。能力者であるウタだけだった。

 

「……遅すぎたんだ」

 

 ゴードンが呆然と呟いた。

 

「──“Tot Musica”の力に……、私たちの心が、取り込まれてしまったんだ。これでは、もう……」

 

 その言葉を聞いた者たちが青ざめる。

 おいおいおい、とウソップが口に手を当てて身震いする。

 ただ、ムジカだけがあっけらかんとしていた。

 ──遅すぎたというならば、彼女が『Tot Musica』を歌った時点で、だろう。

 だから、ムジカからしたら、こういった予想とは違う展開になることは想定済み。

 それどころか、ムジカには一つ、嬉しい誤算があった。

 

「なんでみんな、そんな絶望したような顔してるの?」

 

 そんなムジカの様子に、ウソップが怒鳴る。

 

「お前状況わかってるのかよ!? ここから出ることが──」

「出ればいいでしょ。わたしがいるんだからさ」

 

 何を当たり前のことを、と言わんばかりのムジカの言葉に、一味が首を傾げた。

 

「何言ってんだ、お前?」

 

 ゾロの言葉に、ムジカは肩を竦めた。

 

「ここはウタの世界でしょ? ……さて、じゃあわたしは誰でしょう?」

 

 にやりと勝気な笑みを浮かべて、問いかけてきたゾロに問い返す。

 はァ、とゾロが首を傾げる。

 

「だけどお前、ウタウタの力は使えねェんだろ?」

 

 その疑問に、ムジカはふふんと鼻で笑った。

 怪訝そうな顔をする一味の前で、ムジカが指を鳴らす。

 パチン。

 乾いた音と同時に、ムジカの目の前にマイクの付いたマイクスタンドが出現する。

 そしてそのまま指揮者のように腕を振るうと、いつも使っているようなキーボードが、ムジカの前に出現する。

 それを見た一味の皆が、ぎょっと目を見開く。

 誰もがやろうとしてできるものじゃない。

 例えば一味の誰が──、“音楽家”のブルックが何かを歌ったとしても、今のムジカのようなことはできないはずだ。

 それができるのは──。

 

「お前、ウタウタの力が──」

 

 ルフィの言葉に、ムジカはまあね、とこともなさげに答える。

 “Tot Musica”が消えて、そしてウタが現実世界に帰ってから、ムジカの中を満たした、懐かしい感覚。物心ついてから、ずっと命を共にしてきた力の感覚。

 なんでウタウタの力が戻ったのか、ムジカにも原因はわからない。

 ただ、きっとムジカは“ウタ”であり、そして今、この世界に“ウタ”は一人しかいないこと。

 それが影響しているのかもしれない。

 あるいは、この“ムジカ”の体のおかげか。

 しかし、原因なんて些細なことだった。

 

(今、わたしがしたいこと)

 

 あの子のために。

 みんなのために。

 自分のために。

 何を為すべきなのか。どうしたいのか。

 そんなの、わかり切っていた。

 

「わたしは欲張りだからね」

 

 ぽつりと呟く。

 だから、そんな幕引きなんて許さない。

 ウタ一人が助かって、ここに残された人たちが助からないなんて。

 きっとそれは、この世界のウタも同じだろう。

 だからきっと、彼女は歌って、巻き込んでしまった人々を救おうとするはずだ。それが、命を削る行為だとしても。

 しかし、ムジカはそれをも許さない。

 ここにいる人たちが助かって、ウタが助からないなんて。

 毒を摂取してしまっている以上、彼女は一刻も早く治療を受けるべきだろう。いたずらに体力を消耗してしまえば、それが命取りになりかねない。

 

「じゃあ、歌うよ」

 

 宣言して、ピアノに向かう。

 ほろん──。

 暗闇に閉ざされたウタウタの世界を照らすような、そんな錯覚を起こさせるほど美しい音が、ムジカの手元から溢れる。

 曲目は、『世界のつづき』。

 大切な、思い出の歌。

 あの日、ムジカの心を動かした、とても大切な歌。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 ムジカの唇から、歌があふれ出す。

