IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界 作:館凪 悠
──Side UTA───
崩壊したエレジアのライブ会場に、衰弱したウタが横たわっていた。
“Tot Musica”を使った反動──。
それもあるだろう。
だが、一番彼女を蝕んでいるのは、彼女の食べたネズキノコの毒だった。
「ウタ!!」
そんなウタの名前を呼んで、駆け寄ってくる男がいた。
隻腕で、赤い髪と左目にある傷が特徴的な男。
“赤髪”のシャンクス。
「……しゃんくす……、わたし……」
ウタが、父の名前を必死に呼ぼうとする。
そんなウタの声を、シャンクスが必死に「もういい」と遮った。
言葉を発するだけでも、体力を消耗する。
少しでも、娘が生きられる可能性を上げるために。
生き残りさえすれば、後でいくらでも話を聞いてやると言わんばかりに。
ウタの傍までやって来たシャンクスが、ウタの上半身を優しく抱き上げる。
「ホンゴウ!!」
シャンクスが、船医の名前を呼ぶ。
待っていたと言わんばかりに、ホンゴウが茶色の薬瓶を投げてよこした。
それを、シャンクスが右手で掴む。
口で瓶の栓を抜いて、それをウタに差し出す。
「さあウタ、この薬を飲んで眠ればまだ助かる」
だが、ウタはそんなことよりも、と言葉を紡ぐ方を選ぶ。
「……シャンクス、会いたく、なかった──」
目を伏せて、言う。
“海賊嫌い”の歌姫として、会うことができなかったから。
そして、会って捨てられた事実を確認するのが怖かったから。
だけど。
「──でも、会いたかった」
父の顔を見て、弱々しく微笑んで、言う。
人が家族に会いたいのに、理由なんかいらない。
ずっと、ずっと、ずっと。
会いたかったのだ。
ただただ、会いたかったのだ。
だからウタは、こんな状況で、こんな状態でも、シャンクスが会いに来てくれたことが嬉しかった。
シャンクスは、目頭が熱くなるのを感じながら、しかし娘の命のためにその語らいを中断させる。
「しゃべるな! 早く薬を飲むんだ」
シャンクスのその言葉に続いて、乾いた音が響いた。
銃声──。
シャンクスが、鋭く視線を巡らせる。
「──くそ、なんで……」
困惑したように、呟く。
ウタは既に能力を解除しているというのに。
“Tot Musica”はもういないというのに。
ウタによって眠らされた観客や海兵たちが、未だに意識を保っている海兵や“赤髪海賊団”に襲い掛かっていた。
どういうことだ、と叫んだのは、妹を助けに来た“ビッグマム海賊団”の次男、カタクリだった。
「“魔王”を倒せば、心が帰ってくるんじゃないのか!?」
困惑したように叫ぶカタクリを襲うのは、助けに来たはずの妹、ブリュレその人だった。
もちろんカタクリは手を上げることはできず、いいようにやられてしまっていた。
「みんな……、もう……」
やめて。
小さな声で、ウタが呟く。
しかし、そんな小さな声が、届くわけがない。
シャンクスは唇を噛み──、そして娘の命を優先する。
「今はいい。おれたちが何とかする。だからウタ、お前は薬を──」
しかしウタは、首を横に振った。
涙が一筋、流れる。
──ああ、もういい。
父がこうやって必死に自分を救おうとしてくれる。
それだけで、ウタは幸せだった。
だから──
「歌わないと……」
わたしが。
原因であるわたしが歌って、終わらせなくては。
きっともう、その道を選んだら、命は助からないだろう。自分の体のことだ、それくらいは、わかる。
(────わたしが、本当に欲しかったものは……)
この温もり。
だけど。
その彼が認めてくれた歌で、皆を不幸にするわけにはいかない。
たとえ、それが命を賭した選択だとしても。
(──でも、願わくばもう少しだけ)
家族と。
友達と。
世界の人たちと。
一緒にいたかったな、なんて。
そんなちっぽけな未練を、小さく頭を振って拭い去ろうとして──。
ほろん──
崩壊したエレジアに、静かなピアノの音が響いた。
「え──」
かすれた声が、ウタの唇から洩れる。
どこからその音は届いたのだろうか。
この崩れたステージに、ピアノなんてどこにもないというのに。
ほろんほろんと、喧噪の隙間を満たすように、綺麗な音色が旋律を奏でる。
「これは……」
呆然としたように、シャンクスがウタを見る。
ウタは、自分の心臓の上に、そっと手を当てた。
