星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
「ジョバンニは明神阿良也、その友人のカムパネルラに夜凪景、この二人が主演だ。」
「なるほど。ジョバンニが景ちゃんになると思っていたから意外ですわね。」
「その意味で言えば、裕福な家に育って品行方正で優しいカムパネルラはどちらかと言えば完全にアキラちゃんだと思うけどね。」
「お前ら、俺の配役に口出しするんじゃねぇ! それに俺は感情が匂わない役者は使わないんだ。」
「その辺は特に言う事はありませんけど、と言う事は逆に、巌のおじい様にはわたくしと千世子ちゃんを匂わせる目途が付いているということですわね。」
「まぁ、そんな所だ。どちらにせよ、お前と千世子はスケジュールが忙しすぎて、稽古の時間が満足に取れないから、助演以外では出演は無理だろうが。これから3ヵ月の期間があるとは言え、千世子は主演のドラマ撮影が一本あって、アキラもハリウッドの撮影が途中入っているだろうが。」
「それは痛い所を突かれましたわね。確かにそれは一番言えていますわね。わたくし達が居なくて他の劇団員さん達にご迷惑をお掛けする訳にはいきませんし、妥当な配役ですわね。」
そんな会話をしていると、七生姉さんが反論してきた。
「私はまだ完全に納得できたわけじゃない。確かに景の演技がすごいのは認める。でも景は映画やドラマがメインだし、舞台も昔に若草物語で出演したきりでブランクも大きい。 アキラを差し置いて、いきなり巌さんの舞台で主演なんてまだ力不足じゃないんですか?」
「七生、言うようになったじゃねぇか。なら試してみたらどうだ? 別に今日は顔合わせで台本の読み合わせも無いんだ。 お前が景を喰えるものなら喰って見ろ。」
「わかりました。」
そう言って、七生姉さんはパイプ椅子を2つ引きずって来ると、景ちゃんに向かって言った。
「ここは汽車の中だよ。座ってよ景。」
七生姉さんはそう言うと、景ちゃんは何も言わずにその椅子に座った。
「すげぇ、この状況でみんなの前でやる気かよ。」
「失敗したら取り返しがつかないだろうに、肝が据わっているな。」
劇団員の人達がざわざわとざわめく。
そんな事をしていると景ちゃんはそっぽを向き始めた。
「何しているんだ?そっぽを向いて?」
「この人数に見られて怖気づいたのか?」
そっぽを向いた景ちゃんを見て、劇団員のざわめきはさらに大きくなる。
「いや、もう始まっている。」
良く目を凝らすと、景ちゃんが電車の振動で小刻みに揺れているのがわかる。雰囲気も明るくて、高校を出てからの初めての一人旅で、田舎に向かってときめきながら窓の外の風景を楽しんでいるように見えた。
そういえば、夏休みや年始などは仕事が無ければ景ちゃんは夜凪ママと一緒に夜凪ママの実家がある金沢に良く帰るようになっていた。その時には電車でいろいろな場所をめぐるのが好きだと言っていた。そんな経験をそのまま演技に落とし込んでいるようだ。
「俺でもあの動きを無意識下に落とし込むためには1日中汽車に揺られている必要がある。それを景は一瞬でやるなんてほとんど自己催眠の域だね。さすが景だね。」
阿良也は感嘆したように言う。
「いや、演技が細かすぎてわかんないから!! 細かすぎて伝わらないモノマネであっても、みんなにそれとなく分かるから面白いのに、景ちゃんの演技は高度だけど何をやっているかなんて一部の人にしか分からないから!!」
七生姉さんはそんな細かすぎて観客にほぼ伝わらない演技を見てぶすっとしていると、いきなり髪を解いて明るい女の子で演技を始める。
「隣いいですか?」
景ちゃんは戸惑ったような表情を見せる。
「七生の変貌に驚いちゃって、戸惑っちゃったみたいだな。」
「これは主演は大丈夫なのか? 七生が言う通り時期尚早じゃないのか?」
