星アキラは自由に生きたいっ 作:Magical forest
私とアリサさんは近くの別室にモニタを設置して、記者会見の様子を見ていた。
単独の謝罪会見を提案したのはアリサさんだった。
アキラちゃんがこの謝罪会見を乗り切ることが出来なければ、アキラちゃんは子役を辞める事になるという条件をアリサさんから聞いた時、あまりの酷い条件に、私は怒ってアリサさんに抗議した。
私の抗議にもアリサさんは、「私は問答無用でアキラを辞めさせる気だったの。でもアキラが謝罪会見を乗り切ることができれば、アキラは役者に復帰できる。私はアキラにチャンスを与えたのよ。」と言って全く取り合わなかった。
アキラちゃんが無事に記者会見を終えられることを祈りながら、記者会見が始まるのを待った。
午後2時40分。会見の開始時間ぴったりにドアを開けてアキラちゃんが入ってきた。
アキラちゃんは、濃い紺色のスーツにグレーのネクタイを締めた服装だった。
あのグレーのネクタイを締めたのは私だった。アキラちゃんが無事に記者会見を乗り越えるのを祈ってぎゅうぎゅうに締め付けたけど、アキラちゃんは苦しそうにしていて、結局あとでスタイリストさんに直されてしまったの。
アキラちゃんはまず、謝罪をして頭を下げた。アキラちゃんがこれまで演劇のレッスンや現場で学んだ技術を、すべてつぎ込んだ完璧なお辞儀だった。
そして自殺未遂の経緯を話し始める。でもそれは拍子抜けするぐらいあっという間に終わった。これで終わり? ここまで問題無かったし、アキラちゃんは無事に役者に戻れるって事だよね? 私は喜んだ。
「千世子、まだよ。」
記者の質問が始まり、そこからが怒涛の展開だった。
記者からの質問を次々に捌くアキラちゃん。
すっごく嫌らしい質問もあったんだけど、アキラちゃんは頼もしかった。
幼い頃から一緒に居る私は、アキラちゃんが強く責任感のある大人を「演技」していることが判った。
NGが絶対できない状況かつ完全にアドリブで、1回りも2回りも年上の立派な大人を演じ切れる子役なんて、幼い頃から演技に各段の努力をし続けてきたアキラちゃんぐらいしか居ないだろう。
アキラちゃんの事を「母親の力が無いとろくに仕事も受けられない、演技の才能の無い平凡な子役」とか言って粋がっていた掲示板やSNSの人たち、見てる? 息してる? ネェイマドンナキモチなの?
時間的に見ておそらく最後の質問者さんだろう。
「星アリサさんに否定されてもなお、役者を続けたいのでしょうか?」
という質問を受けてアキラちゃんがうつむいた時に、私は嫌な予感がした。
「はい。役者を続けたいです。」
アキラちゃんが回答して顔を上げた時に私の嫌な予感は的中した。
アキラちゃんは演技の仮面を投げ捨てていた。今のアキラちゃんは演技などしていない素の自分をそのまま曝け出していた。
あともうちょっと大人の仮面を付けたままでいれば、何の問題も無く記者会見が終わるのに何で!?
アキラちゃんの話す役者への思いに胸を締め付けられたが、それ以上に、私はなぜアキラちゃんがそんな暴挙に出たのか混乱していた。
しかし、アキラちゃんが心情を話し終えている時の記者会見の会場の雰囲気や、モニタに流れるYoutube Liveやニフニフ生放送のコメントを見て、私は判ってしまった。
この記者会見は何の問題も無く終わってはいけなかったんだ。この記者会見で記者や視聴者が知りたかった物は、本当のアキラちゃんの心の内だったんだ。
これはアキラちゃんの記者会見。みんなが見たいのは、演技をしたアキラちゃんなんかではなく、アキラちゃんの本当の気持ちを見たかったんだ。
だからアキラちゃんは大人を演じるという仮面を投げ捨てて、みんなの前にデリケートで弱く傷つきやすい自分の心を意図的に曝け出したんだ。
沢山の目がある記者会見で、普通は一般の人でも仮面を被る。役者ならなおさらだ。役と言う仮面を被って、それを本物に魅せてこそ本当の役者だろう。
むしろ役者であればあるほど、こういった場で、自分が人生をかけて培ってきた仮面を脱ぎ捨てるのを躊躇するはずだ。それこそ役者としての自己否定に他ならない。
アキラちゃんは自分で「役者を続けたい」と言っておきながら、視聴者が本当に見たかった物を察知して、自分を守る仮面を容赦なく投げ捨てて、自らの心をそのまま曝け出した。そして自ら役者でありながら、役者と言う職業を意図的に否定したのだ。
私は記者会見の画面に食い入るように集中していたが、ふとアリサさんの様子が気になり、アリサさんを見るとぎょっとした。
アリサさんは無表情で涙を流していた。
私はなぜアリサさんが涙を流しているのか、全く分からなかった。
私は人一倍に人物を観察して、それを俯瞰的に見ることに長けている。私は人の動作とその心情への理解に対して、絶対的な自信を持っていた。
でも、その私がアリサさんが涙を流す理由を全く理解できなかった。
アキラちゃんの素直な心情に心を打たれたのか、アキラちゃんが立派になったことに感動したのか、アキラちゃんとの思い出を思い出したのか、不出来な母親として自分を責めているのか、それともみんなの前で自分が教えてきた仮面を捨てたアキラちゃんを不甲斐なく思ったのか、その他諸々、いくら考えて、観察してみてもアリサさんの心情が全く解らなかった。
最後に別室に待機していた清水さんから、会場のスピーカー経由で記者会見終了のアナウンスがされると同時に、アリサさんは無言で部屋を出て行った。
アキラちゃんが記者会見場から退室するときに、アリサさんがアキラちゃんの前に現れて、私はさらに驚いた。
こんな事しちゃったらアリサさんも質問責めにあって、記者会見の収拾が付かなくなる!!
私は悲鳴を上げそうになった。
アリサさんは無表情でアキラちゃんに手を差し出し、アキラちゃんはその手を取りお互いにぎこちない笑みを浮かべた。
私はこの時、この世で唯一、アキラちゃんだけがアリサさんが涙を流した理由を正確に理解した事が判ってしまった。
2人は記者たちに向かってお辞儀をすると、何事もなく記者会見場を後にした。
私は呆然として椅子に腰かけた。本来なら記者会見を無事に切り抜けたアキラちゃんに、お祝いの言葉と喜びを伝えに行かなくてはいけなかった。
しかし、私はこの後、1時間以上放心状態で椅子に座ったまま動けなくなっていた。
「アキラちゃんずるい。」
私は生まれて初めてアキラちゃんの才能に嫉妬した。