ピアノの音は、そこから溢れているようだったから。
だが、ウタが何かをしているわけではない。
今のウタに、そんなことはできない。
だが一つだけ。
ウタには心当たりがあった。
“麦わらの一味”と一緒にいた、まるですべてを見透かしたような、黒髪の少女のことを思い出す。
なんの根拠もない。
けれど。
(……この曲は)
流れる
『世界のつづき』。
今ではほとんど歌わなくなった、思い出の歌。
明日に希望を抱く、その歌。
「……わたしの願い、かなえてくれるの……?」
ぽそりとウタが呟いた。
それに応えるように、ウタの胸から、優しい光が零れ出した。
音楽が響く。
溢れるピアノの音に、知らない歌声が乗る。
自然とウタの瞳から、温かい涙があふれていた。
─────
──Side Musica──
「なんで戻れないんだよ!? “魔王”は倒したじゃねェか!!」
暗い闇に閉ざされたウタウタの世界で、ウソップが叫ぶ。
それもそのはず、“Tot Musica”を倒せばウタウタの世界を崩すことができると聞いて、“魔王”と対峙したのだ。
しかし、その“魔王”が倒れた今、ウソップをはじめとして、ウタウタの世界に閉じ込められていた彼らは、現実世界に戻れないでいた。
戻ることができたのはただ一人。能力者であるウタだけだった。
「……遅すぎたんだ」
ゴードンが呆然と呟いた。
「──“Tot Musica”の力に……、私たちの心が、取り込まれてしまったんだ。これでは、もう……」
その言葉を聞いた者たちが青ざめる。
おいおいおい、とウソップが口に手を当てて身震いする。
ただ、ムジカだけがあっけらかんとしていた。
──遅すぎたというならば、彼女が『Tot Musica』を歌った時点で、だろう。
だから、ムジカからしたら、こういった予想とは違う展開になることは想定済み。
それどころか、ムジカには一つ、嬉しい誤算があった。
「なんでみんな、そんな絶望したような顔してるの?」
そんなムジカの様子に、ウソップが怒鳴る。
「お前状況わかってるのかよ!? ここから出ることが──」
「出ればいいでしょ。わたしがいるんだからさ」
何を当たり前のことを、と言わんばかりのムジカの言葉に、一味が首を傾げた。
「何言ってんだ、お前?」
ゾロの言葉に、ムジカは肩を竦めた。
「ここはウタの世界でしょ? ……さて、じゃあわたしは誰でしょう?」
にやりと勝気な笑みを浮かべて、問いかけてきたゾロに問い返す。
はァ、とゾロが首を傾げる。
「だけどお前、ウタウタの力は使えねェんだろ?」
その疑問に、ムジカはふふんと鼻で笑った。
怪訝そうな顔をする一味の前で、ムジカが指を鳴らす。
パチン。
乾いた音と同時に、ムジカの目の前にマイクの付いたマイクスタンドが出現する。
そしてそのまま指揮者のように腕を振るうと、いつも使っているようなキーボードが、ムジカの前に出現する。
それを見た一味の皆が、ぎょっと目を見開く。
誰もがやろうとしてできるものじゃない。
例えば一味の誰が──、“音楽家”のブルックが何かを歌ったとしても、今のムジカのようなことはできないはずだ。
それができるのは──。
「お前、ウタウタの力が──」
ルフィの言葉に、ムジカはまあね、とこともなさげに答える。
“Tot Musica”が消えて、そしてウタが現実世界に帰ってから、ムジカの中を満たした、懐かしい感覚。物心ついてから、ずっと命を共にしてきた力の感覚。
なんでウタウタの力が戻ったのか、ムジカにも原因はわからない。
ただ、きっとムジカは“ウタ”であり、そして今、この世界に“ウタ”は一人しかいないこと。
それが影響しているのかもしれない。
あるいは、この“ムジカ”の体のおかげか。
しかし、原因なんて些細なことだった。
(今、わたしがしたいこと)
あの子のために。
みんなのために。
自分のために。
何を為すべきなのか。どうしたいのか。
そんなの、わかり切っていた。
「わたしは欲張りだからね」
ぽつりと呟く。
だから、そんな幕引きなんて許さない。
ウタ一人が助かって、ここに残された人たちが助からないなんて。
きっとそれは、この世界のウタも同じだろう。
だからきっと、彼女は歌って、巻き込んでしまった人々を救おうとするはずだ。それが、命を削る行為だとしても。
しかし、ムジカはそれをも許さない。
ここにいる人たちが助かって、ウタが助からないなんて。
