星アキラは自由に生きたいっ   作:Magical forest

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三坂七生は星キアラの演技を見る2

 

---------- 三坂七生視点 ----------

 

キアラと景が劇をする事になった。

 

先ほどと同じく景が電車の座席から外の風景を見る演技を始める。

 

キアラは私と同じく髪を下ろして、旅行者として電車に乗り込んだという設定だ。私の時には垢ぬけた人間を演ずるために髪を下ろしたけれども、キアラが何で髪を下ろしたのかは良くわからない。

 

どちらにせよ、今のキアラは本当に美人だった。千世子が現実離れした美しさなのに対して、キアラは活動的で肉体美に溢れていた。・・・これで男じゃ無ければ・・・・。ある意味倒錯した美と魅力に溢れているんだけど、確かに巌さんがとても好きそうだ。芸術家肌の人間であればあるほど、キアラの事を好むのではないか。そう考えると、いろんな映画監督たちとも相性がいいのかもしれない。そのうち、ハリウッドでもアキラじゃなくてキアラに仕事が来るんじゃないかと、そんな感じがした。

 

キアラは演技に入ると、旅行好きな明るい女子大生を演じている。・・・訂正、旅行好きというよりも電車マニアね。どっから来たんだよあの電車の知識。

 

電車オタクのキアラに景は引き気味だ。でも会話は子気味良く、二人は即興で演技をしているとは思えない。パイプ椅子に座っているだけなのに、旅の情景の一場面がありありと目の前に浮かんでくる。

 

景の方は田舎に帰省したついでの一人旅でワクワク感が伝わってくる。キアラは変人だけど、これもまた旅の醍醐味だろう。

 

ふと、集中して見ていると、キアラと景が重なって見えた感じがした。キアラと景の間の境界が薄くなったような・・・。

 

良く観察すると、景の動きに合わせてキアラも動いている。ミラーリングという相手の仕草を自然と真似て親近感を持たせるテクニックだ。何でキアラがミラーリングなんて使っているんだ?と思った。

観客から見ると、キアラが無意識に景にしぐさを真似て、景に好意があるように見える。景の事をキアラが気に入ったという事だろう。普通の情景、旅先で交わされるちょっとマニアックだけど普通の会話。でも何か違和感を覚える。ミラーリングしつつも、キアラは景が視点を外したタイミングでほんのわずかに憂うような表情を一瞬だけ見せた。

 

何だろう?二人の関係は旅先で会った、一人旅同士の女子大生と女子高生のはずなのに、特別な関係があるのだろうか? さっき、ほんの一瞬見せた、キアラの逡巡した表情が頭から離れない。何か引っかかる。

 

ただの旅先の会話のはずなのに、演技が下手とか、演技ミスとかではなくて、見ている人もみんな私のようにちょっとした違和感を感じるのではないだろうか。

 

景はそんなキアラを気にする事無く、会話を続ける。そして目的地に近づき、二人の会話は終わりを迎える。

 

キアラが座席を立って、劇は終了だ。

 

さっきまでの私と景の劇があったから、みんな緊張して固唾を飲んで見守っていたけど、旅先での一場面を見事に表現した良い劇だった。

 

そして、見ていた観客の緊張が緩んだまさにその瞬間、キアラは爆弾をぶち込んできた。

 

「そうそう、そういえば、この電車は2012年に解体されたのよ。」

 

・・・突然何を言っているんだ? 完全に虚を突かれた観客たちは戸惑い、ポカンとする。

 

「えっ?でも今、私はこの電車に乗っていますけど?」

 

そういえば、推理ドラマで何度も観た事がある。刑事が犯人への聞き取りを終わって、犯人の緊張が緩んだ瞬間、とぼけた刑事が「そうそう、そういえば一つ忘れていたんですけどね・・・。」という感じで、核心的な事実を犯人に告げる瞬間。私はその気を抜いた瞬間にとどめを刺される心理をまさしく味わった。

 

これって、ただの旅先で会話するだけの劇じゃなかったの? 景も虚を突かれたような表情をしている。まるでさっきの、景に席が空いている事を告げられて驚いて言葉に詰まった私のように。

 

劇の終わりだと思って和らいだ緊張が急激に高まり、見ている観客もピリピリして、体に力が入りながら無口で劇に見入っている。

 

一瞬気を抜いたからこそ、それまでの演技を推し量るような穿った見方で劇を見ることができない。観客は完全に目の前の劇をノーガードで観ることを強いられている。

 

「そうね。今あなたが見ているのは、30年以上走り続けた列車の記憶。そしてあなたはこの電車の最後の乗客なのよ。」

 

「あなたはもう気が付いているでしょう?もうこの列車はこの世に存在していないの。そしてあなた自身も。さあ、帰る時間ですよ。」

 

景は考えるそぶりをした後にセリフを返した。

 

「やっぱりそうなんだ。ありがとう。最後に美涼に会えてすごく嬉しかったわ。」

 

見事な返しだ。さっき戸惑ってセリフに詰まった私とは大違い。二人の関係性はわからないけれども、キアラのちょっとした違和感を感じる演技から、知り合いである事はなんとなく察せられた。だから知り合いであることを強調してキアラにセリフを返した。だけどキアラは私の予想をさらに上回って、そこにさらに爆弾をぶち込んで来る。

 

「私が妹だって気が付いてくれていたんだ。ありがとうお姉ちゃん。私もお姉ちゃんに会えて嬉しかったわ。来世でまた会いましょうね。」

 

えっ、姉妹だったの!? しかも景が姉でキアラが妹!? どういう事よ!!

