星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
---------- 三坂七生視点 ----------
カムパネルラに夜凪景という配役を聞いた私は、思わず巌さんに反発してしまった。
最初から二人の主演は発表されていたけれども、ジョバンニは景でカムパネルラが阿良也だと思っていたから、普段は巌さんに配役の事で反発や口出しなんてしないのに、思わず自分の意見を言ってしまう。
ジョバンニというのは父親の死と母親が病気の中で辛く苦しい労働に向き合い、日々を辛く苦しく生きる子供であり、対照的にカムパネルラは裕福な家に生まれ育って、みんなの幸せのために自分の命すら捧げることができる純粋で優しい少年。
阿良也は自由人で労働なんてほど遠い人物であったし、景は、アキラ君に助けてもらうまで辛い生活をしてきて、心の裏側にそういった辛さや孤独を持っている人物がカムパネルラというのも、納得が行かなかった。
なによりも、カムパネルラには明らかにみんなが納得して誰ひとり口を挟まないであろう配役があった。 その人物が星アキラ。
アキラの育ちはカムパネルラに近いし、性格はまぁ、カムパネルラとは全く言い難いクソガキだけれども、パーソナリティーとして持っている優しさや、何よりも演技の技術、世間のイメージなど含めて完璧だった。
ジョバンニが明神阿良也でカムパネルラが星アキラという舞台のチケット発売されたら、私も関係者で無ければ、間違いなく片っ端からチケットサイトに登録して、抽選が当たるように毎日祈っていると思う。
そんな明らかな適役を外した数々の配役。 私は巌さんの考えがわからなくて、思わず反発してしまったのだ。
そんな巌さんから返ってきたのは、私に対する挑発だった。
「七生、言うようになったじゃねぇか。なら試してみたらどうだ? 別に今日は顔合わせで台本の読み合わせも無いんだ。 お前が景を喰えるものなら喰って見ろ。」
「わかりました。」
私は巌さんの挑発に乗る事にした。パイプ椅子を二つ用意して、景に電車に乗っている演技をするように促す。
景はすんなりと椅子に座って、そっぽを向いてしまった。
私が景の主演に納得していないみたいな事を言ったから、拗ねてしまったのだろうか?
しばらく、景を見ていると体が小刻みに揺れているのが見えた。景は窓の外を見ながら微笑んでいた。
一人旅の中で、見知らぬ土地でこれから何を体験するんだろうというワクワク感と、その気持ちを静めるために、初めて見る外の景色に見とれているのがわかる。
誰しもが体験した事のある、旅行や外出での一場面の心情を見事に演技していた。何ていう表現力、何て言う繊細な演技、そして極めつけに何ていう不親切な演技だ。
そばに寄って、じっと観察して初めて気が付く。 周りの人間は景が演技している事すら分からないだろう。
映画やドラマであれば、カメラの構図とズームアップで上手く表現できるかもしれないけど、舞台じゃ99%以上の人が理解できない、ものすごいリアルで繊細な芝居。
まるでわかる人にだけわかるカルト映画のようだ。
私は景の演技の完成度とその放り投げっぷりに戸惑ったが、この景の舞台の中に入り込める役として、結っていた髪をおろしてストレートヘアにして、明るい女性を演じることにした。
「隣いいですか?」
景ちゃんは戸惑ったような表情を見せる。何で戸惑っているんだ? 演技は継続しているのはわかっていたので、私は何で景が戸惑う状況になったのかが分らなかった。
私は景が戸惑った理由に疑問を抱いてその原因を考えた。 景の戸惑いに疑問を挟んで、戸惑った理由を第三者の演技者視点で客観的に考えてしまったのが、私の敗因だった。
「他にも席が空いていたから驚いてしまって。 どうぞ。」
そう言って、景は隣の席に私を誘導する。
「えっ、あっ、」
アキラや千世子ならこんな事は無いだろうけど、景は阿良也と同じく役に入り込むタイプだった。
景は進行方向に対して、右を向いて景色を眺めていた。これは地方のローカル線などに見られる座席配置だ。都内の電車であれば、特急以外は通路と並行の座席配置になるため、景は景色を見るのに正面か後ろ側を向いた演技をするはずだ。
景の演技から一人旅をしているのは分かっていた。 旅行をしているのであれば尚更、この鉄道は地方のローカル線であり、他の席はガラガラである可能性を考えるべきだった。
この時の私には、なぜ席がガラガラなのに隣の席をお願いしたのか、理由をちゃんと演技で返して物語を発展させる必要があった。でも私はこの物語の登場人物ではなくて、演技者を吟味する視点で考えてしまったために、この切り返しに失敗してしまった。
私はなぜ、席がガラガラの状態で彼女の横の席をお願いしたのか? その理由をちゃんと返えせればこの劇が破綻する事が無かったのに! 星アキラや百城千世子であれば演技者視点であっても、観客を喜ばせるような見事な切り返しをしたのがわかるだけに、私は自分の未熟さを悔やんだ。
子供の頃の知り合いであったりとか、友達と似ていたとか、いろいろ対応できたはずだ。私は自分の演技の拙さと力を出せなかった己自身の未熟さを激しく後悔した。
「もう十分だろ七生。」
「景のセリフになぜ戸惑いを見せた? お前の詰めの甘さが理由だろうと、決して顔に出さずに演じ続けろ。舞台に失敗は許されねぇんだぞ!」
「・・・・はい。」
巌さんに指摘されなくても、今の劇を自分が失敗させた事は誰よりも良くわかっていた。 だから私は、景が不親切なセリフを言ったとか、そう言った言い訳は全くしなかった。
そうしていると、意外にもキアラが反論してくれた。
「ものすごくリアルで高等すぎて一部の人にしか分からないけれども、それを差し引いても七生姉さんがかわいそうですわ。そもそもパイプ椅子は2つしか用意されていないし、2つ席が用意されていたと言う事はもう片方は七生姉さんが座るって暗黙の了解が出来ているということですわ。この場面は二人で劇をやるべきだったのに、景ちゃん的には自然な状況だったかもしれないけど、景ちゃんもちょっと共演者の事を配慮してあげる必要がありますわ。」
確かにそうだけど、自分が盲点の内容であっても、どちらにせよ景ちゃんの意図を汲んで私は演技を続けるべきだった。
反論してくれたのは嬉しいけれども、私の役者としての力不足は自分自身が一番良くわかり、落ち込んだのだった。
七生姉さんの視点が長くなったので、2回に分けさせていただきました。
次回はキアラの演技を見る七生姉さんの視点になります。