毒を摂取してしまっている以上、彼女は一刻も早く治療を受けるべきだろう。いたずらに体力を消耗してしまえば、それが命取りになりかねない。
「じゃあ、歌うよ」
宣言して、ピアノに向かう。
ほろん──。
暗闇に閉ざされたウタウタの世界を照らすような、そんな錯覚を起こさせるほど美しい音が、ムジカの手元から溢れる。
曲目は、『世界のつづき』。
大切な、思い出の歌。
あの日、ムジカの心を動かした、とても大切な歌。
「───── ─────♪」
ムジカの唇から、歌があふれ出す。
ウタとは違う声。
そして、ウタとはまた違った歌い方で。
「なぜ、君がこれを……」
ゴードンが驚いたように呟いて、そして唇を震わせる。
その歌い方は、ゴードンにとってとても懐かしいものだったから。
「───── ─────♪」
ぐう、とゴードンの喉が鳴る。
「この、声は……」
嗚咽を漏らして、ゴードンが涙を流した。
それは、ゴードンが惚れた歌声だった。
もちろん、目の前で歌う黒髪の少女の声と、あの子の声は違う。声帯が違うのだから当然だ。
ただ。
どこまでも自由でのびのびと。
何物をも背負わず、ただ音楽への愛だけで紡ぐような、そんな歌い方。
(──私が惚れた、あの子の歌声は……)
私はどこで間違ってしまったのだろうか、とゴードンは思う。
いや、間違いなんて上げたらキリがないだろう。
しかし。
──こと歌唱に置いて、私は、どこで……?
「───── ─────♪」
ムジカは歌いながら、そんなゴードンの様子に苦笑する。
真面目な彼のことだ、いろいろと余計なことを考え、反省してしまっているのだろう、と。
でもね、とムジカは思う。
ウタとわたし、そこまで実力に違いはない。
ただ違いは、歌に何を乗せているのか。
音楽に対するスタンス。
ただそれだけの違いだろう。
ウタにとっては、音楽がすべてだったのだろう。自分を救ってくれる、人を救ってくれる、そう信じてやまなかったに違いない。だから、命を──魂をかけて歌い、だからこそ彼女の歌声は人々を魅了する。心をつかんで離さない。
一方ムジカにとって、音楽は友達だった。好きだから、一緒にいたい。歌いたいから、歌うもの。その自然体の歌は、どこまでも響き渡り、人の心の隙間へとすっと入り込む。そして、その歌声は人の“魂”を揺さぶるのだ。あんたも一緒にどう? と。
だからね、ゴードン。
(別にあんただけが間違ったわけじゃないよ)
間違えたのは、きっとウタもだから。
誰が悪かったではない。
ただ、二人とも間違ってしまって、いつまでも二人きりだったから、それに気が付かなかっただけ。
でも、それを伝えるのはわたしの仕事じゃない。
だってそれは、急ごしらえの言葉で納得できるものじゃないでしょう?
「───── ─────♪」
ピアノの鍵盤を駆けるムジカの指が、優しく力強くなる。
『世界のつづき』が、サビへと入る。
その途端、ただ暗闇だけだった世界を、光が包み込んだ。
ムジカの喉から、歌声とともに光が溢れたのだ。
その優しい光に照らされて、“麦わらの一味”が、海軍が、海賊が、巻き込まれた観客たちが、皆眠りに落ちていく。
「───── ─────♪」
なあ。
そんな声に、ムジカは歌いながら首を傾げる。
声の方向へと首を巡らせると、そこには笑顔のルフィがいた。
「ありがとな!!」
単純なそのお礼に、ムジカは微笑みで応える。
代わりに、とムジカは思う。
──この世界を、“新時代”を頼んだよ、ルフィ。
やがて、ムジカ以外の皆が眠りにつく。
そして、眠った人たちは、やがて光の粒に変わっていく。
「───── ─────♪」
ムジカの歌声に乗って、その光の粒たちが、空高くへと舞い上がる。
巨大な渦となって、深い、深い青い空の彼方へとかすれ、消えていく。
その光の粒の最後の一つが消えるまで、ムジカは歌い続ける。
「───── ─────……♪」
曲の終わりを名残惜しむように、ピアノの音がゆっくりと上がっていく。
それと同時に、すべての光の粒が、このウタウタの世界から溶けてなくなっていた。
お読みいただきありがとうございます。
感想、評価などありがとうございます。本当に助かります。
今更ですがもう独自解釈のオンパレードですが、皆さま、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
残り三話です。もう好き勝手やっていますが、是非にお付き合いいただければ幸いです。