IF:くまに飛ばされたブルックの行き先がエレジアだった世界   作:館凪 悠

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17.ALONES

「……まァ、こうなるよね」

 

 キーボードをポロンと鳴らして、目線を少し下げて、ムジカ(ウタ)は呟いた。

 ムジカは敢えてこの世界に残ったわけではない。

 現実の世界に戻ろうとしても、戻れなかったのだ。

 どういう原理なのかは、ムジカにもわからない。

 しかし、一つだけ思うことはあった。

 

(……もともとわたしは、こっちの世界の人間じゃないし)

 

 この体だって、誰が用意したものなのかもわからないのだ。

 いや、もともとこの体がこちらの世界に存在していたのかすらもわからない、いうなれば“夢”、あるいは現実と仮想の“狭間”の存在だ。

 もしかしたら──。

 なんて思ってみても、今更何かをどうすることはできないんだけど。

 そんな状況にあって、しかしムジカは焦ってはいなかった。

 少なくとも、今のムジカは無力ではない。

 ウタウタの力は、変わらずにここにあるのだから。

 ここがウタウタの世界であるならば、やりようはいくらでもあるはずだ。

 ぱん

 目を閉じて、手を打ってみる。

 ごう、という風が髪をくすぐって、周囲の空気が変わった。

 ゆっくりと目を開いてみる。

 まず目を刺したのは、白い光。

 あまりのまぶしさに、ムジカは右手をかざして、その光を遮る。

 ぼやけた視界が映し出すのは、非現実的なほど、美しい空間。

 宮殿だろうか? あるいは、城?

 石でできたその建造物が、ここがウタウタの世界であることを示すかのように、うっすらと虹色に輝く。

 幻想的な場所だった。

 

(──というか、この世界がそもそも幻想なんだけどね)

 

 なんて当たり前のことに思い至り、ムジカは一人苦笑を漏らす。

 すると、背後できらきらとした、ウィンドチャイムを鳴らしたような音がする。

 振り返ると、そこにいた。

 見慣れた姿だ。

 紅白の髪に、ゴールドのヘッドフォン、白いライブ衣装にアメジストの瞳。

 

「なんだ、来たんだ」

 

 ムジカの言葉に、彼女は「なんだ、って……」と困惑したように言う。

 ふふ、とムジカは笑みを浮かべて、体ごと彼女の方へと向き直った。

 

「体の調子は大丈夫? 解毒はしてもらった?」

「……うん。ホンゴウさんの薬を飲んだから、多分大丈夫」

「そっか。じゃあ心配はいらないね。──ってことは、シャンクスとも会ったんだ?」

「…………うん」

「ルフィとは話せた?」

「……うん、少しだけ」

「じゃ、よかったじゃん」

「……うん」

 

 うつむき加減で頷くウタに、ムジカは眉根を寄せた。

 少なくとも、救われて良かったと安堵している人間の表情ではない。

 

「……それじゃあ、なんで来たの?」

「その、お礼を言いに。あなたの姿だけ、見えなかったから、こっちにいるんじゃないかって」

「ふうん。──それだけ?」

 

 ムジカの問いに、ウタが目線を逃がす。

 ややあってから、観念したように、ウタは頭を振った。

 

「なんでわかったの?」

「超能力」

「嘘つき」

 

 嫌そうな顔をして睨みつけてくるウタに、ムジカはあははと笑った。

 そんなムジカの様子に、ウタは不機嫌そうに頬を膨らめた。

 

「それだよ」

 

 とムジカは笑って言った。

 

「は? それ?」

 

 そうそう、と頷く。

 

「あんたさ、気づいてないかもしれないけど、油断すると表情(カオ)に出やすいんだよね。わたしもよく言われるけどさ」

 

 いたずらっぽく笑みを浮かべるムジカに、ウタは驚いたように手で顔を覆った

 それに気が付かなかったのも、きっとエレジアにずっと閉じこもってしまっていた弊害なのだろう。

 

「そ、そんなに出やすい、わたし?」

「そうだね。気を抜いたわたしくらいには出やすいんじゃない?」

 

