星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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明神阿良也の視点

 

アキラが主役のウルトラ仮面が決まったある日、俺の元にもウルトラ仮面Black出演の依頼があった。

 

俺は舞台ばかりで、ドラマの撮影なんて数えるほどしか無かったけど、巌さんは何事も経験だって言うのでやってみることにした。

 

アキラは俺がこの役を受けるのを聞いたらゲッって顔をしていた。 アキラはスターズ以外の配役は聞いていなかったらしい。

 

なので、劇団天球経由で俺達に依頼があったのが意外だったようだ。

 

「阿良也はヒーロー物わかるの? ただ単に役を演じればいいって訳じゃなくて、ちゃんとしたお約束を守らなきゃいけないんだよ?」

 

「お約束は判らないけれども、台本はちゃんと読んできたから大丈夫だよ。」

 

「うわっ、嫌な予感がビンビンにするよ。 阿良也って絶対に、正体不明のヒーローと会話するシーンとかで、お約束を守らないで、あれ? アキラそんな格好で何をしているの? とか言っちゃいそうな危険な予感がするんだよなぁ・・・。」

 

アキラにそう言われて、読んだ脚本だったけれども、確かに内容が薄い以外になんでこんな事に気が付かないんだ? とか、このウルトラ仮面の登場人物ってバカじゃないのか? とか思うシーンがいくつかあって、子供向けならともかく大人向けとしてはどうよ? って部分が沢山あって、実際どうかと思った。

 

役を演じていて、その違和感はどんどん大きくなって行った。 お約束とは言え穴が大きすぎる。 これでは大人向けに作った意味がほとんど無い。 

 

ほとんどが子供向けウルトラ仮面のオマージュが多すぎて正直、マニアとしてなら面白いかもしれないと思ったけど、ドラマとしては失格だと思った。

 

アキラはそんなお約束によって成り立っている、ウルトラ仮面に縛られていた。 ウルトラ仮面は古くから続くシリーズだ。 こうあるべきだって言う確固たるステレオタイプが存在して、制作陣もアキラもそれに縛られていた。

 

俺は素直に、この巨額の製作費をかけて、豪華俳優をそろえたこのシリーズが台本通りでは、駄作になる予感を感じていた。

 

巌さんにも相談したけれども、やっぱり脚本がチープでマニアはそれで良いだろうけど、一般受けはあまり良くないだろうという回答だった。 巌さんは今回、演出協力だったので、監督とも巌さんを介していろいろ話した。

 

この脚本なんだけど、面白く無いのは理由があって、実はプロットまで別の脚本家が作っていたんだけど、ウルトラ仮面をBlackとイリュージョンの平行で二本作ると言う激務がたたって入院。 それで、別の脚本家が受け継いだんだけど、この脚本家自体が経験があまりなく、ウルトラ仮面の脚本しかやった事が無くて、子供向けのウルトラ仮面のイメージを守った結果、プロットは先進的なのに、子供向けの保守的な演出になるという、微妙な脚本だった。

 

ただでさえ、時間が迫っている中で、プロットしか無い中での、経験の少ない別人へのバトンタッチ。

 

他の脚本家はメインの脚本家が倒れたせいで負担が増した、ウルトラ仮面イリュージョンの仕事に忙殺されて、他社の脚本家にお願いする方法もあったのだけど、どちらにしてもウルトラ仮面の経験が無い人間がこの脚本を書くのは無理だった。

 

監督はこの事情を留意して、台本に矛盾が多い事が判っていても、そのまま撮る事にしたけど、これだけのキャストをそろえた上で演じる脚本としては力不足な事は否めなかった。 壮大なプロットに対して、明らかに小さくまとまった脚本だった。

 

このままでは、後半に行くに従い、矛盾が大きくなって、失速するのは目に見えている。 その証拠にベテラン俳優たちも場面場面でこの台本に対して、積極的に意見を言って、内容を書き換えさせていた。

 

監督や脚本家、アキラも頭を悩ませていた。 何度も読み合わせやリハーサルなどで意見を言い合っていたが、俺にはみんなウルトラ仮面に囚われすぎていて、泥縄式に矛盾の穴を塞いでいるけれども、それはどんどん大きくなっているように見えた。

 

代打の脚本家は、己の力不足を恥じていた。でもこれは仕方がないと思う。

こんな大役を急遽の代わりでなんとかできるものでは無いからだ。

 