 

あまりの展開に私の思考は追い付かず、目の前で展開される劇をありのままに受け入れるしか無かった。

 

劇で見せた風景が電車の記憶!? お姉ちゃんの景は事故に遭ってすでに亡くなっていて、妹だけが歳を取って景の前に現れたの!?

 

なんていう構成なのよ!? 即興劇のレベルを超えているわ。

 

そして、姉妹が再び出会い涙を流す。私はその美しくも儚い演技にもらい泣きをしてしまった。こんな展開は反則だ。反則過ぎる。

 

キアラが最初に髪を解いたのも、景と同じ髪型にして未だに姉を忘れられない妹を演出するため。 途中のミラーリングや逡巡した表情で違和感を持たせたのも最後のどんでん返しのための仕込み。

 

なんで6年前に解体された電車の記憶が見えるのか、なんで姉がそれに乗っているのか、なんで妹が会いに来れたのか、なんで会ってすぐ妹だって言わなかったのか。わからない事だらけの不親切な芝居。

 

でも見ている人は、わからない部分の物語を自分で想像して、観客の頭の中でそれぞれが理想とする完璧な設定の劇が完成する。

 

やられた! 完全に星キアラ(アキラ)の手のひらで観客丸ごと転がされた。これが舞台全体を支配して観客丸ごと没入させる星キアラ(アキラ)の演技力!

 

そして、それに合わせられる景もすごすぎる。役に入るとかそういう次元じゃなくて、あんな無茶ぶりのアドリブを受けて見事にキアラの演技に完璧に合わせてくるなんて!

 

私はキアラ(アキラ)と景の演技力に脱帽した。

 

私は観客の一員として、アキラに転がされた事は悔しかったが、この素晴らしい劇の余韻に抗える訳がなく、他の劇団員と一緒に涙を流す。亀や阿良也も泣いていた。

 

劇団員は心理描写を表現するために、意識の防壁を意図的に低くしている。今は稽古中だからなおさらだ。劇団天球の劇団員全員が星アキラの術中に嵌ってしまった。

 

私はそんな悔しい思いをしていても、心の中ではこんな素晴らしい芝居を見せてくれてありがとう!という歓喜に埋め尽くされているのだからタチが悪い。劇団は当然、みんな芝居が好きなのだ。こんな芝居を見せられたら、芝居好きは賞賛せずには居られない。

 

私が中学生の時に、巌さんの舞台では無くて、この劇を見せられていたらアキラに弟子入りしたかもしれない。それぐらい強烈な即興劇だった。

 

同時に巌さんがアキラをカムパネルラに配役しなかった理由もわかった。 もしもジョバンニが明神阿良也で、カムパネルラが星アキラで配役にしようものなら、天才同士がぶつかり合って、お互いがお互いの演技を喰いあう恐ろしい舞台になったはずだ。その場合は、いかにアキラと阿良也と言えども、お互いの対処に精一杯になって、他の助演の役者を立てる余裕なんて無いだろう。

 

舞台では、ウルトラ仮面のように他の出演者を編集で引き立てるような事もできずに、役者の力量がダイレクトに観客に伝わる。

 

その結果として、明神阿良也と星アキラだけが居ればいい銀河鉄道の夜が完成する。舞台を観た観客は、巌裕次郎の最高傑作との評価になるかもしれない。 でも阿良也とアキラ以外の役者は観客の印象にすら残らないだろう。えっ?他に出演者って居たっけって感じ。 劇団天球の役者でさえ、心が折れる役者が何人も出るはずだ。こんな舞台が巌裕次郎の人生の総決算な訳が無い。

 

私もそんな劇には出演したく無い。そんな劇に出演した所で自分がみすぼらしく感じるだけだ。

 

考えてみれば、阿良也とアキラがサシで対決する舞台はこの舞台を呼び水にして、また今度企画すればいい。その時の出演者はアキラと阿良也だけの劇でいい。その方がいろいろ楽しめる。私を含めた劇団員もそっちの方が幸せだろう。

 

アキラがカムパネルラを演じた方が良いという私の意見が、阿良也×アキラというパンドラの箱を開く事に気が付いた私は、素直に意見を撤回して巌さんに謝る事にした。

 

そんな感じで涙を流す劇団員達の様子を見ていたら、ひっそりと陰に隠れて、スマホで今の劇を撮影している女が居る事に気が付いた。百城千世子だった。完全に気配を消して劇を撮影している。同時に千世子は無表情でキアラと景や涙を流す劇団員達を観察していた。

 

私が千世子に注目している事に気が付いたのか、千世子は機械的な動きでぐるんと首を回して顔をこっちに向けると、瞳孔が開いて無表情のまま、ニッっと口角を上げた。 完全にホラー映画の怪物役だ。私は悲鳴を上げそうになるのを口を押えて必死に我慢した。

 

こいつ、演技と劇団員達の反応を完全に客観視して観察していやがる。自分の心情とか主観とかを完全に切り離して、ただ客観視だけするとか、完全にヤベェだろ! 人間離れした造形美を誇る千世子の、劇の一部始終の全てを見通した無機質な瞳。 あのハイライトが消えてブラックホールのような深くて黒い瞳孔が脳裏に焼き付いて、思わず夢に出そうだった。

 

なんでアキラの周りはこんなにヤバイやつしか居ないんだ? 類友か? 確かに役者というくくりでは類友だけど、それでもおかしい! アキラの友達は全員個性的すぎるだろ!!

 

私は、自分がアキラの類友に入っている事に気が付かずに、心の中でアキラにツッコミを入れるのであった。

 

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