 笑いながら言うムジカに、ウタはやはり不満気な顔を向ける。

 見透かされたように言われるのは、やはりイヤなのだろう。

 根元が同じ“ウタ”であるのだから、ウタもやろうと思えばムジカについて色々と指摘することもできるのだろうが、しかし、ムジカと違いそれを知らないウタからしたら、その発想には至らない。

 しかし、そのことを知っているムジカですらも、今のウタに対して解せないことがあった。

 

「それで? どうしたの、浮かない顔してさ」

 

 ムジカが世界を旅する理由の一つには、「家族に会いに行く」ことも含まれている。

 一発ぶん殴りたくはあるけども、それでも彼らは大切な家族だ。

 そんな彼らと会えたというのに、何が不満だというのだろうか。

 

「……その、ほら、わたし──、とんでもないことしちゃったでしょ」

「ん?」

「エレジアを滅ぼしたり、今回世界を巻き込もうとしたりさ」

「ああ」

 

 目を伏せて、悲痛な面持ちで言うウタに、ムジカは敢えて、こともなさげに頷いた。

 

「それがどうしたの?」

「どうしたの、って……」

 

 ウタはムジカの横を通り過ぎると、石のベンチに腰掛けて、両手で顔を覆ってから深いため息を吐いた。

 

「とんでもないことをしちゃったんだよ? ……“新時代”を作るため、ってごまかして、精一杯やってみたけど、それも──、間違っちゃったし」

 

 そう言って、ウタは寂しそうに、悲痛な微笑みを浮かべる。

 

「……多分もう、わたしの夢もルフィとの約束も、シャンクスの願いも、ゴードンの期待も叶えられない。……もう、自分がどうしたらいいのかわからなくって、どうやって生きればいいのかな、って……」

 

 この十二年間だけではない。それ以前の九年間の自分すらも見失ってしまったとウタが言う。

 ムジカは静かにウタの前まで移動すると、その頭を優しく撫でた。

 ……その感覚を、ムジカは知っている。

 エレジアの真実を知って、あのTDを聞いて感じたことと同じだ。

 自分のすべてが罪深く、何者にも成れないという絶望感。消えてしまった方がましだという罪悪感。

 

(ああ、きっと──)

 

 ムジカは思う。

 今ウタは、家族に会えた安堵と、そして罪悪感と絶望感の狭間で身動きが取れないのだろう。

 もう一度、とムジカがあの言葉をかける。

 

「じゃあさ、ウタ。あんたはどうしたいの?」

「………………わたしは、“赤髪海賊団”のみんなと一緒にいたい。──けど」

「けど?」

 

 ムジカの問いに、ウタが震える息を吐いた。

 言いたくないという気持ちを、その息と一緒に吐き切ってから、勇気を吸い込んで言う。

 

「多分、わたしはもう、海賊には戻れないんだと思う。……“海賊(それ)”がどういうものか、知ってしまったから」

 

 ウタにはわかっていた。

 自分にはもう、人を傷つけてでも手に入れたいモノがない。

 燃え尽きてしまった。

 そして、自分にはその資格がないこともわかっていた。

 人を傷つけてまで、我を通す資格はないことを。

 そしてもう、覚悟もなかった。

 傷ついてまで、何かを手に入れるという覚悟が。

 

「そっか」

 

 だからムジカも、そこに言及はしなかった。

 彼女の中には、今、立ち上がるだけの力がない。

 無理に立たせたところで、その場で折れてしまうのがオチだろう。

 それはいずれ──、そう、いずれ、時間が解決してくれるはずだ。

 どれほどひどい傷口でも、時間がたてば塞がるのだ。

 その結果、皮膚がひきつろうとも、いつか血は止まるのだ。

 

「じゃ、シャンクスたちとしっかり話して、どこか安全な島でしっかり休むといいかもね。またやりたいことが見つけられるまでさ」

 

 ムジカのその言葉に、ウタはふるふると首を振った。

 ないよ、と呟く。

 

「だって、世界を滅ぼしかけた女で、四皇の娘だよ? ……そりゃ世界のどこかには、安全な場所はあるのかもしれないけど……でも、もうわたしは歌えないし、やりたいことなんて……。」

 

 やりたいことはない。

 ただ、家族と一緒にいたい。

 でも、家族は海賊だから、一緒にいられない。

 そんな風に、ウタは言う。

 ムジカはくるりと身を反転させると、ウタの隣にどかりと腰を落とした。

 そしてムジカは、問いを口にする。

 先ほどははっきりと答えてもらえなかった、その問いを。

 