 ウタとは違う声。

 そして、ウタとはまた違った歌い方で。

 

「なぜ、君がこれを……」

 

 ゴードンが驚いたように呟いて、そして唇を震わせる。

 その歌い方は、ゴードンにとってとても懐かしいものだったから。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 ぐう、とゴードンの喉が鳴る。

 

「この、声は……」

 

 嗚咽を漏らして、ゴードンが涙を流した。

 それは、ゴードンが惚れた歌声だった。

 もちろん、目の前で歌う黒髪の少女の声と、あの子の声は違う。声帯が違うのだから当然だ。

 ただ。

 どこまでも自由でのびのびと。

 何物をも背負わず、ただ音楽への愛だけで紡ぐような、そんな歌い方。

 

(──私が惚れた、あの子の歌声は……)

 

 私はどこで間違ってしまったのだろうか、とゴードンは思う。

 いや、間違いなんて上げたらキリがないだろう。

 しかし。

 ──こと歌唱に置いて、私は、どこで……?

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 ムジカは歌いながら、そんなゴードンの様子に苦笑する。

 真面目な彼のことだ、いろいろと余計なことを考え、反省してしまっているのだろう、と。

 でもね、とムジカは思う。

 ウタとわたし、そこまで実力に違いはない。

 ただ違いは、歌に何を乗せているのか。

 音楽に対するスタンス。

 ただそれだけの違いだろう。

 ウタにとっては、音楽がすべてだったのだろう。自分を救ってくれる、人を救ってくれる、そう信じてやまなかったに違いない。だから、命を──魂をかけて歌い、だからこそ彼女の歌声は人々を魅了する。心をつかんで離さない。

 一方ムジカにとって、音楽は友達だった。好きだから、一緒にいたい。歌いたいから、歌うもの。その自然体の歌は、どこまでも響き渡り、人の心の隙間へとすっと入り込む。そして、その歌声は人の“魂”を揺さぶるのだ。あんたも一緒にどう? と。

 だからね、ゴードン。

 

(別にあんただけが間違ったわけじゃないよ)

 

 間違えたのは、きっとウタもだから。 

 誰が悪かったではない。

 ただ、二人とも間違ってしまって、いつまでも二人きりだったから、それに気が付かなかっただけ。

 でも、それを伝えるのはわたしの仕事じゃない。

 だってそれは、急ごしらえの言葉で納得できるものじゃないでしょう?

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 ピアノの鍵盤を駆けるムジカの指が、優しく力強くなる。

 『世界のつづき』が、サビへと入る。

 その途端、ただ暗闇だけだった世界を、光が包み込んだ。

 ムジカの喉から、歌声とともに光が溢れたのだ。

 その優しい光に照らされて、“麦わらの一味”が、海軍が、海賊が、巻き込まれた観客たちが、皆眠りに落ちていく。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 なあ。

 そんな声に、ムジカは歌いながら首を傾げる。

 声の方向へと首を巡らせると、そこには笑顔のルフィがいた。

 

「ありがとな!!」

 

 単純なそのお礼に、ムジカは微笑みで応える。

 代わりに、とムジカは思う。

 ──この世界を、“新時代”を頼んだよ、ルフィ。

 やがて、ムジカ以外の皆が眠りにつく。

 そして、眠った人たちは、やがて光の粒に変わっていく。

 

 

「───── ─────♪」

 

 

 ムジカの歌声に乗って、その光の粒たちが、空高くへと舞い上がる。

 巨大な渦となって、深い、深い青い空の彼方へとかすれ、消えていく。

 その光の粒の最後の一つが消えるまで、ムジカは歌い続ける。

 

 

「───── ─────……♪」

 

 

 曲の終わりを名残惜しむように、ピアノの音がゆっくりと上がっていく。

 それと同時に、すべての光の粒が、このウタウタの世界から溶けてなくなっていた。

 




お読みいただきありがとうございます。
感想、評価などありがとうございます。本当に助かります。
今更ですがもう独自解釈のオンパレードですが、皆さま、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
残り三話です。もう好き勝手やっていますが、是非にお付き合いいただければ幸いです。
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