監督は悩んでいた。 巌さんは俺にアドリブさせる事を監督に提案した。

 

「ウルトラ仮面に全く囚われていない阿良也だからこそ、ニュートラルな視点で演技できて、みんながウルトラ仮面として常識だって思いこんでいる事を打破できるんじゃないのか?」

 

監督はすごく悩んだ末に、あえて俺のアドリブによる暴走を許した。監督は巌さんにも説得されて、俺にかける事を選んだ。

 

でも、この話はアキラにはしていない。 この話を知ればアキラも早い段階から、アドリブ全開でぶち込んで来るだろう。 でもそれでは面白くないし、ヒーローの正しい姿とは思えなかった。 アキラには限界まで理想のヒーロー像を演じさせた方が良い。 そして限界を超えた時のアキラの演技を見てみたい。 それが俺が巌さんや監督と出した答えだった。

 

こうして、俺はこの脚本を逸脱する事にした。 あの親友であれば、俺の本気の演技についてくることが出来るだろう。

 

ただ、最初のうちは俺の企みは全く上手く行かなかった。 俺のアドリブによる暴走をアキラが上手くフォローして物語として破綻させないように上手く立ち回っていた。

 

まさしく、アキラは脚本を守る正義の味方。 台本のピースメーカー。 明らかに問題がある点は、ちゃんと監督と交渉してその部分を修正させていたけど、それでもがんじがらめになったウルトラ仮面の檻を抜け出す事はできていなかった。

 

俺は回を追うごとにアドリブの強度を上げて行った。 アキラにはちゃんとウルトラ仮面をリスペクトしろと、言われたがあえて無視した。 絶対にアキラはこの脚本だと駄作になる事に気が付いている。 ただ、ウルトラ仮面への憧れが強すぎてそれを認められないだけだ。

 

俺はアキラに絡むウルトラ仮面への呪縛を解き放つように、どんどんアドリブで物語を逸脱させた。 もう、いくらアキラであっても、ステレオタイプなウルトラ仮面のキャラクターでは矛盾が大きくなりすぎてフォローしきれない。 俺は子供の頃は全くヒーローになんて憧れていなかった。 ヒーロー物のお約束なんて現実には全く役に立たないからだ。

 

ヒーローのキャラクター像と実際のリアリティの矛盾に苦悩するアキラ。 でも気が付いているんだろう? 空想のヒーローなんて空虚な物で、現実に引っ張り出せば矛盾の塊でしか無い事を。 大人になるってそう言う物じゃないのかい? だから大人向けのウルトラ仮面も現実の壁の前に苦悩するべきだ。 子供向けのお約束なんて現実の前にはなんの効力も無いんだよ。

 

そして、物語が中盤に入るころについにアキラがキレた。 キレたタイミングはまさに絶妙だった。 視聴者にアキラがウルトラ仮面としての理想のヒーローだってキャラクターの評価が定まり切る瞬間。 中盤の中弛みのはずだから、しばらくは安心して見ていられるって視聴者が気を抜く瞬間にぶっこんできた。

 

よく、人がキレる時の擬音として、プッチンとかプツンとかあるけれども、アキラがキレた瞬間に本当にそう言う音が幻聴として聞こえた。 本当に惚れ惚れするほど見事な演技だった。

 

現場に居た他の俳優達やスタッフですら、アキラが俺の言葉によって唐突にキレたように見えただろう。 でも俺には判る。 アキラはこう言う事態を見越して入念に準備していたはずだ。 だからアキラからは相変わらず匂いがしない。

 

アキラは、演技に感情を利用するけれども、絶対に感情に飲まれない。 やつは舞台を最大効率で稼働させる最強の舞台装置だ。 千世子が視聴者の視点で演技をするように、アキラは視聴者の感情で演技を行う。 キレたように見えるけれども、それは演技で、逆に視聴者を操っているだけだ。 やつが主役の舞台であれば、物語を破綻させる事は絶対に無いって言い切れる。

 

ウルトラ仮面の束縛を逃れて、アキラが出して来た答えは『狂人』だった。

 

興味からウルトラ仮面の皮を破いてみたら、最狂の主人公が出て来てしまった。 俺は、これからこの最狂の主人公を相手に演技をして行く事となる。 緊張で背筋に冷たいものが走った。

 

いいねぇ。 それでこそ喰いようがある。 俺は本気を出したアキラを喰うために舌をなめずりまわした。

 


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