「ねえウタ。あんた、なんで音楽をやっていたの?」

 

 びくりと。

 小さくウタの肩が震えた。

 しばらく答えに窮してから、ようやく口を開いたウタの言った言葉は、

 

「もう、わからないよ……」

 

 震える声で絞り出す。

 その様子に、ムジカは先ほどの見立てが少し違ったことに気が付いた。

 安堵と罪悪感、そして絶望感の板挟み状態だと思ったが、そうではない。

 家族に会った安堵によって気が緩み、心の奥底に隠れていた罪悪感や絶望感が漏れだしてきているのだと。

 

「……ねえ、そういうあなたはなんで音楽をやっているの?」

 

 掠れた問いかけに、ムジカはウタの顔を覗き込んでから、再び視線を前へと向けた。

 

「──そうだね。多分きっと、あんたと同じ」

「…………わたしと?」

 

 そうだよ、とムジカは頷く。

 

「わたしが大好きな人たちが、わたしの歌を喜んでくれたから」

 

 隣から、息を吞むような音がする。

 ムジカは隣を見ずに、そのまま話し続ける。

 

「だから音楽が好きになって、周りのみんなも、わたしの歌で笑顔になってくれてさ。……きっとそれが、わたしの“根源(ルーツ)”」

 

 そう言ってからムジカは、肩を竦めて笑顔を作って、ウタの方を向いた。

 

「でも、わたしは欲張りだから。もっと多くの人を笑顔にしたくて、もっと多くの人と音楽を楽しみたくってさ。だからわたしは、誰でも自由に音楽に触れられるような、そんなバカみたいに平和な時代を迎えに行くために、今海賊をやってるんだけどね」

 

 その言葉を聞いたウタが、ムジカを見上げる。

 きゅっと口角を絞めて、眉に少しだけ皺を寄せて。

 ──ああ、いいなァ……。

 なんて言いたげな顔だった。

 そんなウタの顔を見て、ムジカは不満げに唇を尖らせる。

 

「わたしもね、あんたと同じように、少しの間違いで国を滅ぼしちゃったことがあったけど、それでもこうやって立ち上がって、“夢”を追えてるんだよ」

 

 まあわたしは人に恵まれたのかもしれないけどさ、とムジカが続ける。

 

「だから、ウタ。あんたが生きていくことに、資格なんていらないから」

 

 ムジカはそこまで言って、ウタの背中をパンと軽くたたいて、そして再び立ち上がる。

 ウタの正面に立ち、彼女の顔を見据えて、言う。

 

「安心しなよ、ウタ。生きていく理由は、きっとこれからでも見つかるよ」

 

 生きてさえいれば、いくらでも。

 ムジカは知っているのだ。自分よりもはるかに長く、そしてはるかにつらい孤独を耐えて、そして今生きている理由を見つけた男のことを。

 うん、とウタが顎に皺を寄せて、目を潤ませながら頷く。

 それに、とムジカが口を開いた。

 

「ウタ、あなたの罪は、ちゃんと()が連れて行くよ。だから、安心して」

 

 その言葉に、ウタの口が「え?」と問いかけるように開く。

 なんだか、今までしゃべっていた彼女と、雰囲気が違ったような──。

 そんなウタの顔を見て、ムジカが首を傾げた。

 

「ん? どうしたの? 何か言った?」

 

 ウタは小さく首を振った。

 気のせい、だったのだろうか。

 腕を組んだ彼女は、やはり先ほどまでずっとしゃべっていた彼女と同じだった。

 ああ、それから、とムジカは思い出したように言う。

 

「わたしに言われるまでもないだろうけどさ。安心しなよ、ウタ、“新時代”は目の前だよ。あいつがいるから」

「……うん、知ってる」

 

 目に涙を浮かべて微笑んで、ウタが頷いた。

 よし、とムジカも頷き返して、パチンと指を鳴らす。

 きらびやかな音が鳴ったかと思うと、ムジカを中心にして、ドラムセットやキーボード、エレキベースといったバンドで使うような楽器が現れる。

 そして、ムジカの手に握られるのはギターだった。右手には、ギターピックが握られる。

 少し驚いたような顔をしたウタに、ムジカは片目を閉じてみせた。

 