劇団員さん達は口々に七生姉さんの変貌ぶりを褒めたたえる。そして、戸惑う景ちゃんを見て好き勝手に批評していた。
景ちゃんはおもむろに口を開く。
「他にも席が空いていたから驚いてしまって。 どうぞ。」
そう言って、景ちゃんは隣の席に七生姉さんを座らせる事を促す。
「えっ、あっ、」
固まる七生姉さん。これは酷い初見殺しだ。七生姉さんが戸惑うのも無理はない。
「もう十分だろ七生。」
「景のセリフになぜ戸惑いを見せた? お前の詰めの甘さが理由だろうと、決して顔に出さずに演じ続けろ。舞台に失敗は許されねぇんだぞ!」
「・・・・はい。」
「今の景の演技が、阿良也以外に理解できた奴は居るか?」
七生姉さんがおもむろに手を上げると、ぼくと千世子ちゃんも小さく手を上げた。
「キアラ、景の芝居はどうだった?」
「ものすごくリアルで高等すぎて一部の人にしか分からないけれども、それを差し引いても七生姉さんがかわいそうですわ。そもそもパイプ椅子は2つしか用意されていないし、2つ席が用意されていたと言う事はもう片方は七生姉さんが座るって暗黙の了解が出来ているということですわ。この場面は二人で劇をやるべきだったのに、景ちゃん的には自然な状況だったかもしれないけど、景ちゃんもちょっと共演者の事を配慮してあげる必要がありますわ。」
そう言うと、景ちゃんはがーーーん。としてショックを受けたような表情をしていた。
「言うじゃねえか。それならキアラ、お前が七生の代わりに演じて見せろ。」
「仕方がないですわね。それじゃ景ちゃん、また演技してもらえますか?」
「はい。」
僕はそう言うと、ポニーテールを解いて、七生姉さんと同じようにストレートヘアになると景ちゃんの横へ行く。
景ちゃんはまたさっきと同じ演技を始めている。さっき受けたショックを微塵も感じさせず、また役に没頭している。この辺はまさにアリサママの指導のたまもので、プロフェッショナルと言えるだろう。
「あら?こんな所にこんなかわいい子が居るなんて。 お嬢ちゃん、どこまで行くの?」
「はい。富山市まで行く予定です。」
「てっきりこんな時間だとこの電車は空気輸送をしていると思っていたのに、こんなにかわいい子が乗っているとは思わなかったわ。せっかくだし隣に座ってもいい?」
「どうぞ! お姉さんは、どうしてこの電車に乗っているんですか?」
「私は電車が好きで日本全国のいろんな電車に乗っているのよ。今回はこの419系が目当てね。」
「この電車はそんなに珍しい物なんですか?」
「そうよ。特に運転席とか素敵じゃなかった?」
「普通の電車に見えましたけど・・・・。」
「この電車は元は寝台列車の583系の中間車両だったの。それで余剰で余った中間車両に強引に運転席をポン付けすると言う、ダイナミックな魔改造を施して、平らな顔の食パン電車になったのよ!」
「食パンですか! そう言うと確かに可愛らしい感じですね。」
「そうよ。すごく可愛いのよ! あなたわかっているわね! だからここの席の小さい窓わりは元々、三段ベッドの構築部分を強引に座席に直したせいでこうなっちゃったのよ。」
「なるほど! 古い電車かと思っていたのですが、そう言うことがわかると、歴史を感じさせますね。」
景ちゃんはまるで、そこに小さい窓があって、それを見て楽しむようなリアルな演技を行う。観ている劇団員の人達から感嘆の声が上がる。
「街の発展が交通機関の需要を生み、交通機関の発展が街を形作るの。 街の歴史と交通機関の歴史は切っても切り離せないものだから、それを調べながら電車に乗って歴史を満喫するの。」
「すごく素敵ですね。」
「そういえば、お嬢ちゃんはどうしてこんな電車に乗っているの?」
「金沢のおじいちゃん、おばあちゃんに会いに来たのですが、せっかくだし一人で電車に乗って旅をしてみたくて、富山に行ってみる事にしたんです。」
「素敵だわ。お嬢ちゃんにも鉄道マニアとしての血が目覚めるといいわね。」
