吸血王女バラハンドル・マクシミリアンは今日も女に胸を差し出し戯れに杭を打たれる   作:てりのとりやき

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4本目は愛の味

 

 

 不死存在。

 吸血鬼、絶対者とも。

 人より強く、人より永く生き、人より美しい。

 心臓を神の加護が付与された杭で打たれなければ決して死なない彼らを、人は畏怖していた。畏怖し、時に崇拝し、時に強く憎みその手に武器を持った。俗に狩人と呼ばれる彼らは、神聖な武装を身に纏い、不死存在を狩り続けたという。

 それは未だ神の存在が信じられていた時代。

 これは未だ、現実を超越した存在が人間の前に姿を現していた時代のこと。

 

 

 

 

 

 

 女の目の前に、胸元をはだけさせた少女がいた。

 この家にひとつしかないベッドの上。またがる形で見下ろす少女は四肢を脱力させ、興奮で上気した頬を蕩けるくらい緩めている。紅玉じみた赤い瞳の、潤んだ眼差しに見つめられると女の心臓が早鐘を打った。

 

「どうしたの? はやくきて」

 

 少女の両手がこちらへ伸びて、艶やかに頬を撫でた。腕を上げる事で、薄らとあばらが浮かんでいるのまで分かった。ベッドに広がる少女の金髪が金糸で編まれた蜘蛛の巣のようだった。

 

「……っ、……っ」

 

 呼吸が荒い。目の前にあるのが少女なのか、何なのか、わからなくなる。

 これは、人間じゃ、ない。

 けれど、妹と同じくらいの年頃の、女の子だ。

 奴らに殺された妹と、同じくらいの少女に跨って、殺そうとしている――。

 何か致命的に狂った価値観が、歪な情熱を燃やしていた。

 

「……やり、ます、よ」

 

 上ずる声で、左手に持った太い杭を少女の胸に――心臓の真上に置く。鋭い先端の感触に、少女の頬がぴくりと震えた。小さな痛みと、これから女が与える激痛にか、少女の瞳には僅かだけ恐怖が浮かんでいた。浮かんでいるように女には見えた。

 それでも、少女の燃え盛るような赤い瞳は、女を期待の眼差しで見上げている。

 試すように。

 媚びるように。

 

「きて。わたしみたいな生き物を、殺したいんでしょう?」

「――」

 

 嘲る囁きに、女の心に巣食う”鬼“が目覚めた。

 瞬間、自分が人間であることを忘れた女の右手が振り上がる――握るは槌。重量ある鉄塊はまっすぐに少女の胸に立てられた杭へと吸い込まれ。

 

 

 ひとつ。

 少女の胸骨が砕け散る。

 

 ふたつ。

 少女の肉が抉り飛ぶ。

 

 みっつ。

 少女の心臓を、女は感じる。

 

 そして。よっつ。

 少女の背骨を砕いた。

 

 

「――――はあっ、はぁッ、はぁッ!」

 

 少女を殺し終えて、女の“鬼”は途端に息をひそめた。見つめた先には、笑顔のまま絶命した少女が一人。口からは血が零れ、月光を受けて美しく燃えるような金髪は醜く汚れ、シーツは赤く染まっていた。

 ……妹に近い年頃の少女に杭を突き刺して、叩いて、何をしているんだろう。

 

「あ、ぁ……あああ!」

 

 途方もない罪悪感に女の心が散り散りになる。既に死んでいる少女の胸元に蹲って、血に汚れたワンピースを縋るように握りしめた。血のぬるさと未だに残る体温に、自分が今さっき殺した存在の重みを知った。

 祈った。神にだ。

 どうかここで終わらせないでくれと。

 こんな終わりは嫌だと。まだし足りないのだと本心から。

 そうして嘔吐く女の頬を、しなやかな指が躍る。

 

「ああ……やっぱり、いい、最高の顔よサーシャ」

「……」

 

 女は、過呼吸に陥りながらも顔を上げた。

 そこには先ほど殺されたはずの少女がニコニコと笑って、女――サーシャの頭を撫でている。自身の胸元にじゃれつく飼い犬をあやすような仕草を、サーシャは茫然と受け入れるしかなかった。

 

「ふふ。わたしを毎日殺してるのに、まだそうやって苦しむの? あんたってすごく頭が悪いのね。でも、わたしはとっても優しいから、許してあげるのよ」

 

 心臓を破壊されたというのに、少女は饒舌に喋っていた。

 気づけば血まみれの服も、髪も、シーツも全て何事もなかったかのように清潔だった。見れば胸部を貫通したはずの杭は少女の横に転がっていて、当然のように少女は無傷。まるで時間が巻き戻ったような奇跡だ。

 

「……っ」

「悔しそうな顔をしてどうしたの? そんなにわたしに嬲ってほしいの? サーシャはわたしを興奮させて、どうしたいの?」

 嗜虐の眼差しで自分より二回りも大きい女を、上機嫌になって胸に抱き寄せる少女に、サーシャは何も言えなくなった。

 少女の名をバラハンドル・マクシミリアン――ミリアと呼ぶ。

 見た目はせいぜい12かそこらの女の子にしか見えないが、実年齢は27。これでも彼らの中では赤子同然の歳なのだという。

 そう。

 バラハンドル・マクシミリアンは、始祖吸血鬼第六柱“星の女王”バラハンドル・エクセキューションが唯一の愛娘。吸血王女その人であり、心臓を破壊されても即座に再生する絶対不死存在である。

 そんな、正真正銘の怪物を、今日もサーシャは殺していた。

 

「今日のサーシャのお顔は一際よかったわ。あれはそうね、初めて会った日の、がむしゃらにわたしを殺そうとして何度も杭を打ち損じた時と同じくらいよかったわ! なあに? 昔の事でも思い出したのかしら?」

「……そんなんじゃないです」

 

 ヘドロじみた罪の意識と、吸血鬼相手にそんな感情は不要だと吠える理性に板挟みになりながら、サーシャは思い出す。

 ミリアとの出会いを。――それは数日前まで遡る。

 

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