「ほら、そろそろ寝ないと、体がもたないでしょ。わたしが現実世界に送ってあげるから、ついでに一曲聴いていきなよ」

 

 ギターをつま弾いて音を確かめながら、ムジカが言う。

 うん、とウタが頷く。

 頷き返して、ムジカは音楽のイメージをギター以外の楽器と共有させて、演奏しなくても勝手に音が鳴るかを確かめる。

 ドラムは思った通りのリズムを刻み、そしてベースもきちんと響く。キーボードの音色もばっちりだった。

 よし、と頷いたムジカに、ウタが口を開いた。

 

「──ありがとう、わたしに良くしてくれて」

 

 そんなウタの言葉に、ムジカはニッと歯を見せて、少しおどけたように返した。

 

「当然。なにせ“ワタクシゴト”ですから」

 

 え、とウタが目を丸くする。

 

「それってどういう──」

 

 その問いには答えず、代わりにギターの音が響いた。

 ドラムが、ベースが遅れてリズムを作り出し、さらに遅れてキーボードがリズムの上で踊る。

 激しくはない。

 やや早めのテンポ(Allegretto)に、ゆったりとした優しい音が乗る。

 

 

無地のキャンパスに 落とした雫は

 色鮮やかな 花弁を開く

 青い空に 響いた音楽に

 開いた 花弁が踊る

 

 

 冒険の途中で作った曲。

 ふと過去を思い出して書いた詩に、音楽を付けたもの。

 エレジアにいた時ほど曲と向き合っている時間はとれないから、決してクオリティが高いとは言えないけれど。

 それでもこれは、きっとウタに届くはずだ。

 ドラムが、刻んでいたリズムを変える。

 

 

動き出す止まった時計

 流れ込む世界の歯車

 君の錆びた心は

 今この過負荷に 耐えられるのかい?

 

 

 曲の名前は『オーバードライブ』。

 “誰か”のための歌ではなく“自分”のための歌。

 きっと、ブルックと出会わなければ、絶対に描くことのできなかった詩。

 なだらかで、しかし力強い歌声が、朗々とサビを歌い上げる。

 

 

(ユガ)みきってオーバードライブ

 軋む歌声は どこへ届くの?

 掠れてった花びら

 空に弾けて どこへ向かうの?

 

 

 この曲に込めた思いは、ただ一つだけ。

 それを誰がどう思うかなんて、そこまでは自分に知ったことではないけれど。

 

 

(ユガ)みきってオーバードライブ

 君は誰のために 唄っているの?

 世界に唯一の その心で

 

 

 きっと、彼女には届くはずだ。

 彼女は同じ“ウタ”なのだから。

 

 

(ヒズ)みきったオーバードライブ

 君は誰のために笑っているの

 誰かのためじゃなく 

 自分のために 唄っていいよ

 

 

 あんたの歌声は、確かに誰かのためにある。だって、歌は一人で歌ったって寂しいだけだから。

 だけど、それと同じくらいに、自分のためのものだ。

 だってあんたの心は、あんたのものなんだから。

 

 

誰かのためじゃなく

 自分のために 笑っていいよ」

 

 

 だから、あんたも自分の世界を生きていいんだよ。

 だってわたしが、これだけ好き勝手やっているんだから。

 そして、それでも周囲にいてくれる人を大切にすると良い。きっとそれは、良い縁なのだろうから。

 ウタの体が、光の粒になって消えていく。

 ばいばい、なんて。

 彼女の口が動く。

 ムジカは首を傾け微笑んで、ギターのアルペジオでそれに応えた。

 彼女が消えていく光の彼方を見上げて、呟く。

 

「しっかりシャンクスと話し合いなよ。“あんたの”人生なんだからさ」

 

 その言葉は、ウタに届いたのだろうか。

 届いていたら、いいな。

 でも、届いていなくても、それでいい。

 最後に見たあの子の表情に、少しだけ希望の色が見えたから。

 




いつもお読みいただきありがとうございます。
感想評価などありがとうございます。
曲の使用権が怪しかったので自作曲にしてしまいました。ご容赦を。
残り2話です
次回は火曜日投稿予定です。
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