「いえ、そんな血は目覚めないと思うのですが・・・。」
景ちゃんは少し引き気味だ。
「ちょっと窓の外の風景を撮らせてくれる?」
「はい。旅行の動画ですか?」
「そうなの。迷列車で行こうって言うシリーズの動画を投稿しているんだけど、元祖迷列車であるこの食パン号の風景は是非撮りたいのよ。」
「そっ、そうなんですねっ。熱中できるものがあるのはいいですね。」
「あきらかにドン引きしているわね。お嬢ちゃんは何か熱中できるものは無いの?」
「お芝居が好きで、演技をするのが好きです。」
「へーーー。役者さんなの?」
「はい。役者の卵なんですけど。」
「だから、そんなに線が細くて美人なのね。本当に素敵だわ。」
「でも、なかなか周りの人に上手く合わせられなくていつも迷惑をかけてばかりで・・・。」
「若いわね~。生きる限りある程度周りに迷惑をかける場面はいくらでもあるわ。大切なのは迷惑をかけない事じゃなくて、迷惑をかける事で何を学ぶかよ。」
「迷惑をかけて学ぶことですか?」
「確かに同じ迷惑ばっかりをかけ続けたら、周りから人は居なくなっていくわ。でも迷惑をかける事で何かを学んでいって行動を変えていければ、人生も変わっていくわ。」
「詳しいんですね。」
「それは当然。家を飛び出して好き勝手に趣味に生きたから、私のこれまでの人生は沢山の迷惑をかけまくったもの。だから私は人に迷惑をかけるプロだからわかるのよ。」
「そんなプロは嫌ですね。」
「そうかもね。」
そうして僕達は笑いあった。
「それじゃ、そろそろ行かないと。お話できてすごく面白かったわ。」
「ありがとうございます。私も面白かったです。」
最後に僕は思い出したように言った。
「そうそう、そういえば、この電車は2012年に解体されたのよ。」
「えっ?でも今、私はこの電車に乗っていますけど?」
「そうね。今あなたが見ているのは、30年以上走り続けた列車の記憶。そしてあなたはこの電車の最後の乗客なのよ。」
「どういう事ですか?」
「あなたはもう気が付いているでしょう?もうこの列車はこの世に存在していないの。そしてあなた自身も。さあ、帰る時間ですよ。」
景ちゃんは驚いた顔をすると、少し考えるそぶりをした後に、僕に向かって優しく微笑んだ。
「やっぱりそうなんだ。ありがとう。最後に美涼に会えてすごく嬉しかったわ。」
「私が妹だって気が付いてくれていたんだ。ありがとうお姉ちゃん。私もお姉ちゃんに会えて嬉しかったわ。来世でまた会いましょうね。」
「はい。また来世で。今度はちゃんと迷惑をかけても学べるようになります。いつも迷惑ばっかりかけてごめんなさい。最後に私を見守ってくれるのが妹の貴方で良かったわ。」
「私も素敵な体験だったわ。ありがとうお姉ちゃん。お姉ちゃんが事故に遭う前に酷い事を言ってごめんなさい。あんなことを言わなければ、お姉ちゃんは一人で富山に行って事故に遭う事も無かったのに!」
「そんなの気にする事は無いわ。私こそあなたに辛い思いをさせてしまってごめんなさい。あなたのおかげで私にもようやくお迎えが来たみたい。ありがとうね美涼。大好きだよ。」
「私もお姉ちゃんの事が大好きだったの!」
こうしてお互いに抱き合って涙を流しながら、妹の僕と6年前に事故で亡くなったお姉ちゃんは、お互いに涙でぐしゃぐしゃの顔で強引に笑顔を作って微笑合ってから、お別れをして二人の劇は終わりを迎えるのであった。
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劇が終わった時には、あんなにざわついていた劇団員達が一言も発せずにシーンとしていた。そしてしばらくして我に返ると、滝の音のような大きな拍手の音。僕達の劇に全員が拍手してくれた。
そして、少なからぬ人達が一緒に涙を流してくれている。
劇団天球で初めて僕と景ちゃんが演じた劇は、劇団天球の人達に強烈な印象を植え付けたのであった。